輝明学園屋上踊り場:相沢祐一

 今日は名雪たちと別れて、舞と佐祐理さんと一緒に、佐祐理さんの弁当をつっつく。
 佐祐理さんの弁当は本当に美味しい。俺が所属してた秋葉原分校の現天文部部長にも負けていないだろう。
 そんな佐祐理さんの弁当に舌鼓を打っているとき、佐祐理さんが突然こんな話をしてきた。

「そういえば祐一さん、一弥は元気でしたか?」
「一弥?」

 佐祐理さんの口から、思いも寄らない名前が飛び出てきて、俺は一瞬だけ面食らった。

「どうして一弥のことを知ってるんですか?」
「だって、一弥は佐祐理の弟ですから」
「……知らなかったの?」
「いや、名字が一緒だったとは思ったけど……」

 ちょっと驚いた。あいつとはそれなりに付き合いは長いが、あいつ自身が家族の話をした事は、一度もなかったからな。

「まあ、一弥は佐祐理たちの事はあんまり話したがらないですから」
「……仲、悪いんですか?」
「そういうわけではありませんが……秋葉原分校に通うときに、お父様と大喧嘩されまして……そんないきさつもあって、あまり一弥も、佐祐理もお互いの事は話題に出さないんですよ」
「ふーん……」
「ですから、祐一さんは秋葉原分校に通っていらっしゃっていましたし、もしかしたら、と思いまして……やっぱりご存知だったんですね?」
「まあ、後輩の中では一番よく話すかな? 今頃、うちの名物を攻略している真っ最中じゃないですか? あいつ、結構ノリノリだったし」
「名物、ですか?」
「ええ、学園迷宮スクールメイズ。一弥はその謎を解いてやるって息巻いてましたよ」



スクールメイズ:倉田一弥

「ふぇっくしょん!」
「うわ、唾飛んだ、唾!」
「あ、すみません、柚木先輩」
『風邪を引いたの?』
「いや、誰か遠くで噂してるんじゃないかな? 例えば、祐一先輩とか……」

 鼻をこすって鼻水を拭き、僕は対白兵戦用“箒”ウィッチブレードを構えなおす。

「でも、ほんとに風邪だったら、あんまり無理しない方がいいよ? フロアシンボルもあるし、今日はいったん引き上げた方が……」
「平気ですよ。川名先輩。ほら、もう僕、平気でしょ?」

 無意味に力瘤を作って、健康をアピールする。今日はまだ第七階層までしか潜ってない。風邪くらいで立ち止まっていちゃ、このフォートレスの謎を解くことなんて、いつまでも出来ない。
 そんな僕の様子を、柚木先輩と川名先輩は、仕方ない、と言う顔で僕の肩を叩く。

「はあ、しょうがないなあ、ここまで来ちゃったら、お姉さんがとことんまで付き合ってあげるよ」
「でも、あんまり無茶するようなら、私が転移の魔石を使っちゃうよ? いい?」
「……分かりました。いつも無茶してすみません」
「なーに遠慮してんのかな君はー!」

 ばしーん、と僕の背中を叩く柚木先輩。

「君が無茶な子だって承知の上で、お姉さんがこうやって君の行く道を開いてやってるんじゃないかー!」
「いたた……と言っても柚木先輩、確かに先輩の園長直伝の忍者としての技量は認めますよ? でも、柚木先輩ってしょっちゅう……」
「あー! それはいいっこなし! 不幸な事故だよ、うん」
「その不幸な事故に巻き込まれる僕の身にもなってくださいよ!?」

 柚木先輩は園長から忍者の素質を見出され、園長じきじきの忍術を仕込まれた、本格派のウィザードと聞いてはいた。
 しかし、いざパーティを組んでみると、肝心なところでトラップを発見・解除できず、前衛をはる僕にいつもトラップが発動し、その度に「ごめーん」と反省のかけらのない声で謝られるのだ。
 そこだけは勘弁してもらいたい。

『じゃあ、このフロアにトラップがないか、調べるの』
「よろしく頼むよ。上月さん」
『了解なの』

 さっきから僕の後ろを歩く僕の同級生、上月澪さんは、意思疎通のために声を発する事ができない。なんでも、ウィザードとして覚醒するための魔法儀式の代償として、声を奪われたせいらしく、いかなる手段を持ってしても、その声を取り戻す事は出来ないらしい。
 その代償と引き換えに、彼女はウィザードとして、柊先輩には及ばないものの、かなりの実力の域に達している。
 それはそれとして、さっきからしゃべれない彼女と僕らが、どうやってコミュニケーションをとっているかというと、彼女の筆談である。彼女は文字を媒介に魔法を発動させるプロフェッショナルで、こういうフォートレス内部では、魔導書から輝き浮かび上がる文字を僕らが読んで、コミュニケーションをとっている。学園内のイノセントとの会話のときには、愛用のスケッチブックを使って、意思を伝えている。もともと感情豊かな子なので、文字以上にその感情を身体全体で表現するので、結構人気があるらしい。

『サーチトラップ』

 ぽう、と浮かび上がる文字が光り輝くと、フロア全体を明るく照らし出し、トラップの在り処を探り出す。光は急速に収まると、ある一点をぼんやりと光らせていた。

『あのドアが怪しいの』
「サーンキュー、澪ちゃん。やっぱトラップ見つけるのは澪ちゃんの十八番よねー」

 柚木先輩が上月さんを抱きかかえ、その頬にほお擦りする。ああ、上月さんがちょっと迷惑そうにしてるから、その辺にしたほうが……

『いつも言ってると思うけど、巧妙に隠されたトラップまでは見つけられないから、そういうのは柚木先輩のお仕事なの』
「オッケーオッケー、ここから先は、詩子さんにお任せあれ!! さーて、それじゃあたしについてきて!」

 ドンと胸を叩いて、柚木先輩は先導を切り、じっくりとフロアを舐めるように見渡す。ほんと、こうしてると、いつもの不真面目さが嘘みたいなんだけどなあ。
 と、
 かちり、と誰かの足元から、いやーな音がした。こ、これはまさか……
 恐る恐る柚木先輩を見ると、「てへ」と小さく舌を出して、片目を瞑りながら自分の頭をこつんと叩いていた。

「ごみーん」
「またですか柚木先輩いいい!」

 どかーん。

 僕らの足元が爆発した。



「勘弁してください、柚木先輩」
「いやー、あんなとこに地雷原があったなんてねえ。うっかりうっかり」
「うっかりで済んでるうちはまだいいですよ!? 今回僕と川名先輩は無事だったものの、上月さんは大怪我したんですよ!?」
「……あれ? 何か今、ナチュラルにあたしの名前がはずされてる様な気がしたんだけど? 一応あたしも怪我人なんだけど」
「自業自得って言葉、知ってます?」
「うー……」

 恨めしそうに僕を見る柚木先輩だが、今回ばかりはその眼をされても許す事は出来ない。
 何しろ、さっきのトラップが原因で、上月さんが危うく死に掛けるような大怪我を負ったのだ。
 最も、川名先輩の治癒魔法で、何とか一命は取り留めた。そうでなくとも、僕らスクールメイズの探索者には、延命の魔石と呼ばれる魔法の宝石をあらかじめ手渡されている。所有者が瀕死の重傷を負った場合、即座にうちの保健室へと運ばれると言う代物だ。
 ……最も、保険医の纏先生が莫大なお金を要求してくるけど。

「まあまあ、一弥君。詩子ちゃんもさ、ちゃんと反省してるみたいだし、それに澪ちゃんも助かったんだから、良しとしようよ?」

 川名先輩が険悪な雰囲気を見せる僕らをフォローするかのように割って入る。
 川名先輩は、僕らの回復役であると同時に、ムードメーカーでもある。
 のほほん、とした口調とお嬢様じみた雰囲気からは想像できないが、これで人の機転を利かせるのがとても上手い人だ。
 だから、こうして僕らの仲が険悪になりそうなときには、よく仲裁役に回ってくれる。
 それでいて、ウィザードとしても、僕以上の実力を持っている。
 彼女は戦闘よりも、主に支援を得意とする、神の使徒の一人だ。小さな頃に、事故で目が見えなくなってから、ある日、小さな遠い誰かの声を聞いたとき、突然第三の目が開いたかのように、世界が見えるようになったのだと聞く。その時にウィザードとして覚醒したのだと聞いた。まあ、突然目が見えるようになったのは、〈月衣〉の力によるものではないかと、僕は思う。だから川名先輩は『盲目となった人は目が見えない』という『常識』を遮断したため、『目が見えないのに見えている』変り種のウィザードなのだ。

「……そうですね。責める事はいくらでも出来ますけど、仲違いして、それを元に戻すのにはそれ以上に時間も掛かりますし。柚木先輩、こっちも少し言い過ぎました。でも、今度は気をつけてくださいよ」
「はーい」
「それじゃ、一弥君。今日はもう引き上げた方がいいんじゃないかな? 私も結構魔法使っちゃったから、そろそろ限界だし」

 ……確かに。回復役の川名先輩の魔法力が僕らの命綱だ。そんな状況で下手に無理をして、高レベルのエミュレイターと遭遇したとなったら、目も当てられない。
 それに上月さんも、回復したとはいえ、これ以上危険な目に合わせるのはいくらなんでも酷と言うものだろう。

「分かりました。今日はこの辺にしておきましょう。川名先輩、お願いします」
「了解だよ。ふー、安心したら、ちょっとお腹空いて来ちゃった」

 ……もしかして、最後の言葉の方が本音だったりするのだろうか?
 そんな疑問を抱きながら、僕らはスクールメイズから脱出した。



輝明学園秋葉原分校:倉田一弥

「ふー……疲れましたね」
『外の空気が美味しいの』
「んー、こうやって、生きて外に出られる幸せ。ああ、生きてるって素晴らしい!」
「そうだねー、それよりちょっとお腹が空いてこない?」
「……やっぱりそれが本音ですか?」
「なんのこと?」

 川名先輩がニコニコと微笑みながら誤魔化した。

「……もういいです」

 僕はため息を漏らして、川名先輩をこれ以上追求するのはやめにした。
 ふと、何かを思い出し科のように上月さんが足を止め、せっせと愛用のスケッチブックにペンを走らせる。

『そういえば、今日は志宝先輩が天文部のお片付けに来てたの』
「あー、そっか。志宝先輩ももうすぐ卒業するんだっけ」
『一弥君、よくお世話になってたのに、ひどい言い方なの』
「いや、月日が経つのも早いもんだな、と思ってさ」
「微妙に年寄り臭いよ」
「ほっといて下さい」

 志宝エリス先輩。現天文部の部長で、川名先輩と、緋室先輩の同級生でもある。そして、かつては宝玉戦争とも呼ばれる、マジカルウォーフェアの中心人物でもあったらしい。僕も詳しくは知らないが、それには緋室先輩や、もう卒業した赤羽先輩、それから柊先輩も深く関わっていると聞く。
 しかし、マジカルウォーフェアが終わってから、彼女はイノセントとして、学園生活を謳歌している。しかし、それも今年の
3月で、彼女の卒業と言う形で終わりを告げる。
 僕と上月さんは祐一先輩の誘いで高等部に上がったとき、天文部に入部させられた。何でも、適当な人手がいなくて、祐一先輩も困っていたらしい。その時に暖かく迎えてくれたのが、志宝先輩だった。
 僕も、志宝先輩や祐一先輩との部活動も楽しかったし、いい思い出も多い。
 だから、

「それじゃ、今から手伝いに言ったら遅いかな?」
『大丈夫だと思うの』
「あ、それ、私も手伝ってあげるよ。エリスちゃんとはよく話もするし」
「あ、あ、あたしも行きたい! 志宝先輩って、料理めっちゃめちゃ上手いんでしょ? 実はちょっと食べてみたかったり!」
「って、柚木先輩はそっちが目当てですか……」
「手伝ったら、エリスちゃん、ご飯作ってくれるかな……?」
「川名先輩まで……」
『まあ、いいと思うの』

 上月さんが苦笑しながら、二人のはしゃぐ姿を見つめていた。



輝明学園天文部部室:倉田一弥

「志宝先輩、こんにちは。片付け、手伝いに来ましたよ」
「あっ、一弥君。手伝いに来てくれたの?」

 僕たちの姿を見かけるなり、志宝先輩は嬉しそうに笑いかけてくれた。
 部室備え付けのコタツには、何故か部外者のはずの緋室先輩も座っていた。
 そして、コタツの上には、志宝先輩が焼いたのであろう、マドレーヌが綺麗に盛り付けられており、それを緋室先輩が時々摘んでいる。

「はい、志宝先輩には、お世話になりましたし、恩返しも兼ねて」
『澪も同じなの』
「嬉しいな。それじゃ、ちょっとだけお願いしてもいいかな? 色々片付けなくちゃいけないものがあったから助かるよ」
「……あれ? 今日は子ノ日先輩は?」
「葵ちゃんは、今日はお休み。大学の合格発表があるんだって」
「へー……受かるといいですね」
「そうだねー」

 僕と会話をしながら、志宝先輩は、部室のロッカー上にある段ボールを下ろそうとするが、よほど重いのか、足元がふらふらしている。
 そんな様子を見て、僕は率先して立ち上がり、志宝先輩の持っていた段ボールを変わりに持ち上げた。

「僕が持ちます」
「あ、ありがとう一弥君。男手の祐一君も急にいなくなっちゃったから、ちょっと困ってたんだ」
「……まあ、あの人の場合は、ね?」
『いつもの事なの』

 上月さんのスケッチブックに書かれた文字が全てを物語っていた。
 僕が知ってるだけでも、祐一先輩がアンゼロットさんに拉致、もとい招集された回数は両の指でも足りないくらいだ。

「それにしても、今回のお仕事は長いんだね。アンゼロットさん、よほど遠くの方に祐一君を派遣したのかな?」
「あ、違う違う」

 その話題に、柚木先輩が割り込み、志宝先輩の考えを真っ向から否定した。

「何でも相沢君、アンゼロットさんに一方的に転校させられたって聞いたよ?」
「転校? どこへですか?」
「華音分校」
「え……? 姉さんのところに? なんでまた?」
「さあ?」

 柚木先輩も肩をすくめて、自分もそこまでは知らない、とアピールする。

「そうだったんだ……祐一君、もう戻ってこないのかな? そうすると、うちの部もそろそろ……」

 志宝先輩が悲しげにうつむく。

「大丈夫ですよ。僕らもいますし、いざとなったら、僕が部長になって天文部を盛り上げますよ」
「……うん、ありがとう、一弥君」
「……エリス、マドレーヌのお代わり」

 ポツリといままで黙々とマドレーヌを食べていた緋室先輩がつぶやいた。
 見れば、マドレーヌは綺麗に食べつくされていた。

「うん、灯ちゃん、ちょっとだけ待っててね?」
「あ、エリスちゃん、私の分も欲しいな」
「大丈夫、みさきちゃんの分もちゃんと作ってくるから」
「わーい」
「い、いいんですか? 志宝先輩。川名先輩の食べる量って、尋常じゃないですよ?」
「えー、そんなことないよ?」

 そういう台詞は、貴方が学食で、山積みにしたカレーの皿を自分で確認してから言ってください。

「平気だよ。それに一杯食べてくれる方が、作り甲斐もあるから」
「そ、そうですか? それならいいですけど……あ、このアルバム、どうします?」
「ああ、それは絶対にいるものだから、そっちの段ボールに入れて?」
「はい、分かりました」

 こうして、僕たちが志宝先輩と相談しながら、必要なものと不要なものを分けていき、日が傾いて、夕暮れが近づく頃に、ようやく全部の作業が終わった。

「はー……疲れた」
『お疲れ様なの』
「ありがとう一弥君。助かっちゃった。これで全部、かな?」
「結構一杯ありましたね」
「そうだね、ここで生活した一年とちょっとは、私の人生のほとんどが凝縮されているからね……」

 感慨深そうにつぶやく志宝先輩の言葉に、僕は少しだけ心奪われる。
 そして、今までずっと志宝先輩の焼いたマドレーヌを食べていた緋室先輩も、その言葉に、少しだけ手を止めて聞き入ってしまっていた。

「ごめん、湿っぽくなっちゃったね」
「あ、いいえ、そんなに気を使わなくても……」
「そうだ一弥君、よかったら、みんなで一緒にここでご飯食べない? 料理クラブのみんなに頼んで、厨房貸してもらえたから。材料も、桜花寮の方に一杯買ってきてあるから、遠慮はいらないよ?」
「そうですか? じゃあ、お腹も空いてますし、お願いします」
『澪もいいの?』
「もちろんだよ。澪ちゃん。柚木さんやみさきちゃんも、どうかな?」
「やりぃ! ゴチになります!」
「やったー。久しぶりのエリスちゃんのご飯ー!」

 先輩二人が無邪気にはしゃぎまわる。
 緋室先輩は、その様子を黙って、志宝先輩は、おかしそうにその様子を眺めていた。



「お待たせ。今日のも自信作だよ」
「うわー……」

 僕は思わず感嘆の声を上げる。コタツ一杯に盛り付けられた料理の数々は、いかにも美味しそうで色鮮やか。僕も何度か志宝先輩のご飯を食べているけど、今日のは特に気合が入ってるのが、ありありと分かる。

「それじゃ、みんなで、いただきます」
「「「「いただきます」」」」

 僕らは思い思いに料理を手に取り、口の放り込む。

「エリスちゃんのトマトとたまねぎのタルト、何度食べても美味しいよ」
「から揚げも肉に味が染みてて……美味しい〜」
『お寿司も美味しいの』
「志宝先輩、本当にありがとうございます。手伝っただけなのに、こんなに美味しいものを用意してくれるなんて……」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。一弥君たちが来てくれなかったら、今日中に片付かなかったかもしれないから。あ、今日は寒いから、あったかいスープも作ってるけど、どうかな?」
「ええ、是非」

 僕らは志宝先輩の料理を食べながら、大いに盛り上がっていた。
 そこに、ポツリと緋室先輩の口から、一番聞きたくない言葉が発せられた。

「……実は、私も料理、作ってきた」
「「「「…………」」」」

 全員が硬直する。
 ことり、と緋室先輩が取り出した純銀製の弁当箱。
 そこに、あらゆる恐怖が凝縮されていた。

(か、川名先輩、クラスメイトでしょ?)
(無理だよ〜、あれは……)
(こ、上月さんは)
(絶対嫌なの!)
(ゆ、柚木先輩?)
(あたしに死ね、と!?)
「……どうしたの?」
「い、いや、ぼ、僕たちそろそろお腹一杯だし、夜も遅いから……そろそろお暇しないといけないかな〜、なんて」
「大丈夫。桜花寮の門限まで、まだ時間があるから」

 何で知ってるんですか緋室先輩!?
 とゆーか、こんなときに余計な事を!

「えーと、緋室先輩?」
「遠慮はいらない」

 全員、ぶんぶんと首を振って全力で拒否する。

「栄養も満点」

 それ関係ないです!
 僕らみんな、貴方の料理の恐ろしさは身に染みていますから!

「みんなが開けないなら、私が開ける」
『「「「待ってー!! 開けないでー!」」」』

 全員が緋室先輩を止めようと飛び掛るが、一歩遅かった。
 蓋を開けられた弁当箱の中から、得体の知れないナニかが、奇声を発しながら、蠢いていた。
 志宝先輩は、それを見て、立ちくらみを起こして気を失う。まあ、それはそれでましな方だ。
 そのナニかは奇声を上げながら、僕らの元へ、噛み付いてくる。
 そんな光景を目前にしながら、僕らの意識はブラックアウトしていった……



「う……」
「あ、起きた?」

 川名先輩が優しく声を掛ける。しかし、表情は厳しい。
 一体何が……と言う言葉はすぐに飲み込んだ。
 ……月匣が張られている。
 どうやら最後まで気を失っていたのは僕だけのようで、他のみんなは僕が起きるのをずっと待っていたみたいだ。
 みんなは、各々の武器を手にし、すでに臨戦態勢を整え終えていた。

「いつの間に……」
2000時を境に、何者かが学園全体を包んだ月匣を展開した」

 緋室先輩が事務的に状況を説明してくれる。

「園内のウィザードたちも、対処に追われている。急いで加勢に」
「すいません。僕が情けないばかりに」
『そんなのは構わないの』
「そーそー、そんな事気にしなくていいの。それより急いで他のみんなと合流しないと!」
「灯ちゃんは、どうするの?」
「巻き込まれたエリスを守らないといけないから、ここで待機する」
「うん、分かった。一弥君!」
「はい! ウィッチブレード!」

 僕は〈月衣〉から、愛用の“箒”を取り出し、飛び乗る。

「行きましょう!」
『「「了解!」」』

 部室を飛び出すと、すでに園内のウィザードたちがエミュレイターの群れと戦っていた。
 かなりの数のエミュレイターが学園中を飛び回り、園内のウィザードたちがそれを追って殲滅している。
 と、

「こんのう!! 行っけえ、ファイアワークス!」

 聞き覚えのある声が近くで聞こえた。
 この声は……

「いのりさん!?」
「かずやんに、みおちん!? 遅いよ!」
「ごめん、今どうなってるの!?」
「なんでも、スクールメイズから大量のエミュレイターがあふれ出してきて、さ!! もーてんやわんやって状況!!」

 いのりさんは、自分の魔物、ファイアワークスを使役しながら、エミュレイターを吹き飛ばす。

「加勢する!?」
「こっちは平気! それより、スクールメイズでエミュレイターを足止めしてる京介とお姉ちゃんのほうを助けてあげて!」
「……了解! 行こう!」



スクールメイズ入口:倉田一弥

「京介!!」
「一弥!? どうしてここに!?」
「いのりさんから頼まれた! こっちに加勢してくれって、さ!!」

 僕は自分に向かってきたエミュレイターの一体を屠る。

「すまん、助かった! 正直、たった二人だけじゃ、限界だったんだ!」
「一体何が起こってるんだ!?」
「分からない。でも、今、ヴィヴィ先生が一時的にフォートレスを閉じる儀式を行ってるから、それまで時間を稼いで欲しい、ってさ!」

 京介も、僕に負けまいと、ウィッチブレードを振るって、エミュレイターを切り裂く。
 僕たちの関係はいつもこんな感じ。
 彼とは常に競い合うライバル同士。
 その付き合いは、僕がかつて所属していた“中坊戦隊ジャスティスV”時代から続いている。ジャスティス性の違いから――もとい、誰がレッドになるかもめたのが原因で“ジャスティスV”は解散してしまったけど、今でも僕と京介は互いをライバルとして認めている。最も、僕が彼をライバル視するのはもう一つ理由があるのだけれど……

『ねがいちゃん、大丈夫なの?』
「……上月、さん?」
「凄い怪我……今、私が治すね」

 僕の後方では、傷を負って倒れた、京介の想い人、要ねがいさんが血だらけになって腰を落としていた。川名先輩は、傷の具合を確認すると、背に、光の翼を広げる。

「リヴァイブ」

 川名先輩から放たれる優しい光が、ねがいさんを包む。絶望的に深い傷は、徐々に小さくなっていき、流血も止まる。しかし、顔色の悪さまでは治らない。血が抜けすぎて、力が入らないのだろう。

「大丈夫?」
「……ちょっと、辛い」
「じゃあ、そこで休んでていいよ。後の事は先輩にお任せ〜」
『ねがいちゃんはここでじっとしてるの』

 川名先輩たちは、ねがいさんを横たわらせると、自分たちが壁になるように、ねがいさんを囲う。

「詩子ちゃん、一弥君に加勢してあげて?」
「オッケー! お任せ!」
「私と澪ちゃんは、後ろからみんなを援護するから、がんばって!」
「「「了解!」」」

 僕ら三人はスクールメイズから無尽蔵に湧き出してくるエミュレイターを次々と切り伏せていく。

「はあっ!」
「とりゃああ!!」
「せやあっ!」

 幸い、沸いて出てくるのは、僕らでも対処可能なレベルの雑魚クラスのエミュレイターだった。
 この調子なら、儀式が終了するまで持ちこたえられる。
 そんな確信を抱いていたとき、突如空気が変わる。今までのエミュレイターとはまるっきり違う、もっとどす黒いナニかが、入口から出現しようとしている。

「……京介、これは……」
「分かってる。気を抜いたら確実に死ぬ、な」
「…………かなりやばそうな相手っぽいね。これは殺気、じゃないな。瘴気だね。これはもしかして……」
「冥魔、ですか……?」
『それもかなり高ランクの冥魔なの』
「怖気づいたか、一弥?」
「馬鹿を言え」

 京介の挑発を一笑に付し、僕はウィッチブレードを正眼に構える。

「迎え撃つ」
「当然だな!」
「やっぱりそう来ますか。しゃーない、あたしもちょっとマジになっちゃいますか」
『来るの』

 上月さんの警告と共に、迷宮の入口となる魔法陣から、これまで感じた事のない瘴気が噴出す。
 そこから現れたのは……

「え……?」
「お、女の子……?」

 それは僕の目でも、明らかに人間の女の子にしか見えない、しかしその身に纏うどす黒い瘴気は、人間のそれには決して放つ事が出来ないものであった。
 見た目はおそらく僕と同じくらいかそれ以下、しかし、背に生えた左の蝙蝠の翼と、右の鷲の翼は、明らかに作り物ではなく、本物の肉感を持っていた。これはまさか……
 少女は僕たちを見ることなく、下をうつむき、虚ろな感じで肩を揺らしながらこちらへゆっくり、ゆっくりと近づいていく。

「……これは」
「いやーな予感がするよ……」

 おそらく僕も柚木先輩もあれの正体に薄々感づきつつある。

『無名の……魔王?』
「……多分ね。でもおそらくあの魔王、冥魔に魂を喰われてる」
「げえっ!?」
『最悪なの!』

 川名先輩の言葉に、僕も上月さんも頭を抱える。裏界の魔王というだけでも厄介なのに、よりによって冥魔が憑依するなんて!
 その声にぴくりと反応したのか、推定魔王の顔がこちらを向く。その眼には何も映しておらず、ただ虚ろ。しかし、その顔には狂気を宿し、こちらを捉える。思わず眼を背けたくなるようなその顔に、さすがの僕らも後ずさりする。恐怖に飲まれそうな心を、頭を振って奮い立たせ、ウィッチブレードの切っ先を、目前の敵に向ける。

「……ここでこいつを食い止めましょう。こんな化け物を放っておいたら、どれだけの被害が出るか分かりません」
「……そうだね。逃がしてくれそうもないしね」
『ここで逃げたらねがいちゃんが危ないの』
「OK。私も全力でフォローするから、みんな死んじゃ駄目だよ」
「もちろん!」

 僕は川名先輩に親指を向ける。それを見て、川名先輩も一瞬だけ表情を和らげ、すぐに険しい視線を魔王に向けた。

「京介、お前も手伝うだろ?」
「当たり前だ!!」

 僕の問いかけに、迷いなく応える京介。
 ……本当に昔から変わらないやつ。

「じゃあ……行きます!」
「「「『了解!』」」」

 僕の掛け声と共に、みんなは臨戦態勢に入る。
 上月さんの手に、高熱の炎を飛び越えた光が灯り、川名先輩が、自らが仕える神に啓示を授かる。
 そして、

「ヘーイ、化け物さん、こっちへカモーン!!」

 柚木先輩がさも哀れみを込めたような声で、それでいて小馬鹿にしたような表情を浮かべて、元魔王を挑発する。
 上手く挑発に引っかかってくれたようで、魔王は殺意の篭った目を柚木先輩に向ける。一瞬だけ、柚木先輩が身体を震わせるが、すぐに持ち直し、舌で唇を舐める。
 そして、
 辺りを緊迫した空気が張り詰める。
 その中で、先に動いたのは柚木先輩だった。

「オラシオン!」

 柚木先輩の声と同時に、虚空から一台のスクーター型の“箒”が現れる。そして、即座にそれにまたがると、前に飛び出し、僕らから大幅に戦線を外れ、魔王に対し、自分に向けて指をくいくいと曲げ、さもこっちを狙ってこいと言わんばかりに挑発する。
 柚木先輩に注意がひきつけられている間に、僕は素早くウィッチブレードに飛び乗り、走らせて突撃をかける。

「おおおおおおおおおおおおっ!!」

 エネルギーブースターの勢いも借りた渾身の突きが、魔王のわき腹に突き刺さる。地を震わさんばかりの絶叫が辺りに木霊する。それに怯むことなく、僕はさらにウィッチブレードの出力を上げ、魔王の腹にめり込ませる。それに続く形で京介の“箒”も、魔王の腹をえぐり、魔王の唇から、ぶくぶくと黒いナニかが溢れ出る。かなりの深手を与えたようだが、魔王のほうもただでは終わらなかった。魔王は聞いたこともないような発音でぶつぶつと何事かを呟き、大きく天を仰ぎ、そして、女の子のそれとは思えない声で叫んだ。

すべて燃えてしまえ(レティコー・ベー)!!
「え!?」
「何だ、その魔法!?」

 初めて聞いた魔法に戸惑いを感じたのは一瞬、次の瞬間には、すさまじい業火が僕らの前に広がった。

「うわああああ!!」

 想像を絶する灼熱感が僕らを包み込もうとした瞬間。

「《禁術領域》!」

 川名先輩の展開した結界が、周囲を包み込む。
 それに遮られる形で、魔王の召喚した炎が急速に収束し、僕だけを炎が包み込む。

「ごめん、なんとか耐えて!」
「ぐううううっ!!」

 その炎をプラーナで障壁を張り、耐えしのぐ。そして、いつまでも続くと思われた火炎地獄は終わり、僕は肩で息をしながらも何とか耐え切った。
 だが、何が起こったのか魔王には分からなかったようで、こくんと首をかしげる。

「そんな魔法でみんなを殺させないよ」

 川名先輩が堂々と宣言する。

「助かりましたよ、先輩!!」

 柚木先輩が川名先輩に親指を立てて、感謝を表現する。

「うん! でも、もう
1回同じのが来たら、次は今みたいには行かないよ!?」
「了解っす!!」

 柚木先輩は即座にオラシオンを駆り、戦線をかく乱する。こうして敵の自分にひきつけようとする作戦だ。魔王は憎悪に満ちた視線を、さっきからずっと戦線をかき回す柚木先輩に向けている。その隙を見逃さず、

『バーストアッシュ』

 上月さんの灼熱の魔法が、魔王を直撃する。全身を焼かれ、蝙蝠の翼と鷲の翼は、一気に焼け爛れる。

『よそ見をしてると危ないの』

 上月さんの声なき挑発を受け、怒りとも憎しみとも付かない雄たけびを上げる魔王。そこに、僕と京介の同時攻撃が魔王の身体を貫く。しかし、前進を穴だらけにされてもなお、魔王は止まる事を知らない。それどころか、その身体は最早人間のフォルムさえも留めようともしなくなった。狂気に染まりきった顔はそのままに、身体から無数の亀裂が走り、そこから瘴気を吐き出す。ぽろぽろと表面の破片が零れ落ち、その奥からは、黒いスライム状の物体が垣間見える。それに構うことなく、魔王は、またしても僕らの知らない魔法を解き放つ。

煉獄の炎(インフォリア)!!」

 超高速の炎の矢が、今度こそ殺意を込めて柚木先輩に襲い掛かる。

「……っ!!」

 歯噛みして柚木先輩は、プラーナを燃やし、黄金の輝きを放ちながら、人間のそれをはるかに越えた身のこなしで回避する。
 柚木先輩を焼き尽くそうとした炎の矢は、アスファルトの壁を瞬時に溶かしていた。こんなものをまともに喰らったらひとたまりもない。背筋に冷たい汗が流れる。

「あっぶないわねえ!! 珠のお肌が傷ついたらどうしてくれるのよ!?」

 半ば本気じみた文句を魔王に向ける柚木先輩だが、もちろん魔王は取り合う気配はない。それどころか更なる殺意を柚木先輩、いや、僕たち全員に向ける。
 その様子を危険と判断したのか、川名先輩は僕らのすぐ後ろで待機し、柚木先輩は万が一の時、即座に回復担当の川名先輩を庇えるように、彼女の近くまでオラシオンを走らせる。
 おそらくあの僕を焼いた魔法がある以上、戦略を間違えれば、僕らが一瞬で全滅するのは簡単だ。そして僕の役目は……前に立って、ひたすら敵を叩く事。新しいエネルギーブースターをセット、素早く“箒”を走らせ、魔王の顔面を砕く。着実に弱っているのか、吼える雄たけびも、だんだんと弱々しくなってきている。しかし、顔面砕いたのに、どこから声を出しているんだ?

「一弥、まだだ!」
「分かってる!」

 京介の叱咤に、即座に僕はウィッチブレードの追撃を喰らわせようとするも、

「なにっ!?」

 既に身体を崩していた魔王は、その身をスライム状にして、僕の渾身の一撃をかわす。

「ちっ!」
「気にするな! 次がある!」
『ドンマイなの!』
「……すまん!」

 魔王は身体を、黒いスライムを無理やり人型に変えたような姿に成り果て、最早身体さえも冥魔と同種と成り果ててしまった。そこにあるのは……ただ純粋な暴力と殺意のみ。
 魔王はまたしても、あの魔法を唱え始める。何としてもそれを阻止せんとウィッチブレードで牽制するも、間に合わない!

すべて燃えてしまえ(レティコー・ベー)!!」

 今度こそ、炎が全てを包み込んだ。

『ミスティフォグ!』

 自分はもう助からないと判断したのか、上月さんは自分の防御を捨て、僕と京介に防御魔法を飛ばす。白い霧のようなものが僕らを包み、熱を和らげる。上月さんは、それを満足げに見届けると、炎へとその身を飲まれていく。柚木先輩は、素早く川名先輩を庇い、“箒”に搭載したバリアシステムを起動させる。

「うっ……く……」
「詩子ちゃん! ヴァニシング!」

 川名先輩の防御魔法と“箒”のバリア、そして自分のプラーナを解放し、三重の防御障壁でギリギリまで耐え切る柚木先輩だが、敵の攻撃力がそれをはるかに上回っていた。

パアンッ

 乾いた音を立て、バリアが破られ、防御魔法も弾け飛び、灼熱の炎が柚木先輩を包む。

「きゃあああああああぁぁっ!!」

 炎に包まれ、悲鳴を上げる柚木先輩。一方、僕らのほうも上月さんの防御魔法が弾け、炎の洗礼を受ける。

「「うわああああああああああああああっ!!?」」

 全身が炎でただれていく感覚を味わい、僕と京介は地に伏せる。もう、立ち上がるのも困難なダメージを受け、意識が遠のいていく。
 だけど、

「……なあ……京介……」

 かすれた声で、僕は京介に問いかける。

「なんだ……?」
「僕らは……このまま倒れていいと思うか……?」
「……そんなこと、聞くまでも、ないだろ……」

 京介はウィッチブレードを杖代わりに立ち上がり、震える手で、しっかりとそれを握り締める。

「そうだ、な……!」

 僕もその姿を見て、今にも消えていきそうな意識を引き戻し、立ち上がってウィッチブレードを構える。

「行くぞ、京介」
「おう!」

 僕らは同時にウィッチブレードに飛び乗り、魔王に突撃する。それを喰らうまいと闇の障壁を張り、逃れようとする魔王だが、

「光よ!!」

 僕の叫びと同時に、ウィッチブレードが眩い光を放つ。
 そして、それはいともたやすく魔王の障壁を砕いた。

「はああああああああああああああっ!!」
「うおりゃああああああああああああああっ!!」

 僕と京介の、二つの“箒”が、魔王の身体をぶち抜き、腹に大きな穴をこじ開ける。それが致命傷となったのか、魔王の身体が、風船のように弾け飛んだ。

「やった、か……」
「そう、だ、な……」

 それを見届けると、
 僕と京介は、糸の切れた人形のように、地面へと倒れ伏した。



スクールメイズ入口:川名みさき

「終わった、と言いたいところだけど……」

 魔王に憑依した冥魔を滅ぼした私たちだが、死力を尽くしきったようで、私を除いてみんなはぼろぼろ。

「詩子ちゃん……」

 私を庇ってくれた詩子ちゃんは、比較的ましな方とはいえ、放って置けば確実に死に至る。

「一弥君、京介君……」

 二人も最後の力を振り絞って冥魔を倒したものの、もう指一本動かす事も適わないだろう。

「澪ちゃん……」

 一番ひどいのは澪ちゃん。最後の最後に、二人を守るために、自分を捨てて一弥君たちを守ってくれたのだ。全身火傷を負って、普通では助けるのも難しい。
 でも、

「残った私がやるべきことなんて……一つだよね」

 私は手にしたホワイトロッドの力を解放する。

「我が主よ、あなたの輝く力の一欠片をお借り申し上げます。傷つき倒れし我が友を癒す奇跡を、この身に!」

 渾身の私の祈りが通じたのか、全身に暖かい何かが降りてくる感覚。それをロッドの先に集中させるようにし、私のプラーナと一緒に、一気に解放する。

「リヴァイブ!!」

 光がフロア一体を包み込む。渾身の癒しの力は、私の大事な仲間に降り注ぎ、傷を癒していく。

「…………ん」

 詩子ちゃんが目を覚ます。

「……う?」
「いたた……」

 京介君と一弥君も、身体を起こし、自分の体の具合を確かめる。

「…………………………」

 その中で、ただ一人、澪ちゃんだけが目を覚まさない。傷の大部分は治ったようだけど、肝心の意識が戻らない。

「……澪ちゃん」
「先輩、上月さんは……」
「大丈夫」

 心配そうに私を見つめる二人に、私は自信を持って応えた。澪ちゃんの身体に手をかざし、プラーナを集中させる。

「……《蘇生の光》よ」

 私の手から、澪ちゃんの身体に、強い生命の力が流れ込む。
 それは澪ちゃんの身体の傷を瞬時に癒していく。
 そして、澪ちゃんの指が、ぴくりと動き、ゆっくりと眼を開ける。

「…………?」
「澪ちゃん、大丈夫?」

 念のため、私は澪ちゃんに尋ねる。
 それに澪ちゃんは、ゆっくりと身体を起こし、空中に光る文字を生み出す。

『もう大丈夫なの』
「そっか、よかった」
「まだですよ」

 安堵の声を漏らす私に対して、険しい眼をスクールメイズに向ける一弥君。その視線の先には……今にも迷宮を抜け出してきそうな無数のエミュレイター。

「うわ……」
「これは……万事休すか?」

 絶句する詩子ちゃんと、悔しげに呟く京介君。
 澪ちゃんも一弥君も、どうにも出来ないと、それを黙って見届けるしかない。
 私もそれは同じ。所詮癒し手(ヒーラー)である私では、これだけの数のエミュレイターをどうにかする手段なんてない。
 と、
 魔法陣が輝きを失い、這い出ようとするエミュレイターが、見えない力で魔法陣の中へと押し戻されていく。
 これは……

「……もしかして、ヴィヴィ先生の儀式が終わったのかな?」
「……多分、ね」
「……た、助かったー……」

 緊張の糸が解けて、へたり込む詩子ちゃん。

「疲れてるところすいませんが、柚木先輩、もうひと頑張りしてもらってもいいですか?」

 しかし一弥君はすぐに学校の外へと目を向ける。

「まだ、外のエミュレイターが残ってます。救援に向かいましょう」
「……はー、ホントに先輩使いが荒いなあ、君は」

 ため息をつきながらも、詩子ちゃんが身体を起こす。

『リーダーの言う事だからしょうがないの』

 苦笑しながら、澪ちゃんも私のあげた体力を回復するポーションを飲み干す。

「無茶は駄目だよ?」

 聞かないとは分かってはいるけど、私は和也君の安否を気遣う。

「平気ですよ。それじゃ、みんなの救援に駆けつけましょう」
「「『おー!!』」」



輝明学園:倉田一弥

「これで……全部ですね」

 最後のエミュレイターを切り伏せ、僕は一人つぶやいた。
 空が元の夜空へと戻る。
 この襲撃による学園側の犠牲者は、死者も行方不明者も出すことなく、多少の怪我人が出た程度で何とか事なきを得た。これだけの大規模なエミュレイターの襲撃があった中で、この程度の被害で済んだのは奇跡かもしれない。

「おーっす、お疲れ、京介、それからかずやんにみおちん。はい、これ」

 いのりさんが手を振って僕たちの元に駆けつけてきた。その腕にはコンビニで買って来た缶ジュースが袋一杯に詰め込まれている。
 その一本を僕と上月さん、京介に差し出す。

「ありがとう、いのりさん」
「いやあ、みんながんばったから、って静先生のお金から、ちょーっと奢ってもらっただけだからさあ、あはは」

 軽快に笑うその姿がとてもまぶしく見えるのは、多分僕だけだろう。

「それじゃ、他のみんなにも配りにいけないから」
「あ、それじゃ、俺も手伝うよ、いのり」
「おお、サンキュ、京介! こういうときはやっぱ頼れる!」

 いのりさんは、風のように翻って、すたすたと他のみんなにジュースを配りに行ってしまった。京介も、苦笑いしながら、その後を追う。
 僕は彼女のその後姿が見えなくなるまで、ずっと目で追いかけていた。
 僕は彼女からもらった缶ジュースのプルタブを開けて、中身を飲む。
 疲れきった体に、甘酸っぱいジュースの味が心地いい。

『一弥君、よかったの』
「何が?」
『だって、一弥君が好きな人がジュース奢ってくれたのに?』
「ぶふっ」

 上月さんの爆弾発言にジュースを噴出して、思わずむせこむ。

「きゅ、急に何を……!」
『もうバレバレなの。一弥君が山瀬君をライバル視してるのだって、ほんとはいのりちゃんが、まだ山瀬君のことが好きだから、じゃないの?』
「うぐ……」

 まるっきり否定できないのが、悔しい……
 実のところ、彼女の言ってる事は全部正しいのだからして……

「そ、それについてはノーコメントで……」
『つまらないの』
「そういうことに面白みを求めないで、頼むから」
「ほほーう、なるほど、澪ちゃん。なかなか面白いこと教えてくれるじゃないの」
「柚木先輩は絶対に乗ってこないでください! 余計に話がややこしくなりますから!」
「えー、恋の相談はまず詩子ちゃんから、っていうのが2年の定説なのにー」
「初耳ですよ」
「うん、だって今初めて言ったし」
「それ意味なしじゃないですか! やっぱり単に面白がってるだけでしょ!?」
「あはは、ばれた?」
「ばれた、じゃないでしょう!?」
「うーん、それじゃ、一弥君のスクールメイズ攻略が先か、それともいのりちゃんに告白するのが先か、賭けない?」
「おおっと、川名先輩、いいですね。一口乗りますよ? あたしメイズ攻略に
10000賭けます」
『いのりちゃんに告白に
15000賭けるの』
「私もいのりちゃんが先に
20000と、負けた人は私にカレー一週間奢りも追加!」
「うわ、川名先輩、それずるいですよ!? じゃ、あたしもメロンパン一月奢り上乗せ!」
『澪もお寿司一週間奢りを上乗せするの』
「あーのーねー!!」

 夜空に学園の中庭に、僕の絶叫が木霊した。



Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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