輝明学園1年教室:天野美汐
朝、登校している道のりで、ある噂がしきりに持ち出されていた。
曰く、長い間長期入院していた生徒が、今日から復学してくるらしい、と。
あの戦いから数日。彼女は意識を取り戻し、それまでの症状が、嘘のように完治し、最終検査の結果、健康体であると診断され、そして、今日、私のクラスに戻ってくる。
ざわつく教室。どう対応すればいいのかよく分からずに、右往左往するクラスメイトの中、私は一人、どう声をかけるのか、もう心の中で決めていた。
そして、予鈴がなる少し前に、彼女は教室に入ってきた。
彼女は輝明学園の制服を身につけ、少しだけ、顔を赤くしながら、自分の席に座る。
好奇の視線にさらされ、居心地悪そうに辺りを見渡す。
私は、そっと彼女に近づき、何事もなかったかのように、挨拶をしてみる。
「おはようございます、美坂さん」
「お、おはようございます……」
周囲がさらにざわつく。
普段、私のほうから挨拶をするということ事態、めったにないことだというのが、彼女の特異さに、拍車をかけているのだろう。
「すみません、どうやらお騒がせしてしまいまして」
「いえ、とんでもないです。でも、どうしてわたしに声をかけてくれたんですか?」
「そうですね……」
真実は話すわけにはいかない。
私は適当な誤魔化しを思い浮かべるが、すぐにやめた。
だから、せめてこう言う事にする。
「貴方となら、いい友人になれる気がしたから、でしょうか」
その言葉に、あっけに取られた栞さんだが、すぐに私に微笑みかける。
「はい、よろしくお願いしますね……えーと……」
「天野美汐です」
「じゃあ、美汐さん、でいいですか?」
「ええ、構いませんよ、栞さん」
今日の寒い朝。
私は、新しい友達を得た。
輝明学園2年教室:水瀬名雪
「香里、今日から栞ちゃんが復学してくるんだよね?」
「そうね、あの子、これからちゃんとやっていけるのかしらね。我が妹ながら、心配だわ」
「大丈夫じゃね? 美汐ちゃんもいるんだし、何とかなるって」
わたしたちの今日の話題は一つだけ。
栞ちゃんの復学の事。これに尽きる。
「しかし、お前らも頑張ったよな。栞も無事、復学できたし、世界も救われた。全部お前らのおかげだよ」
祐一がわたしたちを褒め称えてくれる。
ちょっとこそばゆい。
「でも、相沢君がいなかったら、今頃栞は殺されてたかもしれないわね」
「んー、何の話?」
「とぼけんのかよ、このヤロー!」
北川君が、ドン、と祐一に体当たりする。
「お前だろ? 絶滅社のエージェントを抑えててくれたの。全部分かってんだからさあ」
「何のことかなあ。さっぱり分からね」
「いつまでもとぼけんなよ。うりうりうり!!」
北川君が、祐一のこめかみに拳をぐりぐり押し当てる。
「いでででででで。な、何しやがる!?」
「おらおら、正直に吐いちまえよ!」
「あだだだだだだだ。そ、そうだ。絶滅社で思い出したんだがな、香里」
「あら、何?」
「結局お前、絶滅社とはどうなったんだ?」
そう。
あれ以来、香里は絶滅社とは連絡を取っていない。
あの時壊した0-PHONEも、新しいものに切り替えているが、見せてもらったそのアドレスブックには、『絶滅社支部』のアドレスは、綺麗に消えていた。
「どうもこうもないわよ。あれからきっぱり、縁を切って、今はフリー。ついでに両親からも離れて、妹と二人暮し」
「……それで平気なのか?」
「これでも、結構稼いでるのよ? 貯金もしてるし、二人分くらいどうって事ないわ」
肩をすくめて、香里はあっけらかんと言った。
「ふーん……」
「ま、なるようになるわよ」
清清しい表情をする香里を見て。
わたしはほんのちょっとだけその姿を、誇らしいと思った。
「おーい、席に着け! HR始めるぞー!」
担任の石橋先生が入ってきて、わたしたちはそれぞれの席に着く。
香里が日直として、号令を出す。
「起立、礼」
そして、今日も一日が始まった。
輝明学園学食:美坂香里
「遅いわね、栞ったら」
あたしは一人、愚痴る。
久しぶりに学食を一緒に食べようと言うのに、その本人がなかなか来ない。
こつこつ、とつま先を叩いて、苛立ちを抑える。
と、
「ごめん、お待たせ、お姉ちゃん」
「どうも」
栞の横には、天野さんが、静かに並んで立っていた。
「紹介するね。新しいお友達の……」
「天野さん、でしょ? 結構話をするから知ってるわよ」
「え? そうなの、美汐さん」
「はい、何度かご一緒した事はありますから」
「へー、世界は狭いんですね……」
栞は一人納得している。
もちろん、本当の事は内緒だ。
天野さんも、目を通じて、それを伝える。
「では、この辺で失礼します。栞さん、また後で」
「はい。また後で」
一礼すると、天野さんは、混雑した学食から、立ち去っていった。
「……遅い」
「ごめんね。ちょっと美汐さんと長話しちゃって……」
「今日はあんたの奢り」
「えー!?」
「ふふ、冗談」
「そんな事言うお姉ちゃん、嫌いです」
「じゃ、お昼買いに行きましょうか。買い方は分かるかしら?」
「大丈夫。さっき美汐さんに教えてもらったから」
「そ。なら、行きましょう」
輝明学園学食:相沢祐一
「お、戻ってきた戻ってきた」
「栞ちゃんは……お、輝明学園メロンパン。美味いんだよな、あれ」
「ふ、二人とも覗き見なんて止めようよ〜。せっかくわたしたちで気を利かせて、栞ちゃんと二人っきりでお昼にさせてあげようって言ったのに……」
「気にすんな。てゆーか、そう言いながら、お前もジーっと見てるんじゃねえか」
「うー……」
俺たちは、こっそりと分からない位置から、香里たちの様子を伺っていた。
微笑ましい二人の光景に、頬が緩む。
「失礼します」
と、そこに後ろから声が掛けられた。俺は聞いた事のない声だが、名雪と北川が、何の躊躇もなく、後ろを振り返る。それにつられて振り返ると、そこには巫女服の少女。
「おっす、美汐ちゃん」
「こんにちは、天野さん」
「どうも、今回の件ではお世話になりました」
どうやら二人の知り合いのようだ。天野と呼ばれた少女は、俺たちのテーブルの空いた席に座る。
「失礼していいですか?」
「ああ、美汐ちゃんなら大歓迎さ!」
「何で貴方に歓迎されなければいけないんでしょうね……」
「相沢〜、美汐ちゃんが冷たい〜」
おろろ〜ん、と泣きながら俺に抱きつく北川。
鬱陶しいので、引っ付いてくるその顔を、無理やりに引き剥がす。
「貴方が相沢さんですか。初めまして。天野美汐と申します。お見知りおきを」
「……何か年の割りに大人びてるというか……どっか古臭いというか……」
「……結構気にしてるんですが」
「あ、悪い」
「しかし、こちらは相沢さんのお話はよく伺います。私たちが懇意にしている御門家や真行寺家も、相沢さんのお力をお借りしたとお聞きしました。北川さんから、貴方の名前が出たときに、もしやとは思いましたけど」
「……まあ、確かに色々なところから依頼を受けてきたからな。自然とそういう繋がりは出来るんだよ」
「なるほど、マジカルウォーフェアを生き抜いたウィザードだけはあると。こうしてご本人にお会いできるとは思いませんでしたが」
「それについてはかなり不本意な理由で転校させられたんだが……まあ、今はこれでもいいかと思ってるさ」
「……そうですか」
「おい、相沢、美坂も来たみたいだぞ」
「お、そうか? どれどれ……」
「……この方、本当にマジカルウォーフェアを生き抜いた凄腕のウィザードなんですかね?」
はあ、とため息をつく天野とやら。
しかし、彼女も二人の様子が気になるようで、小食ながらも、こっそりと二人の様子を伺っていた。
メロンパンをほおばり、幸せそうな顔をする栞。
パンくずがついているのを咎める香里。
それを指摘されて、慌てて口をぬぐう栞を見て、くすりと笑う香里。
ごく当たり前の行為。でも、それは、香里たちが必死であがいて得た、かけがえのない報酬。
そんな二人の光景は。
すっと前から、当たり前のように繰り返されていたかのように、とても自然で、穏やかだった。
第一部:小さな防衛戦 FIN
Shadow
Moonより
諸事情により、すみませんが感想は後日……
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