とある夢:???
夢を見ている。
いつから見ているのか、ずっと分からない夢。
そこでボクは、小さなベンチの上で、いつも一人で誰かを待っていた。
通り過ぎる人たちは、僕のことに気づかないで、足早に過ぎていく。
その繰り返し。
だけど。
ある日、一人の女の子が、ボクのベンチの隣にいつの間にか座っていた。
大きなクマのぬいぐるみを抱えた、ボクよりも小さな女の子。
その子はボクと同じように、じっと誰かを待っているようだった。
それは何日たっても、何ヶ月経っても、彼女はずっとそこでたたずんでいた。
だから、ボクは思い切って、その子に声をかけてみる。
「君、誰?」
「わたしは……色んな名前で呼ばれてるの」
「ふうん」
「でも、わたしがよく呼ばれる名前は……TIS」
「……変な名前だね」
「そうかもしれない。そうでないかもしれない」
「それで、君は誰を待っているの?」
「お姉ちゃんを待っていたの」
「え?」
「お姉ちゃんが待っている人、やっと来たよ。すぐ近くまで、案内してあげるから、付いてきて」
小さな女の子……TISは、ベンチから立ち上がり、ボクに手を差し出す。
「どうして……?」
「わたしは……お姉ちゃんを迎えに来たの」
「ボクを……?」
「うん、わたしもお姉ちゃんが目を覚ますのを、ずっと待ってたんだよ」
どうして、と言う単語がまた浮かぶが、僕はそれを飲み込む。
「わたしと同じで、お姉ちゃんの目が覚めるのを待ってる人がいるの。でも、逆にお姉ちゃんが目を覚ますのを望まない人もいる。だから、目が覚めたら……紅い月に気をつけてね」
「え……?」
それだけ言うと、TISは強引に僕の手を引っ張って、ベンチから立たせる。そして、ボクをその小さな身体で、どこかへと引っ張っていく。引っ張られてどこへ連れて行かれるか分からないけど、意を決して、ボクは彼女と歩幅をあわせ、手を握りながら同じ道程を歩き出した。
次第に世界が、白く染まっていく。通行人も、街の風景も白く、白く……
「もうすぐ、目が覚めるよ」
「うん……」
「お姉ちゃんが待っている人に会えるといいね」
「うん……ありがとう」
そして、全ての景色が真っ白に染まり、
ボクは目を覚ました。
名雪の家:相沢祐一
久々に見る名雪の家は、何も変わっていなかった。
変わったとするなら、俺や名雪の方か。
「着いたよ。ここがわたしの家」
「分かってるよ」
「今日から祐一は、わたしの家に……」
「それも分かってるっつーの」
「祐一、今日から家族になるのに、そんな言い方はないと思うよ……」
「あ、ああ、悪い。別にお前が悪いわけじゃないんだ。ただ、なんでこうなったんだと言う原因にちょっと怒りがふつふつと……」
「……?」
首をかしげながら、名雪は玄関のチャイムを鳴らす。
「ただいまー」
しばらくすると、ドアが内側から開けられ、そこには名雪の年頃の娘を産んだとは思えない、若々しい女性が現れる。水瀬秋子。俺の叔母で、今回俺が通う輝明学園華音分校の園長。
「お帰りなさい。名雪。迎えに行ったにしては、随分遅かったわね」
「うん、ちょっと迎えに行って帰る途中に……」
「またエミュレイターが出たのね」
「うん。でも祐一が一人で倒しちゃったんだよ」
「祐一さんが……?」
この時点で、ようやく秋子さんは俺のことを見る。
「どうも、秋子さん。ご無沙汰してます」
「ええ、お久しぶりです、祐一さん。ですが先ほどの話は……」
「まあ、事実です。無名の魔王が単体で出現してくれたので、まだ何とかなりました。複数体出現したら、さすがの俺でも無理でしょうが……」
「凄いんだよ、祐一! だって、魔王級のエミュレイターを一人で倒しちゃうんだもん」
「そうですか……ふふ、アンゼロットさんの言うとおりですね。マジカルウォーフェアの事件のいくつかを解決しているウィザードとは聞いていましたが……」
そんなこと言っていたのか、アンゼロットの奴。まあ、確かにサロウォンの鍵に関わる事件とか、希望の宝玉絡みの事件を解決したのは認めるけど……
「買いかぶりすぎです。俺より強いウィザードなんてごろごろいますよ」
「それでも、祐一さんは十分お強いですよ。その辺りも、ぜひ、夕食の席にでも聞かせてください」
「あ、はい。じゃあ、お邪魔します」
「祐一、挨拶が違うよ。今日からわたしは家族なんだから……」
あ、そっか。
それじゃ、改めて言い直さないといけない。
「ただいま」
名雪の家・リビング:水瀬秋子
わたしの携帯・ウィザードなら誰もが持っている携帯電話、0-PHONEが鳴る。発信者は、大方の予想通り、アンゼロットさんからでした。
『秋子さん、無事、祐一さんはそちらに到着したようですね』
「はい。こちらに向かう途中、娘共々、魔王級エミュレイターと交戦したようですが、問題なく」
『こちらでも、魔王級エミュレイターの反応が感知されましたが、ほとんど瞬時に反応が消失するのが確認されました。やはり祐一さんが倒したようですね』
「そうですか。それで、今後、しばらくはわたしの方で祐一さんを預かればよいのですね?」
『ええ、それともう一人。おそらく今夜中にもう一度、エミュレイターが行動を起こすことが予測されています。その中心人物となる方をそちらで預かってください』
「……」
『おそらく月匣が展開されれば、さすがの祐一さんも気づくでしょう。彼に全て一任してください。出来れば、名雪さんも』
「……わかりました。その前に一つお聞かせください」
『どうぞ』
「お預かりする方のお名前は?」
『月宮あゆ。かつてこの地において、神の一柱として数えられていたものの転生体です』
「……!?」
その名前には聞き覚えがありました。しかし、彼女は今……
『もうじき、彼女が目を覚ますことが予見されています。どうか、彼女を保護し、24時間体制でガードしてあげてください』
「なぜです? あの子は七年前、大木から落ちて以来、ずっと昏睡状態だったのでは……」
『実はこの時、二体の大魔王級のエミュレイターが動いた形跡があります。おそらく、彼女の覚醒と同時にその二体も何らかのアクションを起こしてくるはずです。こちらとしても、目前に迫ろうとする危機を放っておくわけには参りません』
「……それが、この地に祐一さんを呼んだ理由ですか?」
『ええ、その通りです。彼もまた、月宮あゆに深く関わっている人物です。そして、彼は彼女を守護する運命に、導かれている』
「……それは祐一さんがあの日、ウィザードとして覚醒したのと同じ理由ですか?」
『その通りです。彼がウィザードとして十分な力を身につけたとき、運命が大きく動き出す。これもまた、こちらで予見されていることです』
なんということでしょうか。
それではまるで、祐一さんは何も知らぬまま、運命に翻弄されるためにこの街に呼ばれたのと、同じことではありませんか。
「アンゼロットさん。わたしは今、後悔しています」
『何をでしょう?』
「貴方の話を承諾したことを。これではまるで、祐一さんは道化です。何も知らず、運命の二文字に翻弄されるだけなんて……」
『……そうでしょうか?』
「え?」
『かつて私は、一人のウィザードが定められた運命に逆らい続け、その身を世界中に追われることとなってもなお、屈せずに運命に立ち向かっていった人を知っています。私は、祐一さんと彼が、まるで鏡のようにそっくりであるように、思えてならないんですよ』
「…………」
『秋子さんは、彼を信じられませんか?』
「……いいえ。わかりました、わたしも祐一さんを信じてみます。彼が運命の道化にならないように」
『ええ。それではまた。お暇が出来たら、一度私の宮殿にいらしてください。久方ぶりに、貴方の入れた紅茶が、飲みたくなってきました』
「ええ、その時は、わたしの手作りジャムも一緒に持っていきますので、是非」
『……ええ、楽しみにしています』
アンゼロットさんからの通信が切れる。
そして、わたしは密かに願う。
どうか、祐一さんが、運命に翻弄されることなく、己の道を歩めるように。そしてまだ見ぬあゆさんが、運命に屈することのないように。
アンゼロット宮殿:アンゼロット
アンゼロット宮殿が突如あわただしく動き出す。
「第二級警告発令! 水瀬秋子の来訪に備え、各ウィザードは常に水瀬秋子の動向を注視なさい! あのジャムが……あのジャムが来ます!」
アンゼロットは端正な顔を真っ青にしながら、ウィザードたちに命令を下していた。
「あ、アンゼロット様、なぜ水瀬秋子を注視せねばならないのでしょうか!? 彼女は長年貴方に使えてきたウィザードでは……」
若いウィザードがアンゼロットに問う。
「いいえ、彼女のジャムはある種世界の危機……いいえ、それ以上の脅威です! 長年私に仕えていたからこそ分かるのです!」
「は、はあ……」
「さあ、貴方も四の五の言わずに持ち場に着きなさい! あれだけは……あれだけはなんとしても阻止しないと……」
せっせと動き回るウィザードたちには悟られていないが、アンゼロットの手は、秋子の“ジャム”の単語を聞いてから、ずっと小刻みに震えていた。
名雪の家:相沢祐一
夕食の席。
秋子さんの作る料理は、美味い、としかし言いようがなかった。
「祐一、よかったら、このマカロニサラダも食べてみて」
「ん? 何だ、やけに薦めるな」
「それは名雪と一緒に作ったものだからですよ。名雪も、早く祐一さんに食べてもらいたくて、待っていますから、あまり焦らさないであげてください」
「お、お母さん!」
「わかったよ。……あむっ」
薦められたマカロニサラダを口にほおばる。マヨネーズもくどくなく、添えられた野菜もしゃきしゃきしていて、マカロニの硬さが実に俺好みでいい。
「ど、どうかな?」
心配げに名雪が聞いてくる。よほど気になるんだろう。
「ああ、美味いよ」
「よ、よかったよ〜」
「ふふ、よかったわね、名雪。がんばって作った甲斐があったわね」
「うんっ」
こうして、俺たちは、家族として、暖かい関係を作っていく。たとえそれが一瞬の瞬きであったとしても、だ。
料理を消化し終え、秋子さんの入れてくれた紅茶を口にする。
紅茶と言うと、どうしてもあいつの顔がちらつくのはなぜだろう。
しかし、秋子さんの紅茶は、とても美味かった。そのまま紅茶専門の店を開けば、繁盛しそうなくらいに。
「秋子さん、紅茶を入れるが上手ですね」
「ええ、アンゼロットさんに喜んでいただけるために、何度も入れてきましたから」
「そういえば、お母さんは昔、アンゼロットさんにずっと仕えてたんだよね」
「ええ、そうよ」
「わたし、一度もアンゼロットさんに会ったことがないんだけど、どんな人なの?」
「ふふ、それは前にも言ったわよ。秘密」
「うー……」
不満げな声をあげる名雪だが、次の瞬間には、俺に向き直ってきた。
「ね、祐一はアンゼロットさんに会ったことがあるんだよね?」
「……まあ、確かによく顔はあわせるな」
主に登校中に拉致られたりしてな。
「どんな人なの? 凄く綺麗な人だったらいいなあ」
確かに綺麗な顔をしている。しかしその綺麗な顔で、どギツイミッションを命令するのは勘弁してもらいたい。
「優しくて、理知的で、世界を見守ってる。そんな素敵な人なんだろうねえ……」
俺は一度、あいつのプライベートに無理やり付き合わされたことがあるが、はっきり言ってその様は俗物以外の何者でもなかった。
ああ、名雪よ。お前がアンゼロットに憧れているのはよくわかった。だから、あえて俺は何も語らない。あまりに現実と言う奴は厳しいものだからだ。お前の憧れのアンゼロット像をぶち壊しにするにはあまりに忍びない。
「ねー、祐一、アンゼロットさんってどんな人?」
「……会えば分かるさ」
だから俺はこう答えるしかなかった。
そして俺の顔を、不満そうに見る名雪。
「意地悪」
それだけ言って名雪はそっぽを向いてしまった。
とある病室:月宮あゆ
一番最初に目に入ったのは、真っ白い天井。
そこは、殺風景な病室であることに、すぐに気が付いた。
ボクの身体は、知らないベッドに寝かされていた。
首を横に回す。
ボクのすぐ右脇に備え付けられている棚の上には、綺麗な造花。
ボクの左腕には、点滴が刺され、そこからぽたり、ぽたりとボクもよくわからない液体が僕の身体に流し込まれている。
試しにボクの右手を動かしてみる。
動く。ずっと眠っているにもかかわらず、自由に動く。
身体を起こしてみよう。
すると、驚くほどスムーズに、身体が動いた。不思議だ。普通に目が覚めたかのように、自然と身体が動く。昔、長い間身体を動かさないと、その部位は固くなって、リハビリをしないと動くことも出来ないと聞いたことがあるのに。
僕は左腕の点滴を抜き、ゆっくりとベッドから降りてみる。自分の足で歩く、いや、歩ける。信じられないが、昨日寝て、起きたような感覚で、ボクの身体は自然に動かせていた。
腰まで伸びた髪の毛がまとわりつく。これが唯一、ボクがずっと眠っていた証だった。
時刻は夜だろうか。備え付けの時計を見ると、深夜0時をちょっとすぎた時間。あまり暖房が効いてないのか、ちょっと寒い。それにボクの格好は薄いパジャマ一枚だけ。見覚えのないパジャマだけど、誰が用意してくれたのか、よくわからない。
空は晴れて、星空が綺麗だ。
真っ暗な部屋と空は、病室のガラスに、鏡みたいにボクの身体を写し取っていた。ガラスに映りこんだボクの身体に一つだけ、違和感があった。
「ボクの……左目が……真っ赤になってる」
そう、ボクの左目は、ルビーのように、綺麗な赤色になっていた。
「どうしちゃったんだろう……」
そう考えていたときだった。
空に、紅い満月が昇っていた。
それは、じっとボクを見下ろしてるかのように、ボクを妖しく照らしていた。
『紅い月に気をつけて』
誰かがそんなことを言ってた気がする。
でも……
ボクはどうしようもなく、その真っ赤に染まった月に魅かれ、病室を出、病院の外へと、自然と足を運ばせていた。
祐一の部屋:相沢祐一
「うおおお! 何だこのテキストの数は!?」
秋子さんから用意してくれた補習のテキストは、俺の両手で抱えているだけでは足りないくらいの量だった。
家でも補習をするとは聞いていた。しかし、この量を残り三ヶ月で消化しろと!?
「無理だー! 絶対無理だー!」
絶叫する俺。
そんな時。
窓ガラスから覗いた紅い月。
「!! なんだ!?」
窓を開けて、周りの様子を見るが、人の気配すら感じさせない。これは……この町全体を包んでいる月匣なのか!?
「ちいっ! これだけ広範囲だと、ルーラーを探すのはきつそうだな……ええい! 行くしかないか!」
俺は名雪の部屋にノックをせずに入る。
この状況を全く気づいてないようで、惰眠を貪っている。
「おい、起きろ、名雪! 月匣が展開されてるぞ!」
「うにゅ……げっこー?」
「ああ、だからとっとと起きて、ルーラーのエミュレイターをとっとと倒しに行くぞ! 手伝え!」
「うにゅ……はーい……くー」
……これは使い物にならんな。
つか、こいつはどこぞの魔王と同類か?
「うぃざーずわんどー」
寝ぼけながら、名雪は〈月衣〉から、魔法を得意とするウィザードがよく愛用している“箒”を取り出し、それにまたがって、部屋のドアに向かって飛んでいこうとする。
「待てー! 逆だ逆! こっちから飛んで行け!」
俺は名雪の身体を180度反転させ、窓ガラスに向けさせる。
「いけー」
覇気のない寝ぼけ口調で、ウィザーズワンドを駆り、空へ飛び出していく。
あ。窓ガラス閉まってる。
ガシャアアアアアアアアアン!
えらい音を立てて、名雪は窓ガラスをぶち破って空へ飛んでいった。
まあ、ダメージはないだろ。あいつもウィザードだし。
しかし、この惨状は……
「……しーらね」
俺は散らばったガラスを踏みしめながら、〈月衣〉から装備を取り出し、装着する。コスモガード連盟絡みの事件で譲ってもらったボディアーマー、その下に、魔力を編みこまれた輝明学園の制服・呪錬制服。俺の相棒の遺産・天叢雲剣を装備する。
俺は、さらに魔力を張り巡らせた魔法回路・アーサーズシールドを起動させる。
そして、遺産に刻んだソードエンブエム。
これで俺の準備は、整った。
俺は“箒”を持たない代わりに、古い呪文を唱える。
「フライト」
俺の身体が宙に浮く。そして俺も……空を舞う夜闇の魔法使いとして、戦うべき相手を探した。
病院中庭:月宮あゆ
紅い月を眺めている。
放たれる紅い光が、空の濃紺を、まるで血のように真っ赤に染めて、世界を覆う。
「…………」
その光景を異常と思いながらも、僕はもっと遠くのことを考えていた。
そう、ボクはかつて、この空をどこかで見たことがある。
遠い遠い昔に……
「なんでだろ……ボク、こんな空、始めて見るはずなのに……」
そんなことをぼんやりと考えていたときだった。何かの唸り声。聞いたこともないような怖い唸り声。それも、一匹じゃなくて、複数の。
「うぐっ」
恐怖で身をすくめる。しかしそれはほんの数巡の間だけ。次に目に入ってきたのは……見たこともない怪物だった。
病院上空:???
「さーて、あゆちゃんは生き残れるかしら? ねえ、フール、あんたはどっちだと思う?」
ベール=ゼファーは楽しげに、自分が召喚したクリーチャー、ケルベロス三体に追われるあゆの姿を眺めていた。
そして、その隣には、不機嫌そうな顔をした美しく長い緑の髪をたなびかせ、紫と茶の瞳で、あゆを追っている薄絹一枚のローブの女性がいた。
「ふん、面白いものが見れるからこっちに来て見ろというから来て見れば……どういうつもりだ、ベル」
「なにかしら?」
「あの娘は私が殺したはずだ。その身を覚醒させる前に」
「あら、見てのとおり、あの子はぴんぴんしてるわよ?」
「なぜ、生きてる?」
「だって、あたしが助けたんだもの、当然でしょ?」
「何……?」
フールと呼ばれた女性は、怒りの表情でベルを見るが、そんなことはお構いなしに、ベルは逃げ惑うあゆを眺めていた。
「あの子の秘密、知ってるのがあんただけだと思った?」
「……リオンの奴か、あのおしゃべりが」
フールは舌打ちした。
「それでお前は何がしたいんだ?」
「ゲームよ、とびっきり楽しいゲーム」
「ゲーム、だと?」
「そ。かつて旧き因縁の対決のカード、いい見物だと思わない?」
「……まさかお前、そのためにあの娘を……」
「ピンポーン。かつて貴方と戦い、共に命を落とした旧き神の転生体と、それを守護すべく、目覚めた戦士。これって、あの戦いと全く同じシチュエーションじゃない? それを再現しようと思ったのよ」
「……あの時は、“金色の魔王”が奴らの後ろ盾にいたが、今回はお前があいつの後ろ盾になる、ということか?」
「まさか」
ベルはその質問に対して一笑に付する。
「言ったでしょ? あたしは見学。これだけ面白いバトルシチュエーションも、早々見られるものじゃないし」
「…………気に食わない」
「でも、あの子が生きてるのも気に食わないんでしょ? どうする? “風雷神”フール=ムール。あたしのゲームに、乗る?」
「……断ったらどうする?」
「断る? そんなつもりない癖に? あんただって大公の位は欲しいんでしょ? あいつらを潰せば、それだけの価値がある。何なら、あたしが認めてやってもいいのよ? あいつらを倒せたら、“蝿の女王”の名において、貴方に大公の座をあげるわ」
「…………いいだろう。気に食わんが、乗ってやる」
「そうこなくっちゃ」
病院中庭:月宮あゆ
僕を追いかけてくる怪物は、着実にボクとの距離を縮める。目覚めたばかりの身体だからか、体力が持たない。どんどん距離を縮められる。しかし、どうやら向こうもボクをすぐに襲い掛かるつもりはなく、まるで追い詰めるかのように、ボクを追っていた。ボクをいつでも狩れる、と言う意思表示なのだろうが、それに対して抗う術は、悔しいけどボクにはない。
やがて、袋小路に迷い込んでしまい、完全に取り囲まれる。
「う……うぐ……」
やだ。せっかく目が覚めたのに、もう死ぬのはやだ。それも、こんな怪物に食い殺されるなんて。ボクはへたり込む。どうしようもない絶望感に力が抜ける。
それを待っていたかのように、怪物たちは一斉にボクに炎を浴びせかけてきた。
あ、ボク、この炎で黒焦げになって死んじゃうんだ。
妙にすっきりした感覚で、その身を炎が焦がす瞬間を待った。
その時、影がボクの前に立ちはだかった。
「はあっ!!」
気合と一緒に振るわれた剣は、切れるはずのない炎を切り裂いた。
「ギリギリ間に合ったぜ! 大丈夫か!?」
その声は力強い男の子の声。
その姿は、紅い月に照らされ、よく見えないけど……
ボクには、なんだかとても懐かしい感じがした。
病院中庭:相沢祐一
後ろの女の子は俺のことを呆けた顔で見つめていた。
おそらく巻き込まれたイノセントなのだろう。
……こりゃ後で名雪の力を借りることになりそうだな。
「ゆーいちー!」
ようやく目が覚めたのか、さっきまで寝ぼけてた声が嘘のようにしゃっきりとしている。名雪はウィザーズワンドに載りながら、こっちへと降りてくる。
「祐一、その子は?」
「巻き込まれたイノセントだろう! お前、名前は!?」
「あゆ……」
「……え?」
その名前は、俺の意識を一瞬遠のかせる。
それは俺の過去の悔恨の証。そして、俺がウィザードとして目覚めたきっかけとなった原因そのもの。
あゆと名乗った少女と視線が絡み合う。片目を真っ赤にした少女は、かつて、俺とわずかの時間だけ一緒に遊んだあの女の子の面影が確かに残っていた。
「祐一! 前!」
「え……?」
気が付いたら、俺の目の前にいたクリーチャーが、俺の首めがけて噛み付こうとしている。
やばい! 接近に気づかなかったせいでかわしきれない! さすがにこれを食らったら、いくら俺でも……
と、考えた瞬間、世界がぶれた感覚。
そして、気が付けば、俺に噛み付こうとしていたクリーチャーはガチン、と歯を鳴らせるだけだった。
一体何が、と思ったが、こんなことできるのは……
「今のはただの悪い夢。そうだよね?」
「さすが夢使いだ! 助かったぜ!」
「うん! でも、これでしばらくは今のは使えないから、次はないよ!?」
「おう! この程度の奴に、後れを取るもんかよ!」
俺は相棒の剣を頭上に振りかぶり、閃かせる。十分な重量を備えたその剣は、クリーチャーの首を跳ね飛ばした。
そしてその勢いを借りて、さらに追撃をかける。
「我と共にある剣よ! 闇を討つ光をまとえ!」
俺の遺産が輝きを増し、それは闇を貫く光の剣と為す。
「はあっ!」
俺はその一撃に、プラーナの力を加え、攻撃力につぎ込み、必殺の一撃へと替える。そしてクリーチャーはまともな防御もままならぬまま、その三つの首を全て切り落とされ、その身体を散らした。
「……わたしの憧れたヒーロー。幻想を越えて、今ここに!」
名雪の宣言と共に現れたのは、昔俺も大好きで、名雪とよく一緒に見た仮面のヒーロー。名雪の思い描いた幻想は、確かに昔見たヒーローのようにかっこよく、燃えるジャンプキックを放ち、クリーチャーを吹っ飛ばした。そして、あたかも、幻想は、ヒーローが鮮やかに去っていくかのように、その姿をいずこかへと消していった。
「…………」
そんな俺たちの戦いぶりを、後ろの少女は、ただ呆けて見守っていた。
病院中庭:月宮あゆ
「すごい……」
ボクは目の前に起こっている現実離れした光景にただただ魅入ってしまっていた。男の子の剣が光って怪物を切り裂き、女の子の不思議な力が、昔好きだったヒーローを呼び出して、必殺技を繰り出したり……それはまるで……
「魔法……」
どくん、と。
その言葉を口にした瞬間、ボクは何か心の奥でざわめく何かを感じた。
そして、その奥底から、ジーンと熱い何かが、ボクの全身を包んでいく。頭の中に、鮮明に言葉の一語一語が、刻まれていく。
ボクは、その言葉に従うように、少しずつ言葉を復唱する。まるで、これからボクが何をするのか分かっているかのように、自然とボクの身体は動いていた。
すっくと、立ち上がり、両手を天に掲げる。
「来たれ、審判の光。我が行く手を阻む闇の使者に神罰を下さん!!」
「ええっ!?」
「な……!?」
二人が一瞬、ボクの方を向く。でも、もうこの力は……止まらない!
「ジャッジメント・レイ!」
天から降り注ぐ光が、ボクを追いまわしていた怪物に突き刺さっていく。
怪物は光に身体を貫かれ、苦悶の咆哮を上げる。そして、全身に穴を開けた怪物は、力尽き、その身体を、霧のように消滅させた。
「…………」
「びっくりだよ……」
僕を助けてくれた二人は、じっと僕のほうを見て、なんだか驚いているみたい。
「……うぐぅ、あんまりじろじろ見ないで」
「あ、すまん……しかし驚いたな、お前も未覚醒のウィザードだったなんて……」
「わたしもびっくりだよ……あの魔法、かなり高位の魔法だよね?」
どうやらボクのことに純粋に驚いていたみたいだけど、ボク自身も正直驚いている。全く違和感なくこの力を受け入れて、昔からこの力を振るっていたような感覚をしている自分に……
「……月匣は消滅したみたいだな」
男の子が空を見上げている。いつの間にか空は、元の夜空に戻っていた。あの紅い月も、消えていた。
「さて、と」
「ねえ、あなた、お名前とお年はいくつ?」
女の子が、ボクのことを聞いてくる。
……でも、なんだか年下の子と接するよう言い方がちょっとやだ。
「月宮あゆ。ねえ、今年は何年? ボク、ずっと寝ていたから分からないんだ」
「え? そうなの? でも、どうしてそんなに普通に動け……」
「その時から覚醒の兆候があったってことだろ。〈月衣〉は『常識』を遮断するからな」
「あ、そっか。じゃ、さっきの質問に答えるけど、今は200X年の1月だよ」
「そ、そんなに経ってたんだ……ボク、10歳からずっと寝ていたから……今年で……」
「大体七年くらいだろ?」
「え? どうして分かったの?」
男の子が、瞬時に僕が寝ていた時間のことを言い当てた。超能力でもあるのかな? この人。そういえば気づかなかったけど、いつの間にか、男の子の格好は、普通の普段着に戻っていた。女の子もずっと空を飛んでた変なものも、いつの間にかどこかへ行ってしまっていた。
「え、じゃあ、今年で17歳?」
「うん」
「ご、ごめんなさい! わたし、もっと年下だと思ってた!」
女の子が頭を下げて、ボクに謝る。うぐぅ、背が低いことはなんとなく実感してたけど、ここまで面と向かって言われると、ちょっと傷つくよ……
その時、どこからか、電話のような音が鳴る。男の子のポケットの中から聞こえる。
「おっと、誰からだ?」
男の子は、二つ折りの変な機械を広げて、耳元に当てる。
……もしかして、あれって、携帯電話って奴なのかな?
「はい……病院でクリーチャーと遭遇して、俺と名雪で打ち倒しました。それと、覚醒したてのウィザードが一人、俺たちの近くにいるんですが……名前ですか? 月宮あゆと……なあ、お前の名前、月宮あゆでいいんだよな?」
「さっきからそう言ってるよ〜」
「わかった……ええ、本人がそう名乗ってます。……はあ? 秋子さん、それ本気ですか!? ……わかりました。秋子さんに従います」
男の子が、携帯電話を閉じる。
「名雪。どうやらその子、うちで預かるつもりらしい」
「え? お母さんがそう言ったの?」
「ああ、確かにそう言った。ただ、強制はしないらしい。どうする、あゆ? 俺たちに付いて来てくれるか?」
「……ひとつだけ、聞いていい?」
「なんだ?」
「付いてこない、って言ったら、ボクをどうするの?」
「どうもしないさ。ただ、今日見たことは全部忘れてもらう。名雪、そのくらいはできるよな?」
「うん。それなら出来るよ」
「……ということだ。どうする?」
確認の問いかけ。この返答次第で、ボクのこれからの運命が決まる。そんな気がする。
……でも、もうボクの答えは決まっていた。
「行くよ。一緒に」
ボクの決意がこめられた声。
それがはっきりと僕の口から発せられた。
「……わかった。じゃあ、付いてきてくれ」
「うん……わかったよ」
「そうだ、名雪。こいつがいた形跡をこの病院から消してくれ。月匣を展開して、宿直の医者の記憶を改ざんして、こいつのカルテを処分すれば、当分問題ないだろ?」
「う、うーん、色々無理があるような気もするけど、分かったよ」
女の子の方は名雪さんという名前らしい。
そういえば、ボクはこの男の子の名前をまだ聞いてなかった。
「ね、君の名前は?」
「俺か? 俺は……」
何故か、しばらく黙り込む。でも、すぐに彼は口を開いた。
「俺は相沢祐一。ウィザードだ」
名雪の家:月宮あゆ
名雪さんの家で僕を出迎えてくれたのは、秋子さんという綺麗な人だった。
「始めまして、あゆちゃん。今日からここが、貴方の家になりますよ」
「あ、あの! はじめまして! 月宮あゆです! よ、よろしくお願いします!」
「ふふ、緊張しなくても平気ですよ。今日から貴方も、わたしの家族ですから」
凄く、温かい人だ。ボクに家族と言うものがいたら、こんなあったかい人がお母さんだったらいいのにな……ボクにはもう、家族の記憶はほとんどない。だから、こんな人がこれからボクの母親代わりになってくれることが、ちょっと嬉しかったりする。
「さ、早く上がりましょう。それに、貴方も知りたいことが一杯ありそうですから」
そう。ボクは知りたかった。さっきの戦いに出てきた化け物もそうだけど、祐一君の剣や、名雪さんの不思議な力。そしてボク自身が使った力のこと。秋子さんはどうやら全部知ってるみたいだけど……
案内されたリビングでは、僕たちが帰ってくるのを待っていたかのようなタイミングで入れられた、暖かい紅茶が用意されていた。
ボクは紅茶を一口すする。ほっとする暖かさと、紅茶の香りが、とても安らぐ。
「カモミールティーにしてみました。気分が安らいでいいでしょう?」
「はい。いい香りが、とても安らかな気分になります」
「この紅茶おいしいよ〜」
少しだけ紅茶の味にまどろんだ後、秋子さんは真剣なまなざしで、僕を見た。
「あゆちゃん。これから話す貴方自身に起こった事、わたしたちのこと、この世界のこと、それは全て真実です。そして、それを知ってから、これからどうするのか、もう一度考え直してください」
「は、はい……」
秋子さんは、語る。
この世界は常に裏界と呼ばれる異世界の住人・エミュレイターに常に狙われていること。エミュレイターには、ボクたちの知っている『科学』という『常識』の力は一切効かない事。
それに対抗するために、人々が遠くに忘れ去った魔法の力を使って戦う人たち、ウィザードがいること。
そして……ボクもまた、ウィザードであること。
「あゆちゃん、貴方は遠い昔に神と呼ばれた存在の生まれ変わり『大いなる者』なのです」
「ボクが……神様の生まれ変わり?」
「そうです。どんな神の転生かまではわたしもさすがに分かりません。しかし、その左目……片目を代償に、大いなる魔法力を得る力は、紛れもなく、貴方が古代神の転生体である証明なのですよ」
「…………」
すぐに信じろ、と言うのが本来なら無理な話だけど……僕はこの話を信じるしかない。だって、ボクの身に起こったこと、あれは紛れもない現実だったんだから……
「再度聞きます。あゆちゃんは、これからウィザードとして、わたしたちと共にエミュレイターと戦ってくれますか?」
「……正直言えば、俺は反対です」
「……祐一さん」
「祐一……」
「確かにあゆの力は凄いポテンシャルを秘めているかもしれない。でも、こいつは一度死に掛けて、それをまた危険な目にあわせろと? 今日だってそうだ。俺たちが駆けつけるのが後一歩遅かったら、今頃お前という存在はこの世から消えていたかもしれない。そんなのはいくらなんでも過酷すぎる」
「祐一君……」
「今なら引き返せるぞ。あゆ。今聞いたことは全部忘れて、俺たちと普通の生活を送ればいいだろ? やっと目が覚めたんだ。失った七年間を取り戻したくないか?」
祐一君がもっともな事を言ってくれる。確かにボクはずっと眠り続け、やっと目を覚ましたと思ったら、ウィザードとしての力に目覚めてしまった。でも、今ならまだ、何もかも忘れて、平和に過ごすことも出来る。
でも……
「ボク、やります」
「あゆ!?」
祐一君の悲痛な声が、リビングに響いた。
「だって、世界が危険なことになっていることを知って、知らん顔できるほど、ボクの神経は図太くないもん。ボクにそんな力があるのなら……僕は世界を守りたい」
「あゆちゃん……」
「あゆ……」
「…………」
名雪さんも、祐一君も僕の真剣な気持ちを汲み取ったのか、それ以上は何も言わなくなった。秋子さんは、無言でボクの言葉を聞いていた。
「……わかりました。今日からあゆちゃんは、わたしが直々に指導しましょう」
「お母さん?」
「あゆちゃんは力に目覚めたばかりでまだその力は不安定です。ですから、わたしが力の使い方をコントロールする方法や、ウィザードとしての常識を、一から教えてあげましょう」
「いいんですか? 秋子さん」
「もともとわたしは若いウィザードを育てるために、輝明学園の園長をしているのですから。あゆちゃんの素質は、飼い殺しにするにはあまりに惜しい逸材です」
秋子さんはそう語る。でも、ボクは見逃さなかった。秋子さんの目が、一瞬だけ、妖しく光ったことに……
「さあ、祐一さん、名雪、明日から学校が始まります。初日から遅刻するわけにもいかないでしょうし、今日はもう、ゆっくり身体を休めておきなさい。名雪、今日はあゆちゃんと一緒に寝てあげて」
「はい」
「うん、なんだかそれを聞いたら眠くなって……くー」
「早いなおい!」
名雪さんはほんとに寝てしまい、祐一君がいくら揺さぶっても、ぴくりとも目覚めなかった。
仕方ない、と、祐一君は名雪さんを、いわゆるお姫様抱っこで、抱え、寝室へと運んであげる、二人の寝室は二階らしく、祐一君は名雪さんを起こさないよう、階段をゆっくり上がって、廊下を静かに歩いて運んでいった。
階段を上がり終えたとき、眠っている名雪さんが起きないように、ボクはそっと小さな声で真横の祐一君に話しかけてみた。
「祐一君……ひとつ聞いていいかな?」
「なんだ?」
「もしかして、昔、ボクと一緒に遊んでくれたこと、ない?」
そう。
ボクは相沢祐一という名前をずっと昔に聞いたことがあった。
ボクが眠りに着く前、七年前に、僕は一人の男の子と出会った。そしてその子と仲良くなり、ボクがずっと会いたかった人の名前。
「やっぱりか」
「え……」
「名前聞いてそうじゃないかと思ってたけど……久しぶりだな、あゆ」
「じゃあ、ほんとに……祐一君?」
「二度も言わすな」
「……!!」
感極まって、ボクの身体は、思わず祐一君に抱きつこうとしていた。
しかし、祐一君は、その身をひょい、と避けて、勢いあまったボクの身体は、壁に激突する。
「う、うぐぅ……痛い」
「アホか! 俺が今どういう状況か分かっているのか!?」
「うぐぅ、忘れてた……」
「まったく……まあ、こうやってめぐり合えたんだ。昔話もそうだが、積もる話は、また明日、な」
明日。
そう、ようやくボクは明日と言う日を迎えられる。ずっと眠り続けたボクが、ずっと待ち焦がれた時間。止まった時間が動き出したことを、証明する時間。
「うん……祐一君、また明日」
「ああ、また明日だ。それと、今日は名雪と一緒に、こっちの部屋で寝てくれ」
「え? 名雪さんの部屋はあっちじゃ……」
「開けるな。ハプニングで大惨事になっている。後で俺が布団と毛布持ってくるから」
「うん、それじゃ祐一君、お休み」
「ああ、お休み」
そしてボクは……また眠る。今度は明日を待つためのつかの間の休息。止まることがない時間を、新しい朝を迎えるため、ボクは目を閉じた。
Shadow
Moonより
諸事情により、すみませんが感想は後日……
会澤祐一様への感想は掲示板へ。
戻る 掲示板