アンゼロット宮殿:相沢祐一

 どうして俺はここにいるんだろう。
 そう思わずには、いられなかった。
 そう、今日はまだ冬休みで、俺は家でごろごろしながら、休みを満喫しているはずだった。
 はずだったのだが……



祐一の自宅:相沢祐一

 話は少しだけ遡る。
 俺は新年を過ぎ、残された冬休みをゆっくり過ごそうと部屋のベッドの上でごろごろしていた。思えば、これがいけなかった。ぼーっと漫画を読んでいると、突如頭上の空間が軋むような音を立て、そこに黒い穴がぽっかりと開けられた。今思えばこのとき、呆然としていたのがまずかった。次の瞬間には、そう、クレーンゲームのアームを巨大化したような何かが、一瞬にして、俺の体を掴み取ったのだ。

「げふぁ!」

 突然つかまれた衝撃で、潰れたカエルのような悲鳴を上げる俺。そして、捕まえたアームは、もの凄いスピードで俺を穴の中に引きずり込む。
 そして、気が付けば、そこは俺がよく知る場所にして、異空間の宮殿、世界の守護者・アンゼロットの住まうアンゼロット宮殿の内部だった。
 アームは急に俺を放すと、俺は重力に逆らえずに敷き詰められた赤じゅうたんの上にしりもちをつく。左右を見渡せば、同じ制服を着た男女が、ずらりと俺を取り囲んでいた。そして、俺の視線を真正面に向ければ、

「お久しぶりです、祐一さん」

 優雅に紅茶を飲みながら、笑顔を浮かべる世界の守護者の姿があった。



アンゼロット宮殿:相沢祐一

「おい」

 俺にこんな仕打ちをしておきながら、何食わぬ顔で紅茶を飲むアンゼロットの姿に、少しばかり怒りがこみ上げてくる。

「あらあら、どうされましたか、祐一さん。まずは、紅茶でも飲んで、落ち着いてはいかがですか」
「いらんわ! いきなり何の予告もなしに呼び出して、何のつもりだ、アンゼロット!」
「もう、祐一さんはすぐ怒りだすから困りますわ。話が進まないではありませんか」
「怒らせてるのは誰だと思ってやがる!」

 もっと言ってやりたい気分だが、この女には何を言っても無駄だということは、長い付き合いで分かりきってるので、とっとと諦める。

「……で、何の様だよ、急に呼び出して」
「そのことですが……」

 アンゼロットは、紅茶を一含みし、言葉を貯める。

「ただいま祐一さんは、最近学校の出席日数がかーなーり、やばいことになってるそうで」
「誰のせいだ! 半分以上はお前が原因だろうが!」
「それはまあ、置いといて」
「置いとくな! そこが重要なんだよ!」
「そのことでちょっとお話があります。祐一さん、早速ですが、三学期から、転校してください(はぁと)」
「……はい?」

 イマコノババァハナントオッシャイマシタカ?

「既に転校の手続き、及び転居届けなど、もろもろの書類はこちらで用意済みですので、今すぐ待ち合わせ場所まで行ってください。迎えの方がいらっしゃるそうですから」
「待たんかぁぁぁぁぁぁあああい!! 俺の意思はどうなる!? つか、俺の両親の承諾は!?」
「問題ありません。転校するのは輝明学園華音分校。貴方の叔母、水瀬秋子さんが園長を勤める学園です。秋子さんが、祐一さんの出席日数を最大限憂慮してくださるそうで、ご両親も大変お喜びでしたよ」
「な……」

 既に俺の両親も懐柔済みということにも驚いたが、転校先の方にはもっと驚きを隠せなかった。
 なぜならそこは……

「秋葉原分校で教鞭をとっていらっしゃるご両親も、祐一さんの最近の出席日数を大層お嘆きになっていたようで。遅刻、早退は当たり前、時には無断欠席もあるとなると、ご両親も教育者として、さぞ辛かったでしょうね」

 うっうっ、とわざとらしく、ハンカチで目頭をふき取るしぐさをするアンゼロット。もうツッコむ気も起きない。

「と、いうことで、秋子さんはこちらに転校すれば、とりあえず補習をクリアさえすれば、祐一さんの進級も認めて下さる、ということらしいです」
「…………」
「それから、祐一さんの下宿先ですが、秋子さんの家にめでたく決定しました。娘さんの名雪さんもご一緒ですが、狼になっては、駄目ですよ?」
「なるかぁっ!!」

 ぶっ飛んだ発言に絶叫する。
 まあ、この際、転校云々とかそういうもろもろの事情は置いておくとしよう。
 しかし、どうにも腑に落ちない。
 なぜ、アンゼロットは俺に今頃になってこの話を突然持ちかけてきた?
 そして、どうして転校先が……俺が「目覚めた」きっかけとなったあの街なんだ……?
 様々な疑問が俺の脳裏で渦巻くが、アンゼロットはそんな俺の様子などお構いなし。いつの間にか、天井からぶら下がっている紐に手をかけている。ま、まさか……

「ささ、時間が押していますので、ハリーハリー!」

 そう言いながら、ぐいっ、と紐を引っ張るアンゼロット。途端、俺の足元が消え、一瞬の浮遊感の後、重力による落下。

「うおわああああああぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁ……」

 いつか泣かしちゃる。
 そう心の中で誓いながら、俺は落ちていった。



駅前公園:相沢祐一

 そして、アンゼロットの仕業で俺が落ちた場所。
 北の街の駅前公園で、俺は雪を被りながら、迎えを待っていた。
 かれこれもう、2時間以上は待っているが、迎えは来ない。

「くそう、寒い……」

 部屋の中で暖房を炊いていたため、比較的薄着の状態で、いきなり外に放り出されたのだ。寒くない、と言ったら間違いなく普通じゃない。下手したら、凍死もありえそうな格好だ。生憎、俺はある事情で凍死はしないが。

「……アンゼロットの奴、こんなところで、俺にマジで何させようってんだ?」

 この街は、俺が七年前までよく遊びに来ていた街。ある事件をきっかけに俺が「目覚めた」きっかけとなった場所でもある。以来、この街には久しく来ていない。忙しくて来れない、と言うのもあるが、来たくなかった、と言うのもあるかもしれない。ここで起こった悲劇が皮肉にも……俺が世界の真実と、俺自身の力を知ることになるとは思いもよらなかった。
 今でも、その時の光景は……忘れられない。
 そんな物思いに耽りながら、チラッと、時計を見る。約束の時間は1時。とうに3時は過ぎている。いっそ凍死した方が楽な気がしてきた。
 と、そこに俺のもと近づいてくる足音。それは確実に一歩一歩俺の元へとやってくる。

「……雪、積もってるよ?」
「そりゃ、二時間も待たされてるからな」

 声をかけてきたのは、俺と同い年くらいの少女だった。そして、その面影から、その人物が誰であるのか、即座に理解する。

「わ、びっくり。まだ2時くらいだと思ってたよ」
「それでも一時間の遅刻だ」
「一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「寒くない?」
「寒い」
「それじゃ、これあげる」

 少女は温かい缶コーヒーを差し出す。

「遅刻のお詫びと……再会のお祝いだよ」
「再会のお祝いがコーヒー一本かよ……」
「ね、わたしの名前、まだ覚えてる」
「もちろんだ。お前も俺のことを覚えてるか?」
「もちろんだよ」
「じゃ、せーので互いの名前を呼び合うぞ」
『せーの』
「祐一」
「花子」
「違うよー」

 少女はむくれる。その表情がおかしくて、俺はさらにからかいたくなる衝動に駆られた。

「違ったか? じゃあ、次郎!」
「わたし、女の子……」

 さすがに今の冗談はきつかったようで、少女はマジへこみする。

「わかったわかった。さすがにからかいすぎた。悪かったよ、名雪」
「……うん、ちゃんと覚えててくれたから、許してあげるよ」

 俺の従姉妹、名雪はにっこりと微笑んだ。

「さて、そろそろ下宿するお前の家に案内してくれ」
「うん、こっち……」

 名雪が俺の手を引っ張り、歩き出そうとした瞬間。
 何か急激に空気が変わったような感触が、全身を包む。

「!!」
「こ、これって……」

 空を見上げれば、さっきまでの曇天が嘘のように晴れ渡り、代わりに、血のように真っ赤に染まった空と……紅い満月。

月匣(げっこう)か!?」
「え……!?」

 俺の台詞に驚きの声をあげる名雪。
 ……そして俺も今さらながらに気が付く。この空間内では通常の人間は完全に無力化されるはずなのに、平然としている名雪に。
 ……つまりそれは。

「もしかしてお前……」
「祐一、まさか祐一も……」
『ウィザード!?』

 互いを指差しあいながら、異口同音の驚愕の声をあげる俺たち。

「まさかお前もそうだったとはな……」
「全然知らなかったよ……」

 苦笑いするしかない。この駅前公園で展開された月匣には、いまや一般人――イノセントの存在は掻き消え、居るのは俺と名雪の二人だけ。だけど決して甘い雰囲気になれるはずもない。この巨大な結界〈月匣〉を展開しているのは……俺たち人類の敵・エミュレイター。裏界と呼ばれる世界から幾度となくこの世界に侵略を繰り返す俺たちの天敵。

「へー、随分余裕あるんじゃない?」
「まあな。結構場慣れしてるもんでな」
「もう今さらだよ」
「その軽口、いつまで持つかしら?」

 俺の真横にはついさっきまでは居なかった少女が立っていた。この寒い冬の時期に、薄いゴスロリのファッションという、ありえない格好をした少女。その身体からは、異常な雰囲気が漂う。明らかに並みの相手ではない。こいつはおそらく……

「……無名の魔王か」
「ええっ!?」

 名雪が驚愕の声をあげる。……さすがに魔王級とやりあうのはまだ未経験だったみたいだな。

「今はまだ、そうみたいね、あたしは魔王ベルモット。短い付き合いになるけどよろしくね」
「ゆ、祐一、逃げよう! 私たちじゃ、絶対勝てないよ!」

 悲鳴に近い声で名雪が提案する、が、

「いや、その必要はないな。多分……なんとかなる」
「はあ?」
「何、言ってるの?」
「勝てるって言ったんだよ」

 俺は片腕を伸ばし、空間に手を突っ込む。俺を包む個人結界、〈月衣(かぐや)〉から引きずり出されたのは、一振りの古式ゆかしい青銅の剣。しかし、それの鋭さは、決して、儀礼用のものではない。そして、それが放つ強大な魔力。

「それは……遺産? 祐一、転生者だったの!?」
「天叢雲剣。俺の相棒だ」

 俺は手になじんだ遺産・天叢雲剣を握り締める。

「この剣で……お前を裏界に送り返してやるぜ」
「……ふざけているの?」
「いや、真面目な話だ。多分お前じゃ俺には勝てない」
「…………!! たかがウィザードが! 舐めるな!!」

 激昂する魔王ベルモットの爪が俺を切り裂こうと迫る。しかしその鋭い一撃を、俺は装着したボディアーマーで受け流す。

「……な!?」

 驚愕の声をあげるベルモット。その隙を見逃しはしない。

「こっちの番だな」

 俺は相棒を巧みに操り、魔王の身体に切りつける。

「はや……」

 俺の斬撃を避けきれず、その身を刃に裂かれる魔王。苦悶の表情を浮かべながら、俺を睨みつける。

「この……程度で……」
「だろうな」

 俺は即座に剣を引き抜き魔王と対峙する。魔王も、俺を格下と侮るのを止め、じりじりと距離を詰めながら、攻撃のときを窺っていた。



月匣:水瀬名雪

「嘘……」

 祐一がウィザードであることにも驚いたがそれ以上に驚いたのは、無名とはいえ、魔王級の相手を前にして、たった一人で一歩も譲らないどころか、むしろ圧倒しているその強さだ。
 あれだけの強さを身に着けるには相当の場数を踏まなければ、あんな動きは出来ない。わたしの知らない七年の間、祐一はどれだけの修羅場を潜ってきたのだろうか。想像も出来なかった。
 あれほどの強さを持つ人をわたしは少なくとも、2人しか知らない。
 わたしの学校の上級生で、私も尊敬しているウィザードの先輩……

「名雪ー!」

 わたしの名前を呼ぶ声。それは空の上から聞こえてきた。ウェーブのかかった長い髪をなびかせながら、全力で駆けつけてくれたのだろう。

「香里!」

 彼女は美坂香里。わたしの親友で同じくウィザード。何度か同じミッションをこなしたこともある、頼れる自慢の親友。
 香里は愛用の“箒”ドラゴンブルームに乗り、高度を下げながら、わたしの傍に寄る。

「いきなり近場で月匣が展開されたから、駆けつけてきたんだけど……名雪も居たなんて思わなかったわ」
「うん。でも来てくれて嬉しいよ」
「本当にただの偶然だったんだけど、ね。それより……」

 香里は視線を、祐一と魔王に向ける。
 祐一は魔王と数合きり結び、自分も傷を負いながらも、少しずつ魔王にダメージを与えていく。

「彼もウィザードみたいだけど……一体何者? それからあのエミュレイター、とんでもない魔力を感じるんだけど」
「わたしの従兄弟で、今度転校してくる祐一。今祐一が戦ってるのは……無名の魔王みたい」
「な……」

 香里も驚愕する。

「それを……一人で!?」
「うん……わたしじゃ、手も足も出せないけど……」
「ほとんど互角……ううん、下手したらもっと強いんじゃないかしら、彼。おそらくまだ、本気を出しても居ない」

 それはわたしも少しだけ思った。祐一はまだ、ウィザード特有の能力も使わないで、自分の実力のみで戦ってる状態。遺産の力も、ほとんど使わずに戦ってる。そして、祐一にはまだ奥の手があるように思えた。

「水瀬! お前も居たのか!」

 唐突に、知っている声が後ろから聞こえてきた。背後から駆けつけてきたのは、歪な穂先をした槍を構えた、金髪の男の子。彼もわたしのウィザード仲間で、北川潤という。

「北川君、どうしてここに?」
「そりゃ、買い物してたら、いきなり月匣が展開されて、大慌てで飛び出したら、空飛んでる美坂を見かけたんで、追いかけてきたんだよ」
「……それじゃまるで、あたしを追いかけてきたみたいじゃない」
「当たり前だ。美坂のピンチには絶対俺が駆けつける」
「馬鹿」

 白い目で一刀両断する香里。がっくりと肩を落とす北川君の姿に、わたしはちょっとだけ笑ってしまう。

「それより、あいつ、誰だ?」
「今度転校してくるわたしの従兄弟だよ」
「あーあー、三学期から転校生が来るらしいって聞いてたけど、あいつがそうなのか。にしてもすげえな。あいつもウィザードみたいだけど、あのエミュレイター、かわいい顔してかなり強そうなやつをサシで相手してて、互角以上に戦えてるみたいだな」
「……多分北川君じゃ、同じ状況、同じ条件になったら数合持たないと思うわよ」
「何でだ?」
「あれ、無名だけど、裏界の魔王らしいわよ」
「はあ!? それを一人で!? ありえねえだろ!」

 北川君も、祐一の強さに驚きの声をあげるしかない。
 魔王は祐一と切り結び、着々と傷を負い、息が荒くなっていく。ダメージがだいぶ蓄積されていってるようだ。
 これ以上切り結ぶのは不利と悟ったのか、魔王は祐一から離れ、その視線を祐一ではなく、私たちに向ける。
 まさか……

「邪魔なウィザードが増えてきたわね……面倒なあんたたちから始末させてもらうわ!」
「しま……」

 魔王は呪文を唱え、その手には歪みの魔力が収束する。その詠唱は止められず、魔王の魔法が完成する。

「ディメンジョン・ホール!」

 わたしたちの周りの風景が歪み、そのゆがみが私たちを蝕む。その魔力はとてもではないが耐え切れない。
 即座にわたしは身構えるが、香里がわたしたちの前に立ち、その魔法を真正面から受け止める。
 この時、香里は自分の身体に流れるエネルギー、プラーナを限界まで燃やして、魔法への防御に費やしていた。香里はプラーナをコントロールすることで超人的な力を得た格闘家、龍使いと呼ばれるウィザードだ。香里は放ったプラーナを、わたしたちの放つそれより数段強く発揮される術を持っている。しかし、それを差し引いても、彼女の魔法への耐性はまだ薄いことを長い付き合いでわたしは知っている。だからわたしが取るべき行動も、既に決まっていた。

「プリズムアップ!」

 わたしの魔法が、香里の全身を包み、香里の魔法耐性を強化する。これで……香里も耐え切れるはず!

「それはさせないわよ! ディスアペア!」
「そんな!」

 わたしの防御魔法は、いともあっけなく、魔王の魔法によって打ち消される。
 わたしの援護も打ち消され、その身ひとつで耐え切る香里。

「く……ううっ!!」

 魔法の威力に後ずさりしながら、香里は苦痛の声を漏らして耐える。そして、魔力の奔流が収まり、荒い息を漏らす香里が、立ち尽くしていた。

「へえ……今のを防ぎきるんだ。結構やるわね」
「や、やる気になれば……なんとか……なるものね……」
「でも、それもいつまで持つかしら?」

 再び魔王は詠唱を開始する。
 まずい。あれをもう一度撃たれたら、今度はいくらなんでも耐え切れない! 香里がわたしたちを身を挺して守ってくれたのも、そう何度も使えない。今度はせいぜい一人が限界のはず。おまけに魔王はわたしの防御魔法なんて簡単に打ち消すだけの魔力を持っている。そうなったら、わたしたちでは……

「それはさせねえよ」

 そう宣言したのは、

「祐一……」

 祐一はそう宣言すると、魔王の前に踏み込み、遺産の剣を振るう。さっきまでの動きとは異なる、人間離れした動きを見せる。そして、遺産・天叢雲剣が、ぼんやりと淡い輝きを放つ。

「食らえ!」

 普通の人間では絶対に出せないような、斬撃。それは戦闘訓練を繰り返し続けたものの一部のみが放つことが出来る幻想の一撃。そして、遺産の魔力、全てを組み込んだ祐一の渾身の一撃が、魔王を完全に切り裂いた。

「あ……う、そ……」

 何が起こったのかわからない、と言う様子で魔王はかすれた声を上げた。

「魔王の……あたしを……こんな一瞬で……お前……ほんとに……ウィザード……なの?」
「ウィザードだよ。ちょっと修羅場のくぐり方が違うけどな」

 そっけなく魔王の問いに答える祐一。そして、魔王ベルモットは、その身体を霧のように散らし、消滅した。



駅前公園:相沢祐一

 月匣がルーラーを失って崩壊していく。それを見届ける前に、俺は武装をさっさと〈月衣〉の中にしまいこんだ。

「名雪、無事だったか……って、なんか増えてるな」

 戦いに夢中になってて全然気づかなかったが、どうやら、俺と同じウィザードらしい男子と女子が、駆けつけてくれてたようだ。
 特に、女の子の方は、あいつの魔法をもろにその身に受けたのか、ぼろぼろの身体をしている。

「大丈夫か? ええっと……」
「香里。美坂香里よ。貴方と同じウィザード。それと心配要らないわ。このくらい、大したことないわよ」
「そ、そうか……」
「それよりさ、お前、すげえんだな! 魔王級相手にして、一人で勝っちまうなんてよ!」

 突然話に割り込んでくる金髪の男子。

「いやー、お前ホントすげえ! 俺ちょっと感動! ハグしていいか?」
「そんな趣味はない! つか、お前は誰だ?」
「俺? 俺は北川潤。これでも輝明学園の華音分校じゃそれなりに名が通るウィザードだな」
「嘘おっしゃい。名前が通るのは一般の生徒の方で、貴方、ウィザードとしてはあたしと同じくらいじゃない」
「あり? そう? まあ、いいじゃんそんなの」
「ほんっと、口だけはうまいんだから……」
「っと、自己紹介がまだだったな。俺は相沢祐一。何故か、突然、三学期からこの街に転校することになった。名雪、俺の学年は2年生だよな?」

 何故か、と、突然、と言う部分を強調して、俺は挨拶した。

「え? 祐一、わたしと同い年なんだから当然でしょ? もしかして、留年したの?」
「いや、留年はしてない。まだ、な……」
「まだ?」

 怪訝そうに香里が鸚鵡返しで尋ねる。

「向こうでの出席日数がだいぶやばいことになってたからな。まあ、それがなくても、あいつの力があれば、学年なんて簡単に操作できるだろうし……」
「あ、そういえばお母さんもそんなこと言ってたね。大丈夫だよ。祐一、うちの学校で補習を受けていれば、進級はさせてくれるって」
「そ、そうか。よかった……」
「その代わり、うちに帰ってからもずーっと補習だけどね」
「な、何ぃ!? 聞いてねえぞ、そんなの!?」
「これでも、お母さんが最大の配慮をしてくれたんだよ? それとも……祐一、補習室、行きたい?」
「……あるのか、あれが?」
「うん」

 名雪の頷きに俺は顔を真っ青にする。輝明学園の補習室と言えば、どこぞの軍隊並みのスパルタ式で有名であり、その言葉を聞くたびに通う生徒は震え上がるほどだ。

「あ、秋子さんには感謝しないといけないな……」
「うん、お母さんにお礼言ってあげてね?」

 うむ。秋子さんの優しい心遣いには、感謝しないといけないな。

「それじゃ、香里、北川君。わたし、家まで祐一を案内しないといけないから、ここでお別れだね」
「何!? 相沢、お前水瀬の家に居候することになったのか!?」
「……ああ、何故か、そういうことになっているらしい」
「さっきから引っかかる言い方するわね……自分の本意じゃないような言い方ばっかりしてるように聞こえるけど」
「まあ、それは……どっかの超若作りのクソババアの仕業だよ」
「く、クソババアって、貴方の言ってる人って、もしかして……」
「それ以上言いたくない」

 俺の言いたいことを察したのか、香里は口をつぐむ。多分、香里は誰のことだか分かったはずだ。
 北川という奴と、名雪のほうは、何のことか分からずにきょとんとしている。

「まあ、そういうことだ。今日から俺は名雪ん家の居候になるんだ、よな?」
「うん、今日から祐一も、わたしの家族だよ」
「そうか。じゃ、今日からよろしくな、名雪」
「うんっ」
「それと香里と北川。また学校で会おうぜ」
「ええ、またね、相沢君」
「おう、また学校でな」

 その言葉を最後に俺たちは一時の別れを告げた。

「じゃ、名雪、改めてお前の家まで案内してくれ」
「うん」



北の街上空:???

「あーあ、やっぱあれ程度じゃ相手にもなりゃしないわね」

 ま、予想はしてたけど、と嘆息を漏らす少女。学生服にポンチョを羽織り、短くそろえた銀の髪を風で揺らしながら、その金の瞳は、相沢祐一を写していた。

「しかし、魔王ベルモットの敗北もまた、この書物に書いてあるとおり」
「先に言いなさいよ」
「だって、聞かれなかったし」

 傍らに立ったもう一人のしれっとした言い草に、銀髪の少女は舌打ちする。
 銀髪の少女の傍らに立つのはボサッとした漆黒の長髪の少女。両の手に抱えられているのは、大きな一冊の本。

「……まあ、いいわよ。で? リオン? 彼がこの街に来たってことはあの子もそろそろ目を覚ますんでしょ? いつ?」

 リオンと呼ばれた少女は、パラ、と本をめくる。

「この書物によると、今日の午前0時と同時に目を覚ます、と書いてある」
「そう……ふふふ、ちょっと楽しくなってきたわね」

 心底楽しそうに笑い、何かを思いついたように、口元を歪める。

「それじゃ、歓迎パーティは派手に準備してあげましょ? さーて、これからが楽しくなってくるわ。『あいつ』もそろそろ気づくだろうし。『ゲーム』は盛り上げないと面白くないもの、ね」

 愉快そうに言う少女。彼女を知る人はこう呼ぶ。
 裏界の大公“蝿の女王”ベール=ゼファーと。
 その楽しげな表情をする彼女を眺めながら、黒髪の少女、“秘密侯爵”リオン=グンタは心底どうでもよさそうにため息をついた。



Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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