(雪…また降ってきたな)

外にでると、先ほどまで止んでいたはずの雪が再び舞い落ちる。
吐いた息も白く、雪国にいるのだと祐一に実感させる。

(さて…)

どうやら結界を破ろうとしたのか、所々に結界の歪みが生じていた。
裏庭の方に気配を感じた祐一は、そこに向かう。
どうやら祐一が出てきた為、身を隠したようだった

(…この庭は)

裏庭に着いた途端、祐一の脳裏にある光景が浮かび上がる。
三つ編みの少女……並んで笑っている男の子。
二人は楽しそうに庭を走り周っている。
過去の記憶だろうか?
不意に頭痛がし、咄嗟に頭を抑える。

(今のは?………!!)

その時だった。
祐一は何かの気配を感じ、とっさに後ろに飛ぶ。
ドンという激しい音と共に砂煙が舞い上がる。
どうやら結界をやぶったらしく、魔物が攻撃を加えた。
先ほど祐一が立っていた所に、人程の大きさの魔物がいた。
頭からは角、そして鋭い牙と爪、そして背中からは黒い羽が生えていた。
その姿はまさしく化け物だった。

(この街に来て早々…ついてないな)





月下の夜想曲
第2話



「オマエ…ナニノモダ」

対峙していた魔物が突然口を開く。
片言の言葉で祐一に問いかける。

「……口が利けるのか?」

魔物が言葉を吐いた事に驚く様子を見せる。
祐一の経験上、今までそんな魔物はいなく問答無用で襲ってくるタイプばかりだった。

「お前はなぜ人間を…俺を襲う?」

「ニンゲンハ…ショクリョウダ!!」

言い終わるや否や、魔物はもの素早い動きで祐一に襲い掛かる。
その速さはとても人間が反応できる速さではない。
だが祐一は軽々とそれを避け、右手に魔力を込め、手をかざす。
その手から魔力の塊が飛び出る。

「ムゥ……」

魔物はソレを避けようと動こうとしたが、軌道がずれている事に気付きその場を動くのをやめる。
ソレは魔物の読み通り動くまでもなく外れていて、魔物の上を通っていく。

「…」

パチン!

しかし、魔物の考えは浅かった。
祐一が右手の指を鳴らすと、その塊は突然ばらばらに弾ける。
弾けた魔力の一部が、魔物を後ろから襲い掛かる。

「ムォォォ!!?」

外れたと油断していた魔物はソレを避ける事はできず、まともに当たる。
魔物は膝から倒れ両手を着く。

「グゥ!!コザカシイ!!」

「……隠れている奴も出てきな…バレてるぞ?」

祐一は目の前の魔物から視線をはずし、自分の後ろに向かって殺気を放つ。
最初に感じた気配は3つ、恐らく残りの2匹は隠れて奇襲とでも考えているのだろうと祐一は判断する。
祐一の判断通り2匹はソレが狙いだったが、祐一が常に気を回していた為動けずにいた。

「グゥゥゥ…」

「グルルルル…」

隠れていた2匹が姿を現す。
祐一の目の前にいる魔物と同じ姿をしているが、どうやら人語話せるほどの知能はないようだった。
2匹は突然走りだし、祐一に襲い掛かろうとする。

(丁度良い…試すか)

祐一は振り向き、正面から迎え撃つ。
精神を研ぎ澄まし、集中する。





相沢流陽の章一ノ奥義『感氣法』







魔物達は感じた。
祐一の様子が変わったことに……。
外見は何も変わってはいないが雰囲気が明らかに違っていた。
祐一に向かっていた2匹は、本能的に立ち止まる。
次の瞬間魔物達の視界から祐一が消える。
見えたのは、最初に祐一と戦っていた魔物が膝をついてこちらを見ている光景だった。







相沢流陽の章二ノ奥義『旋風』






それが2匹の見た最後の光景だった。
2匹は胴体が真二つに裂け、激しい血しぶきをあげながら倒れた。
祐一はいつの間にか2匹の後ろに立っていた。

「…ほぉ。これは中々だな」

そう呟いたのは祐一、その瞳には情けなど微塵もなかった。
そんな祐一の後姿を見ながら魔物は震えていた。
ただのエサだと思っていた。
自分達が狩る側だと信じていた。
だが事実は……違っていた。
目の前にいるのは返り血を体中に浴びた、人間が一人。
この魔物は理解する。
狩られると……。

「…話せ。なぜ貴様ら魔物は俺を狙う?」

祐一は質問しながら魔物に近づいていく。

「オ、オマエカラハ…ホウフナマリョクヲカンジル」

「…それで?」

「ニンゲンナノニソノマリョク…ワレラニトッテハゼッコウノエサ」

「…そうか」

魔物達にとって人間はエサとしての栄養だけでなく魔力をも吸い取っている。
魔力とは生き物なら誰しも持っている。
魔物はその魔力を得る事で強くなり、生き永らえる。
それに魔物には人間は弱い生き物と認識している。
なら必然的に魔力のある人間を狙った方が得と言うことだ。

「シカシ…」

「ん?」

「イマノオマエカラハ…オナジマゾクノニオイガスル」

「……」

魔物の言葉に驚いた様子もなく、無言で睨む。
祐一には過去の記憶がない。
少しでも記憶を取り戻そうと…いろいろと調べた。
『相沢家』に行っていろいろ調べたが、得られたのは認めたくない真実だった。
裏の姿の『相沢家』と、7年前の事件。
そして知ってしまった……本当の自分を。

「キサマハ…ナニモノダ?」

「……」

魔物の問いに何も答えない。
今の自分は何者か?
祐一は俯き自分に問いかける。

「イマハニゲル……ダガツギハコロス」

魔物は動ける程度まで回復したようで、この場を去ろうと立ち上がる。
元よりそれほどのダメージを負ったわけではないので、数分もすれば動けていたのだ。
ただ、祐一との桁外れの力の差に放心していただけだった。

「…他の人間を襲うのか?」

魔物が地面を離れ飛び立とうとした時、祐一は魔物に問いかけた。
俯いていた顔を上げ、魔物を見据える。

「ムロンダ…ソシテカナラズキサマヲクラウ!!」

そう言い残し、魔物はバサッという音と共に空高く飛び上がる。
祐一は冷たい瞳で魔物を見続け、口を開く。

「なら……ここでチェックメイトだ」

もう一度指をパチンと鳴らす。
すると先ほど魔物がいたらしき空中から、パンという破裂音とともに魔物の雄叫びが響く。
だがその音も声も、風の音によってすぐに掻き消された。
なぜ離れた魔物が絶命したか?
それは先ほど祐一の放った魔力の欠片が魔物の体にいくつも付着していた。
祐一はそれを爆発させただけだった。

「……」

未だ降り注ぐ雪の中、二つの死体の前で立ち尽くす祐一。
祐一の体は、魔物の返り血と雪でひどく濡れていた。

「祐一さん…風邪、引きますよ」

突然声がして、祐一は振り返る。
そこにはいつの間にか秋子が立っていた。

「秋子さん…」

祐一はボソッと彼女の名前を呼ぶ。
その瞳は悲しみ、不安、などが入り混じっているような感じを秋子は受けた。

「…大丈夫です。寒くはありませんかあら……」

「…相沢流・陽の奥義『感気法』と『旋風』ですか…」

「見ていたのですか?」

祐一は驚いた表情で秋子に問いかける。
戦っていた時、祐一は常に周りに気を配っていた。
それなのに秋子の気配はまったく感じられなかったのだ。

「体内にある『気』を操り、身体を強化させる『感気法』」

動揺を隠し切れない祐一をよそに、さらに言葉を続ける秋子。
一歩一歩祐一に近づいていく。
祐一はその場に立ち尽くし、じっと秋子を見つめる。

「そして練った『気』を手に纏う事で、相手を斬る事ができる『旋風』」

「……」

「祐一さん、まさか陰の奥義も?」

「!!…なぜ分家の秋子さんがそれを?」

祐一は目を見開く。
宗家にいた時、祐一は色々なことを調べた。
奥義もこの時に初めてその存在を知った。
『水瀬家』は『相沢家』の分家の一つである。
なら奥義を知っていてもおかしくないのだが、『陰』の場合は別だった。
これは宗家の中でも特別で、宗家の一部でも上の者しか知らない。
その上この奥義は機密事項扱いでもあり、また禁術でもあった。

「…やはりそちらも体得していたようですね」

「…質問に答えてください…なぜ秋子さんが『陰』の存在を知っているのですか?」

「……昔私が魔物に襲われた時に、姉さん達が…私を助ける為に使っていたので」

秋子の表情に暗い影が指す。
その言葉を聞いて祐一は納得した。

「…祐一さん」

「はい?」

突然顔を上げ祐一に問いかけた。
その表情は、まるで何かを決心したような表情だった。

「……この街に帰ってきた本当の目的はなんですか?」

鋭すぎる…祐一は心の中で呟く。
奥義を使ったというだけでそこまで悟られると思っていなかった。

「どういう意味ですか?」

表面上は動揺していないように普通に振舞う。
視線を合わせるが二人は身動き一つしない。

「…祐一さんほどの実力があるなら過去の事も既に調べあげているはずです」

先ほどの奥義の連発、あれはそう簡単にできるものではない。
ましてや祐一は記憶をなくしているのだ。
奥義を教えたと言う情報も聞いていないし、7年前の祐一も奥義は体得していないはず。
宗家に戻ってから僅か短期間で奥義を会得している事になる。
それならば祐一はかなりの実力と奥義を知る為の知識があるはず。
そう秋子は読んでいた。

「……」

秋子の読みも的を射ていた。
まさかここまで秋子が鋭いとは思っていなかった祐一は、突然の質問に答えることができない。

「…私は確かに宗家から祐一さんの監視の命を受けています」

それは祐一も理解していた。
宗家が問題児である自分を野放しにするはずもない。
常に監視下に置くために秋子の下に送ったのは理解している。

「ですが、私は何があっても祐一さんの味方ですよ」

それは秋子の本心だった。
その言葉を聞いて、祐一は胸が熱くなっていくのを感じた。
何も言葉を返す事はできない。
ただただ素直に嬉しかった。
だが…巻き込む訳にはいかなかった。

「ありがとうございます。でも……」

「では質問を変えましょう。先ほど魔物が言っていた『同じ匂いがする』とはどういうことですか?」

聞かれていた―――
秋子の言葉に顔色を変える。
一番聞かれたくない事を聞かれてしまった。
だが、それと同時に確信した。
水瀬秋子は何も知らない―――
だからこそ祐一は何も話せなくなってしまった。

「今は答えてくれませんか?それとも……これからも答えてはくれませんか?」

「……」

「そうですか……」

何も言わない祐一に答えてはくれないと判断した秋子。
秋子は祐一の近くまで歩みより、倒れていた魔物の死体に手をかざす。
秋子の手に魔力が集中していくのを祐一は感じた。
次の瞬間魔物の死体は炎に包まる。
最後には炭になって消えていった。

「家に入りましょう。ここにいては風邪を引いてしまいます。」

祐一に一瞬悲しげな表情を見せたが、すぐにいつもの微笑に戻っていた。
先に戻る秋子の背中を見ながら祐一は心の中で呟く。
巻き込むわけにはいかない―――






Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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