「祐一、髪の毛染めたの?」

祐一の隣を歩く少女、名雪がふとした事を切り出す。
名雪の記憶では、黒髪に少し茶色掛かったぐらいだ。
いくら7年前の記憶とはいえ今の様な銀髪ではなかったのだ。

「……」

祐一は彼女の言葉に何も返さない。
いや返す事ができないのが事実。
なぜなら……。

「似合っているよ!祐一!」

7年前の事……いや、1年以上前の事など…何も覚えていないのだから。





月下の夜想曲
第1話



「はい、どうぞ」

そう言いながら暖かいコーヒーを祐一の前に置く。
水瀬家に到着した祐一を出迎えてくれたのは、叔母でもある水瀬秋子だった。
家に着くなり名雪に案内され、部屋に向かった。
部屋には、家具などもしっかりとあり尚且つ、暖房器具も既に付けられていた。
おそらく祐一の為に秋子が前もって用意していたのであろう。
祐一は心の中で感謝し、部屋の中に入った。
荷物を置きコートを掛け、話をする為にリビングに向かいそして今に至る。

「どうも、これからお世話になります」

「いえいえ、家族が増えて嬉しいわ」

手を頬に当て、嬉しそうに秋子は言う。
家族……その言葉は祐一に重くのしかかった。

(家族…か)

自分は家族と呼べる人達を捨てた……その罪を背負い今はここにいる。
とっくに覚悟はしていた…。
だが、その言葉はやはり祐一にはつらかった。

「すぐにご飯にしますね。お風呂沸かしていますからどうぞ先に入ってください」

「はい」





「ふぅ……」

秋子の手料理を食べ終えた祐一は部屋に戻り、ベッドに横になっていた。
秋子の料理は、一言で言えばうまかった。
そしてやはり、懐かしい様な気がした。
7年前もあんな料理を食べていたのかと思う。

「祐一〜」

ドア越しに名雪の声が聞こえた。
祐一は立ち上がり、ドアを開けようとノブを回す。

「…どうした?」

「ん、祐一明日暇かな?」

かわいらしいパジャマを着た名雪が言う。
用事があるとすれば荷物の整理ぐらいだろうが、持ってきたのはバッグのみ。
整理するほどの量は持って来ていない。
元より祐一はここに長居するつもりはないのだから。

「特に用事はないが…」

「じゃあ明日街を案内するよ!」

長居しないと言っても、必要なものは多々ある。
一応いくつか欲しい物が有るのも事実。
それに、見に行きたい場所も祐一にはあった。

「…わかった」

一瞬考えてそう返事を返す。
ついでにその時に必要な物を買い揃えようと頭に浮かんだ。

「それじゃおやすみ!」

名雪はそう言って祐一の向かいにある自分の部屋に戻った。
祐一は自分の部屋にある時計を見る。
時間はまだ9時前だった。

(もう寝るのか?いくらなんでも早すぎだろ……)

だが、今の祐一にはそれは好都合だった。
できれば秋子に話があったのだが、名雪がいた為に秋子にそれを中々切り出せなかったのだ。
そして名雪が寝た今、秋子と話しをする為にリビングに向かう。





「来ましたか」

リビングのドアを開けると、秋子が椅子に座っていた。
どうやら祐一の事を待っていた様子だった。
その様子は先ほどののほほんとした秋子とは違い、真剣な表情だった。

「…飲み物を用意しますね。座っていてください」

秋子は飲み物を取りにキッチンに向かった。
少ししてマグカップを持った秋子がリビングに戻って来た。
片方を座っていた祐一に手渡し、祐一の向かいに座る。

「ありがとうございます」

「聞きたいことがある…みたいですね」

「ええ、その為にこの街に来る事承諾しましたから」

二人はしばし見つめあう。
沈黙がリビングを包んだ。

「……話してください。7年前…俺に何があったのか」

先に沈黙を破ったのは祐一の方だった。
祐一は知る必要があった。
この人は何処まで知っているのか。
知らなければならない…本来祐一は招かざれる客なのだから。

「…祐一さんは本当に過去の事を覚えていないのですか?」

秋子は座りなおし、真剣な瞳を祐一に向けた。

「…残念ながら…何も」

祐一は済まなさそうに口を開いた。
それを聞いた秋子は悲しい顔でそうですかと返した。

「宗家から連絡があった時、祐一さんは記憶をなくしていると聞きましたが……事実なのですね」

「はい。記憶をなくした俺は小坂さんという方達にお世話になっていました」

「……そうですか」

「そして半年程前に初めて『相沢家』の方からコンタクトがありました」

ここから祐一が淡々と説明をし始めた。
ボロボロになって倒れているのを小坂家の人々が見つけて保護をしてくれた。
祐一が目を覚ましたのはそれから三日後の事。
小坂家の人は、医者に連絡しところただの過労だと言うことで自宅に寝かせてくれていた。
目を覚ました時は記憶もなく、なぜあそこで倒れていたのかさえわからなかった。
そして暫くそこで生活し、『相沢家』と何度か接触した。
そして宗家の命令で、『相沢家』の分家の一つであるここ『水瀬家』に来た事を説明する。

「命令?それは記憶を戻させる為に此処に?」

「………おそらくそうでしょう」

祐一が一瞬苦い表情をしたが、秋子はある疑問を考えていたため気付かなかった。
なぜ宗家は祐一をこの街に向かわせえてまで記憶を戻そうとしているのか?
秋子にはそれが不思議でたまらなかった。

「秋子さん…俺は前の街である物達に襲われていました」

ここで祐一が別の話を切り出してきた。
秋子は一度考えを中断し、祐一の話に耳を傾ける。

「…襲われていた?」

「はい…」

祐一の言う物達、それの正体は聞かずとも秋子には理解できた。
それは自分の、人間の、そして『相沢家』の敵である魔物の事だろう。

「ち…来たか」

「…え?」

祐一が突然舌打ちをならし、窓の外を見る。
考え事をしていた秋子は祐一の言葉に唖然とする。
だが祐一の様子からすぐに察した。

「…3匹か…」

「魔物…ですね」

秋子は一度視線を祐一からはずし、すぐに祐一に戻した。
その顔は真剣そのもので、先ほどまでの秋子とは明らかに違っていた。

「ええ。前の街でも……襲って来ました」

「やはり……」

「秋子さん、この家には結界が?」

「ええ…余程のことがない限り大丈夫でしょうが…妙ですね」

「妙?」

「いつものなら…結界があると気付くとすぐにいなくなるのですが…」

秋子の疑問に思うのも無理はない。
魔物達にとって人間とはエサだ。
わざわざ結界内にいる者達を狙わなくても、外にはいくらでもいる。
それなのに今いる魔物は何かを待っているように感じられたからだ。

「……」

祐一には魔物達がなぜ留まっているのか理解した。
十中八九自分がいるからだろう…魔物達の狙いは自分だと。
とりあえず奴らを追い払おう。
祐一はそう思い、席を立つ。

「…少し行ってきます。秋子さんはここにいてください」

「祐一さん…でも」

「あいつらは…俺に用があるみたいですから」

その体から少しずつ魔力が洩れているのを、秋子には感じた。
強い……直感的に秋子は理解する。
部屋をでる祐一の背中を見守りながら、秋子は何処か違和感を覚える。
だが、今の秋子にはその正体がわからなかった。






Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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