注意
このSSはキャラが死ぬときがあったり、キャラの性格が激変したりと、ダークな部分があります。
そういうのに不快感を持つ方は、読むのをおやめ下さい。










仮面ライダー

Living With You


第一話「All night long(後編)






泣き明かすと留美と聖は祐一から身体を離した。もう二人の顔から絶望の色は消えていたが、なぜか気まずそうに祐一から目を背けていた。そんなことは一切気にせず祐一は真面目な顔になり、二人を抱き締めていた間に考えていたことを言った。


「なぁ二人とも。俺は……ここから脱走しようと思う」


冗談で言えば最悪の部類に入るが、そうとは思えない真剣な表情に二人も真面目な顔つきになる。


「俺はこのままエリュシオンの手先になって多くの命を奪うくらいなら、出来る限り反抗して死ぬことを選ぶ。皆はどうする?これは俺の身勝手な考えだから強制はしない」


祐一は本人の意思を尊重する。だが、二人はそれを鼻で笑い飛ばして言った。


「愚問だね。御一緒するよ祐一君。このまま残された人間を奪われるくらいなら、鉛玉で蜂の巣になった方がマシだ」

「私も行くわよ。残った心を殺されるくらいなら、澪を殺した奴らの目の前で腹の石を砕いて死ぬわ」


物騒な言い方だったが、二人の強い意志は伝わった。祐一は頷くと顔を寄せ合って作戦を起てた。








数時間後、静かになった牢屋の前にいた門番のスレイブは、突然の苦悶の声に目を向けた。
牢屋の中では、腹を押さえて苦しむ留美と、オロオロする祐一と聖がいた。


「オイ門番!留美の様子がおかしい!ちょっと人を呼んできてくれ!!」


門番は言われたとおりに、護衛のスレイブと研究員の二人を連れてきた。研究員は『またいつものことか』と溜め息をついて牢屋の鍵を開けた。実はこの時、研究所内は【星戦士計画】の成功に浮かれ、気が抜け切っていたのだ。

何の注意も無く入ってきた門番を含めた三人に、祐一と聖と『苦しんでいる振り』をしていた留美は一斉に飛び掛った。
聖の手刀が門番の首を叩き、祐一の拳が護衛のスレイブの顔面を砕く。あっという間にスレイブを二人とも倒された研究員は呆気に取られ、その隙に門番の電磁警防を奪った留美は剣道でいう『面』で研究員を打つ。そして容赦なく口の中に警防を突き入れ、グリップにある赤いボタンを押す。予想通りバチン!という音が鳴って研究員の口の中が青く照らされると、そのまま白目を向いて気絶した。


「よし!上手くいったわね!
―――ってどうしたの二人とも?」


祐一と聖は自分の両手を凝視していたが、目を閉じて軽く息を吐くと「なんでもない」と言って牢屋から出て行った。

留美はスレイブのことなど全く見ていなかったが、倒された二人のスレイブのうち一人は首があらぬ方向によじれ、もう一人は文字通り顔面の骨を『粉砕』されていた。殺意は無かったのに、この威力。

祐一と聖は、その異常な力に改めて自分が規格外の『
バケモノ』になったことを実感し、恐怖したのだった。







牢屋での出来事はすぐにウリエル達に知られることとなった。浮かれていた空気は一瞬で消え去り、ウリエルを含めた研究員達がスレイブに指示を飛ばす。同時に研究所内に設置されている監視カメラも目まぐるしく動き出した。
ウリエルは「監視室」と書かれた部屋で、壁一面に取り付けられたディスプレイで監視カメラの映像を睨みつけていた。廊下、室内、トイレに至るまで全ての場所の映像が映し出され、その中の一つに見覚えの在る三人組が写っていた。


「あんのモルモットどもが最後の最後で足掻きだすとはなぁ。全員に通達!必ず生け捕りにしろ!!その為なら腕の一本や二本は構わん!!!」


既にウリエルの激情は怒髪天を突いていた。口調も荒々しい物になっている。すぐさま研究所内に警報が鳴り響き、銃器類を持ったスレイブ達が出動する。隠された小さな研究所とはいえ、100人近いスレイブが動き出せば直ぐに見つかることは誰にでも容易に判断できた。ウリエルは今度こそ最後だと心の中でほくそえんでいたが、異常は思ってもいないところからやってきた。


「ん?警報が…?なっ…!ウリエル様!!大変です、カメラが!!!」

「あぁん!?何だ?何が起きているぅ!?!」


さっきまで、けたたましく鳴っていた警報が急に止まり、ディスプレイも次々と電源が落ちて黒一色を映していったのだ。明るかった監査室は一気に薄暗い部屋となった。


「故障か?直ぐに非常用電源に切り替えろぉ!」

「やってます!でも切り替わりません!!これは明らかに作為的なモノです!!!何者かがコンピューターをハッキングし、電子系統を混乱させているようです」

「外部からかぁ?」

「いえ。非常用電源までとなると外部からのハッキングは不可能です。おそらく内部の者が、
裏切り者がいるようです」


『裏切り者』
その単語にウリエルの茹だっていた頭が絶対零度まで冷却された。
エリュシオンを裏切った者には『死』あるのみ。そう、『死』だ。
ウリエルの口が歪み、笑みの形を作った。裏切り者の処分は最優先事項。エリュシオンのデータを流出させないために追い立て、駆り立て、殺さなければならない。


つまり【狩り】の時間。


「そこのお前ら、付いて来い。一号達はスレイブに任せて、ボクらは裏切り者を見つけ処分するぞぉ〜〜〜〜!」


追い詰めて狩られる者の表情は、常に絶望に満ちている。
誰のかは知ないが、1日に2回目の絶望が見れるのだからウリエルにはまたとないチャンスだった。
お供を連れたウリエルは、拳銃と『リモコン』を持って意気揚々と出発した。




◆     ◆     ◆




バタバタと多くの武装したスレイブが走り去っていく。祐一達はそれを曲がり角に身を隠して遣り過ごしていた。
まだ見つかってはいないものの先にも進めない。この研究所はただでさえ迷路のようで、侵入者を防ぐためか窓といったものが一切無い特殊な建物だった。外から見れば、「のっぺらぼう」の奇妙な建築物だろう。このままでは見つかってしまうのも時間の問題だった。留美と聖にも状況が分かっているのか、焦りの表情が浮かんでいた。一団が通り過ぎたのを見計らって前方にあるT字路の中央に向かって駆け出す。幸いスレイブはいなかったが、右通路の方から姿は見えないのに足音が聞こえてくる。薬と星石で強化された五感が接近してくるスレイブの足音を拾ったのだ。祐一達はすぐに左通路に見える階段に向かい、4段飛ばしで駆け上ってスレイブを遣り過ごした。こんな所で強化された五感が役に立つとは皮肉としか思えなかった。三人は屈んで身を小さくすると、小声で話した。


「まずいな。いつも地下にいたから窓が無いなんて思わなかったぞ」

「ここは2階か。危なかったから上に来たけど、上に行けば行くほど逃げ場がなくなる。何とかして出入り口を探さないと」

「でも、そんなの何もないわよ……って、え?」


留美に続いて祐一も煩かった警報が止んだのに気付いた。カメラも止まったことには気付かなかったが、幸いとなるハプニングが起きていることは明確だった。お互いに目を合わせ、このチャンスを逃すまいと立ち上がった。だが


「イーーーーッ!!!」


突然、奇声が上がった。
一斉に振り向いた通路の曲がり角、その先には別行動をしていたのであろう一人のスレイブがいた。しまったと思うより早く、スレイブは肩にかけたアサルトライフルの銃口を向けていた。


(やられる!!!!)


一瞬で危険を感じた祐一は、2人を庇うように抱きかかえ背を向ける。



バン!



銃声が響き渡り、空薬莢が床を甲高く鳴らす。
留美は初めての銃声に怯え、聖は耳を押さえ、祐一は来るであろう激痛に身構えていた。
だが、痛みはいつになっても来なかった。
不審に思った祐一が目を開けて後ろを見ると、そこには予想だにしない光景が広がっていた。

ライフルを持ったまま倒れ、頭から血を流すスレイブと


「な………なんで、あんたが…」


硝煙を吹くハンドガンを片手に立つ


「ギリギリだったけど間に合ったわね
――――祐ちゃん」


――――――――――――――――――沢渡真琴がいた。




◆     ◆     ◆




「さぁ、こっちよ」


銃を白衣にしまい、沢渡は自分の来た道を指差すが、祐一達はその場から動こうとしなかった。


「真琴姉さん…。助けてもらってなんだけど、信用できない」


祐一はキッパリと沢渡の申し出を断った。
それもそうだろう。助けてくれたとはいえ自分達をここまで弄り、改造した第一人者をそう簡単に信用なんて出来ない。


「当然よね。でも今のままじゃ道も出口も分からず、いつか捕まるわ」

「でも……!!」

「私はスレイブを殺した。初めから捕まえる気なら、そんな効率が悪くてリスクのかかる事なんてしないわ。それにサイレンが止まったことにも気付いてるでしょ?あれも私がやったの。監視カメラも止めたわ。………復旧するのは時間の問題でしょうけどね」


確かに理にかなっている。
祐一の顔に戸惑いが現れて後ろに伝染していくが、聖は落ち着いて思考を巡らしていた。


「早く決めなさい。このままじゃ折角2階に来させないように配置させたスレイブが戻ってくるわ。早く!祐ちゃん!!」


沢渡の見たことの無い焦り顔で急かされ戸惑ってしまったが、そこで聖が祐一を押しのけて前に出た。


「いいだろう。今は貴方を信じよう。だが、もし私たちを騙していたら、そうと分かった時点で首をへし折る。いいね?」

「ええ、構わないわ」

「ちょっ、聖さん!」


周りを置いていく会話に祐一は間に入ると、聖は祐一を引き寄せて耳打ちした。


(今は彼女を信用するしかない。それに彼女が言っている事も正しい。
――――君の姉さんを、信じろ)


聖の言葉に、信じるかどうか決めかねていた祐一も腹を決めた。沢渡をしっかりと見据えると、沢渡自身もまた真剣に見返してきた。
その目に写っていたのは『人間』の証である光だった。


「分かった。真琴姉さんを信じるよ」

「…こっちよ、早く」


一瞬の間の後、背を向ける時に祐一は確かに見た。
沢渡真琴がホンの一瞬だけ見せた、昔と変わらない笑顔を。




◆     ◆     ◆




「私も、祐ちゃんと同じよ」


沢渡は先頭を走りながら呟いた。
2階の通路を走り回り、何度も曲がり角を曲がっていたときだった。


「祐ちゃんと居た町から引っ越したあと、私は外国の大学に行ったの。自慢じゃないけど凄く頭良かったんだよ。そこですぐに飛び級して大学に入って、周りは年上ばかりだったけど、ちょっと早めの素敵なキャンパスライフを楽しんでいたわ。………エリュシオンが来るまではね」


一番先頭を走っているせいで、どんな表情をしているか伺い知れなかったが、祐一は見なくて良かったと思った。
きっと見られたくない顔をしているだろうから。


「家族を殺されて誘拐されて体を少し弄られて、後はずっとこれよ。毎日が『実験』と『死』の繰り返し。最初の頃はあまりの惨さにノイローゼになったけど………実験で殺した人数が1000人を超えてからはそれも無くなった」


声質が【沢渡真琴 博士】に戻りかけていたが、横目で祐一を見るといつもの沢渡に戻った。


「そんな中で【星戦士計画】が挙がったの。でもまさか……その被験者が祐ちゃんだなんて思いもよらなかったわ。っと着いたわ、ここよ」


話が調度一段落ついた所で足を止めたが、そこには何も無かった。窓も無ければ通風孔も無い、ドアも無かった。あるといえば大きな木箱が一つ壁に寄せてあるといったところだ。


「沢渡さん、何もないわよ」

「まぁまぁ七瀬さん、ここよ」


七瀬を不安がらせないように言うと、沢渡は壁際の木箱を身体で押しだした。どかされた木箱のあった所には、金属の取っ手が横になって付いた鉄製の扉があった。


「考えたね。『ダストシュート』か。これならゴミの搬入口から外に出られる」

「でも、これくらいあっちも分かってるんじゃないの?」

「それについては大丈夫よ。このダストシュートは30年以上前から使われていないらしいから、人員の入れ替わりが激しいこの研究所で知ってるヤツは一人も居ないわ。私だって偶々古い構造図を見る機会があって、それで初めて知ったんだから」


最後に「もちろん現在の構造データの中からは消去してやったわ」と付け加えた。
取っ手を掴んで引くと、ガコンッという重々しい音が鳴り、ゴミを飲み込む暗闇が口を開けた。その暗さは不安を掻き立てるが、七瀬は意を決して滑り込んだ。すぐに七瀬は見えなくなる。何の反応も無いので、もしや万が一のことがと思ったが、下から聞こえてくる『問題なし』の声に、沢渡を含めた3人は安堵の息をついた。


「次は祐一君が…」

「いや、レディーファーストだ。聖さんが行ってくれ」

「しかし年長者の私が「聖さん、それはもう言わない約束です」…そうだったね。分かった、先に行かせてもらうよ」

「待って」


片足を入れようとした聖を沢渡が止めた。何事かと思って振り向くと、沢渡は着ていた白衣を脱いで聖に着せた。


「??これはどういうことだい?」

「よく聞いて」


沢渡は再び真剣な表情になって話し出した。


「この白衣のポケットには『あなた達』で得られ、培われた膨大な【星戦士計画】のデータが全て(・・)収められたマイクロチップが入っているわ。元々優秀な医者だった貴方だからこそ、このデータを託すことが出来る。これをどうするかは貴方に任せるけど、エリュシオンの手に渡りそうになったら処分して。これだけはヤツらに渡すわけにはいかないのよ」


ポケットの中には確かに豆粒サイズのチップが入っている。聖は沢渡の目を見ながらしっかりと頷き、右手を差し出した。その意図を一瞬で解した沢渡も右手を差し出し、2つの右手が固く結ばれる。
『科学者』と『医者』
似ているようで全く似ていない2人だったが、共感できるものがあった。


「頼むわよ」

「任せなさい」


今度こそ本当に滑り降りて行く。沢渡は聖とは実験者と被験者という関係でしかなかったが、数分間の会話だけで気心の知れた友人になれた気がした。
それは、この異常な空間だからこそ出来たかもしれない一つの『奇跡』だったのかもしれない。


「最後は祐ちゃんよ。早く行って」

「………」

「祐ちゃん、どうしたの?」

「………真琴姉さん、ごめん。実は俺、さっきまで姉さんのこと疑ってた。」


祐一の心中は、命をかけて助けに来てくれた姉を信じれなかった罪悪感で溢れかえっていた。
いくらこんな場所でも、実験で顔を逢わせていたときの表情の変化も見破れなかった自分が情けなかった。それが傲慢だと分かっていても情けなくて仕方がなかった。


「俺、姉さんの事情も考えないで自分の事ばかり考えてた。誤って済む問題じゃないけど……ごめん」

「祐ちゃん、もういいの。私だって祐ちゃん達に酷いことをしてきたし、祐ちゃん以外の罪の無い人たちも、たくさんたくさん殺してきた。実際、私はもう目の前で人が死んでも殺しても何も感じないわ。私はもう、人の皮を被った悪魔なのよ」


思ってもいなかった謝罪に沢渡は戸惑ったが、疑われていたことは当然かと納得した。
沢渡は祐一との約束を破ったことがある。あれだけのこと以外でも数え切れないほど多くの仕打ちをしてきたのだから、信じ切ってもらえなくても文句は無い。それにこの言葉も真実だった。先程スレイブを撃ち殺した時、本当に何も感じなかった。強いて言うなら、ただ血が飛び散って肉塊が倒れた、そんなところ。姿が変わるというだけで、目の前にいる少年の方がよっぽど人間らしい。


「そんなこと言うなよ。それより早く姉さんも降りてくれ。俺は最後でいいから」


あくまで殿を持つと言い張る。でも沢渡はその言葉を聞いて、諦めにも似た達観の表情になった。


「ごめん、私は無理なの。私はいいから早く行って」

「ど、どうして!?」


沢渡は指で自分の胸の左側…ちょうど『
心臓』に当たる位置を指した。


「私たちみたいにスレイブにされてない研究員はね、代わりに心臓に超小型爆弾が埋め込まれているの。この研究所から、ある一定の距離をとると自動的に爆発。小さくても人一人殺すのなんてわけないわ。だから、私は一緒に行けない。……それに、やり残したことがあるからね」

「そんな…!ここまで、ここまで来て……!」


うろたえる祐一に、沢渡は無言で応えた。
祐一の口から、声にならない苦悶の呻きがこぼれる。祐一はすぐに解決策を考えたが、何も浮かばなかった。代わりに突きつけられたものは結局自分は何も出来ない、無力でちっぽけな存在だという現実だった。今の祐一に出来ることは行き場のない自分への怒りを、手が白くなるほど握り締めて抑える程度だった。


「本当に、どうにもならないのかよ…!」

「…ごめんね」

「諦めるなよ!姉さ」


『姉さん』と言い終えることは無かった。
祐一の唇を、背伸びをした沢渡が同じく自分の唇で塞いでいたから。

それはとても軽い、ともすれば優しい、触れ合う程度のキス。
ほんの数秒にも満たないキスは沢渡の方から離れ、元の位置に戻る。祐一はいきなりのことで驚きに目を丸くし、沢渡は頬をほんのり赤く染めて『してやったり』といった笑顔になった。


「えへへ。これ、私のファーストキスだからね。さっきは2人がいたから出来なかったけど」


口調も博士の方でも、今までの沢渡でも無くなっていた。それは
――――――――かつて祐一が憧れ、恋をした『真琴姉さん』だった。


「ね、姉さん?なんで??」


祐一もこの場では似つかわしくない、間の抜けた声になる。沢渡はそんな祐一を気にも留めず、自分の小指を祐一の小指に絡めて『真琴姉さん』のまま話し出した。子供の時と同じように、ゆっくりと、優しく。


「祐ちゃん。祐ちゃんにはこれからきっと沢山辛いことが起きる。でも、どんなに辛いことがあっても生きるのよ。生きて生きて生き抜いて、這いずり回ってでも生きて。そして、大切な人がいたら、出来たら、必ず守ってあげて。これ、お姉ちゃんとの約束よ」

「……それ、どういうことだよ。それじゃまるで、遺言みたいじゃないか」


気を取り直した祐一の頭に浮かんだのはそれだった。
自分の事を一切含まず、ただ相手のことだけを想い、一方的に約束を迫るそれは誰が聞いたって遺言にしか聞こえなかった。

沢渡は笑顔のまま何も言わず指を放すと、いきなり祐一に助走無しの体当たりをした。胸に軽い衝撃が走り、体が一瞬宙に浮くと、そのまま後の口を大きく開けるダストシュートに飲み込まれていった。


「姉さんどうしてっっ」

「祐ちゃん、走って!!前だけ見て走って!!!!決して振り返らず、ただ前だけを見て、走ってぇええええええええええ!!!!」


ダクトを滑り降りながら聞こえる姉の悲鳴に近い願いの声。それが何を意味しているか分からないまま、ダストシュートを閉める重々しい鉄の音と
銃声がダクトを貫いていった。





◆     ◆     ◆





ダストシュートの扉を閉めて再び木箱で隠す。こうすればそうそう見つかることも無い筈。一息ついて唇にそっと触れると、さっきのキスを思い出してまた顔が熱くなった。

ホントに初めてだったキスが祐ちゃんで良かった。こんな気持ちになれたのも随分と久し振りのような気がしてならない。全部、祐ちゃんのお陰かな。
実を言うと祐ちゃん達を逃がす計画は彼らがここに来た日から考えていたが、実行当日と祐ちゃん達が行動を起こした日が重なったのは全くの偶然だったのよね。色々と準備してたけど、間に合って良かったわ。さて、後始末に行かないとね。

沢渡は残った『仕事』を片付けようとして立ち上がり、動きを止めた。
視線の先、先程上がってきた階段から、こっちを見てニヤつく顔がある。それは自分をこんな所につれてきた張本人、ウリエル。ウリエルはそのまま持っていた銃を沢渡に向けると躊躇なく引き金を引いた。聞き慣れた炸薬の炸裂する音と同時に灼熱が脇腹を貫き、容赦ない激痛が全身に危険信号を送った。


「やぁ〜〜〜!!!!!どうもどうもぉ御機嫌麗しゅう、沢渡博士ぇ〜〜〜!!!い〜や、今はただの裏切り者かぁ〜〜〜〜〜!!!!!!」


私はフラつく体を壁で支えて溢れでる血を抑えたけど、一向に止まる気配が無い。その間に大勢のスレイブが集まり、あっという間に私を囲んで逃げ道を潰した。ウリエルは嬉しそうにスキップして私の前に立つと、笑いながら銃のグリップで顔を殴りつけた。口の中に鉄臭い香が充満し、そのまま木箱を背に倒れる。腹からの痛みは治まらないし、出血もやばい。

そんな私の顔をウリエルは心底嬉しそうに踏み付けた。


「ざまぁ無いなぁ〜裏切り者ぉ〜〜〜。ここに連れてきてから、いつかはやるだろうなぁ〜〜なんて目星を付けてたけど、まさか今日やるとは思っていなかったよぉ〜〜〜〜〜」

「あら、怒ってるの?珍しい。それにしては嬉しそうな顔してるじゃない」

「『狩り』ってヤツはすべからく面白いもんさ。その対象が敵でも味方でもねぇ〜〜。特に偉い奴が対象になると、頭使って逃げるから狩り概あるしねぇ〜〜」

「相変わらずのクズっぷりね。吐き気がするわ」

「そんななりでも軽口は叩けんだねぇ〜〜〜瀕死の裏切り者の人間風情がさ。まぁいいや。ほら、早く一号らの場所教えろよ。そうすりゃ命だけは助けてあげてもいいよぉ〜〜?」

「フン、どうせその私に『私』が残ってるわけ無いでしょうに」

「あれぇ〜〜〜?やっぱ分かったぁ〜〜〜?脳と脊髄だけ摘出して培養液に浸そうと思ってたのになぁ〜〜〜〜」

「大したマッドぶりね。吐き気を通り越して反吐が出るわ」


ズドン!


「あグぁっ!?」


予告無く、もう一発。今度はスネに撃ち込まれた。骨が砕け、動脈を傷つけたのか大量の血が流れ出す。


「少し黙れや。『これ』があればいつでもお前を殺せるって事くらい分かってんだろ?」


ウリエルは硝煙を上げる銃を下ろし、懐から持ってきたリモコンを取り出した。


「心臓の爆弾の遠隔爆破装置ね。そんなモノが初めっからあれば使えば良かったのに」

「お前から一号達の逃げた道を教えてもらうまでは押さないさぁ〜。ほら、とっとと言っちゃいな。そうすりゃ直ぐに楽になれるからぁ〜」


リモコンを手の中でもて遊びながらこの男はふざける。

いつもそうだった。人の苦しむ顔、痛みに歪む顔、悲しみに暮れる顔、絶望に満ちた顔、失意のどん底に落ちた顔などを見ることで快感を得る。他人の不幸を至上の幸福とし、悲哀に泣き叫ぶ姿を酒の肴にする、正真正銘・最低最悪の下衆ヤロウ。こいつの趣向でどれだけの人達が処理場送りにされたか分からない。


だから、コイツは私がここで食い止める。祐ちゃんと、聖さんと、七瀬さんを無事に逃がすために。


「言わないかぁ〜〜。じゃあ悪いけど死んでもらうよぉ〜〜。だぁ〜いじょ〜ぶ♪その脳ミソはちゃんと保存して有効活用してあげるからぁ〜〜!」


そう言ってリモコンを突き出すと、真琴もポケットからライターサイズの『リモコン』を取り出した。
予想だにしなかった相手のリモコンにウリエルも用心し、爆破スイッチを押すのを止めた。同時にスレイブたちが一斉に銃を向けたが、沢渡は怯むことなく不敵に笑っていた。

腹から流れる血は、素人が見ても致死量と分かる水溜りを作っていた。


「ウリエル…あんた、私がどこの部署を担当してる…か、覚えてる?」

「……?【怪人精製部門】【薬品研究部部門】だったはずだぞぅ?」

「馬鹿ねぇ…あと一つ大事なのが…ある…で…しょう」

「…?……っっ!!!【兵器開発部門】!!!!!!」


「あたり」と脂汗を流しながら笑ってやる。ウリエルはいつもなら決して見せない、動揺して引きつった顔になった。ふん、ザマあみなさい。

ホントに大変だった。研究所の全データを書き換えて監視カメラを押さえ、この日のために前々から他の研究員にばれないようにスレイブをいじくり、新しく運び込まれた新兵器用の最新型爆薬2トンをこの研究所の各要所に設置させた。これだけの爆薬が一斉に爆発すれば、こんな研究所は跡形も無く吹っ飛び、騒ぎを聞きつけた外の人達が押し寄せてきて2度と使い物にならなくなる。多くの人達の無念と怨恨が染み付いたこの地獄は、自分達が作った業火で焼かれて終焉を迎えるのよ………私諸共ね。

沢渡は祐一を逃がすと決意した時点で死ぬつもりだった。ここで最も多くの人を殺したのは他でもない自分自身。何万という命を奪ってきた自分に生きる資格はない。なら、せめて最後は誰かを助けてから死のうと思っていた。自己満足の自己完結、自分勝手な罪滅ぼし。贖罪の意味も込めて、研究所と研究員を全て巻き込んで派手に死ぬと決めていた。


「ウリエル、あんたの欠点教えてあげるわ。『詰めが甘い』のよ。
目先の欲望に駆られて本来の責務を見失い、最後に最も厄介な火種を残す。だから、こんなちっぽけ(・・・・)で(・)屑(・)の(・)様(・)な(・)人間(・・)に足元すくわれるのよ!!!」

「黙れぇ!スレイブ、今すぐリモコンを奪い取れぇっっっ!!!!!」


号令と共にスレイブ達が飛び掛る。でも恐れることなんて何も無かった。『死力』という名の最後の力は指先に込められている。


「あんたはここで私と死ぬのよ。ホントの地獄で一緒に責め苦に逢うのよ」


スイッチを押し込む。
瞬間、頭に自分の生まれてからこれまでの映像『走馬灯』がフィルムのように流れていった。
その中の一つに懐かしい顔があった。

幼い頃の、相沢祐一

彼によく似合う笑顔が手向けとなるのなら、これに勝る物は無い。

こんな私を信じてくれてありがとう
私なんかの為に本気で悲しんでくれてありがとう
それと、あなたの人生を奪って本当にゴメンナサイ
あなたに出逢えて、本当に良かった














バイバイ、祐ちゃん










轟音と爆炎が全てを飲み込み、薙ぎ払っていく。
その中には運命に踊らされながらも、信念を貫いた女性がいた。


最後に、笑顔を遺して
―――――





◆     ◆     ◆





祐一達が研究所から脱出したとき、久方ぶりの外の世界は夜の時間だった。予想したとおり研究所は外の世界とは隔絶され、どこかも分からない山中の奥深くにあったのだ。深淵の闇夜が木々を飲み込む中、空に浮かぶ久し振りの満月が祐一達を照らしていた。

祐一達は網膜を焼くような月の光を浴びながら走った。気になるのは最後に聞こえた銃声と沢渡の言っていた『やり残したこと』という言葉。何をするつもりなんだろうか?不安が胸を締め付ける。 だが、その疑問は研究所から離れた、小高い丘に着いたときに氷解した。

世界を白く染める閃光と大地を割る轟音、全てを薙ぎ倒す熱風が津波となって襲い掛かってきたのだ。

木は叫ぶように軋み、引っさげていた葉は一瞬で吹き飛んで主を丸裸にした。
寝ていた草花は起きる間も無く根こそぎ風に食い千切られた。
岩と土は重いのを残して全てが飛礫になって、進路上にあるものを襲った。

祐一達も例外なく吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。伏せていても襲い掛ってくる、身を引き千切るような熱風と弾丸並の速度で襲ってくる飛礫や木片の弾幕。全てが終わった後に残ったのは、黒く焼けた土と、同じく片面だけが黒く焦げ剥げた木々の群れだった。爆音のせいでキンキンと鳴る耳を押さえ、むせ返るような悪臭が満たす中、祐一達は光の発生場所を見た。

そこは確か研究所があった場所だった(・・・)

満月に照らさなくても良く分かる。そこには以前あった建物は見る影も無く、夜を紅く染める火柱と毒々しい黒煙が立ち上る瓦礫の城があるだけだった。
祐一はその惨状を目の当たりにし、ふと疑問に思った。


「ね……ねぇさん?」


頭の中がグチャグチャになる。
あそこはたしかにケンキュウジョがあった。でもバクハツした。でもあそこにはまだネェサンが
――――――――



……それに、やり残したことがあるからね



グチャグチャになっていた思考のピースが一気にまとまり、全てを理解した。



ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!!!!!!
 姉さん!?姉さん!!!
真琴姉さああああああああん!!!!




祐一は狂ったように姉の名を叫んだ。
姉は自分達をコレから逃がすために、無理矢理行かせたのだ。
逃げることの叶わぬ身体と分かっていたから、身体を張って逃げ道を潰し、死を選んだ。最後まで自分達の身を案じて!


「姉さん、待っててくれ。今行くから…」

「祐一君、行っては駄目だ!!」

「行かせてくれ聖さん!まだあそこには姉さんが」

「沢渡さんは死んだ!それは君も分かっているだろう!?」


半狂乱になった祐一は、命があるようには見えない場所に戻ろうとする。
聖はそれを羽交い絞めにして止めた。


「彼女は私達を逃がすために命を賭けたんだ。あそこに戻ってエリュシオンに見つかりでもしたら、彼女の命が無駄になる!!」

「だからって!!」


引き剥がしてでも無理矢理行こうとする祐一の頬に、平手が振るわれた。頬の痺れるような熱さが来た方を睨むと、そこには平手を振り抜いた七瀬が立っていた。


「あんた、あの人の遺志を無駄にする気?」

「なんだと!?」

「あの人が死を覚悟した意志を、私達を生かすために散らせた命を、ゴミ箱に捨てるのかって聞いてんのよ!!!!!」


初めて見た七瀬の怒号に、祐一の頭が落ち着きを取り戻す。


「……それは」

「それは?それは何よ!?いい加減にしなさいよ!!あんたの未練に沢渡さんの遺志を巻き込まないでよ!!!」


七瀬は泣きながら怒鳴っていた。
彼女達も、もちろん祐一も心の中では理解しているのだ。沢渡が命を賭して伝えたかった事を。
「生きろ」という、たった一つの当たり前のことを。
それだけのために、沢渡は笑いながら逝ったのだ。


「祐一……行こう?聖さんの言うとおり、沢渡さんの遺志を無駄にしては駄目よ。私にだって聞こえたよ。『走れ』って」

「私も聞いた。走るんだ祐一君!沢渡さんの願いを、君が叶えるんだ!!」


その言葉で、祐一の全身から力が抜け落ちる。安心した聖は拘束を解いたが、祐一は微動だにせず立ち尽くしていた。

視線の先には今でも轟々と燃え、空を紅く焼く研究所がある。
祐一はその光景を目に、網膜に、脳裏に、脳髄に、心に刻み付けた。


「………行こう」


祐一の呟きに2人は頷き、山の麓に向かって走り出す。最後にもう一度、祐一は自分達が居た地獄を睨みつけ、心に誓った。


(―――――――――してやる)


父を奪い
母を奪い
澪を奪い
真琴姉さんを奪い
罪の無い人達から日常を奪い
留美と聖さんから女性の幸せを奪い
俺達から人間を奪った



(――――――――――殺してやる)


許さない。絶対に許さない。
俺達に関わっているいないに関係なくエリュシオンは全員、地の果て地獄の果てまで追い詰めて無惨に残酷に殺してやる。
命乞いをしても容赦無く殺してやる。必要なら親類縁者諸共殺してやる。どんな卑劣な方法をとってでも殺してやる。そういえば卑劣は貴様らの御家芸だったな。連れてこられた人達に喜んでやった実験と同じように、喜んで殺してやる!






(――――――――――――皆殺しだ)



復讐を誓う。
奪われた者の痛みを、苦しみを、嘆きを、エリュシオンに味あわせる。

祐一が流した一筋の涙は、火柱に照らされ、より
く映えた。












祐一達が走り去った後、元・研究所の残骸の中から一つの人影が現れた。


「あの……クソアマァアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!!」


怒りに満ちた声を夜空に向かって吼えたのは、異形と化したウリエルだった。カブトムシに酷似した顔は言うに及ばず、ローブは炎で焼かれて全身が露わになっていた。研究所を吹き飛ばす爆風にも耐え切ったその肉体は甲虫類の面影を残した体だった。ウリエルは辺りを見回したが、人っ子一人いる様子はなく、研究所で生き残ったのは自分一人だと理解して舌打ちをした。
と、遠くからヘリのローター音が聞こえた。無灯火で夜空を翔ける4機の輸送ヘリは、真っ直ぐ研究所跡地に降りた。その全てには『エリュシオン』のエンブレムが描かれており、事態を知って生存者を探しに来た回収部隊だと分かった。


「ウリエル様ですね。私達は回収部隊です。お一人だけですか?」

「まぁねぇ〜〜。後は全部灰か粗大ゴミになったと思うよぉ〜〜」

「分かりました。お乗り下さい。人間のマスコミが嗅ぎ付けているらしいので、お急ぎを」


部隊長らしき男はウリエルの予想を聞いただけで、生き残っていたかもしれない者を切り捨てた。
素早くウリエルを乗せて飛び立つと、他3機は証拠隠滅のため格納庫に積めるだけ積んだ焼夷弾を跡地にばら撒いた。現代の化学技術の水準を遥かに凌駕した化学燃料に火がつき、瓦礫の山を新たな炎で嘗め回して完全に炭へと変える。それを見下ろしていたウリエルは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、今後の対策を練り始めた。

祐一達を、確保する計画を。





◆     ◆     ◆





その頃、暗く険しい山道を走っていた祐一達に疲労の色は全く無かった。むしろ肉体が歓喜の声を上げているのが体感できる。目は一寸先も見えない濃厚な闇を昼間のように見通し、足は起伏の激しい山道を難なく走破していた。


「2人とも、気付いてるか?」

「あぁ、まるで自分の身体じゃ無いように思えてならないよ」

「『あの姿』に成らなくてこれだもんね。気味が悪いったらないわ。……それに、腰が全然痛くない」


星石は侵食した時に肉体を万全の状態にし、それ以上に『変化』させる。その際に留美の腰も正常に変化させられ、以前よりも丈夫なモノになっていた。
三人は進路を塞ぐように倒れていた巨木を難なく乗り越え、土砂崩れで道が10メートル近く抉れた溝を、走り幅跳びの要領で一気に飛び越える。
身体能力がこれほど上がっていたことに驚き、逃げ切ることも簡単だと思ったが、この力をくれたのがエリュシオンだと思うと複雑だった。


祐一達は木々の間から見える人工の光に足を止めた。目を凝らしてみれば、それは道路に等間隔で設置された街灯で、目を突く白い蛍光色が懐かしくて仕方なかった。遠くの方には街灯以外の光も見え隠れし、人里が近いことを教えてくれる。


(やっとここまで来れた…!)


あまりの嬉しさに3人の目尻に涙が浮かぶ。
ここまで追っ手もなく来れたのが奇跡だったが、これは全て沢渡真琴の犠牲の上に立っていることに気付く。
彼女の献身を、忘れてはいけない。彼女が自身の命を投げ打って築いてくれた道を、決して無駄にしてはいけない。


「ほら祐一、明かりよ!人がいるわよ!早く行こう!!」

「……祐一くん?」

「聖さん、留美」


祐一は手をとって行こうとした留美を抑えた。その表情から聖は何かを感じ取ったのか怪訝に思い尋ねる。祐一は目を閉じて考え込むと、ゆっくりと息を吐いて言った。


「ここからはバラバラになって行動しよう」


その言葉は留美を驚愕させ、聖を苦虫を噛み潰したような顔にさせた。


「な、なんでそんなこと言うのよ!これからも私達はずっと一緒よ!!聖さんもそう思うでしょ!?」


無論、留美は激怒して祐一に掴みかかった。【苦難を共にしてきた仲間を見捨てて一人だけ逃げろ】としか聞こえない発言をしたのが許せなかったのだ。
留美は聖に同意を求めたが、聖は難しい顔をしていた。


「留美君、祐一君の言う通りバラけた方が良い」

「聖さんまで!!」

「落ち着きなさい。爆発で追っ手はまだ来てないが、おそらくエリュシオンも追跡を始めている頃だ。このまま3人で行動していては、見つかった時に一網打尽にされてしまう。ここは散開して逃げるのが一番捕まりにくいんだ。もし捕まってしまったら、それこそ沢渡さんが犬死にになる」


『そうだろう?』と祐一に目を向けると頷くのが見えた。今、沢渡の名前を出すのは卑怯だったが、そうでもしないと留美はテコでも動きそうに無かった。
しかし、まだ納得いかない留美の両肩に祐一は優しく手を置いた。


「大丈夫だ。これで永遠の別れって訳でも無いしな。またいつか会えるって」

「でも……」

「そうだ。留美、手を出してくれ。聖さんも」

「……?……あぁ」


頑固な留美に祐一はある物を渡した。不思議そうに手を出した聖にもそれを渡す。


「こ、これってあんたの両親の指輪じゃない!駄目よ、貰えないわよこんなの!!」

「祐一君、さすがにこれは……」


祐一が渡したのは今までずっと隠し持っていた両親の遺品だった。そんな物は受け取れないと突き返す2人の手を止め、祐一はそっと握らせる。


「何言ってんだ2人とも。これはあげるんじゃなくて『貸す』んだ。今度会ったら返してくれよ?」

「祐一…あんた、それは卑怯よ」

「まったくだ」


そう来たか、と呆れる2人に祐一はホンの少しだけだが悪戯っ子のように笑った。
これは再開の約束。こうすれば返さずにはいられず、絶対もう一度会うしかなくなる反則技。

聖もその反則技を使わせてもらった。


「じゃあ、祐一君にはコレを」

「聖さん、やっぱりコレ持ってたんですね……」


聖が出してきたのは血に塗れた赤いリボン。澪の遺品だった。
途端に険しい顔になる祐一に聖はリボンを握らせた。赤黒く汚れたリボンは澪が『自分はまだここにいる』と誇示するように月光によく映えた。その意味を理解した祐一は強く頷くと、大事そうにリボンを懐にしまった。


聖はそれを見届けると、いきなり祐一に抱きついた。あわてる祐一に、留美も便乗するように抱きつく。


「な、なんだ2人とも!?どうした!?!」


普段の聖や留美なら絶対にしない行動に驚きあたふたするが、2人がまるで祐一の全てを感じ取るように顔を押し付けてくるのを見て、すぐに落ち着いた。

2人とも不安だった。
祐一は約束と言って指輪を渡してくれたが、下手をすればこれが今生の別れになる。再開できる確率も絶望的な数値で、会えたとしても正体不明の物質が入っている身体に自我が残っているかは保障できない。

それを知って、祐一も優しく強く抱き返した。研究所との違いを挙げれば、その抱擁に言葉が無かったことくらいか。

言葉が無くても伝わるものはある。
それぞれの温かさが心に安らぎを与えてくれる。
不安で押し潰されそうになる心に希望をくれる。


月の光と木々の影と山の匂いを含んだ優しい風と月だけが、3人を見ていた。









「ここで分かれよう」


抱擁が済んだあと道路に降りると、そこは三叉路になっていて3人の門出には丁度良かった。
留美が左に、祐一が中央に、聖が右に立つ。夜明けが近いのか空は徐々に白み始め、道路を淡く曖昧に照らしだす。それが自分達の未来は不明と言ってるようで足が竦むが、消えていった命に報いるためにもこんな所で立ち止まる訳にはいかない。


「みんな、『せーの』で行くぞ」

「分かったわ」

「また会おう」


誰も見ずに、それぞれが、それぞれの、それぞれに目を向ける。
この先、何があるか分からない。もしかしたら本当に闇の底しか待っていない未来かもしれない。だからこそ良い別れをしよう。


「せーーーのっ!」


地を、蹴る。
全力で駆け出す。
今は何も考えるな。沢渡真琴の言った通り、生きるため



















―――――――――――――――――――――――――――――――――走れ





























ここはとあるエリュシオンの秘密研究所。そこに1つのサンプルが急遽送られてきた。


「博士、これが例の星石を埋め込んだっていう適性値測定不能の死体サンプルですか?」

「ああ。なんでも実験途中で拒否反応起こして死んじまったんだと。そんで星石の摘出のため、俺達にお鉢が回ってきたんだ」


博士とやる気の無い助手のもとに送られてきたのは澪の遺体だった。澪は実験のあと星石摘出のため、すぐにここに送られていた。
その遺体は今、死体袋に詰められて医療ベッドに置かれていた。

「体中に亀裂が入っての大量失血死だ。そこまで汚い死体ではなさそうだな」

「へぇ〜〜。見応えありそうっすね」


博士が棚から手術道具を集めている内に、助手が死体袋を開ける。


「ご対面〜〜〜〜〜♪……って、あれ?」

「どうした?原型留めて無かったか?」

「……博士。死体は体中に亀裂が走ってるんですよね?」

「そうだが???」











「そんなの、どこにもありませんよ(・・・・・・・・・・)


ズタズタであった筈の遺体には傷など何一つなく、代わりに仄かな赤みが指していた。



                                                         つづく





あとがき

お久し振りのお久し振り(笑)。祐一編のプロローグだけでこんなにいくとは予想もしませんでしたモリユキです。
今回は改造から脱出までを書かせて頂きました。心情やら感情を上手く書こうと思っていますが、中々上手くいかないものですね。また、この長さを短く、濃い内容にするためにも精進あるのみです。それにしても石を埋められた時点でこの3人が戦うことは決定していますが、ONEやAIR、その他を入れると戦う人数多いです(笑。

次は海沿いの町が舞台になります。
四つの旅の道連れをもつ青年が背を向けていた運命と向き合い、立ち向かう物語。みんなの帰る場所を守るための戦いが始まります。


ちなみにKanonと雰囲気が一変しますので御注意を(笑。



これからも、どうか宜しくお願いします。



Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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