注意
このSSはキャラが死ぬときがあったり、キャラの性格が激変したりと、ダークな部分があります。
そういうのに不快感を持つ方は、読むのをおやめ下さい。
夢
夢を見ている
北の街の高校で馬鹿騒ぎをしていた頃の夢を
『おい、相沢!お前バイクの免許持ってるってホントか?』
『まぁな、この学校に来る前にバイトして金を貯めて免許取ったんだよ。でもそれで金が底をついてそのまんまだけどな』
『貴方達なんの会話してるの?』
『バイクだって〜〜。香里、バイクって良いのかなぁ?』
『さぁ?風が気持ち良いんじゃないの?』
『マラソンでも風は感じるよ〜』
『甘いぞ名雪。マシンのエンジン音、ギアチェンジの感覚、風が身体を通り抜けるあの爽快感!足で走るのとは全く違うんだよ』
『女には分からない分野ね』
『よし、相沢!卒業までにバイク買ってツーリングするぞ!!』
『金がやたらかかるから気をつけろよ』
『まかせろ!バイト代を全額使い果たす所存だ!!』
『でっかい買い物ね』
『ねぇ、祐一。もし買ったら後ろ乗せてね〜』
『バイクが買えたらな……』
あの頃の会話が、まるで何年も前の様に感じる。
だけど郷愁の中に映る記憶は、急に現れた白い光に散らされ、跡形もなく消えていった。
そう、泡沫のように。
仮面ライダー
〜Living With You〜
第一話「All night long(中編3)」
目を覚ますと、必要以上に明るい蛍光灯の光が網膜を焼いた。
明るさに目を慣らしてから改めて周りを見ると、そこはいつもの牢屋ではなく多くの機材が置かれて、手術室のような佇まいをしていた。
いや、実際、手術室だった。さっきの蛍光灯は手術部位を照らす無影灯で、研究員は全員、緑の手術着を着ていた。何よりも祐一自身がベッドに手足を拘束されていた。
「祐一、目が覚めた?」
すぐ近くで留美の声がした。唯一自由の利く首を向けると、少し離れた右側に自分と同じようにベッドに拘束された留美がいた。他の皆はと首を動かすと、留美とは反対側に聖、向かい側に澪がいた。ちょうど十字を描くように配置されているのが分かる。
「はっはは〜〜い!!お目覚めかな一号〜?君に逢えなくてボク寂しかったよぉ〜〜」
不愉快な声が耳を打つ。この声は
「ウリエル、てめぇ居たのかよ。人が寝てる間にベッドに拘束とはイイ趣味してんじゃねぇか」
最大限の厭味をもって返してやると、ウリエルはフフンと鼻を鳴らしてニンマリと笑った。
「前よりはマシな事言えるようになったねぇ〜〜ボクうれピーよ〜〜。ホントはしっかりこっち側のモノになってから逢おうと思ってたんだけどねぇ〜〜、いてもたってもいられなくて無理して来ちゃったよぉ〜〜〜」
「俺は今こうしてお前の顔を見てるだけで反吐が出そうなんだけどな。悪いけど、気持ち悪いから帰ってくれ」
「えひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!肝が据わっててイイねぇ〜〜。そんな君だからデータ上では【カノン】との愛称が良いのかなぁ〜〜〜?」
「カノン…?」
聞きなれない単語に厭味の応酬が止まる。ウリエルは軽く咳払いをして他の3人にも聞こえるように大声で言った。
「そうさぁ〜〜。この前【星石】の話はしたよねぇ〜〜。その内の一個がカノンでね、他の3つは【ソウガ】【アベル】【マリス】っていうんだよぉ〜。
実は今まで君達にこんなことをしたのも、実験の集大成にて最終段階である星石を埋め込み古代の戦士へと変える【星戦士計画】が目的だったんだよぉ〜〜〜」
「なっ…!そんなの聞いてないぞ!!!」
「当然でしょお〜〜〜。言ったら君達、絶対反対して暴れるでしょ〜〜〜?だから寝てる内にここへ失敬させてもらったって訳さぁ〜〜〜」
そう言って一方的に話を打ち切ると、研究員達に手術の準備を指示しだした。だが、手術と言った割にはメスやハサミといった道具はなく、代わりに出してきたのは検査用の機材やレントゲン、撮影用のカメラだった。研究員はその中から吸盤タイプの皿状電極を祐一達の身体に貼りはじめた。
「あぁ、手術といっても腹に石を置くだけみたいだから大丈夫だよぉ〜〜〜。ただどれだけ苦しいかは知らないけどねぇ〜」
次に持ってきたのは厳重なロックをされた4つのアタッシュケース。それを持ってきた者の中には沢渡真琴もいた。ウリエルがロックを解除すると、中から現れたのは美しい【白】【青】【緑】【赤】の色をした4つの球状の石だった。
これが、星石。
「それではこれより古代生命体への変態である【星戦士計画】の最終段階を始めます」
沢渡の号令に従い、研究員達が石を下腹部にあたる位置に置く。
祐一には白の【カノン】が。
留美には青の【ソウガ】が。
聖には緑の【アベル】が。
澪には赤の【マリス】が。
星石は置かれるとともに反応を示した。自身の色で淡く光りだし、海に沈むようにゆっくりと体の中に吸い込まれていった。
そして次に来たのは
「うぎっがっああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!!!!!!」
気が狂いそうになるほどの激痛だった。血管という血管、神経という神経が阿鼻叫喚の悲鳴を上げる。例えるなら、骨格神経血管に至る全身をヤスリでこそぎ落とされるようなもの。その繰り返しが矢継ぎ早に襲ってくる。
同時に融合した星石を中心に幾何学模様が全身を覆いつくし、先程と同じく自身の色で光りだした。不思議とも美しいとも取れるその模様は、心臓の鼓動と共鳴して明滅を繰り返す。
「凄いです!全身の血管、神経に星石から伸びた触手型の端末が絡みついて模様を作っています!!!おお凄い!次は骨や内臓系にも侵食しています!!!!アハハハハハ!どうなるんだこれは!!そうだ、コレを【
珍しく研究員達が興奮しているが、祐一達はそれどころじゃなかった。激痛による『失神』と『覚醒』を交互に幾度も繰り返していた。
身体の中を触手端末が這いずり回り、頭のてっぺんから足の指の先まで侵し尽くす。意識が朦朧とする中、身体が焼けるように熱くなる。
だが、唐突に痛みは消え去った。
祐一は荒い呼吸をしながらも体を落ち着けようとしたとき、身体に違和感があるのを自覚した。
何かが違う。意識ははっきりしているが、身体はゴツゴツとした感覚がある。何よりも服を着ているという感覚が無い。それに先程までうるさいかった手術室が沈黙に包まれていた。あんなに騒いでいた研究員達が、あのウリエルを含め一言も発していないのだ。
「かは…!」
その沈黙を破ったのは他でもないウリエルの息を吐く音だった。
「ははははははははははっははははは!!おい!今すぐ鏡持って来い!一号に自分の姿がどうなったか見せてやれぇ!!!!」
何がそんなに嬉しいのか分からない。すぐに大鏡を持ってきた研究員達は、祐一に全身が見えるよう、天井に取り付けた。
「あ、あああ、ああああああああ!!何だよコレ…何なんだよコレはぁっっ!?!?!」
祐一は映し出された自分の身体を見て驚愕と恐怖が入り混じった声を挙げた。
それもそうだろう。祐一が見た自分の姿は
眉間から額に沿って生える金色の2本の角
顔の上半分ほどもある、虫に良く似た釣り上がった大きな赤い複眼
顔の下半分を覆う、牙の意匠を待つ金属質の顎
身体は人間の面影はなく、皮膚は硬化した黒い生態装甲に変化し
下腕部と上半身にはその硬化皮膚よりも厚みのある、くすんだ白い装甲に覆われていた。
そして腹部に現れた呪術的な意匠のベルト。そのバックル中央部で輝く、純白の石
「きゃああああああっっ!!!!」
留美の悲鳴が上がった。留美も変わり果てた自分の姿を見せられていたのだ。だが、祐一には留美に声をかけれるほどの余裕は無かった。聖の方からは悲鳴らしきものは上がらなかったが、くぐもった声で何かを呟いているのだけが分かった。
しかし、澪の方からは何の反応も無かった。喋れない澪は今、どんな心境で変わり果てた自分の姿を―――――――――――
ぶぱん
異常な音が、手術室にこだました。
ぱん パン ぶパン ぶパパン
それはまるで、水風船を割ったときの音に酷似していた。その音はちょうど祐一の向かい側(・・・・)から聞こえたが、こんな所にそんな物は無い。いや、あるではないか。血と内臓を皮で包んだ『肉袋』が。
そして、研究員たちの怒号が響き渡った。
「大変です!四号の身体の各部が破裂して大量の出血が……【
澪は全身の皮膚が割れ、血が噴水のように噴き出していた。身体を震わせながら起きるそれは、凄惨な地獄絵図でしかない。
「ふざけるなよキサマらぁ!!!コレは適性値オーバーの最適素材と太鼓判を押したのは嘘だったのか!!
コレに埋め込んだのは金さえ出せば手に入るような機械とは違うんだぞ!!この世に数える程しかない【星石】なんだぞ!!
掘り出せ!!腹を掻っ捌いてでも回収しろ!!」
「いけませんウリエル様!人間と融合した後の星石の扱いについては情報が不足しています!下手に触ったらそれこそ取り返しの付かないことになるやもしれません!!」
「く……!この…この
ウリエルは、身体中から致死量の血を流し続ける澪に怒声を浴びせたが、澪が反応することは無かった。時折、体を痙攣させていたが、それもやがて止み、残ったのは自身の血に染まった物言わぬ澪の身体と、手術室に立ち込める血臭だった。
祐一達は自分達に立て続けに起きた異常を受け入れることが出来ず、澪がどうなったか分からなかった。
今、目に写っているのは異形と化した己の肉体。
指を動かせば鏡に映る黒い生態装甲に覆われた指が動き
顎を動かせばガチャガチャと鳴り、鏡に映る牙の様な顎も動く
頭ごと目を動かすと、鏡の中の異形と目が合った。
それが残酷すぎるほど現実という名の真実を伝え、祐一は意識を失った。
◆ ◆ ◆
目を覚ますと、そこはいつもの牢屋だった。
自分が寝ていたベッドから身を起こして頭を振り、意識を覚醒させて周りを見ると、そこには曲げた両膝に顔を埋める聖と、ベッドで横になっている留美が
いた。
「やぁ…祐一君、目が覚めたのかい?」
膝から顔を上げた聖の両目は泣き腫らして真っ赤だった。よく見ると、両頬に涙の跡が残っている。
「身体の調子は……良いの?」
横になっていた留美が身体を起こした。祐一はその顔を見て思わず目を背けた。
泣き腫らした目は言うに及ばす、この短時間でやつれた顔は痛ましかった。
そういえば、一人足りない。
「なぁ、澪はどこに行ったんだ?」
俺が澪の名前を口に出した途端、二人は沈痛な面持ちになって俯いた。
そういえば、姿が変わってから手術室内での記憶が曖昧だ。あの後、ウリエルの奴がミスクリ…とか言ってたな。あれはどういう意味なんだ?
「どうしたんだよ…?みんな、無事なんだろ?あ、もしかしてトイレか?こりゃあちっと失礼だったか…?」
「祐一君、君はまさか…覚えていないのか?」
「いや、覚えてはいるけど、なんか曖昧で……」
ヤメロ オモイダスナ
「祐一、澪はね」
「っっ!!駄目だ留美君!今の祐一君にそのことを言ったら壊れかねないっ!!!」
なんで俺が壊れるんだよ聖さん。でもなぜかさっきから頭の中で警鐘が鳴る。『思い出すな』と。
でも思い出さなきゃいけない気がする。もう、七年前のように辛いからって忘れていたくないんだ。
「留美、教えてくれ。澪は…どうしたんだ?」
ヤメロヤメロヤメロ!!!
キクナキクナキクナ!!!
思イ出スナ思イ出スナ思イ出スナ!!!
半端じゃない量の警鐘が頭を埋め尽くす。でも、立ち止まれない。
俺は激しい動悸を打つ心臓を押さえ込み、平静を装って留美に聞いた。
「祐一君まで!!いけない!両親を目の前で失った君が聞いたら!!!………あ」
だが、直前で聖さんが答を言ってしまった。
「え?」
今、何て言った?両親が死んだ?確かに父さんと母さんは俺の目の前で殺されたよ。でも、それと澪となんの関係が……?
聖さんが言った意味を理解するまで数秒。言葉が出るまでは、その倍かかった。
「な…なぁ、聖さん…。澪が、どうしたんだよ?なぁ…答えてくれよ!なぁっ!!」
両肩を掴んで聖さんを揺さぶるが、聖さんは決してそれ以上を言おうとはしなかった。
「祐一……これ」
聖さんを揺さぶる手を止めて、留美が服の中からあるものを取り出した。それは
真っ赤な布切れだった。
ナンダコレ?
でも、それはどっかで見たことがあった。昨日もコレを見た覚えが……あ、思い出した。これは
不意に、昨日の澪との会話がよみがえる。
(『笑って。
笑うと、あったかくなるの。
どんなに辛くても、まだ大丈夫って、頑張れる気になれるの』)
澪の
(『こんな小さな身体だけど、祐一さんの身体くらいは暖めることが出来ると思うの。どう?あたたかい?』)
澪の
(『祐一さん――――――――あったかいの』)
リボン
バチリと脳に電気が奔り、手術室での記憶が完全によみがえった。
水風船の割れる音
噴き上がる鮮血
研究員の怒号
ウリエルの怒声
そして
動かなくなった…澪
「あ、あ、あ、あ、あああああっっっ!!!」
勝手に口から訳の分からない声が出てくる。
じゃあ目の前にあるこれは、澪の………澪の血で染まった
「あいつらが、いらないって、これだけ…部屋の中…に…放り込ん…で。澪は、ミ…オはぁっ!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!うわあああああああああああああああああああああああああん!!!澪ぉ!澪ぉ!!ぅうううううぅううう!!!わああああああああああああああああああ!!!ああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!」
最初に耐え切れなかったのは留美の方だった。
留美の慟哭がこの部屋を支配し、俺の頭の中に耳鳴りを作り出して脳を震わせる。
違う。
震えているのは俺の膝だ。ガクガクと震える膝は簡単に床に崩れ落ちる。
澪が……死んだ?
俺は留美の手からリボンを取ってよく見る。血で染まって最初にあった爽やかなイメージはもうなかったが、間違いなく澪が髪に結んでいたリボンだった。
ドシャリ、と隣でもう一つ崩れる音がした。
聖さんだった。
「私は…医者…だ。人の生き死には…沢山…見てきた。でも…これだけは、これだけ…は…。ぅ…ぅぅぅうぅううぅ!!!」
嗚咽が、止まらない。一番年上ということで、誰よりも一番我慢してきた聖さんの心が折れた。
この地獄で苦しみを共にしてきた仲間が死んだという【現実】が、彼女を打ちのめした。
俺はリボンを握り締めながら昨日のことを思い出していた。
笑えば、また頑張れる気になれるからと最後まで微笑んでいた澪
寒くも無いのに心配して俺を抱きしめてくれた澪
自分が寒かったら俺で暖をとっていいかと、そんな小さなことを気にしていた澪
振るえる両手で自分を掻き抱く。まるでそこに澪がいるかのように、強く、強く、強く掻き抱く。
でも、もう腕の中に小さな温もりは無い。あの明るい笑顔も、もう無い。あるのは
消えようの無い喪失感と、いつの間にかボタボタと零れ落ちる涙だった。
「ち…くしょう。ちくしょう!ちくしょおおぉ!!ちくしょぉぉおぉぉぉっぉお!!!!!
ちくしょおおおおおおおおおおおおおっっっおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉッッッ!!!!」
コンクリの床を何度も殴りつけ、指で掻き毟る。爪が割れ、肉が裂けて血の線を描いたが、そんなのどうでもよかった。
ただ憎かった。エリュシオンが、何よりも女の子一人守れない自分自身の無力が一番憎かった!
脳裏をよぎるのは澪の笑顔ばかり。そうだ、俺達は澪の笑顔にどれだけ救われていた?心が壊れそうになったとき、あいつの笑顔がどれだけ俺達を元気付けていたか……!気付くのが遅いんだよ!!父さんと母さんが死んだときだってそうだったろうが!いつもいつも気付くのが遅いんだよ相沢祐一!
(澪……俺、笑えねぇよ。
お前がいなくなっちまったら、この中で誰か一人でも欠けたら、笑えねぇじゃねぇかよ…!笑ったって、元気なんか…出ねえよぉ…澪ぉ!)
無力が悲しみを作り、悲しみが絶望を生む。
絶望が死を招き寄せ、死が後悔を撒き散らす。
祐一は、留美は、聖は、『一緒に生きてここから出る』という約束を守れなかったことを悔やみながら、澪の死を受け入れるしかなかった。
「え〜〜〜盛り上がってる所スイマセンがぁ〜〜ちょいとボクの話を聞いてくれるかなぁ〜〜?」
悲しみ暮れる牢獄にこだました声は、酷く耳障りな物だった。
◆ ◆ ◆
「あれぇ〜〜〜返事無しぃ〜〜〜?ボクそれ非常に困るんですけどねぇ〜〜〜〜」
牢の向こうに立つウリエルは、今だ嗚咽をあげる三人のことなど知ったことではないかのように、明るく軽い。
「………なんの用だ?」
「そんなに怒るなよぉ〜〜。全員に伝えたいことがあってわざわざ来てあげたんだよぉ〜〜?」
いつもならお気に入りの祐一だけのために来ていた筈が、付属品として見ていた留美と聖にも用があるという事に、2人もウリエルに目を向けた。ウリエルは悲しみに潰される寸前の2人を見ると嬉しそうに口を歪め、持っていたレポートを捲り始めた。
「いやぁ〜実はねぇ〜、検査の結果色々と分かったことがあるんだぁ〜。お前らの骨格耐久度が現存するどの物質よりも強固だったりとか、薬で強化していた五感がさらに強化されてたとか、言いたいことは沢山あるんだけどねぇ〜〜まぁ本題を単刀直入に言うぞぉ〜
お前ら何でか分からんけど、生物における【生殖能力】が消えてるからなぁ〜」
それは、追い込まれていた祐一たちをドン底に叩き起こす知らせだった。祐一は一瞬、何を言われたのか理解できなかったが、それが何を意味しているかを理解した瞬間、後ろを振り向き
振り向かなければ良かったと後悔した。
もう、留美と聖の目に光は無かった。あるのは濁ったガラス玉の様な目と、虚ろな闇だけ。
人間の女性は子供を宿すことが出来る。お腹の中に愛した人との間に出来た命を宿し、生まれてきた子供を愛し、育てていく。
言ってしまえば【女性】だけに許された幸せ、権利、特権。
2人は、人生を奪われ、人間の姿を奪われ、挙げ句、女の持つ最低限の幸せすら奪われたのだ。
「て…めぇっっ!」
激昂した祐一はウリエルに飛び掛ったが、鉄格子がそれを邪魔する。ウリエルは一歩後ろに下がって離れると、怒り狂う祐一と絶望に染まった二人を見て、ゲラゲラと笑い出した。可笑しそうに、可笑しそうに、最高の喜劇を見て笑いこける観客の様に、声を上げて笑った。
その笑いに祐一の中の『何か』がブチ切れた。
「どういうつもりだ!?二人があんなになっているのに、どうしてそんなことを言った!!?」
「なぜって、その『顔』を見たかったからだよぉ〜」
ウリエルは祐一達を檻の中の動物を見るような目で見ながら言った。
「なんていうのかなぁ?ボクも長く生きてるせいか人間の頃の感覚が残ってないんだよねぇ〜〜〜。でも一個だけ残っててね。【快感】ってやつさ。それは今のお前らみたいな奴を見たときだけに感じるんだぁ〜。絶望とかドン底にいるときの人間の顔を見るとさぁ、最高に気持ち良いんだよぉ〜〜〜」
「そんな下らないことのために……2人に今のことを言ったのか!?」
「そうだよぉ〜〜」
「こ、の……クソ外道がぁぁぁ……!」
歯を食いしばって侮蔑の言葉を投げるが、それはウリエルの哄笑を増長させるだけだった。
「その顔が見たかった♪
じゃ、そろそろ行くねぇ〜。ああそれと、きっと明日の脳改造で完璧なエリュシオンの怪人になるからねぇ〜。今の内に人間でいられる楽しみでも味わっとけばぁ〜〜〜?そんじゃぁねぇ〜〜〜〜!」
ウリエルは子供の様に手を振り、高笑いを響かせながら通路の奥へと消えていった。
◆ ◆ ◆
祐一は2人の傍に行ったが、何を言えばいいのか分からなかった。
子供を作る生殖能力が消えたと聞いたとき、多少なり辛いものはあったが自分は男だからか、そこまで大きな喪失感は無かった。だけどこの2人は自分が想像しているのが侮辱にしかならないほどの喪失感を味わっている。祐一は黙って、この透明なビニールで覆われたような空間で2人が動くのを待ち続けた。
その沈黙を破ったのは、膝に自分の顔を埋めていた留美だった。憔悴し切った顔を上げ、蚊の鳴く様な声で喋りだした。
「私…さ、目指していたものがあったの。………乙女ってやつ」
抑揚の無い声で話す留美に、祐一は口を挟まず耳を向けた。
「前に剣道で腰を痛めて辞めたって話したよね。私、それを踏ん切りに女の子らしい生活をしてみようって思ったの。先輩の後押しもあったしね。
スポーツマンから普通の女の子になって、友達と放課後に遊び歩いたり、素敵な男の子に出会って素敵な恋をして、恋人同士になる。その人を朝起こしに行って、私が作った2人分のお弁当を一緒に食べる。休日はデートで待ち合わせ。2人で映画見に行って、美味しいもの食べて、遊び尽くして帰る時間になったらお別れのキスをする。 そんな…漫画みたいなことがしたかったの。子供じみてる、夢の見過ぎだって笑われても良い。でもね、そんな素敵な、恋する乙女のような、かわいい女の子みたいな生活がしたかったの…。でも、『これ』じゃもう出来ない……。こんなバケモノになって。
はははっ……もう、人間じゃないよ……」
留美の口から、力の無い乾いた笑いが漏れた。
ありふれた女の子の日常を送るというささやかな願いと、女性としての『生き甲斐』を奪われた自分には何も残っていない。そう思っていた留美を力強く、温かい何かが包んだ。
「違う!!」
祐一が留美を抱きしめていた。
「祐……一?」
いきなりの事に留美は呆気に取られたが、祐一はもっと強く抱き締めた。
「違う!留美は…留美だ!」
自分の胸に、留美の頭を押し付ける。
「人間とかバケモノとかじゃなくて、この地獄で一緒に頑張った、七瀬留美だっ!!留美は俺の大切な仲間で友人で
普通の恋する乙女だよ………!」
祐一は自分が泣いているのも知らなかった。
もう嫌だった。自分の前で誰かが泣いているのは耐えられなかった。留美が壊れていくのを目の当たりにしながら、見ているだけなんて許せなかった。
澪も、こんな気持ちだったのだろうか?俺の心が憎悪に飲まれそうになったとき、あいつは俺が今の留美の様に、遠い所に行ってしまいそうだと言っていた。
そんな事はさせない。絶対に。
「なぁ留美、泣いても……いいんだぞ?そんなふうに笑ってると、本当に人間じゃ無くなっちまうぞ。だから、な?」
祐一の涙声に留美はハッとして顔を上げた。そこには涙を流しながら、無理矢理作ったクシャクシャの下手くそな笑顔を見せる祐一がいた。
その笑顔は、どんなに良く見ても不出来なのに、澪がよく見せてくれた笑顔に似ていた。
「じゃあ、ちょっとだけいいかな?ちょっとだけ、ちょっとだけ………祐一ぃ」
留美は祐一の胸にすがりつき、泣き顔を見られないように顔を押し付けて泣いた。祐一は無言のまま留美の頭を撫で続けた。
そんな二人を見て聖も口を開いた。その目には僅かながら灯る光があった。
「そうだな。祐一君の言うとおりだ。人間を奪われても、まだ私たちには人間の心がある。それだけは失くしてはいけない。それが、私たちに残された最後の人間なのだからな。まったく……最年長者の私が一番しっかりしなくてはいけないのに。済まないな、二人とも」
その言葉に祐一は首を横に振った。自分は大丈夫と、また無理矢理言い聞かせようとする聖を祐一は見過ごさなかった。
「聖さん。もう意地はらなくて、いいんですよ?最年長者とか、そんな柵、もう俺達には必要ないですから。
俺達は、同じ境遇に生きる【仲間】なんですから」
その言葉に聖は何かが崩れるのを感じた。しかし、それは悪い物ではない。
最年長者ゆえに意固地になって保ち続けていた【責任】という重しだった。
しかし、聖の中の『大人』がまだ、それに安易に甘えてはいけないと警告する。それを
「聖さん、もう弱音を吐いてもいいんです。大人だからとか、そんなの関係ないんです。弱音吐いたっていいんです。無理しなくて、いいんです……!」
祐一の言葉が打ち消した。
聖は祐一に擦り寄ると、空いている左胸に額を小さく当てた。
(初めてここで逢った頃はまだ子供だったのに、いつの間にか強く大きくなっていたんだな)
心の中でそう呟くと、祐一の左腕が聖を包んだ。
今日二度目の涙は静かに流れ、三人の心を一つにした。
相沢祐一・七瀬留美・霧島聖
この3人にとって、今日は絶対に忘れられない日となった。
澪との永遠の別れの日
自身の人間への別れの日
そして
痛み、悲しみ、苦しみを分かち合える、本当の『仲間』を得た日
Shadow
Moonより
諸事情により、すみませんが感想は後日……
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