注意
このSSはキャラが死ぬときがあったり、キャラの性格が激変したりと、ダークな部分があります。
そういうのに不快感を持つ方は、読むのをおやめ下さい。
夢
夢を見ている
雪の街の夢
まだ穏やかな日常にいた頃の夢を
『祐一、朝はおはようだよ〜』
『祐一くん、朝から鯛焼きってのも悪くないよね!』
『祐一〜、本読んでよ!本!!』
『祐一さん、抹茶アイスも捨て切れませんね!』
『祐一、牛丼食べたい』
『相沢君、そこの答え違うわよ』
『あはは〜、今日はちょっと豪勢なお弁当にしてみました〜』
『相沢さん、物腰が柔らかいと言ってください』
『祐一さん、ご飯出来ましたよ』
『相沢〜お前の欲しがってたCD手に入ったぞ〜』
そうだ
目を覚ませばそこは水瀬家で、学校に行けば皆が『おはよう』って言ってくれる。
目を覚まそう。そして『おはよう』って――――――――
目を覚ますと、俺はコンクリートに囲まれた薄暗い部屋で寝ていた。
ここはエリュシオンの秘匿基地・地下人体実験場・在庫置き場。つまりが牢獄で
この世の地獄だ。
仮面ライダー
〜Living With You〜
第一話「All night long(中編)」
「祐一、目が覚めた?」
座っていた留美が目を覚ました俺に聞いてくる。俺は床で寝た覚えはないんだが。
「それはそうだ祐一君。君は寝たんじゃなくて『気絶』していたんだからね」
ベッドで横になっていた聖さんが、わざわざ起きて言ってくれた。
そっか。俺はまた実験の投薬の影響で気絶していたのか。
身体を動かそうとすると関節にハンマーで砕かれるような激痛が走り、ロクな動作も出来ない。どうにかして頭だけを上げると、スッと視界に影がさした。
『動いちゃ駄目なの』
澪が心配した顔で俺を見下ろし、意味を持たない口を開いた。最近では口の動きで何を言ってるか分かるようになってきた。こんな施設にいれば嫌でもこういう技術が身につく。人間、死に物狂いになればなんでも出来るというのは本当のようだ。そういえば床はコンクリートなのに後頭部の感触だけは柔らかくて温かい。きっと澪に膝枕をされているんだろう。
「澪が膝枕をしてるってことは…身体は良いのか?」
『大丈夫なの。今はみんなの中で澪が一番元気なの』
「そっか…。じゃあもうちょっとだけ頼んでいいか?間接がヤられてるみたいでさ、指も動かねぇんだ」
『構わないの。ゆっくり…休んで欲しいの』
そう言って、ふっと微笑む。
こうやって笑えるのは俺達の中でも、もう澪しかいないのかもしれない。
ここにいるのは俺を含めた留美、聖さん、澪の四人だ。
青い髪をツインテールにし強気な性格が特徴の『七瀬留美』は、今年高校2年になる女の子で俺の一つ下。この春休みに家族での海外旅行中にいきなり車を止められ、その直後に意識を失い、気付いたらここにいたという。
紫の髪を大きな青いチェックのリボンで後ろに留めたのがトレードマークの『上月澪』は、俺より頭二つ分背が低く、生まれつき「言語障害」を持っていて喋れないという。たけどそれを跳ね除ける元気とひたむきさを持った女の子だ。実は俺の二つ下で今年高校に入るはずだったが、たまたま両親不在の時に外に出たとたん誘拐され、ここへと連れて来られた。
『霧島聖』さんは医者を仕事としている最年長の20代半ば。黒いロングヘアーが映える凛々しさと冷静さを兼ね備えた大人の女性だ。ここには医学会に行く途中、留美と同じように攫われた。
◆ ◆ ◆
この施設がどこにあるかなんてのは皆目見当もつかない。分かるのは地下にあるということだけだ。
俺達が最初に出会った日、俺達4人は数十人の人達と一緒に患者服を着せられて牢獄にいたが、すぐさま隣の牢獄に変わった。なんでも【全人類で5人いるかどうかの適性者】らしいので他と一緒に混ぜるのは失礼だという。
こいつらは、人間を【生物】として扱わない
俺達が入れられた牢獄は、前のと比べて雲泥の差があった。
ベッドが人数分あって水道があり、ベニヤ板で仕切られたトイレがある。今風に言えばVIP待遇というやつか?俺にはペットショップで動物が入れられているケージにしか見えなかったが。
陽の光も時計も無い地下では時間の経過など分からず、俺達の時間感覚は簡単に殺され、今日が何月何日で外では何が起きているかも分からない。そうなった俺達には一般的な生活リズムの概念が当てはまらなくなるので、実験以外では何時に寝て何時に起きるという怠慢な生活になるのにさほど時間は掛からなかった。
『あれ』から世間はどうなったのだろうか?
俺達は社会的には死亡しているのだろうか?
名雪たちはどうしているのだろうか?
こんな牢獄生活でも、最初のうちは留美も聖さんも「きっと助けが来る」と励ましてくれていたが、狂った時間感覚と繰り返される実験で精神は磨耗し、救出の希望は薄れていった。最後には皆から抵抗する気力が失われ、実験を受け続けるだけの無気力な時間を過ごすようになった。それでも俺達は『人間らしさ』だけは失わないようにしようと誓い合った。いつか四人で生きて外に出るために。
そして忘れない。
父さんと母さんを殺したことを。
いくら身体を弄くられても、俺の心の奥底には奴らへの熱く鋭い憎悪が常に煮えたぎっている。
それが今の、心の支え。
でも
俺達は、本当にどうなるのだろうか。
◆ ◆ ◆
牢獄生活は、ある一定のリズムで動いているといっても過言ではない。
まず適性値の低い人達『低適性者』を3〜4人連れて行き、投薬及び他の実験。
しばらく間が空いてから俺達『高適性者』への投薬実験。
そしてまたしばらく間が空いて低適性者への実験。
これの繰り返しだ。投薬の量は尋常ではなく、日に30〜40本打たれる。後遺症も酷く、俺達への試作品を打たれる低適性者たちの中には『自我の崩壊』『発狂』『突然死』が普通にあり、生きて戻ってくるほうが珍しい。今日だって4人連れて行かれて帰ってきたのは2人だった。
さらに怖いのは薬の中身がさっぱり分からないことだ。
ただ、聞いた話によると俺達に打たれている薬は低適性者に打たれた物の改良型ということだけ。
もちろん俺達にも後遺症はあり、『体温の急激な増減』『身体の痙攣』『緩慢的に続く身体への激痛』が挙げられる。苦しむ皆に出来ることは、四人の中で一番元気な者が膝枕などをして安心させる位しか出来なかった。人は悲観的になると人肌が恋しくなるのだろうか。
今日(もう意味は無い)は右肩にレーザーで番号を入れられた。
焼けた釘を当てられるような痛みと、肉の焦げる汚臭が顔の周りを漂う。施設にいる研究員の大半が自我の無いスレイブだが、中には意思をもつ研究員もいる。そいつらは吐き気の室内でも顔色一つ変えず、黙々と留美達にも同じ作業をいっていた。まさに研究員の鏡か。反吐が出る。
俺は【SA−001】
留美には【SA−002】
聖さんには【SA−003】
澪には【SA−004】が焼かれ、俺は研究員から「一号」と呼ばれるようになった。
これは、烙印。
実験の被検体という、一生涯消えることのない、烙印。
今日は麻酔で眠らされて解剖された。
腹を抉じ開けられて、投薬による内臓系の変化を確認される。これで8回目だ。
留美たちにも同じことがされた。内臓機器にメスが当てられ、ホルモンや髄液や神経を抜かれて検査される。縫合も適当で抜糸はなく、惨めで醜い手術跡が残った。俺はどうってこと無かったが留美たち女の子にとって、これは投薬よりも辛いものがあった。
「祐一、お願い、見ないで。私の体を見ないで…』
親から貰い、いずれ愛する人に見せるはずの身体が日増しに醜くなっていく。やがて誰も素肌を見せたがらなくなった。
今日は隣から5人連れて行かれて2人帰ってきた。
その内の一人は寡黙な中年男性だったが、戻ってきたときは狂った様にワラっていた。薬が頭に回ったのだろう。
もう一人は利発そうな女性だったが、虚ろな目をしてブツブツ独り言を言いながら戻ってきた。
近頃はこんな光景にも慣れてきた。俺はもう狂っているのかもしれない。そう皆に言ったら一斉に否定してくれた。
皆、強い。俺も耐えなければ。
鉄格子越しにキャリアが通り過ぎていった。被せられていたシーツが人型に盛り上がっていたから、実験に耐え切れなかった被験者の死体だろう。
死体は別の部署に回されて効率的に処分されるという。どんなふうするかは教えてくれなった。聞きたくもないが。
ここ最近、【死】に慣れてきた。他の皆も大体同じらしく、命を救う医者である聖さんも最初は命を物扱いする研究員を罵倒していたが、それも次第に無くなっていった。俺達も、いつかはああなるのだろうか?嫌な方に考えのいった俺を聖さんが励ましてくれた。
「諦めてはいけない。まだ私達は生きているし、人間でいるのだから」
そう、だよな。
まだ、大丈夫の筈だ。
◆ ◆ ◆
今日はいつもとは違っていた。
祐一、留美、聖、澪の四人は研修室のような部屋に連れていかれた。机の前に一列に座らされると、扉から一人の男が入ってきた。
胸から肩までを覆う黒いプロテクター。
そこから垂れる白いローブ。
どう見ても魔術師にしか見えない男が。
「はっはは〜〜い。よ〜く集まってくれたねぇ〜〜。今日は大事なお知らせがあるから来たよぉ〜〜」
あいつは……!
脳裏に【あの時】の記憶がフラッシュバックする。
輪切りにされた父
焼き殺され、右腕だけになった母
そして、罪の無い大勢の人達をこの地獄に連れてきた!!!
「ウリエル!!」
一瞬で沸点に達した血が上り、椅子を蹴って走り出す。だが護衛のスレイブに組み倒され顔面を床に叩きつけられた。
「きゃははははははははは!!!な〜にをやっているんだ〜い相沢祐一く〜〜ん?新しいパフォーマンスかなぁ〜〜?
あ、今はSA−001【一号】だっけ?きゃははは!!」
前以上に不愉快で愉しそうな声。
祐一は身体が動かせなくても、床に顔をこすりつけながら顔を上げ、憎悪を篭めて睨みつけた!
「かっはは。いいねぇ〜〜、さすが世界に五人いるかどうかの適性者だよ〜〜〜。良い根性してるよぉ〜〜〜」
神経を逆なでする声が更に祐一の激情に拍車をかける。
スレイブは暴れる祐一の襟首を掴んで自分の顔の位置まで持ち上げると、強化改造された豪腕でボディブローを打ち込んで黙らせた。胃液が逆流し、祐一の身体から一切の力が抜けて崩れ落ちて、そのまま椅子に向かって放り投げられた。
それを笑顔で見ていたウリエルはようやく話を始めた。
「今日は君達にエリュシオンについての事を教えに来たんだなぁ〜〜。あとは君達の担当の博士と〜君達の今後とかぁ〜かなぁ」
「質問だ」
聖さんが挙手をする。
俺達の中で一番年齢が高く、冷静な見方が出来る人だから、自分の身体を弄った奴らに対してもこういうことが出来るのだろう。俺には到底出来そうにない。
ウリエルは気にせず先を促した。
「貴様達は私達をモルモットにして『選ばれし者』」とやらの研究を行うんだろう?例え死んだとしても、その死体すら利用して研究を進めるはずだ。
今後も何も無い。私達には死にたくても生かされるという地獄しか待っていない。違うか?」
希望もへったくれも無い結果論ではあるが、的を得ている質問にウリエルは満足気に頷いた。
「いいねぇ〜〜。流石はSA−003【三号】、元・医者なだけはあるかぁ〜。
確かに君達の身体はとても貴重なサンプルではあるけど、最終的な利用方法は別にあるんだなぁ〜〜。それを話すにはまずエリュシオンについて知ってもらおうかぁ〜〜」
『元』という部分にだけアクセントを置き、厭らしい笑顔をする。
「エリュシオンは通常の組織体系と余り変わらない。ただ世界レベルで社会の裏側に根を下ろし、世界の歴史に干渉してきた。そしてエリュシオンの頂点におり、我々を導いてくださっているのが『神』さぁ〜〜」
「「「神?」」」
澪以外の言葉が重なる。それもそうだろう。
世界中で信じられ、今このときも大量生産されて街頭に溢れかえっているモノの固有名詞が出てくれば、否が応にも安っぽさしか感じない。それが全員の顔に出ていたのだろう。ウリエルは「まぁ仕方が無いね」とかぶりを振ってため息を吐いた。
「まぁ気持ちは分かるよ。ボクだってエリュシオンに入った当初は半信半疑だったからねぇ〜。もう300年ほど経つけど、いまだに御声までしか拝聴できないしねぇ〜〜〜」
「300年!!!?どういうこと!?人間の寿命を軽く超えてるじゃない!!?」
祐一の隣にいた留美が驚きのあまり大声を上げた。どう見ても20代後半から30代前半にしか見えない目の前の男が、実は3世紀以上も生きていると知れば、その反応も当然だった。
「ん〜?あぁ、SA−002【二号】か。言ってなかったかなぁ〜?ボクは身体を改造されてから300年ほど経つんだ。まぁ、これでも『四人』の中では一番の新参者だけどねぇ〜。あぁ、『四人』ってのはボクを入れたエリュシオンの中でも、トップクラスの力を持つ【神官】のことさ」
「…つまり、残りは『ミカエル』『ガブリエル』『ラファエル』ということだね?どうして聖書の熾天使を名乗る必要がある?」
「博識で結構、三号。その質問に対する答は簡単さぁ〜。世界でも知名度は指折りの聖書から更に認知度の高い天使を名乗ることは、世界を征服した後で意外と役に立つんだよぉ〜〜。人間は支えが無くなると笑えるほど無様で脆くなるからねぇ〜。そこで我々が幻想である筈の天使として現れ、熾天使を名乗ってみなよぉ〜?あっという間に人心は傾き、世界はこちらの都合良く動き、動かせる。う〜ん、考えただけでゾクゾクするね。堪まんないよぉ〜♪」
自分の身体を掻き抱いてクネクネしだすウリエル。状況が状況なら笑える姿も、おぞましい以外のナニモノでも無い。
「貴様達にとっては聖書すらも目的を達する為の道具に過ぎんというわけか…。
私は別にクリスチャンでは無いが、聖書に記されている神が命を尊び、敬い、大切にしろと教えているのは知っている」
聖の声が僅かに震えを帯び、強く握られた拳も震えだし、そして振り上げられ、机に叩きつけられた。
「その神が!!
人間を!命を!!道具として使い捨て!!
新たな世界を造る肥やしにするという考えが!!!
古来から続く神の存在意義に矛盾しているのではないのか!?
貴様達の神は神ではなく、ただの選民主義にかられた物狂いでしかない!!!
例え神であっても、それは生命の天敵……狂神だ!!!!!」
聖は命を救う、医者。その精神はこの地獄で時を過ごそうと変わりはしない。故に、命に消耗品程度という認識しかないエリュシオンの神を、絶対に許すことは出来ない。その叫びは聖の折れかけていた自己の存在意義を再び起こし、エリュシオンの思想に屈することを否定した瞬間だった。
しかしその叫びも
ガゴォッ
ウリエルの尾部触手の一撃で黙らされた。
二人の距離を一瞬で埋め、手加減されたとはいえ鋼鉄をも貫く威力を持つ一撃が聖の横っ面を殴りつけた。聖の身体がマリのように跳ねとび、床にガン、ゴンと3回バウンドしてから壁にぶつかり、動かなくなった。
「あまりボクらの神を馬鹿にするなよ、モルモット風情が。
本来ならアラドで焼き殺してる所だけど、貴重だからそれだけで許してやる。ありがたく思えよ」
怒気が混ざり、口調が変わる。ウリエルと祐一達の間の空間では触手がヒュンヒュンと壁を削りながら跳ねまわり、怒りを如実に現していた。
祐一は動かなくなった聖に駆け寄って抱き上げた。顔にまとわりついた髪を払うと、殴られた頬は青紫色に腫れ上がり、鼻からは血が垂れていた。すぐに追いついた留美も「ひどい…」と目を逸らし、澪は顔から血の気が引いたように青くなった。
「てめぇ!!!聖さんは女なんだぞ!!!なんてことしやがる!!!!」
祐一も耐えかねて怒鳴りつけるが、ウリエルはフンと鼻を鳴らしただけだった。
「知るかよ。そのモルモットはそうされて当然のことを言ったからそうなったんだ。大体、待遇よくしてやってんのにボクらの神を侮辱した。モルモットはモルモットらしくキーキー鳴いてりゃ良いんだ、分かったか?このモルモットどもが!!!」
その怒号が合図になったかのように、ウリエルの姿が変わりはじめた。
前見たのは昆虫に良く似た横顔だったが、今回は全身が異形と化した。
肌は黒く変色して光沢のある外骨格へと変化し、額と頭頂部から天を衝くカブトムシの大角が生え、眼球は膨れ上がり緑に輝く爬虫類の眼になる。
口は耳まで裂けて、歯は鋭い狼のそれに変化する。首から下はローブに隠れていたが、ローブの下が蠢いていることから見たくも無い変貌が起きていることは想像に難くなかった。
祐一は捕まる時に少しだけ見たことがあったが、完全な【変身】を見たのは初めてだった。
人間から異形への変身は漫画や小説、映画でさんざん見てきた。でも、これはそんな生易しいものではない。様々な生物を掛け合わせ、生き物と呼べるかどうかも分からない代物が目の前にいるのだ。
カチカチと音がする。時計の針が進む音とは違う、もっと無機質な音。発生源を探してみると何のことは無い、自分の歯の根が合わず小刻みにぶつかり合っている音だった。隣にいた留美と澪は、ウリエルのおぞましい姿に顔を土気色にして膝から崩れ落ちた。二人とも目の両端に涙を浮かべ、体中を震わせている。
「ちぃ、キレそうになるといつもこうだ。まだ調整が上手くいってないか」
その身体のどこに人間の発声器官が残っているのか分からないが、幾分か低くなった声が吐きだされた。そして恐怖とおぞましさで震え続ける祐一たちを見
て、嬉しそうに爬虫類の眼を細めた。
「どうだ?この姿、素晴らしいと思わないか?
最新の科学力と古代の改造技術を融合させ、多くの生き物と一つになったんだぁ〜〜。本当に強く、逞しく、新世界を生きる者として相応しい肉体だよぉ〜〜〜。だ・か・ら〜〜♪次に神を侮辱するような事を言ったらぁ〜〜
人型の蛆虫に嬲り尽くさせた後、掛け合わせて踏み潰してやる!!
いいな!!!?」
女にとって悪夢としか思えない言葉で脅され、澪が震え上がって音の無い嗚咽を上げる。留美は澪を抱きしめたが、留美自身も嗚咽を上げていた。
「くそぉ…ウウ…!…くっそぉ……!」
本来、強気であるはずの彼女も人外のバケモノには無力でしかなく、何も出来ない。しようものなら聖よりもっと酷いことをされる。
だから何も言えない自分が情けなくて、惨めで、悔しくて。胸の中で泣き続ける澪と一緒に泣くしかなかった。
「祐…一…君、大丈…夫…だ…」
さっきのやりとりで聖は気がついたが、足元が覚束ないまま起きようとする。案の定、足をもつれさせて祐一の胸に崩れ落ちるはめになった。祐一は聖を受
け止めると、もう一度床の上に寝かせた。
ウリエルはようやく落ち着きを取り戻したのか、徐々に元の人間の姿に戻っていく。
「……ふん。大体、さっきから聖書とか古来からの神とか言ってるけどねぇ、聖書から経典・聖典に至る全てを書かせたのも、インドの小国の王子に啓示を伝えたのも、ターバン巻いた髭の濃いおっさんの夢に出てきたのも、寒村の処女を身篭らせたのも、みんな!み〜〜〜んな!!ボク達の神がやったことなんだぁ〜〜!!!」
「貴様ら人間どもが敬っていたものは初めっから全て世界征服のための下準備でしかなく!人間の心に刷り込み易くするための調教でしかなく!神は人間を救う気なんざサラサラ無かったんだなぁ〜〜これがぁっ!!」
祐一達を見下しながら好き勝手言って笑い出す。止められる者は、誰一人いない。
「よ〜〜し、気分が乗ってきたぞぉ〜〜〜。じゃあ特別に神についてレクチャーしてやる」
上機嫌になったウリエルは、こちらが聞いてもいないことを話し出した。
◆ ◆ ◆
「神は何年も前に『人間が理解できない世界』から地球にやってきたらしぃ〜〜。なぜ御自分の世界を捨てて地球に来たかはボクにも分からないが、神はそこで史上最高のサンプルに出会えた。御自分の世界のどの生き物よりも安定した平均的肉体スペックと知能を有し、なおかつ繁殖性、適応性、順応性、抗病性を持つ、『人間』になぁ〜〜。神は試験的に、その頃の人間に御自身の持つ力を与え、以前おられた世界の同胞と似た生物、云わば【怪人】を作った」
「以前おられた世界の物は何一つなく、地球にあった有り合わせの生き物をその御力で掛け合わせた結果、少なからず近いものが出来た。しかし、それは生物の破壊的本能しか持たない上に、肉体を人間以外の生物が大半を占める、いわば【獣人】ともいえる出来損ないだった」
「それでも、その時代の人間にとっては脅威になった。人間どもも武器を手に立ち上がったが、神の力を与えられた獣人には意味を持たず、その殆どが殺された。これには神も困った。せっかく巡り合えた最高のサンプルが絶滅してしまう。なんとかせねばという時、予期せぬことが起きた」
「それは嬉しい誤算とも言える事だった。地球という一個の生命体が、『人間』という高位生命体を護るために生み出した5つの【星石】。人間はこの星石を肉体に埋め込むことによって肉体を変化させて、獣人を遥かに凌駕する戦闘力を持つ5人の【戦士】となったんだなぁ〜〜」
「神は驚いた。少ないとはいえ自分の力を与えた生物を倒せる力を戦士は持っていたのだからなぁ〜〜。
そして神は戦士を利用された。例え自分の実験が失敗しても、その掃除を勝手にしてくれる存在ができたのだから幾ら失敗しても困らなくて良くなった。神はそれから多くの怪人を御造りになり、失敗したら戦士に掃除させた」
祐一達は話を黙って聞いていたが、背筋には絶え間無く悪寒が走り続けていた。
ウリエルの主である神には人間の、生き物に対する感慨というものが無い。
【試しに作って失敗したら捨てる。後は勝手に掃除してくれる】
オモチャ。いや、それ以下。自分が興味本位で作ったものがもたらす惨事など知ったことではなく、命はただの使い捨ての消耗品。
心や感情は余剰品で、作ったものに愛着など無く、上手くいかなかったら別の所から新しい実験体を持ってくる。
神にとって【命】の尊さという概念は、無い。
「でも幾ら実験しても同胞である怪人は作れなかった。原因は意外にも【人間のスペックが予想よりも高過ぎた】ことだったんだぁ〜〜。不本意ながら神の御力でも、元の世界の住人にするのに僅かに及ばなかったんだなぁ〜〜」
「しかし神は諦めなった。
自分で駄目ならばと、なんと人間の知能の可能性に掛けたんだなぁ〜〜」
ありとあらゆる意味で人間の持つ素晴らしい力【可能性】。今ほどこの言葉が皮肉に聞こえた事は無かった。
「神は星の数ほどの失敗の中で僅かに出来た成功作にエリュシオンを作らせた。そして世界の裏から人間の行動を観察、時には戦争の引き金を用意し、怨恨が途切れないように工夫させたんだなぁ〜〜。そして人間の持つ潜在的技術能力を絶え間なく刺激して向上させた」
今日に至る人間の科学技術は【戦闘行為】によって生まれ発展してきたモノが多い。剣や槍、大砲から枝分かれし、今では海を越えて一人の標的を狙えるミ
サイルを生み出せるようになった。日常生活の中で溢れかえる便利な道具も、兵器を作る際に生まれた副産物としての意味合いが大きい。
「こっっっれが予想以上の効果を叩き出した!!!人間はたかだか200年ちょっとで自分らを滅ぼせるまでの技術力を身に付けた。おかげで怪人の製造技術はうなぎ上りの成果を見せ、成功体も徐々に増えていった。このころになると何故か【戦士】も出現しなくなったから、成功体が壊される心配も無かった。
にしても戦争や生活のために技術力を上げているつもりなのに、ホントは世界征服の片棒を担がされてるってことを知らないんだから人間って笑えるよねぇ〜〜〜。
おっと、話が逸れたね。まぁそうやって生まれた天才とか博士とかを誘拐してエリュシオンの技術力にし、怪人や兵器の研究をさせた。それの繰り返しが幸を成し、とうとう近年、御自分が満足する【怪人】を作れる位置に来たんだよぉ〜。」
そして、その時は来たのだ。
「ところが精度のいい怪人を作れるようにはなったけど、代わりに大量生産が難しくなった。精度のいいヤツは高適性値の人間じゃないと造れない。かといって低適性値を使うと精度の低い獣人モドキが出来ちゃう。バランスを取るって大変だよねぇ〜〜〜。話が長くなったけど、これがエリュシオンの歴史さぁ〜〜」
パンパンと手を叩いて話を終わらせると『質問は無いか?』とでも言うように祐一たちを見回す。留美たちビクンッと身体を強張らせたが、祐一は落ち着い
てウリエルから聞いた情報をまとめていた。
神
人間が理解できない世界から来た
遥か昔から元の世界の同胞を作ろうとしていた
世界征服
――――――――その後は?
「おい、もしかして神の本当の目的って」
祐一の言葉に、ウリエルはいきなり表情を真剣なモノに変えた。猫のように瞳孔が縦に割れた眼で見られ一瞬怖気づいたが、なけなしの勇気を奮って言った。
「世界征服の後、世界を自分の元いた世界に造り変えることじゃないのか?」
部屋から音が消えた。
留美も、聖も、澪も、スレイブも、ウリエルですら何も言わない。
◆ ◆ ◆
沈黙はウリエルの舌打ちで壊れた。
「初めて会ったときもそうだったけど、ほんっっっっっっっとに一号は油断ならないねぇ〜〜。いや、ボクが話をしすぎただけか……」
「そうだよ。それがエリュシオンの本当の目的さぁ〜〜。神によって統治された完全無欠で純粋無垢な、争いも不幸も無い理想郷。
どんな世界になるかはまだ分かんないけど、それはそれは素晴らしい世界になるぞぉ〜〜」
【理想郷】
言葉だけなら気持ちの良い響きだが、そこに至るまでに積まれる犠牲は考えていない。
今ある何の変哲も無い日常を破壊し、小さくもささやかな幸福を喰い殺し、新世界を受け入れられないものは皆殺す。
人類の総意ではなく、一つの組織が掲げる理想で多くの命を血祭りに上げた後に生まれる、血塗られた理想郷。
それが、エリュシオンの目指す世界。
「ふざけんじゃねぇぞ…!」
「お前ら、自分らが何をしようとしてるのか考えたことあるのか?
自分らがすることで、どれだけの人間が死ぬか分かってんのかよ!?」
祐一は捕まった日に電車の中で見たものを思い出す。
父を奪われ泣く息子
母を奪われ哭く娘
子供を奪われ嘆く親
あの短い時間の中ですら、あれだけの絶望と呼べるものを見た。それが近いうちに世界中で起ころうとしているのだ。
祐一は北の街で命が失われるかどうかの瀬戸際に立っていたし、両親を目の前で惨殺された。
だから分かる。命が奪われることで生まれる痛みを、苦しみを、悲しみを。
故に、エリュシオンの行いを認めるわけにはいかない。しかし
「知ったことか」
祐一の叫びはたったの6文字で棄却され、返答代わりに触手の一撃をもらった。
先ほどスレイブに殴られた場所と同じ所を殴られ、壁にぶつかり、ずり落ちる。意識はしっかりしていたが、口の中にすっぱい何かと鉄臭い何かが溢れて喋れない。
「下んないこと言ってんじゃないよぉ〜〜。
適性値が低いやつらは殺処分…いや、労働力程度にはなるかなぁ〜?
とにかく低かった奴らは運が悪かったってだけだろぉ〜〜?気にする必要なんかないさぁ〜〜」
ウリエルは低適性者の末路を保健所に集められた犬猫と同じ程度にしか見てなかった。
「あと、これからは君達に担当の博士が付くから紹介しとくねぇ〜〜〜。おーーーい、入っていいよぉ〜〜」
呼びかけと一緒に入ってきた白衣の人物を見て、祐一は驚愕した。
間違いない。
幾分か背が伸びているが長い栗色の髪の毛、子供らしさが残る瞳。
北の街にいる真琴を大人にすればこうなると予想できる姿。
まだ幼い頃、ずっと憧れていた年上の女性。
「この人がこれから始まる君達のプロジェクトの総監督にしてエリュシオンきっての知能を持つ最高技術顧問
沢渡真琴博士だぁ〜〜。お手数かけるなよぉ〜〜」
沢渡真琴だった。
「沢渡……真琴…姉さん?」
自分の声が震えているのが分かる。7年前から会うこともなく、高校生になってからも時折考えたことはあった。
だが、その憧れの人は今、この人間を人間と思わない地獄で最高技術者の一人として目の前にいる。
胸から何かが落ちた気がした。大事な何かが音を立てて転がっていく気がした。
それは、小さい頃から沢渡真琴に対して持ち続けていた無意識化の信頼とか、憧れとかいった、そういうものかもしれなかった。
「おんやぁ?沢渡博士、一号とお知り合いなんですかぁ〜〜?」
「……………………いえ。初対面です」
ウリエルは厭らしい笑みを浮かべて聞いたが、沢渡真琴は無表情のまま否定した。
そんなはずは無い。この人は間違いなく幼い自分が惹かれた女性で、あの頃から少しも変わっていない。
「さ〜〜てぇ〜、博士の紹介はコレくらいにして、これからの君達について話すよぉ〜〜。それではお願いしますね、博士」
こっちの戸惑いなんかお構いなしに話を進めるウリエル。今だ混乱している俺を置いて真琴姉さん……いや、沢渡さんは説明を始めた。
「貴方たちは今後、今まで以上の実験と【調整】に入ってもらいます。調整とはこれまでに投与してきた薬のバランスを整えて新たに投与することで、これ以上、拒否反応が出ないように最適化することです。これまでの被験者のデータから薬自体は既に完成しています。あとは一号から四号が投薬による副作用と過負荷に耐え切れるかどうかですが、これまでを凌いできたのでおそらく大丈夫でしょう」
バインダーに挟まれたレポートを事務的に読み上げると、俺達を眼だけで見渡して続きを読み出した
「先ほどウリエル様から星石の話をお聞きになったと思います。実は我々は既にその星石を4つ保持しており、貴方たち一号から四号はその星石によって生まれる【戦士】の素体となってもらいます。これからは牢の前に見張りを配置しておきますので、もし身体に異常を感じたら直ぐに言ってください。補充の利かない大切なサンプルですので、死んだら困りますから」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。
留美たちも理解していないのか、半ば放心状態で立ち尽くしていた。
つまり、こういうことか?もう完全な怪人の製造には成功したから掃除は必要なくなる。でも、せっかく地球の生んだ星の戦士を無駄に放って置くのは勿体無い。だから高適性者である自分達をその戦士に改造してエリュシオンの尖兵に利用すると言ってるのか、この人は?
「驚いた?驚いたぁ〜??地球が生んだ高位戦闘生命体への進化の秘宝【星石】。これを探すのはホントに骨が折れたんだよぉ〜〜。なんせどこぞのどいつが利用されないために巧妙に隠したからねぇ〜〜。だから世界中の遺跡といいう遺跡を発掘して掘り返して、保管されていたり埋まっていたものを見つけたんだよぉ〜〜。たまにどっかの国の調査隊とかいたから実験で星石を埋め込んでみたけど、順応しなかったのか身体が破裂して死んじゃったんだぁ〜〜〜。ま、君達なら大丈夫!きっとエリュシオンに相応しい戦士になれるさぁ〜〜」
ケラケラとウリエルの哄笑が響くなか、ゴトンという音が後ろから聞こえた。
振り向くと澪が倒れていた。今の話がショックで失神したのだ。隣にいた留美は失神はしなかったものの、自分を掻き抱いて震えている。聖さんはショックを身体には現さなかったが顔色が病的な白さになっていた。
グッと、患者服の裾を引っ張られる。留美かと思ったが違う。
聖さんだった。そのままもっと強く引っ張ってくる。
甘かった。無意識なのか顔には出ていなかったが、聖さんも相当のショックを受けているんだ。大人だからといって『バケモノにされる』と言われて、怖くないわけなんて無いんだ。
「話は以上です」
「よ〜し、それじゃ今日はこれにて終了。スレイブ、一号たちを牢まで丁重に送るように。それでは皆さん、今度会うときは【同胞】として会うことになるから、そんときは宜しくねぇ〜〜〜」
俺達の惨状がまるで見えていないのか、ローブを翻してブンブンと手を振って楽しそうに出て行く。その後ろに続くように出て行こうとした沢渡さんを俺は引きとめた。
「待ってくれ!!沢渡真琴さん!!!」
「……何か?」
カツンと靴を鳴らして止まった沢渡さんは顔だけをこっちに向ける。
これだけは聞かなくてはならない。絶対に、聞かなくてはならない。
「なんでだ!?あんなに優しくて、人を傷つけるのを一番嫌ってた貴女がなぜ!! 人間を裏切ったんだ!?」
本心を言えば嘘だと言って欲しい。こんな狂信者どもと同類なんて思いたくない!!
「私は、エリュシオンの最高技術顧問【沢渡真琴】です。これ以上の理由が………必要ですか?」
だけど現実は残酷で、沢渡真琴は完全なエリュシオンの人間だということを宣言した。
「話はそれだけですか?これでも忙しい身なので失礼させていただきます」
相変わらずのマニュアルに沿った事務的な口調で切ると、ウリエルの行った方向に歩いていった。祐一は沢渡の小さくなる背中を呆然と見送り、角を曲がって見えなくなった所で我に返ると
「くそっ!」
コンクリートの壁を殴りつけた。
祐一は気付いていなかった。
沢渡真琴が角を曲がるとき、手を白くなるまで握り締めていたことを。
あとがき
遅くなって申し訳ございませんでした(あいさつ)。こんにちは。モリユキです。
前回のを読んでくださり、今回も読んでくださった方。まことにありがとうございます。
初めての方、このような未熟者の文を読んでいただき、ありがとうございます。これからもなにとぞ宜しくお願いします。
これだけ待たせて(注:二ヶ月)まだ中篇かよ!と思っているそこの貴方!!
本気ですいません(土下座)
就職活動中で書く時間に限りがありまして…いえ、すいません言い訳ですね。
ホントは改造→脱出まで書きたかったんですが、エリュシオンの説明をしていたら思わぬテキスト量となり仕方なく中篇にするしかなかったのです。しかも読者置いてけぼり感がプンプンです。自分がまだまだ未熟者ということを痛感しました。説明さえ済めばもっと短くなると思います…。
今回の話で一番書きたかったことは『エリュシオンという組織の恐ろしさ』です。個人的には全然書けたようには見えませんが、皆さんはどうだったでしょうか?少しでも怖い組織だと思ってくれたら嬉しい限りです。それにしてもこれだけ長く書いたら他二つの組織の影が薄くなりそうで怖いです(笑)。
聖さんの鼻血とか正直ファンの方々に殴られそうなことを書いてしまいました。次回はさらにキツイ会話が飛び交うと思いますが、その時は御容赦下さい。
最後の最後で半オリキャラの沢渡真琴女史が登場しましたが、この人はとあるキャラの役割になります(ヒント:緑川博士)。実は、このssには石森御大のリスペクトが多々現れます。今回の話の中でもリスペクトが少々あったりするので、もし良かった探してみてください。
あと、エリュシオンのキャラは神を『ゴット』と呼んでいます。そんな感じで脳内保管してくれると嬉しいです(ナニサマノツモリダ
それにしても七瀬と澪の会話が少ない…。代わりに聖さんとウリエルがガンガン喋っています(笑)。キャラを動かすって難しいですね、精進あるのみです。
もし感想などがございましたらお気軽に掲示板などに書き込んでください。なるべく感想にはお答えしていこうと思っています。頂けるとホントに書く気力とエネルギーが沸きます。
それでは、次回も宜しくお願いします。
Shadow
Moonより
諸事情により、すみませんが感想は後日……
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