雪……雪が降っている。
一月も始まったばかり、冬も盛りの時期だそりゃ雪だって降るだろう。しかし、俺の住んでいた街では凍える程に寒かったものの雪は降っていなかった。それを鑑みて温度的にはそう大して変わらないかもしれないが雪が降るだけで体感温度は下がり続ける。
新しい年を祝い落ち着く暇も無く俺は、住み慣れた街を離れてこの雪国にやってきた。
 この街は幼い頃の思い出が詰まっている街。毎年、冬に訪れていた為いつもなら気分が 萎える雪さえも感慨深い。この街に来るのは覚えている限りで7年ぶりだろうか?
 しかし、今座っている駅のベンチから見える雪に覆われたこの街は昔と変わらぬ面影で俺を向かえてくれる。
「まぁ……覚えて無い範囲で色々変わってるだろうけどなー」
 些細な記憶の情景、幼い記憶、それらに圧倒的かつ壊滅的な欠落を持っている事は自負している。
「嫌な事……違うな、自虐的な事は覚えてるのは、損な記憶力だよなー」
 そうそれは、数々の

アカイキオク。

純潔がアカに染まる
アカは空気に触れクロに
耳の痛くなるセイジャク
名を呼ぶコエ
コワレル世界
全てを失う


いくつもの嫌な記憶がフラッシュバックし、涙が零れそうになる。

慟哭の末に、ここで果ててしまいたいとさえ思う。
そんな思考がふっと頭を過ぎる瞬間北風が雪を巻き上げ皮膚を叩き、現実に帰って来る。
「そう…まだ駄目だ、約束だから」
しかし、身体的には気になる程の寒さでは無いモノの寒いモノは寒い。
気分が萎えて、思考回路も可笑しくなるのも仕方ないかもしれない、約束の時間は一時の筈、腕に巻いた貰い物の時計を見ると既に30分も過ぎ去っている。
「ふむ…歓迎されてないか、何かしらの出来事が起きて迎えが来ないか…」
まず前者は有り得ない事は無いとは言い切れない、親戚関係にあると言っても迎えに来るらしい、いとこは女の子、しかも記憶が確かなら同い年だった筈難しい年頃だろう。親が了承、の一言を放ったとしても複雑な気分では無いだろうか。普通なら後者の確率が高いだろうがこの場合相手の状況把握能力と対応能力を換算しなければならない、俺をこちらに呼び付けたのは協会を通して、叔母に当たる秋子さん本人、この地の協会支部を一手に担っている手腕を持つ人だ、そして上辺だけの情報だけでは無く昔の記憶、秋子さん本人の人柄等も含めて考えると―――
俺が来る事に承服出来なく、歓迎的でないいとこをわざわざ迎えに行かせると言う人でもない、やはりある程度歓迎されていると考えるべきだろう。
尚且つ、なにかしらの事件等で迎えに来れない、そうなると代理を立てるなり対応出来る人。それらで比較対照すると一番確率の高い原因は
「………途中で何かあったか? 」
三番目の理由、そう考えるのが一番合理的だろう。そう結論付け、尚且つただの遅刻である事も考え2〜3分だけ近くを徘徊してみる事にする。まぁ、相手の特徴は髪の色位だけど、あそこで忠犬よろしく凍えるのはごめんだ。
 取り合えず、気分も最低に近く沈みかかっていたので長い事座り続けていたベンチから立ち上がり、軽く積もった雪を払い、駅から出る喧騒と人の流れに乗る。
 「ああ、なんて無駄な」
 傍と考えたら、良くこの街に来ていたと言っても7年前、しかも街は変わっただろう。
否、変わらずはいられなかった筈。其れほど7年という歳月は長い。
 その昔と記憶がほぼ一致しない、この土地を2日前に通った道を忘れてしまう俺が先程のベンチまで帰れるのか?と不安が一瞬押し寄せるが
 「まぁ……どうでもいいか」
 何処まで考えても最終的には選択放棄。カロリーの無駄使い。そんな事を知り合い、それも割りと近い友人とカテゴライズされる人達に言われる事が多々ある。まぁその通りなのだろうけども割と不服だったりする。
 「しかし、まぁこれは、物々しいというか猛々しいというか」
 商店街の近くを抜け、大きな道に出る、公園や色々な施設が充実している道を歩く。
時計を見るとあれから5分程度、その間に感じた協会のニンゲンは10数名を超える正確に言うと14名、しかも感じからすると一般人には気取られない程ギリギリの所で臨戦態勢を敷いている。ここでナニか事件が起きるとしよう、それが人であれ、人で無かれ、人であれば人を殺傷するだけの事件になりそうなら10秒程度で無力化されるだろう。
人で無い、場合はその存在が消滅するだろう。これには10秒もかからない3秒程度―
「この街には鬼でも出るのか? 」
本来ならリアリティのある話じゃない。ここ数十年で世界は360度変わり、一見変わらないが何処か歪な変化を齎し、街と街を繋ぐ道それも公共機関を除く移動手段以外は堅牢かつ強固な防衛システムに守られている。歴史上、日本と呼ばれる国は三度変わった、鎖国を経ての開国、第二次太平洋戦争敗戦、そして《黄昏の侵略》。
俺が生まれる前、そう《黄昏の侵略》から6〜7年は悲惨な状態だったらしいが先人の人達は、知力と技術を尽くし《黄昏の侵略》を退けそれ以前の生活を取り戻した。
世界各国も《黄昏の侵略》を受け、なんとか退けた。しかし、《侵略者》は常に世界の隣人であり、いつでも牙を剥く準備は出来ている。そして人々はその隣人から自分達を守り、退ける力を得た。その象徴が協会。そのニンゲンがこれだけ配備されていると言う事は鬼が出ても可笑しくは無い、それも童話に出る優しい青鬼赤鬼なんてモノじゃなく全てを潰し、壊し、破滅させるモノ―――
「ぉぉぅ」
思わず声に出る、何気なく時計を見ると既に2時、約束の時間は1時であの場所を離れたのが1時30分ぶらぶらと歩きながらぼーっとしているだけで既に30分近く費やしてしまったらしい。不味い、実に不味い、もし唯単に遅刻だとしたら1時間も遅刻する人がいるだろうか?
 確実に迎え人は来ているだろう、探し回っているかもしれない、もしかしたら諦めて帰っている可能性もありえる。そもそも向こう側が遅れたのだからそれは少し考えすぎだと思うがまだ良く把握できてないこの街で話しを複雑にして、すれ違いが多発すると2〜3時間待たされるかもしれない、この寒空の下で! 個人的にそれは最悪に部類される状況だ。
 「さ…最悪だ…」
 ここで落ち込んでも仕方ない既に30分経ってしまい更に時間は無常にも進んでいく、ならば一刻、一瞬でも早く待ち合わせの場所に行くのが最良の選択だろう。
 「はぁ…どうしてこう、問題ばかり起きるかな」
 嘆息しつつも足は動かす、最短のルートを描き、人を避け目立たない程度の速度で歩く。
 競歩と呼ばれる程度の速度で最短ルート、気配も気取られない程度に抑える、これなら4分程度であのベンチに着くだろう。本来なら全力ダッシュで遮蔽物も無視したい所だが、下手に刺激して教会のニンゲンに撃墜されても困る、話がややこしくなるだけでなんのリターンも無い。攻撃を受けて喜ぶマゾヒストでもない上に事件を積極的に起こして楽しむ悪趣味も持っていない、ここは最善の選択として常識的な道を辿る。
 幸いにして道に迷わず、まぁ大きめの駅が見える範囲だったのが一番のポイントだろう。
 一時間と少し前に旅立った水色のベンチには人影も無く、この北風が吹き雪も深々と降り積もる場所に止まる人が居る訳も無いだろう。
 周りを見渡しても、感覚を尖らせてもこちらを見ている気配も無く、俺の白い吐息が空に還っていくだけだった。
 あー、と呟いて頭をガシガシと掻く現状は、最悪もしかしたら無駄に話しをややこしくしたかもしれない状況だ。ハッキリ言って面倒な事この上ない。今後の生活に支障が出なければいいのだが―――
 そこでふっと思ったのが「そもそも相手が遅れなければこんな事には…」考えれば考えるほどムカムカしてきた。気分を落ち着ける為に青いベンチに再び座り、手を顔の前で組みそこに顎を乗せ思考を放棄する。世界の、人の、雑音、重力、視線、全てから開放され思考の海に辿り尽き、そこでも考える事を止める。
 耳を澄ませ、手に巻いている時計から聴こえる秒針のリズムを拾う。

 

ちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっち
ちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっち


単調で明確なリズムが心を落ち着ける。
そうして心の平安を取り戻している所に近づいてくる気配を感じる、一瞬お迎えかと思いはしたが明らかに雰囲気が違う、凛として常にどんな状況にも対応出来る兵隊の雰囲気。この雰囲気から察するに中々の場数それも修羅場を経ているだろう。先程歩いた道に配備されていた協会のニンゲンより断然濃い気配だ。
思考と虚無の世界から現実に引き戻されて、尚且つ動作は一切せずに現状を把握する
相手との距離は400メートル弱。装備はいつもの装備、手が少し悴んではいるがそんな事はマイナスになりようが無い。しかし、俺は協会のニンゲンがわざわざ挨拶してくるようなVIPでも無ければ、いきなり殺されかける謂れも無い筈、俺が目標じゃない可能性も考慮するが、その期待も虚しく、300メートル、290メートル、段々、淡々と相手は近づいてくる、それも明らかに俺を意識しているみたいだ。
100メートル、既に俺の攻撃可能範囲内、絶対殺戮範囲。
50メートル、息をするのと同意義にバラせる範囲、瞬きをするよりも常識的に惨殺できるだろう。
30メートル、20メートル、10メートル。
3メートル、俺が座っているベンチの目の前そこで相手は止まり、俺は注意を喚起する為と相手の視認する為に顔を揚げる。
それは最初の邂逅であり、定められた邂逅だったのかもしれない。

「貴方、何処の何方です?」
「…………小学生……? 」

思わず声に出してしまった、そりゃそうだろう、気合十分、一瞬でも敵対心を見せたら瞬殺の準備万全なのに顔を上げたらごつい戦人ではなく、小学生が居たら誰だって驚く。呆気に取られるとはこの事だ。戦闘意欲はガタ落ち、シリアスモードは吹っ飛び北風によって空に還されてしまって行方不明だ。
「も、う、い、ち、ど、聞くわよ?貴方、何処の、何方?」
第一声とキャラというか、喋り方が違う気がする。
  スタッカートを効かせ、声からは少し怒りを滲ませて、手は腰に慎ましい胸を若干そらせて――100人に聞いたら100人が怒っていると答えるだろうと思われる態度で再び聞いてくる小学生。
  この怒り具合からすると、質問が無視された事より、小学生と呟いた事を怒っているのかもしれない。まぁ十中八九小学生の体形だがもしかしたら違うのかも
 「あー、いきなり何処の何方と言われても答えようが」
 「私は協会のニンゲンです」
 「それは気配で解りますよ、あんな気配のニンゲンは協会以外でホイホイ居ません」
 協会という言葉に思わず微妙な敬語になってしまう、小学生もどき?相手に敬語…すごく微妙だ。しかも質問の意図が掴めない、何処の?出身地か?
 「ならば貴方は何処の何方ですか?」
 あぁそういう事か、ようやく理解出来た。
 「フリーの相沢」
 「フリー? 協会にも政府にも属してない?」
 「まぁ今は」
 その返事を聞くと、目の前の小学生もどき?は黙って考え込んでしまった。
 しかし、行き成り何処の誰と聞かれて所属と名前を聞いているとは思い至らなかった
というか寧ろ向こうの容姿で思考回路がふっとんだ感じだったし。これは反則だろ。
 白のシャツにフリフリ多めの黒のスカート、黒のコートに黒のローファー、それに黒髪。
雪と対比しても白すぎる肌、血の気が通っているのは唇だけの気がする。
いまどきの小学生はこんな格好しないだろうからこれは既にコスプレの領域では……?
 「それではフリーの相沢さん、貴方ここに何の目的で来たのですか?」
 質問というより詰問の雰囲気だ。
 「答えないと駄目か?」
 「答えない場合は事件性が有ると判断して、拘束させて頂きます。」
 そう答えると目の前の小学生もどき?を取り巻く気配が広がり俺の周囲を取り巻く。
 「拘束はこれ以上問題をごちゃまぜにしたくないからやめてくれるとありがたい、ここには依頼というか知人の頼みごと一応、協会を通してなんだけど?」
 聞いてないかな?というニュアンスを含んで聞いてみると俺を囲んでいた小学生もどき?の気配が薄れていくのが体感出来る。
 「協会を通してですか、なら貴方が話しに聞いた水瀬さんの親戚という訳ですね」
 詰問の雰囲気も薄れ割りと友好的、しかしまだガチガチに距離感がありすぎる雰囲気になった気がする。話し方も砕けた感じになったけどこれは好転したのか微妙なライン。
 「秋子さんは俺の母さんの妹にあたる人だ」
 「なるほど、合点がいきました、これで大団円です、それでは」
 そういうと小学生もどきはお辞儀をして帰ろうとする。しかし、協会のニンゲンに常識は当てはまらないとは言え、まさかあんな子が居るとは…。
 「ってちょっとまてーーーーーぃ」
 「はい?まだ何かありますか?」
 こ…こいつは…、なんというかやはり見た目と年齢は流石に違うだろうが、少女と称していい年齢で協会のニンゲン、それも戦闘の可能性がある職質に駆り出された事と先の気配で腕があるのは理解出来る、その分常識とか吹っ飛んでいる可能性が大だ。
 「何かというより何で詰問されたとか色々まだ終わってない事があるだろ!」
 「そうですか?」
 「一般常識に照らし合わせて考えるとそうだろ…」
 ちょこんと首を傾げ、心当たりが無いという感じの小学生もどき…。
 これじゃただの小学生だ…。
 「まず1つ、何故俺は職質を受けたのかは当然教えるべきだろ? 後はこの警戒レベルの意味もこれからの行動を制限しつつ注意する為に教える必要があるんじゃないか? 」
 「なるほどそうかもしれませんね」
 「いやいや、なんの説明も無しに行き成り聞くだけ、聞いて、はいそれじゃバイバイの方が無いだろっ」
 頭が痛くなる…予測はしていたけど事務的な事より戦場に属するタイプなのは間違いが無いみたいだ。しかし、他の職業と違い年齢が関係するような仕事では無いのは確かだがこんな年端のいかない子供を戦闘に引きずりだすとは…しかも実際に仕掛けては無いが先程感じた気配は明らかに手練、戦闘の専門家と称して良い所まで上り詰めているだろう。
 俺が言うのもなんだが、反吐がでる。
 「後の方、この警戒レベルの事ですね、こちらは後ほど水瀬さんから説明があると思いますが現段階では守秘義務の関係でお話はできません。前者は、その警戒にあたっている内の一人から報告《<破片(ピース)拾い(メーカー)>と思われる要注意人物を発見、駅前方向に一般速度を超えたスピードで進行、注意されたし》と言う内容ですね。があったので<破片(ピース)拾い(メーカー)>では無くても何らかの戦闘技術を持っている可能性を考慮して私がその不信人物に職務質問をした訳です」
 思考が悪い方向に流れつつあった所を小学生もどきの明朗な回答が遮り、更にそれ程大きい音量では無いものの可愛らしい声は割りと癒し効果があったようで負の感情が消え去る。
 「どうしました? 凄い顔、今にも死にそうというか、殺してしまいそうな殺人鬼風味の顔を一瞬していましたが、なにか不明な点でもありますか? 」
 「いや、少し嫌な事考えただけで問題ない上に関係ない、寧ろ殺人鬼って例えはやめて貰いたい」
 表情に出たか、その上殺人鬼、割と観察眼もあるらしい。
 そのズバッとした物言いと微妙に合っている例えに苦笑してしまうのがわかる。
 「そうだなー話しは大体理解出来た、まぁ約束に遅刻しそうになって少し不信な行動をとった俺が悪かった、手を煩わせてすまなかった」
 頭を下げる。すると小学生もどきの若干狼狽した雰囲気がありありとわかりあたふたと手を振りながら「もう良いですから、ただの視察みたいなモノでそれにお仕事ですし」と頭をあげさせようとする。



 その表情   雰囲気は 歳相応のモノで 命のやりとりを  しているとは

           思えない程 

              普通

 その表情が 不意に 顔つきも 雰囲気も 似てない アイツ と ダブって 


           身体 と 意識 が 沈む。

 

 最後に見えたのは小学生もどきの驚く顔。それに何故か安心してしまった。



Shadow Moonより

はじめまして、投稿SSありがとうございます。
今回のお話は近未来。 異形のモノに世界が今も襲われ続けているという感じでしょうか?
祐一君もその異形を討つ側の一人のようで、これからの彼の活躍がとても楽しみですね。
さてさて、小学生もどきは今後、祐一君とどういう関わりをもつのでしょうね?
場慣れしている雰囲気があるだけに、見た目と年齢が一致しているとは限りませんし……
もし彼女がヒロインとなるなら、祐一君は周りから特殊な性癖の人(爆)と思われるのじゃないかと期待しつつ、次回も楽しみにお待ちしています。


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