「北川君、耐えて!」
香里の必死の叱咤が飛ぶ。
「んなこと言ってもようっ!!」
北川は、手にした剣で、飛び交うシャドウを跳ね除ける。
「数が多すぎるぜ!!」
香里は舌打ちし、自分たちを囲むシャドウを睨んだ。
そこにはスライム型のシャドウをはじめ、車輪タイプ、巨人タイプ、キューピッドタイプが多数ひしめき合っていた。
香里たちのチームは、街の西にある、祐一たちとは別口である、廃ビルを占拠したシャドウの集団を、殲滅に取り掛かっていたが、それは予想外の強さと数で、香里たちを追い詰める。
そして、もうひとつ、状況を悪化させている原因が……
「…………」
虚ろな表情をしながら、香里たちを見つめる栞。その手にした銃口は、香里たちに向けられていた。
「まさか、精神攻撃を得意とする奴がいたなんてね……」
「栞ちゃんの回復がないと……辛いぜ」
「そうね……かといって栞を正気に戻す方法なんて分からないし……」
相談している間に、敵は容赦なく二人を攻撃する。小さなキューピッドのようなシャドウが矢を放ち、二人を分断する。
間一髪、矢をかわす香里に、すさまじい拳の一撃が飛ぶ。
「きゃああ!!」
弾き飛ばされ、壁に激突する。
「美坂! ちいっ、この野郎、もし美坂に一生ものの傷つけたら、承知しねえぞ!」
香里を跳ね飛ばしたシャドウ、半裸の巨人の姿をしたシャドウに怒鳴る北川に、巨大な車輪が迫る。奇妙なことに、飾りと思われていたライオンの意匠は生きているかのように動いていた。
ライオンの意匠は大きく口を開け、北川を噛み砕こうとする。
「させっかよ!」
北川は、剣を前に突き出し、ライオンの口にかませることに成功するが、力の差に、じりじりと後退させられる。
「ぐ……こっの野郎……」
歯軋りしながら、これ以上下がるまいと足に力を込める北川。
その背後に何かがめり込む。
「ぐあっ!!」
力を抜いた北川に、車輪が突進する。踏みつけられ、悶える。
「く……何……が……」
後ろを振り向くと、そこには、煙を吹いた銃を構えた栞の姿があった。
「くそ……勘弁してくれよ……栞ちゃん……」
限界に達したのか、北川はかくん、と首から力を抜いた。力尽きたらしい。
「うう……まずい……このままじゃ……」
香里の思考には絶望的な状況が巡る。
残ったシャドウと、操られた栞は、立ち上がった香里に、じりじりと寄っていく。
「はーはっはっはっは、そこまでだぁ!!」
突然、割れた窓ガラスから、馬鹿笑いとともに人影が現れる。
「折原浩平、助っ人にけんっざん!!」
絶望的な状況と分かっていても、一瞬思考が真っ白になった。
「あはは〜、ごめんなさいお待たせしました〜」
「……大丈夫?」
続いて、四角い部屋のドアから、聞き覚えのある二人の声が聞こえた。
援軍が来てくれたのだ。
P-KANON ACT.13
「どりゃああ!!」
浩平は剣の一撃で、キューピッド型のシャドウを切り捨てる。
「はん、てめえみたいな雑魚にペルソナなんて勿体ねえ!!」
「……浩平、油断は駄目」
「うぃーす……」
舞はペルソナを召喚する専用の剣を首筋に当てる。
「ヘルヴォール、行って」
すっと、首を切るしぐさとともに、奇怪な馬に乗った、兜をした女戦士が、剣を振り回しながら部屋中を縦横無尽に駆け回る。スライム型は粉みじんとなり、体力に劣るキューピッド型も、その猛攻には耐え切れなかった。
が、巨人タイプと車輪タイプは、この攻撃にも耐え抜いた。特に、車輪タイプは小さな傷を負わせた程度で、ほとんど無傷であった。
「……しぶとい」
「大丈夫だよ、舞。後は佐祐理と香里さんに任せて。香里さん、ペルソナは呼べますか?」
「……は、はい。もうかなり消耗してますが……」
「なるほど、では隙を見てあの車輪タイプに、あなたの得意の電撃をお見舞いしてください。それでおしまいです」
「……でも、あいつ、弱点を浴びせても、あまり効いて……」
「無防備になったところを一斉攻撃します。それで終わりですよ」
「……わかりました。行きますよ、倉田先輩」
香里は指示通りに、こめかみに召喚器を当てる。
「シフ! 行きなさい!」
香里の命令どおり、シフは電撃を指先から何本も発し、車輪を捕らえた。それは悶絶するかのように、勢いが殺された独楽のように倒れ伏す。
「チャンスです! 一気に決めますよ!」
「オッケー、待ちくたびれたぜ! ギルガメッシュ、思いっきりぶっ潰せ!」
浩平が召喚したギルガメッシュは、暴威を振って、車輪型の最ももろいところ、中心を支える支柱を完全に粉々にしてしまう。そして、佐祐理は手にした薙刀で、ライオンの眉間に当たる部分を貫く。これによって限界を迎えたか、車輪型は跡形もなく消滅する
残った巨人型は咆哮をあげると、自分を傷つけた舞にいきり立ち、腕を振り回して襲い掛かるが、
「……もう終わり。ヘルヴォール」
再び召喚されたヘルヴォールは、先ほどとは違う、どす黒い短い剣を持って出現する。それは巨人にカウンターでわき腹を切るが、浅い。
しかし、それで全てが終わった。切られたわき腹から、黒い何かが、無数の羽虫のように巨人に群がる。それは瞬く間に巨人を包み、黒いものが去ると、そこには何も残されていなかった。
「……おしまい」
「さて、残りは……っと」
三人は、栞の様子を伺う。シャドウが倒れても、その目はうつろな状態で、いまだにシャドウの支配下に置かれているのは明白だった。
「栞は……正気に戻らないんですか?」
「それこそ佐祐理の出番でしょうね〜」
「頼んますよ、倉田先輩。この手の攻撃に対する回復手段は、先輩が得意なんすから」
「わかっています、シギュン、頼みましたよ」
佐祐理は召喚器を胸に向け、トリガーを引く。現れたシギュンは、栞を抱きかかえ、強く締め上げながら、何かの光を発する。はじめこそ激しく抵抗していた栞だったが、だんだんと落ち着きを取り戻し、目に元の光が宿っていく。
「あれ……? わたし……?」
きょとんとした表情で、周囲を見渡す。突然変化した周囲に一瞬戸惑うが、すぐに、自分に何が起こったのかを思い出す。
「そうだ……わたし、あのシャドウの攻撃で頭がぼーっとなって……それから……!!
北川さん!?」
栞は、倒れている北川に駆け寄る。そして、背中につけられた銃痕を見て、顔を真っ青にした。
「これ……わたしが……やったんですか……?」
その言葉に、香里は栞と視線を合わせずに頷いた。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! わたしのせいでこんなことに……!!」
「落ち着きなさい、栞」
諭すような優しい声で、香里は、栞の肩をぽんぽんと叩いた。
「あなたの意思でやったわけじゃないでしょ?」
「…………」
「ほーら、そんな風に泣かない。北川君は助かったんだし、もう自分を責めるのはその辺にしておきなさい」
「……はい」
「それから……一応、倉田先輩にはお礼を言っておくこと。あなたを治してくれたのは、倉田先輩なんだから」
「……はい、すみませんでした……倉田先輩」
「平気ですよ〜、なんてったって、佐祐理たちは仲間ですから」
佐祐理は姉妹に優しく笑いかけた。
その笑みを、香里は一瞬だけ目をそらし、何事もなく、
「そうですね、あたしたちは……仲間、ですからね」
そう、言った。
「あー、くっそー、昨日は散々だったぜ……」
昨日の作戦が終わった次の日、いつもの昼休みの食堂で、注文してきた野菜炒めセットを食いながら、北川はぼやいた。
「確かに、ね……倉田先輩にも助けられちゃったし、あたしたちだけでは、どうしようもなかったし……」
「わたしは……お姉ちゃんたちにまでご迷惑をかけて……」
どうやら、俺たちと別れた後、向こうでも色々と会ったようで、口々に反省と、悔恨が吐き出されていく。
「それについては謝る。俺も正直、慢心していたし、みんなの実力を把握し切れなかったせいで、みんなを危険に追いやってしまった。ごめん」
俺はテーブルに手を付き、頭を下げる。
「わわ、ゆ、祐一、頭を上げてよ」
俺の突然の謝罪に、名雪はうろたえ、今食べようとしたイチゴムースを、床に落としてしまった。
「あー……」
悲しそうな視線を、落ちたムースに向ける。
「おい、相沢、頭上げろ。別にお前を責めちゃいねえって」
「そうよ、相沢君の判断は間違ってはいなかったと思うわ。あたしたちが不甲斐なかっただけ」
「そうですよ。祐一さんの指示に不満を言うつもりはありません」
みんなは口々に、俺の責任を軽く許してくれた。
その言葉には一切の虚飾はない。
「ね、祐一、みんながああ言ってるんだから、自分をあんまり責めちゃ、駄目だよ?」
「名雪……」
「でも、それはそれとして、落としたイチゴムースの埋め合わせ、考えておいてね?」
「…………」
……さっきの感動は全てぶち壊しだった。
上月澪は、昼休みの合間を縫って、やがて来る公演と控えて、練習と、小道具作成の準備で忙しい日々を送っていた。まだ一年生である澪には、役は与えられないが、裏方として、主に音響と小道具の雑用を掛け持ちで請け負っていた。
「上月さん、そっちの釘の箱、持ってきて」
先輩の声に頷くと、釘入りの箱を持とうとするが、予想外に重い。それでも、澪は苦しい顔一つ見せず、それをせっせと運ぼうとした。
が、やはり無理があったのであろう。ふらつき、足のバランスを崩して、転んでしまう。それだけならまだしも、半開きになっていた釘の箱から、一斉に釘があふれ出した。
「ちょ、ちょっと、大丈夫、上月さん!?」
澪に指示した先輩が澪に駆け寄る。言葉を発せない澪は、表情だけで、とても申し訳なさそうに先輩を見る。
「……そんな顔しないでよ。責めてないわ。私も無茶なこと頼んじゃったし。じゃ、上月さん、一緒に釘を拾いましょ? 踏んづけたら危ないから」
ぶんぶんと澪は首を縦に振る。
その表現を見て、先輩は苦笑する。この子、深山部長の言うように役者の才能があるのかもしれない、と。
その時ふと、
「…………?」
耳鳴りがした。いや、耳鳴りと呼ぶにはあまりにもおぞましい声だったような……
「何だったのかしら……?」
独り言をつぶやくと、澪が、心配そうに、こっちの顔を覗き込んでいた。
「あ、ごめんね。さ、片づけしましょ。早くしないと、予鈴がなっちゃうわ」
うんっうんっ。
澪は笑って頷いた。
午後の授業を消化し、放課後になる。俺はどこの部活にも所属してないから、まっすぐ寮に帰ろうかとしたそのとき、
「じゃ、祐一、行こ?」
「……WHATS?」
いきなり名雪が俺に声をかけてきた。
「忘れちゃったの? さっき落としたイチゴムースの埋め合わせ。あれ、すっごいお気に入りだったのに……」
よよよ、と、名雪は泣きまねをしながら、俺のことを責めていた。
「……来月に持ち越しでまからんか?」
「だーめ。今日」
「……どうしても?」
「どうしても」
にっこりと笑う名雪だが、その笑みは秋子さんと同種のもので、有無を言わせない何かがあった。
「……わかったよ」
「わーい」
両手を挙げて喜ぶ名雪。
俺はその姿に、末恐ろしいものを感じ取っていた……
校門を出た俺と名雪は、名雪に先導される形で、商店街を歩いていた。
「こうやって、二人だけで商店街を歩くのは、始業式以来かな?」
「だっけ? 忘れちまった」
「ひどいよ〜」
「まあ、ここ最近は折原とか、長森さんとか、留美とかとはよく一緒に帰ったりするけどな」
「うん、だから今日は久しぶりに祐一と一緒に帰るからちょっと嬉しかったりして」
う……
その名雪の純粋な笑いを直視できず、俺は目をそむける。
「あ〜、祐一、照れてる?」
「あー! あー! 俺は何も聞こえなーい!!」
名雪の意地悪い追求に、俺も耳を塞いで子供じみた抵抗をしてやる。
……冷静になって、俺も何やってんだか……
「あ、祐一、着いたよ。ここ」
名雪が俺についてきてほしかった場所は、『百花屋』という喫茶店。個人経営の店の割には、結構繁盛しているらしく、覗ける窓越しに、かなりの客が座っていた。
「今日の埋め合わせ。ここのイチゴサンデー一つでいいよ」
名雪はそう言い、俺に笑いかけるが、俺は外に張り出されたメニューを見て青くなる。
「……待て、名雪」
「??」
「最近のイチゴサンデーとやらは一杯1500円もするものなのか?」
「当然だよ。ここの人気メニューだもの」
「……明らかに割に合ってない気がするぞ」
「……駄目?」
「駄目。割に合わん」
「……どうしても?
上目遣いに俺を見、懇願するように、腰を落とす。
……くそ、俺がこういうのに弱いの知っててやってやがるな、こいつ……
しばらくは抵抗するものの、やはり、良心の呵責に負け、
「わかったよ……」
「やったー」
小躍りして喜びを表現する名雪に反して、俺は憂鬱のため息を吐いたのだった。
出されたイチゴサンデーは、なるほどボリュームたっぷりで、イチゴソースとイチゴを惜しみなく使い、量も半端じゃない。たしかにこれなら1500円も頷けなくはない。
「それじゃ、祐一、ご馳走になります」
「はいはい……」
俺は注文したコーヒーをブラックでひとすすりする。
インスタントとはわけが違う、コクのあるうまさが口に広がる。間違いなく俺が今まで飲んだコーヒーの中で一番だ。
なるほど、繁盛するのも当然だろう。
「しあわせだよ〜」
名雪も口にイチゴサンデーをほおばり、とろけるような顔をしていた。
「そいつはよかったな。俺はそろそろ財布の中身がすっからかんだ」
「だって祐一が私のイチゴムースを落としたからいけないんだよ」
「それはわかったから」
「でも、昔はここのお店に入るだけで憧れたよね」
「そうだっけ? 覚えてない」
俺のその言葉に怪訝そうな表情を浮かべる名雪。
「……ほんとに? 昔はここを通るたびにうらやましそうにこのお店を出て行く人を見てたでしょ?」
「そうだったっけ……?」
「……祐一、昔のこと覚えてないの?」
「……正直に言えばあんまりよく覚えてない。特に七年前のことはもうほとんど思い出せない」
「……そうだよね、あんなことがあったら、思い出したくないよね」
「あんなこと?」
「あ……ううん、なんでもないよ、忘れて」
慌てるように、名雪はイチゴサンデーのアイスにスプーンを伸ばしてほおばった。
そしてそれきり、俺と名雪は何も語らず、黙々と注文されたものに手を出していった。
気まずい空気の中、百花屋を出た俺たち。終始無言のまま、寮へと帰宅する。
「ただいま」
「お帰りなさい、祐一さん」
秋子さんはいつもどおりの笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「二人とも、どうしたの? 喧嘩でもしたの?」
「あ、大丈夫、そういうのじゃないから。そういうのじゃ……」
「そう……」
秋子さんは、それ以上名雪に追及せず、黙っていつもの笑みを見せた。
「そういえば祐一さん、さっき真琴さんからお電話がありましたよ」
「げ……」
真琴、という名前にある種の緊張が走る。
沢渡真琴。旧姓、相沢真琴で、俺より七つ上の、俺と血を分けた姉弟だ。
昔から破天荒な性格をしていたが、高校卒業と同時に、当時幼馴染だった彼氏と駆け落ち同然に結婚。それに激怒したのが俺の親父で、親父は姉さんを勘当し、姉さんにはうちの敷居をまたがされるな、と俺と母さんにはきつく言っている。もっとも、親父のいない隙を狙って、こっそりと姉さんは遊びに来るし、たびたび俺も連絡を取り合ってる。
まあ、その内容は俺に対するからかいがほとんどなんだけどな……
「真琴さんは怒ってましたよ。どうして家に誰もいないんだ。連絡の一つもよこせ、と」
「でしょうね……わかりました。俺が連絡しますよ。携帯の番号も知ってるし」
「お願いしますね。祐一さんがこっちにいることを教えたら、連絡くらい寄越しなさいと言ってましたから」
「わかりました」
俺は自室に戻り、携帯の電話帳から、姉さんの番号を入れる。
受信している間、姉さんお気に入りの待ちうたが、俺の耳に飛び込むが、それが途切れると、
『おそーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!』
耳を劈くような大声で俺を怒鳴りつける声が電話越しに響き渡った。
「わ、悪かったよ、姉さん」
『大体、久々に旦那と子供つれて遊びに行ったら、家はもぬけの殻だし、あんたも秋子さんの所に行ってるって大事なこと、連絡の一つもなしなわけ!?』
「しょうがないだろ? 親父は姉さんにだけは連絡するな、って言ってたし、俺も俺で結構ごたごたしてたしさ。連絡どころじゃなかったんだよ」
『……まあ、まだ腹の虫は収まらないけど、まあそういうことにしてあげるわ。とりあえず……久々、祐一』
「ああ、半年振りだな。旦那さんは元気か?」
『元気も元気。身体を壊すようなたまじゃないし、あれは。ただねえ、うちのチビが手がかかってしょうがないのよ』
「あれ? 幾つになったんだっけ?」
『んーと、今年で四つかな? 遊び盛りだから、なかなか寝付いてくれなくて大変ったらありゃしないのよ』
「そのくらいの子供なら、ちょうどいいくらいだろ?」
『はあ……こうなったら、あんたにも使ったあれを使うかな?』
「あれ?」
『ほーら、覚えてない? 『早く寝ないと、緑色の夜が来るわよ〜』ってさ』
ちょっと待て……
…………今、姉さんはなんて言ったんだ?
『祐一ー? おーい? どーしたのー?』
能天気な姉さんの声が電話から聞こえてくる。
「姉さん、大事な話なんだ! 姉さんはその話をいつしたんだ!?」
『ちょ、急にどうしたわけ?』
「いいから!」
『はあ、まあいけどさ。っていうか、先に言い出したのはあんたの方よ? いつくらいだったかな……そうだ、確かあんたが10歳くらいのときじゃなかったっけ? いつからか忘れたけど、『早く寝ようよ、緑色の夜が来るんだよ』って、しょっちゅう言ってたの覚えてない? それが面白くってさあ、見たいテレビあるときに、あんたが独占してたときにはよく『緑の夜が来るわよ〜』って脅して、無理やり寝かせつけたりもしたたわね〜』
姉さんの言ってた「緑色の夜」というのは、まさか影時間のことだろうか……
ということは、
俺は……七年前から……影時間を経験していたのか……?
『はあ、いっそその方が簡単に寝かしつけられて、あたしも楽かもしれないわね〜。っておーい、祐一、聞いてんの? もしもーし』
携帯越しの姉さんの声がやけに遠くに聞こえてきた……
「姉さん、最後にひとつだけいいか?」
『は? 何?』
「俺が……その『緑色の夜が来る』って言い出したのは……10歳のいつごろか……覚えてるか?」
『ああ、えーと、ちょっと待ってよ……そうそう、新年始まってからしばらく位かな? ほら、丁度そん時にさ、母さんとあんたが名雪ちゃん家に行ったじゃん? でも、なんか、急に予定早めて帰ってきたこと、あったでしょ。あれからかなあ……ちょびちょび母さんから話聞くんだけど、あんた、中学になってからも、どういうわけかやたら寝つきがよかったらしいじゃん? 11時過ぎくらいには、とっとと寝ちゃうらしかったし。なーに? 向こうでなんか怖いことでも合ったりした?』
からかい口調の姉さんの声はまるで耳に届いていない。
確かにおぼろげだが、そこら辺の記憶はある。が、七年前に、そこで何をして、何を見て、そして何があったのか、今さらになって何一つ思い出せない自分に気が付いた……
『ちょーっと祐一、何ぼーっとしてんの? あんまりお姉さん怒らせると、毎日イタ電しちゃうよ〜』
もう姉さんの声なんて聞こえてなんていなかった……
Shadow Moonより
諸事情により、すみませんが感想は後日……
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