「それにしてもみさきさんがなあ……」

 昨日の報告を受けての昼休み。昨日の残りを詰めた弁当をつまみながらポツリと独り言がもれた。

「ねえ、祐一、みさきさんって、どんな人?」

 一緒に飯を食っていた名雪がそんなことを聞いてきた。

「どんな人、ねえ……」
「あら、あたしも少し興味あるわね」
「俺も俺も!!」
「私もちょっと興味あります!」

 香里や北川、栞も食いついてくる。

「そう言われても、俺は昨日始めて会ったばかりだからな……詳しいことは何も知らない。一つ言えることとしたら……目が見えないんだよ。みさきさん」
「あ……」

 俺の言葉に、少し重い沈黙が流れる。
 その様子に、俺は苦笑し、

「おいおい、そんなに深刻に考えるな。普通に話しかけてやればいいんだ。みんなだって、澪が口を利けなくても、普通に仲良くしてるだろう?」
「うん……そうだね。よし、わたしももし会えたら、普通に仲良くなれるようにがんばってみるよ」

 俺の言葉に、深刻な顔をしていた名雪が顔をほころばせる。まるでこれから会う親しい友人を待っているかのような笑みを。

「ふっ、そういう風なことを名雪が言うと、妙に説得力あるわね」
「確かに。目が見えないからって、別に普通の人と変わらねえんだろ? じゃあ、普通に声かければいいんじゃね?」
「わたし、ちょっと川名先輩とお話しするの、楽しみになってきました。祐一さん、ぜひ紹介してくださいね」

 三人もまだあったことのない仲間に心躍らせる。
 ……まだ入部するかどうかも決まってないんだが、な。

「それにしてもあの斉藤君がねえ……」
「ああ、あれか……」
「わたしもちょっとびっくりだよ……」

 香里の言葉に、俺たちは昨日のある出来事を回想していた……



P-KANON ACT.12




 話は夕べの久瀬の報告にまでさかのぼる。
 俺たちがレポートを食い入るように見ている姿を久瀬は怪訝に思ったのか、

「知り合いか? 二人とも」
「ああ……俺は今日始めて会ったばかりだが、折原は割りと親しいらしいな」
「確かかい? 折原君」
「ああ、去年からの友達だ……」
「なるほど……それはよく分かった。だが、もしもまた話しかけることがあっても、僕らのことは口外しないでくれよ? 頼むから」
「……了解」

 俺たちに釘をさしてきた。

「おい、相沢、俺たちにも見せろよ、さっきから気になって仕方ねえんだ」

 北川が箸で俺を突っつきながら言う。

「北川君、駄目だよ。お箸で人を指しちゃ」
「ああ、悪い悪い。ほら、早く見せてくれ」
「……おう、悪いな。ほれ、汚すなよ」

 俺は北川にレポートを渡す。北川は本当にちょっとだけ見ると、隣にいた香里に手渡す。……おそらく、顔写真と名前程度しか見てないんだろうな。香里も名雪に手渡すと、栞、長森さん、留美とレポートのバトンが続き、斉藤に渡される。
 そして斉藤はレポートを食い入るように見つめだす。

「斉藤……?」
「斉藤、どうしたー?」

 北川が、斉藤の顔の前で手をひらひらさせるが、まったくの無反応。
 全員が何事か、と斉藤を注目しだしたとき、彼の口からポツリと呟きが聞こえた。

「きれいだ……」
『………………はあ?』

 斉藤の視線は、みさきさんの顔写真に釘付けになっていた……



「正直意外だと思ったわね……彼、正直硬派なイメージじゃない。一目惚れなんて縁遠いものだと思ってたんだけど……」

 言いながら、香里は残りのパックジュースを飲み干す。

「でも、一目惚れって、なんだかドラマのようですよね〜」

 栞は何か美しいものを思い出しているかのようにうっとりとした表情を浮かべていた。

「ま、恋愛は人の自由だもんな……」

 俺は最後のから揚げを一つ口に放り込んだ。
 ま、栞の言いたいことも分からないでもないけど……
 と、食堂を巡らせると、見知った顔が一人。

「お、折原じゃないか? 珍しいな」
「おっと、相沢に……いつもの美坂チームか」
「ちょっと折原君、それ何?」
「水瀬、美坂姉、北川……ほれいつもの美坂チーム」
「あたしらは一セット扱い……?」
「だってお前ら、中等部からいっつも同じ組み合わせじゃねえか。そう呼ばれてもおかしくないぞ」
「……まあ、それはいいわ。それより折原君、一つ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「そのトレイいっぱいのカレー、まさか一人で全部食べるわけ?」

 そう。折原の手には、これでもか、といわんばかりのカレーライスがトレイ狭しと並べられている。あんなもん一人の人間が食える量じゃない。

「ああ、俺じゃなくて連れのほうが、な」
「……はあ?」

 折原の言葉に、全員が耳を疑った。

「……それは新手のギャグですか?」
「いや、マジ」
「人間か、そいつ……?」
「生物学上は、人間に分類されているが?」
「折原、まさか……」

 俺だけは一人だけ、心当たりのある人物の顔が思い浮かぶ。

「多分お前の考えてるとおりだ」

 俺の言葉を察してか、折原が答えた。
 ああ、やっぱり。あのカレーはみさきさんが注文したものか。

「……さすがに俺はもううどん一杯で腹が膨れたからな。これを持ってったら、退散する。んじゃな、午後の授業は合同授業だってこと、忘れんなよ」

 それだけ言い残して、折原は姿を消す。

「……なんだかありえない光景を見てしまった感じね」
「うん……」
「まさしく人体の神秘という奴かもしれないです……」



 うちの学校は食堂と教室、部室は渡り廊下を経由して繋がっている。
 だから昼休み中に、昼休み中に練習をしていた連中とばったりということも珍しくない。俺たちが食事を終え、食堂から教室へ移動する途中、部室の方向から、見知った顔が姿を見せた。

「あれ、澪ちゃん?」

 名雪が驚いたようにその名前を呼んだ。
 澪も俺たちに出くわしたのが驚いたらしく、ちょっと眼を丸くしたが、すぐに愛用のスケッチブックにペンを走らせる。

『こんにちはなの』
「澪って、何か部活してたのか?」
『演劇部の練習の帰りなの』

 これは正直意外だった。言葉の話せない澪が、演劇部に入るとは。

「栞は知ってたか?」
「はい、聞いてましたよ。何でも、役者志望らしくて」
「役者? でも、澪って……」
「言葉がしゃべれなくても、演技の方法はいくらでもあるということよ」

 俺の言葉をさえぎり、澪の後ろ――部室のほうから知らない女性の声がした。
 ゆるくウェーブのかかった髪をした背筋のしゃんとした人で、どこか威厳を感じさせる。

「ほら、昔あったでしょ? 耳の聞こえない女性の恋愛ドラマ。あれと同じようにすればいいのよ。それにこの子、演技力はかなりのものなのよ」

 そう言いながら、女性は澪の頭をなでる。それを気持ちよさそうに澪は目を細める。

「澪、その人は?」
『うちの部長さんなの』
「紹介にあずかった深山雪見よ。よろしく」

 雪見と名乗った女性は微笑みで挨拶の代わりをする。

「それはいいんだけど……こんなところで立ち話してて大丈夫? そろそろ予鈴が鳴るわよ」
『おわっ』

 彼女の言葉に、俺たちは全力で教室に向かった。



 合同教室。うちの学校は理科と社会は、基本的に選択性で、全クラス単位で希望を取り、選択した授業を受けるのが通例だ。もちろん、去年取った授業は除外される。転校したての俺にはこの辺りは関係ないが。ちなみに俺の場合、理科は物理で、社会は日本史を選択している。理科のクラスではいつもの
4人は一緒だが、社会のときには、全員がばらばらになる。そのことは名雪は仕切りに残念がっていたが、そればかりは仕方がない。そして今の授業は社会。とまあ、説明ばかり続いたが、俺が何を言いたいのかというと、それはつまり、別クラスの折原たちも俺と同じ授業を選択しているわけで……

「ぐごー……」

 そいつが俺の席の後ろでいびきをかいてやがる。この男、少なくとも俺がこの授業を受け始めてから、一度もまともに起きたことなどない。……何しに学校に来てるんだこいつは。教えている教師ももうそっちのほうは無視して授業を進めている。

「気にしたら負けよ」

 俺の思考を呼んでか、隣に座っていた留美が、小さな声で俺に言う。

「そうだな……気にしない方向で行こう」
「そうよ……それが平穏に授業を受けるコツよ」

 頷いて、俺は先生の教えに耳を傾けた。
 この日本史の教師は、こと細かく説明し、ときに脱線するも、それがうまく授業の進めに繋がるため、非常に面白い。
 ……前の学校の日本史教師は脱線に脱線を重ねた上に、武士の時代だけを嬉々としてやってたようなはずれ教師だったからな。あれはあれで面白かったけど。
 そんなことを考えながら、ノートを取っているうちに、終了のチャイムが鳴る。

「おー……終わったか……ふぁ〜」

 そのタイミングに合わせて、折原が体を起こした。

「はあ……」

 折原の行為にため息をつくと、留美が俺の肩を指で叩いてくる。

「ね、祐一、放課後、ちょっと病院まで付き合って」
「なんだ、七瀬、相沢と一緒ということは、産婦人科か?」
「違うわぁっ!!」

 折原のしゃれにならん冗談に怒声を上げ、水平チョップを折原の顔面に食らわせる。
 ……あああ、そんなことするからますます『乙女』とやらが、遠のいていくのに……

「足の最終検査を受けに行くのよ。それ次第では……」
「なるほどね……」

 今日は俺たちの作戦が再開される日。テスト期間中はおとなしかったが、最近、また無気力症の患者が増加し始めており、シャドウ討伐の再開を昨日の会議で決定したのだ。

「分かった、付き合うよ」
「サンキュ」

 留美は短い礼を言い、荷物をまとめて教室に戻る。
 俺もその後に続いた。



 最後の授業が終わり、放課後となる。

「それじゃ祐一、よろしく」
「おう、悪い名雪。今日は留美の付き添いで病院行くことになったから、ちょっと遅くなる」
「うん、久瀬君にそう伝えておくよ」

 名雪に連絡を頼み、俺たちは学校から程近い病院へ行く。かなり混雑しているようで、留美に渡された番号札と、掲示されているカウンターを見れば、結構長い時間暇ができるようである。

「留美、なんか暇つぶしの道具、持ってないか?」
「あー、ごめん、そういう気の利いたものは持ってない。折原あたりは
DSあたり持ってきてるかもしれないけど……携帯のゲームじゃ、すぐに飽きちゃうし、あたしの携帯は音楽配信の機能はないし」
「それは言えるな……しょうがない。これでも聞いてみるか?」

 俺はかばんから、愛用の携帯プレーヤーを取り出す。

「あ、それ、あたしが病院で会ったときも聞いてたけど、何が入ってるの?」
「まあ。俺が気に入った曲を適当に落としてるだけだけど、少なくとも、はずれは入ってないと思う」
「ふーん、じゃ、イヤホン片方貸して」
「オーケー」

 留美にイヤホンの片方を渡し、再生ボタンを押す。

「……あ、これ結構好き」
「そうか? 俺は入れたときにはいい曲だと思ったけど、今聞いてみると微妙くさい」
「そんなもんかしら? ……なに、これ?」
「あー……ちょっと面白そうだから入れてみたんだが……やっぱはずれだよな」
「飛ばして」
「了解。……これはどうだ?」
「いいわね、これ。前の二つよりよっぽど好き」
「だろ? 俺の一番のお気に入りだ。空でも歌える」
「ふーん、じゃあ、今度歌って見せてよ」
「げ……それは勘弁」

 そんなやり取りをしているうちに、留美の番号がアナウンスで呼ばれる。

「おっと……じゃ、行ってくるから、しばらく待ってて」
「おう」

 俺は手を上げて、診察室へ行く留美を見送る。
 ……どれだけの時間が過ぎたのかは分からないが、診察室から出て来た留美はとても朗らかな顔をしていた。

「ふっふっふ、聞いて驚きなさい」
「……はあ」
「気のない返事ね……まあ、いいわ。なんと! お医者さんから今日、全快のお墨付きをもらったわ!」

 留美が俺にブイサインを向ける。

「ふっふっふ、やーっと戦線復帰ってわけよ……今日の夜が楽しみだわ」



「たっだいまー!!」

 上機嫌に寮の扉をくぐる留美。
 しかし、

「ぐえっ」

 がつんっ
 突然頭に落ちてきたバケツを頭にかぶる。

「わーはっはっはっはっは、やっぱり引っかかったのは七瀬だったか!!」

 手を叩いて、大喜びする折原。
 それとは対称的に、留美は体を震わせ、頭にかぶさったバケツを脱ぎ、力任せに放り出す。がんっ、とえらい音がした。

「お〜り〜は〜ら〜……」

 夜叉の声が留美の口から吐き出される。

「いっぺん死にさらせーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 猛突進で折原を追いかける留美。折原は笑いながら逃げる。留美が退院してから、よく見かける光景だ。
 さて、後は折原の断末魔が聞こえてきたらそれでしまいだな。



 ほら、聞こえてきた。



 一仕事を終え。疲れたようにどかっとソファに腰掛ける留美。その手には何か赤いものが付着していたが、それは見なかったことにする。一息ついた留美は秋子さんが用意してくれたティーポットから、紅茶を注ぎ、それを『乙女』らしく優雅そうに飲む。……誰も口にしないが、今さらそんなことをしても、まったく『乙女』という印象は持てそうもない。

「七瀬君、怪我はどうだった?」

 やはりソファで英字新聞を読んでいた久瀬が尋ねる。

「ばっちりだって。激しい運動も全然オーケーといわれたわ」
「そうか、では、今日から戦線復帰してもらうことになるんだが……」

 久瀬は俺の顔をチラッと見る。

「しばらくの間、相沢君たちと合流させることにする。君の実力は知っているが、ブランクもあるだろう。ついでに、経験者として相沢君たちを引っ張っていってもらいたい。現場作戦指揮はこのまま相沢君が継続して行ってもらうが異存はないか?」

 留美はそう言われると、じっと俺の顔を見て、何かを考え込んでいる。しばし時間を置き、ふう、と息を吐くと、

「……わかったわ、しばらくそれでいい」
「了解した。今晩からよろしく頼むよ」
「じゃあ、留美、久瀬の言うとおりになるけど、それでいいか?」
「何度も言わせないでよ。でも、しっかりリードして頂戴よ」
「わかった」



 夕飯を終え、それぞれの部屋で腕章と制服に着替え。作戦室に行くと、みんなが勢ぞろいしていた。

「今日から相沢君たちの活動範囲を拡大する。君たちもこの一ヶ月でずいぶんと実力をつけたようだし、今までの範囲ならば問題なく対処可能と判断した結果だ。ただし、今日示した場所は若干シャドウが手ごわくなってくる。その辺は七瀬君と一緒に乗り越えてほしい」
『了解』
「そういえば、七瀬さんって、何が得意なんですか?」
「そうね……基本的には武器による攻撃ね。あたしのペルソナもそれに特化したタイプだから」
「なんだあ? ってことは俺と似たようなタイプなのか?」

 北川が眉をひそめて言う。

「ま、実戦になれば分かるわ」



 会議を終え、影時間が近づく。俺たちは召喚器とそれぞれの武器を手にし、寮の入り口で、その時間を待つ。

「そろそろ
0時ね……」

 香里の呟きが漏れたそのとき、時計が0時を指す。瞬間、あの緑色の空が世界を覆う。

「よし、作戦開始だ!」

 俺の号令とともに、俺たちは寮を飛び出す。始めて戦いを共にする留美は、背に大剣を背負い、腰に召喚器のホルスターをぶら下げた格好だ。
 俺は全体のバランスを考慮し、今回はボウガンを装備して出撃する。これでも昔はちょっとしたものだったのだ。……さすがに動物に向かって撃ったことは一度ないけどな。

『シャドウ反応接近! 数3!』
「来るか!」

 俺は身構え、辺りを見回す。みんなも警戒を強め、周囲を見渡しながら、シャドウの接近に備える。
 時間が過ぎていく中、俺は何かの羽の音を確かに聞いた!

「上か!!」

 見上げると、俺が以前戦ったカラス型のシャドウ。

「気をつけろよ、そいつは毒を持ってる! なるべく近づかれる前に倒すんだ!」
「なら、あたしが一気にやるわ」
「え? 留美?」
「あいつらなら、あたしも何度か戦ったことがある。対処法も心得てる」

 自信に満ちた目で留美は俺に言う。

「……分かった、頼む。名雪と香里は援護をしてやってくれ」

 俺の指示を留美は手で制する。

「平気よ。さーて、復帰第一戦、派手に行くわよ」

 留美はホルスターにさした召喚器を手でくるくると回しながら、こめかみに当てる。

「いっけえ、アキレウス!!」

 その声と、銃声とともに留美のペルソナが具現化する。それは古きギリシャの戦士のような姿で、鎧に身を包み、とさかをあしらった兜のせいで顔は見えない。が、その周りを、大小さまざまな剣、槍、弓、斧、槌、盾が囲み、戦士を守護するようにゆっくりと回転している。
 それはそのうちの一本、大きな剣を取ると、激しく一閃する。それだけでシャドウの一体が斜めに切り裂かれ、風に消える。

「凄い……」

 香里の感心の声を漏らす。

「強え……」

 北川は、やや嫉妬交じりで呟いた。

「もう一つ!」

 留美が叫ぶと、今度はアキレウスは、槍を手に取り、高速の二連突きで、もう一体のシャドウの体に穴を開ける。

「……とまあ、こんな感じかしら?」

 どう? と言わんばかりに俺を見る。それはまるで、俺たちに強さを見せ付けているかのよう。

「素直に凄いとしかいえない……俺たちもまだまだがんばらないといけないな」
「もちろん。さもないと、前を守ってる意味がないんだから」
「そうだな……?」

 ふと、俺は空を見渡す。久瀬の話ではシャドウの数は3体のはず。では、残りの1体はどこに……
 不意に、地面すれすれから何かが飛んでくる音! それはまっすぐに留美を目指している! 振り返ると、そいつは低空滑空しながら、留美の背後を突き、襲いかかろうとしていた。

「留美! 後ろ!」

 叫ぶが、対処が間に合わない! 完全に虚を突かれた留美は、ペルソナの召喚も、武器による応戦もできない。
 間に合え! そう願い、俺がこめかみに召喚器をあてがった瞬間、

「え……?」
「なに、これ……?」

 突如、留美の体からぼんやりとした短剣が出現し、奇襲をかけてきたシャドウを貫いていた。それが引き抜かれ、弱りきったところに俺のヘズが止めを刺す。

「悪かったわね、祐一。ちょっと助けてもらっちゃった」
「それはいい。でも、今のは何だ? お前の体から急に短剣みたいのが飛び出して、シャドウを串刺しにしてたけど……」
「ああ、あれはあたしのペルソナの特性。あたしにある程度の危機が迫ると、その危険を自動的に排除しようと勝手に現れるの。まあ、ちょっとした暴走状態と思えばいいわ」

 留美は苦笑して説明する。

「あーんまり当てになんないけど、これに助けられた場面もたくさんあるわ」
「そうなんだ……」

 名雪がなるほど、という顔で頷きながら、留美を見る。

「さすがに日常でうっかり出るとまずいから、必死で抑えてるんだけどね。結構苦労するのよ、これ」
「え、そうなの?」
「まあね。ペルソナは影時間でなくても使うことは可能だから、こういう危ない自動的な能力は必死で抑え込む必要があるの」
「へー……よく折原に悪戯されて、暴走させなかったな、それ」
「……そうでもないわ」

 北川の言葉に、一瞬だけ、顔を暗くする留美。

「昔、一度だけ本気で暴走させたことがあってね、それ以来、自力で抑え込む方法を久瀬君や倉田先輩に教わったのよ」
「それって……」
「……前の学校の話。ちょっとキツイいじめにあってね、怒りに任せて、当事者たちを半殺しにしちゃったのよ。そんなことがあって、転入先に苦労してね、そこを倉田先輩と久瀬君に拾われたわけ」
「…………」
「だからこの活動は、そのための恩返しであり、あたしの罪滅ぼしでもあるわけよ」

 留美の顔は、とても晴れやかで清清しい。その顔を、俺たちはじっと見ていた。……この顔の前に、彼女はどれだけの苦悩を抱えていたのか。どんな思いをしてきたのか。俺には想像もできなかった。

「さ、長話は終わり。祐一、現場の指揮をよろしく」
「あ、ああ、悪い。久瀬、ここいらのシャドウは後どれくらいだ?」
『そうだな……補足した限りでは、ほとんどは単体で活動しているが、十数体のシャドウが二つ、集団で潜伏している。この二つの集団の駆除を頼めるか?』
「了解。とはいえ、これだけの数を一塊で回っていくのは効率が悪いな。このあたりのシャドウなら、俺たちのレベルでも十分に対処ができるのなら、二手に分かれたほうが効率がいいと思うんだが、どうだ?」
「いい提案だと思うわよ」
「異論無しよ」
「祐一さんに従います!」
「よし、それじゃ、どう分けるか……」
「はい、はいはい! 俺、美坂と組みたい!!」

 北川が手を振って、アピールしてるが……
 あえて乗ってやるか。

「ああ、分かった分かった。香里、すまんが北川と組んでくれ。それと栞、お前も北川側についてやってくれ」
「ふう……わかったわ、何か考えがあるんでしょ? 相沢君」
「まあ、面白半分な部分もあるが、これが一番バランスがよさそうと見たからな。北川の剣に香里の魔法、栞の回復があれば、そうそう苦戦しないだろ?」
「なるほど……」
「こっちはこっちで留美がいるから、前衛は任せられるし、俺は魔法と武器の両方で援護ができる。名雪も魔法の援護が可能だから、敵との相性次第だが、どうにかなる。もちろん、やばくなったら、互いに合流するなり、助けを呼ぶなりして応援を呼ぶんだ。いいか?」
「オッケーオッケー! さっすが相沢、分かってるぜ!」

 北川が満面の笑みで俺にサムズアップをする。
 こいつ、人の話し聞いてたか……?

「あと香里、こいつが無茶しないように、しっかりと手綱を握ってくれ。お前らのチームの命運は、お前にかかっている」

 不安になった俺は、香里の耳元で指示する。

「……了解したわ。いざとなったら、北川君を殴ってでも止めるから」



 二手に分かれた俺たちは、久瀬の指示で、最もシャドウが密集している二つのポイントに向かうことを決定し、足を走らせる。途中、はぐれのシャドウが俺たちに襲い掛かってくるが、もはや俺たちの敵ではなく、たいした消耗もなく排除できた。

「このくらいなら、どうにかなるかな?」

 名雪がほっとした表情をする。

「油断はするな、今までがそうだったとしても、集団で飛び掛られたら、俺たちだって手に負えないこともある。お前は気を抜きすぎ」
「うー……ごめん」

 しゅんとなる名雪だが、俺はその肩をぽんぽんと叩いてやる。

「ま、気をつけろってことだ。お前も俺たちのこと、しっかり守ってくるんだろ?」
「うん……それはがんばるよ」
『相沢君、近いぞ。集団数
10オーバー。これまでとは規模が違うから、絶対に死ぬな』
「了解だ。行くぞ」

 俺の号令に、留美と名雪は頷き、武器と召喚器を構える。シャドウが固まっていたのは、俺たちがよく使う通学路の裏側。以前名雪が荒れている場所と教えてくれた場所で、走りながらでも、ちらちらと意味不明の落書きが目に付く。
 そして、象徴化した棺と……すでにシャドウに食われた人間の成れの果て。
 金髪とピアス、タトゥーでタンクトップを着たそいつは目の焦点も合わず、うわ言でわけの分からない言葉を小声でぶつぶつつぶやいている。

「…………」
「祐一、気にしちゃ駄目よ」
「わかってるけど……」
「あの人、ちゃんと元通りになれるのかな……」
「名雪も優しいわね……一応聞くけど、ここに来る連中がどういう連中か、名雪は知ってる?」
「う……知ってるけど……でも、だからと言ってこんなことになって、どうなってもいいと言う理由にはならないよ」
「あはは、名雪らしいわ」

 留美が笑う。その笑みは困ったような笑みではなく、朗らかな、やさしい笑み。名雪のらしさを認めて、それを肯定する笑みだ。

『近いぞ、準備しろ!』
「了解!」

 久瀬の警告と同時に、シャドウが姿を現す。

「げ……」

 俺は思わず呻きをあげる。
 その数は、
10は軽く超えていた。いつものスライム型のシャドウに加え、いつぞやに戦ったライオン型が少なくとも3体。そして俺たちが見たことのない幽霊のような姿をしたシャドウ。まだだ。上にはカラス型のシャドウと、ワシ型のシャドウが飛び回っている。

「これは……しゃれになってないわね」
「……強い?」
「単体ならともかく、これだけの数を3人は難しいわね」

 今さらながら、俺は自分の浅はかな考え方に後悔する。単体相手ならともかく、雑魚と侮って、戦力を二手に分散したのはまずかったな。
 しかし俺は気を取り直し、即座に最善の行動を取ることを考え、実行する。

「……応援を頼もう。久瀬、すまないが、手近な仲間がいないか? 俺たちだけでは手に余る」
『了解だ。一番近い長森君に連絡するから、何とか3人で持ちこたえてくれ』
「了解……長森さんが来てくれる。みんな、なんとかして凌ぐぞ」

 俺は覚悟を決めて、召喚器を構え、敵を見据える。

「行くぜ、俺の分身!!」

 銃声と衝撃。そして俺の中から飛び出てくる力強い何か。
 ヘズは現れ、その力を振るう。
 ごうっ、とそれは巨大な氷のつぶてを生み出し、スライムシャドウの一体を叩き潰した。

「わ、祐一、わたしの魔法、いつの間に使えるようになったの?」
「わっかんねえ! けど、ペルソナだって成長するんだ! それはお前も実証済みだろう?」
「う、うん、そうだったね。よし、わたしも……フレイア!」

 召喚されたフレイアは、冷気を飛ばし、カラス型の一体を凍てつかせ、地に伏せる。

「へえ……大型シャドウを倒したってのは本当みたいね……」
「まあ、な。ラッキーな部分にも助けられたけどな」
「なんでもいいわ。それじゃ先輩格としては負けてられないわね……アキレウス!」

 留美が召喚したアキレウスは、弓を手にし、番え、矢を放ち、それは正確にワシ型シャドウを打ち抜いた。

「しっかし、数が多いわね……」
「ああ、このままじゃ、消耗戦になって俺たちの負けだな……」
「瑞佳の援護はどのくらいで来るのかな……?」
『相沢君、聞こえる!?』

 イヤホンから、息を切らしながら話してくる長森さんの声がした。

「瑞佳!? 今どこ!?」
『えっと……今、商店街に入ったところ! 後10分で着くから、持ちこたえて!』
「分かったわ……いけそう?」
「うー……がんばる」
「やるしかないだろ……留美も死ぬなよ?」
「誰に言ってるの? あたしは地獄からでも生還した『乙女』よ」

 自信に満ちた答え。それは確かに俺と名雪を勇気付ける。

「そうだったな……よし、行くぜ!!」

 ぐっと俺が構えなおした瞬間に、一斉にシャドウの群れが襲い掛かる。
 ライオンが俺に飛び掛る。ステップでかわしたが、爪で引っかかれてしまったようで、制服がざっくりと裂けている。
 スライムが爪を形作って俺の足元を切り裂こうとするが、それをかわし、逆に踏みつけ返す。仮面を断ち割ったようで、そのまま溶けていってしまう。

「うわ、わ、わああ」

 カラスたちは名雪に集中して襲い掛かる。手にしたランタンから、炎が発せられ、名雪を狙う。
 それを身を挺してかばう留美。どうやら留美のペルソナは、炎には強いようだ。制服は焦がしても、本人には軽い軽症程度しか影響はない。

「ふう、名雪、平気?」
「う、うん、大丈夫」
「そう、よかった……」

 留美が安堵した瞬間、その身が横になぎ倒される。ライオンタイプのシャドウが、留美を標的にして、その腕に噛み付いたからだ。

「うぐ……」
「留美!?」

 名雪の悲痛な叫びな響く。
 かばう対象がいなくなったいなくなった名雪にも、容赦なく追撃の手が伸びる。スライムの爪、ワシが巻き起こす風に巻かれ、見る間にずたずたになる名雪。

「くっ……この……離せ、離せえっ!!」

 留美はもう片方の手で、ライオンの顔面を殴り、ひるませるが、ライオンはその牙をさらに深く食らいつく。

「うぐあああああ……」

 激痛に体をよじらせ、絶叫する。

「くそ、どけ、お前ら!!」

 俺は飛来してきたワシ型をボウガンで撃ち落し、スライムをもう一体踏みつけると、留美の元へ駆けつける。
 しかし、そこに動きを見せなかった幽霊タイプのシャドウが立ちふさがる。

「どけえ!!」

 俺は叫びとともに召喚器をあてがう。その直前、俺は耳元で何か不気味な声が聞こえるのを聞く。それは……死へ誘う呪いの声。
 すばやく耳を塞ぎ、それを聞くまいとする。

「く……こいつの仕業か!?」

 俺は幽霊型を睨みつける。
 それは延々と聞こえ続け、一度でも耳を離したら、その先に待つのは……死。

「くそ、留美! 名雪!」

 名雪は制服をぼろぼろにし、血をにじませ、立っているのも辛いくらいに血を流しすぎている。
 留美はライオンに食いつかれ、もう一体のライオンも、のそりのそりと留美に近づいてくる。
 そして俺は……呪い声に必死に耐えている。その間に、残ったシャドウが一斉に俺を取り囲む。
 全滅。
 そんな予感が頭をよぎる。
 そのとき、

「お待たせ!!」

 頼もしい声とともに、何かの金きり音。
 その正体である矢は、幽霊型のシャドウの仮面を叩き割っていた。
 そして、その矢を撃った人物は……

「遅いわよ……瑞佳」
「今助けるよ! ペネロペ! 行くよ!」

 すばやく召喚器を胸に構え、トリガーを引く。始めてみる長森さんのペルソナ。それは瞬く間に俺を取り囲んだシャドウを凍てつかせる。

「相沢君、今だよ! 七瀬さんを助けて!」
「助かったぜ、長森さん!! ヘズ!」

 長森さんが駆けつけてくれたおかげで、俺は自由になる。
 真っ先にもっともやばい状態の留美を助けに、ヘズは突風を巻き起こし、ライオンを吹き飛ばす。

「さ、サンキュ、祐一……」
「ああ、だが、まだ倒してない。今度は協力して倒しに行くぞ」
「オーケー。名雪、そっちは任せたわ。瑞佳は名雪の回復をお願い」
「了解だよ。名雪、傷、診せて」
「うん、ありがとう瑞佳」

 名雪の傷を、長森さんのペルソナ、ペネロペがあっという間に治す。

「凄いわね……あたしが骨を折ったときより、随分成長したじゃない……」
「うん、もうああいうことはいやだからね……回復だけなら、今の栞ちゃん以上に自信あるんだよ」
「はは、栞にもいい刺激できる相手ができてよかったじゃないか」
「うん、そうだよね。わたしたちもがんばらないといけないんだから……こんなところで負けてられないんだよ」
「そうね……」

 少しだけ、沈んだ顔し、すぐにきっ、と敵を見据える二人。
 それに俺と名雪も倣う。

「よっし、反撃開始だ!」
『了解!!』

 俺の号令で、一斉に戦況が動く。
 空を飛ぶカラス型とワシ型に、俺のボウガンと長森さんの矢、留美のアキレウスが放った投槍が突き刺さる。たまらず、空を飛ぶシャドウは全滅する。

「フレイア! あいつを凍らせて!!」

 名雪は果敢にもライオン型に向かい、攻撃を仕掛ける。倒しきれずとも、着実に相手を弱らせ、動きを鈍らす。
 そこに、俺のヘズの拳、留美のアキレウスの剣が止めを刺す。

「やったわね、祐一」
「ああ、さて残りは……」

 俺は長森さんが足止めしてくれたシャドウを見据える。
 圧倒的に不利と察したのか、シャドウは一目散に逃げ出していった。

「これでこの辺のシャドウは制圧、かしら……」
「うん、多分しばらくは大丈夫だよ。それより七瀬さん、肩診せて」
「あ、ごめん」

 留美は袖をまくると、そこには、骨にまで達した生々しい牙の痕が残されていた。

「ひどいね……」
「正直、結構きついんだけど……治る?」
「やってみる……ペネロペ!」

 長森さんのペルソナが、いとおしそうに、その肩をなでる。すると、あれだけ深かった傷痕が、痕すら残らずにきれいに消え去る。そして、留美は治った感触を確かめるように、手を握って開いてを繰り返す。

「すごいわね……前の時は骨折までは直せなかったのに……」
「うん、そのことがずっと心に引っかかってたから、どんな傷を負っても絶対助けたい、そんな願いがペネロペを強くしたんだよ」
「ペルソナは心の力、か……」

 長森さんの言葉に俺は振り返る。長森さんのように、俺は誰かを本気で助けたいと思ったことがあっただろうか……? 名雪や北川たちを守りたいという思いは本物だが、それはまだ、ただの同じ目的を持っているだけの仲間、そしてクラスメイトとして、かも知れない。それなら長森さんの強さの理由もわかる。彼女はどれだけの時間を折原たちと駆けていったのだろう。どれだけの時間を戦い抜いてきたのだろう。そこに生まれた絆はどれほどのものなのだろう……

「なあ、長森さん」
「?」
「俺にも……長森さんみたいな強さが身につくかな?」

 俺の問いに、彼女は迷わず微笑み、

「うん、きっと出来るよ、相沢君なら」
「……ありがとう……そういえば、北川たちのほうも大丈夫なのか?」
「あ、さっき応援要請があったよ」
「ええ!? じゃあ、早く助けに行かないと!!」

 名雪が大慌てで駆けつけようとするのを、長森さんがその腕を掴んで制止させる。

「大丈夫、今、川澄先輩と倉田先輩が向かってるよ」


Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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