「また会ったね、祐一君」

 俺の目の前には、微笑を浮かべたあの少女がいた。

「またお前か……」
「むっ、そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない」

 むくれる少女。

「今日は何の用だ?」
「うん、お祝いに来たんだよ」
「は? お祝い?」
「そう、君が“力”に目覚めたお祝いと、無事ボクたちが再会できたお祝い」

 そういって、手を差し出す少女。

「何だ、その手は……?」
「握手だよ、お祝いの」
「やっすいお祝いだな」
「そんなことないもんっ!!」
「はあ……わかったわかった」

 俺は手を差し出す。と、彼女は左手を出していることに気がつき、俺は利き腕の右手を引っ込めて、左手を出す。握られた手は、暖かかった。

「こうしてボクたちが触れ合えたのも、ひとつの奇跡だよね?」
「そう……なのか?」
「そうなんだよ……きっと」
「…………」
「それより、君はここに長くは入られない。もうすぐ目覚めのときが来る」
「……なあ、俺はあれからどうなったんだ?」
「大丈夫、君の身体は無事だよ。ただ、“力”の使いすぎで倒れちゃっただけ」
「そっか……名雪とかも無事なのか?」
「うーん……ごめん、そこまでは知らないや」
「そう、か……」
「それと、目が覚めたときには、随分時間がたってるけど、驚かないでね?」
「この間以上の驚きがあるか」
「あはは、そうだね」

 気がつけば、俺の視界がどんどん白んでいく。それと同時に、彼女の姿も薄らぐ。

「また、会いに来るよ」

 その言葉を言い残して、少女の姿は見えなくなった。




P-KANON ACT.4




 目覚めると、そこはさっきと同じ白い天井。少なくとも、俺が知っている限り、この天井には見覚えがない。

「ここは、どこだ……?」

 辺りを見渡す。そこは無機質なカーテンで、視界をさえぎられ、俺の見える範囲には簡単な生活用品。カード式のテレビ。鼻腔には消毒液特有のあのにおい。俺の頭がある場所には、コードと、ボタン。腕には点滴の針が刺さっていた。

「もしかして、ここ、病院か……?」

 ということは、頭の上にあるこれはナースコールか。俺は空いている手で、ボタンを押す。
 数分後に看護士さんがやってくる。

「おはようございます。相沢さん、お加減のほうは?」
「はあ……ちょっとだるい気もしますが、大丈夫ですよ」
「それは仕方ないですね。貴方は倒れてから、5日間眠り通していたんですから」
「い、5日!? じゃあ、今日って何月何日なんですか!?」
「えっと、4月17日ですね」

 マジかよ……

「よほどお疲れだったんでしょうね、そんなに学園生活は疲れるものなんですか?」
「ええ、それなりに……」
「でも倒れるまで頑張るというのは感心しませんねえ。何事も身体が資本なんですから」
「はあ……」

 曖昧に返事する俺。もちろん本当のことなんて絶対言えない。

「そうそう、相沢さん、お見舞いの方がお見えになってますよ、元気になった姿をお見せしてあげたらどうですか?」
「はい……」

 看護士さんが、どうぞ、と手招きする。見えたのは、折原と名雪だった。

「よお、相沢、生きてたか」
「祐一、目が覚めてほんとによかったよ……」

 折原は軽口を叩き、名雪はちょっと涙ぐんでいた。

「じゃ、今日の経過を見て、大丈夫そうなら、明日の朝に退院ですね。明日は一応大事をとって、学校はお休みしてくださいね」
「わかりました」
「ごゆっくり」

 それだけ言い残して、看護士さんは去っていった。

「祐一、もう平気?」
「ああ、体は重いが、大丈夫そうだ」
「何だ、そんなもんなのか。俺も実行するかな、今度のゴールデンウィーク辺り」
「……何をだ」
「お前みたいに5日ぶっ通しで寝ることだ」

 勝手にやれ、と腹の中で毒づく。

「そうだ、名雪、授業がどこまで進んだのか分からないから、後でノート貸してくれ」
「うん、分かった」

 それから、ちょっとした沈黙が流れる。何を話していいかわからない。そんな雰囲気が流れる。それを破ったのは名雪だった。

「祐一」

 名雪が少し神妙な声で俺の名前を呼ぶ。

「あの時は、ごめんね。わたしが役立たずだったばっかりに……」
「なんのことだ?」
「だって……!」
「俺にはわからんなあ」

 ちょっとおどけてとぼける。本当になんでもないことのように振る舞う。

「だから別にお前が気にすることもないし、俺に謝る必要なんてないぞ。だって、俺には何のことかわからないんだから」
「うん……ありがとう、祐一」

 救われたような表情で、俺に礼を言う名雪。

「じゃ、明日退院したらまた寮でな」
「うん、あ、そうだ」
「??」
「一昨日から香里と栞ちゃんが入寮してるから、挨拶忘れちゃ、駄目だよ?」
「ああ、分かった」

 それだけ言い残して、折原と名雪は帰っていった。残された俺は、外を眺める。そろそろ日が傾きかけ、もうじき夕暮れになる頃だった。



 検診の結果、俺の身体にはもう異常は見られないとのことで、俺は退院を許可された。肩の怪我と火傷は、比較的軽傷だったようで、問題なしだと言う。と言うか、火傷と切り傷を同時に、と言うこと自体がおかしいと思うのだが、その辺に関しては、医者は何も突っ込まれなかった。とりあえず、病院のみんなにはお礼を言い、俺は寮に帰ってきた。ちょうどみんなは学校に行ってる時間だったので、出迎えてくれたのは、秋子さんだけだった。

「お帰りなさい、祐一さん」
「はい、ご迷惑おかけしました、秋子さん」
「祐一さん、駄目ですよ。言うことが違います」
「……ただ今、秋子さん」
「はい、お帰りなさい」

 優しい微笑を浮かべて、秋子さんは俺を寮に入れてくれた。

「お腹空いていませんか、5日間も眠っていたんですから、大変だったでしょう?」
「はは、確かに昨日用意された食事だけでは足りないですね」
「じゃあ、今からスープを作りますね。病み上がりで重たいものを口にしたら、胃がびっくりしてしまいますから」
「お願いします」

 秋子さんは、うなづくと、厨房で何かを作り始めた。俺はテーブルに座って待っていると、おいしそうな匂いが俺の鼻をくすぐる。どれだけ時間が過ぎたことだろう。秋子さんが、テーブルにスープを満たした皿を乗せた。

「お待たせしました」
「いただきます」

 スープは俺の胃にするすると入っていく。胃袋が温かみで包まれ、気がついたら、おかわりまで要求していた。俺は二杯目のスープも平らげ、満足げに椅子に寄りかかる。

「ご馳走様でした、秋子さん」
「いえ、お粗末様です」

 微笑む秋子さんの表情が、不意に真面目なものになる。俺はそれを見て、姿勢を正し、秋子さんが次に発する言葉を待った。

「祐一さんは……自分が倒れたときのことを覚えていますか?」
「はい……」
「そうですか……では、自分の身に何が起こったかまでは分かりますか?」
「いいえ……秋子さん、もう教えてくれませんか? あれは……あの緑色の夜はなんだったんですか? あの化け物は? 名雪は『シャドウ』とか言ってましたけど、『シャドウ』ってなんですか? それから、俺の中から出てきたあれは何なんですか?」

 俺はこの間からずっと思っていた疑問をぶつけることにした。幸い、今は俺と秋子さんの二人。他のみんなはいない。俺の目が真剣に、秋子さんを見詰める。それを見て、秋子さんは、ふうっ、とため息をついて、一呼吸置き、それから口を開いた。

「……わかりました。答えられる限りお話しましょう」



「まず、祐一さんは……実は、一日は24時間ではないと言ったら、どう思いますか?」
「は……?」

 いきなり真顔で秋子さんはこんなことを切り出してきた。ぽかんとしてしまう俺。

「……まあ、今の反応のほうが自然でしょう。そんなことを言われて信じる人はいませんから」
「……何が言いたいんですか?」
「言葉どおりです。わたしたちが知ってる一日24時間の狭間には、実は隠された時間が存在するんです」
「隠された……時間ですか?」
「そうです………………わたしたちは、これを『影時間』と呼んでいます」
「『影時間』……?」
「そうです、消える街明かり、止まる機械、そして緑色の夜空……全部祐一さんは知ってますね? あれこそが『影時間』なんです」
「………………」
「『影時間』は毎夜午前0時に必ずやってきます。今夜も、そしてこれからも……」
「ちょっと待ってくださいよ、秋子さん。そんなものがあるんなら、とっくに皆気づいているはずでしょう? どうして誰も気づかないんですか!?」
「気がつかないんですよ……祐一さん、ここに入寮するとき、棺型のオブジェが立ち並んでいるのを見ませんでしたか?」
「…………はい」

 確かに見た。だが、あれと今の話がどう結びつくのかが分からなかった。

「あれは……一言で言えば人間です」
「嘘だ……」
「本当です。『影時間』の間、普通の人間は、『象徴化』と言い、人の姿を保つことが出来ずあのような姿になります。そして、その姿になっている間、『影時間』は一切知覚される事はありません。だから、皆さんは『影時間』の存在すら気づかないんです」

 無茶苦茶な理屈である……が、確かにつじつまが合う。あの時、一人も、まともな人間にも出くわさなかったのは(あの少女は俺の中では人間にカウントしてない)、あのオブジェが人だったから、なのか……

「あれ……? じゃあ、どうして俺や名雪は平気だったんですか?」
「ごく稀に、貴方たちのように、普通に『影時間』を体験できる『適正者』が現れることがあるんです。そして、『適正者』には、特殊な能力に目覚めるものも現れるんです。……祐一さんはもうご存知ですね?」
「はい……あれは一体なんですか? 名雪も使ってましたけど」
「あれは『ペルソナ』……言うなれば、心の鎧。もう一人の貴方です」

 それはなんとなく感じた。だからあっさりと俺は、あれを受け入れられたのだが……

「『ペルソナ』って、あんな超能力みたいな力、どうやって使うんですか? 俺と名雪は銃みたいなもので自分を撃ってましたけど……あれはなんですか?」
「あれは『ペルソナ』を召喚するための補助装置と思ってください。本来、『ペルソナ』を召喚するためには途方もない精神力が必要なのですが、あの『召喚器』は、その負担を軽減するためのものなのです。最も、軽減するだけで、精神力や体力を消耗するのは変わらないのですが。祐一さんが倒れた原因は、単純に『ペルソナ』の連続使用による精神と体力の消耗ですね」

 やっぱりそうか……道理で使うたびに体が重くなるんだと思ったが……

「じゃあ……俺が戦った、あの化け物は何なんですか?」

 俺が一番聞きたかったこと。当然秋子さんもこれを聞いてくるだろうと思っていたのだろう。目を閉じて、たっぷり一分、無言の秋子さんがようやく口を開いた。

「あれは……あれこそが、『影時間』の最大の特徴。そしてわたしたちの敵、『シャドウ』です」
「最大の特徴……ってあの化け物がですか!?」
「あれは『影時間』の間にだけ現れ、『影時間』が終わると消えていく。だから、わたしたちの日常では姿を見せることはありません。が、彼らは『影時間』に迷い込んだ人間を襲い、精神を食らうことが分かっています」
「精神を食らう……ってまさか!?」
「察しのとおりです。ニュースでもやっている無気力症、あれの原因は、表向きはストレスということになっていますが、実際には……『シャドウ』に食われた人間の成れの果てです」

 頭の中がくらっとした。世間で騒がれている謎の奇病の正体を、こんな形で真相を聞かされるとは思わなかった。

「そんな奴ら……俺らがどうこう出来るんですか?」
「出来ます」

 弱気な俺の質問に、秋子さんがずばり断言した。

「祐一さんの『ペルソナ』……あれこそが『シャドウ』に対する唯一の切り札。『シャドウ』は……貴方たち『ペルソナ使い』にしか倒せません」
「俺……たち?」
「そうです」

 力強い秋子さんの視線。それを真っ向から受ける俺。その視線には強い期待がこもっていた。

「祐一さん、貴方には『シャドウ』を倒す力があります。そして、わたしたちは、貴方の力を貸してほしいんです!」
「秋子さん……」
「もし、今の話を信じて、『シャドウ』と戦う決心がつきましたら、今日の夜、5階の立ち入り禁止の部屋に来てください」
「来なかった場合は……?」
「どうもしませんよ。これまで通り、普通の学園生活を送ってくださって結構です」

 にこやかに秋子さんは言う。

「来ていただかない場合は、私の言ったことは、おばさんの戯言程度に思ってください」
「秋子さん……」
「今日は夜まで、部屋で休んでいたほうがいいですよ。いろいろと考えることもあるでしょうから」
「そうします……」



 俺は一人で、ベッドに寝そべった。脳裏には、ずっと秋子さんの言葉が反芻する。気を紛らわせようと、テレビを付ける。とはいえ、やってるのは朝のワイドショー。芸能人がどうのこうのとか、どっかの殺人事件とか、正直どうでもいいニュースばかり。つまんねえ、そう思い、チャンネルを変える。

『……今月に入って、無気力症患者の数が、ついに5万人を突破しました。専門家の話によりますと、過度のストレスが突如なんらかの要因で決壊し、将来に対して希望を持てなくなってしまったのが……』

ぴっ

 テレビを消すと、部屋はまた静寂に戻る。

「気晴らしにもなりゃしねえ……」

 こうして無駄に真相を知ってしまったからには、テレビの報道が、妙に滑稽に思えた。ごろんと寝そべってみるも、やっぱり気分は優れない。無駄に時間を過ごすよりは、と思い、机に向かって、勉強をしてみる。どこまでやってるのかわからないが、とりあえず出来るところまではやってみようと、教科書を開く。物理の計算式、数学の公式、新しい英語の活用法……がむしゃらにやってみはしたものの、秋子さんの言葉が頭にちらついて、集中できない。結局どうにも中途半端なところで、勉強を投げ出した。

「はあ……」

 俺はベッドに寝そべり、自分の身の振り方を考えるが、どうしても答えが出ない。だんだんとそれが苛立ちに変わってくる。

「どうすればいいんだ……?」
「悩み事、かな?」
「誰だ!?」

 突然の声に驚いて飛び起き、声を張り上げる。声がしたほうを見ると、またあの少女。

「さっきぶり、だね?」
「……何の用だ?」
「そのフレーズは聞き飽きたよっ!」

 いい加減こいつに悪態つくのも飽きてきたな、さすがに。

「せっかく悩んでるみたいだから、相談しに来てあげたのに!!」

 怒る少女。こころなし、彼女から始めてあったときに感じた禍々しさが、少しだけ薄らいだような感じがする。

「ね、どうして悩んでるか、当ててあげようか?」
「何だ、言ってみろ。ちなみに外れたら梅干の刑だ」
「ずばり、怖い、かな?」
「………………」
「自分の意によらず知ってしまった真実、そしてそれを知ってしまった自分、これから踏み入れようとしてる世界が怖い、かな?」
「……大当たりだ」

 畜生、こいつ本当に俺の近くにいやがる様だ。

「まあ、当然のことかな? 誰だって知らない世界に飛び込もうとするときは、不安で、怖くて仕方がないものだから」
「ああ、その通りだ」
「ましてや、これから踏み入れるのは君がこれまで想像もしたこともない世界。そして、生死がかかっている世界。怖いよね?」
「そう、だな」
「でもね」

 言葉にタメを作って、微笑む少女。

「これから踏み入れる世界には、それ以上に素敵な出会いがある。それは君と同じ運命を背負うものたち。もしかしたら、それは一生の宝になるかもしれない仲間たち。それに触れてみるのもいいんじゃないかな?」
「出会い……?」
「そう、固く結ばれる絆。君の運命を支えてくれる仲間たち。それは宝物なんだよ。ボクたちみたいに、ね」
「お前の場合は一方通行だと思うぞ」
「酷いよ~」

 むくれる少女。こうやってからかうと、なかなか楽しい反応をするな。こいつは。今度会ったら、たびたびからかってやるか。

「出会い、か……俺が踏み込む世界にも、あるかな?」
「うん、今のままを続けて、何気ない日常を過ごすのもいいことだと思うよ。でも、いろんな世界を知れば、きっといろんな出会いがある。例えそれが死と隣り合わせの世界でも、ね」
「そうか……」
「もしかしたら、出会いが悲劇をもたらすこともあるかもしれない。でも、それでも生きていく君には必要なことだよ、ね? 大丈夫、君は一人で知らない世界に踏み込むんじゃない。そこには、君と同じ仲間がいること、忘れないで」
「…………」
「どうかな? ボクの言ったこと、参考になったかな?」
「ああ、なった。ありがとな」
「お礼なんていらないよ。ボクはいつだって君の近くにいるんだから」

 そう言ってにっこり笑うと、少女の姿が薄らいでいく。

「!!?」
「ごめん、もう時間みたい」
「おい、待てよ!」
「また会おうよ、祐一君」

 最後に手を振り、その姿は消えていった。



「……はっ!?」

 どうやら眠ってしまっていたようだ。明かりをつけてない部屋は真っ暗。いつの間にか夜になっていたようだ。

「まさか、一日丸々寝てたなんてことはないよな……?」

 ちょっと不安になって携帯のカレンダーを見てみる。ちゃんと今日の日付になっている。だが、俺が答えを出す時間にはなっていたようだ。

「一人じゃない、か……」

 秋子さんは、確かに『わたしたち』と言っていた。だとするなら、夢の少女のいうことも、あながち間違っていないのかもしれない。確かに俺一人で背負うには重過ぎる話だが……

「会って、みたいかな……」

 そう、俺は会ってみたくなった。俺と同じ運命を背負う仲間たちとやらに。
 俺の心は……決まっていた。



「これか……?」

 5階にある一室。そこには確かに「関係者以外立ち入り禁止」の札が貼ってあるが、ここが何の部屋なのかを示すプレートはない、まさに謎の一室である。

「待ってましたよ、祐一さん」
「おわあっ!」

 後ろを振り返ると、ほおに手を当てて微笑む秋子さんの姿。

「お、脅かさないでくださいよ」
「あら、すみません……それで、ここに来たと言うことは、決心は固まったと言うことですか?」
「はい、俺一人じゃきつい話ですけど、秋子さんは言いましたよね? 『わたしたち』、と。だから……俺と同じ仲間と言うやつに会ってみたくなったんです」
「祐一さん……」
「変ですか? 俺の動機は」
「いいえ、立派な動機だと思いますよ」

 秋子さんは俺に微笑みかけると、ドアの前に立つ。

「では、ご紹介しましょう。祐一さんがこれから苦難を共にする仲間たちを」

がちゃり

 ドアが……開いた。



 そこは見たこともないモニターや機械が並んだ大きな部屋。本棚には何かのファイルが置かれている。飾り付けの観賞用の木が、ちょっとしたアクセントであろう。そして、そこにいたのは……

「あはは〜、お待ちしてましたよ、祐一さん」

 最初に出迎えてくれたのは、佐祐理さんだった。

「え……?」
「祐一、遅い」
「え……あれ? 舞?」
「よう、6日ぶりだな、相沢。と言っても、俺はお前が寝てる間に見舞いに行ってるんだが」
「さ、斉藤!?」

 それは俺がよく知ってる面子。そう、ここの寮の人間……久瀬、舞、折原、長森さん、澪、繭、名雪……これは一体……?

「ふふっ、驚きましたか? 祐一さん」
「秋子さん、知ってましたね……?」
「はい、祐一さんの顔、なかなか面白かったですよ」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべる秋子さん。……この人には絶対に敵わないな。

「こんばんは、相沢君。それからようこそ『特別課外活動部』へ」

 久瀬が改まった顔つきで、俺に話しかけてきた。

「『特別課外活動部』……?」
「そう、僕らペルソナ使いで結成された、対シャドウ討伐隊、とでも言えばいいかな。表向きは、奉仕活動に従事すると言う部活動になってるけどね」
「佐祐理たちはずっとシャドウと戦ってたんですよ。祐一さんの知らないところでずっと……」
「はっはっは、驚いたか、相沢。驚いたなら、俺を尊敬しろ」
「もう、浩平、威張らないでよ。恥ずかしくなるじゃない」

 やたら威張る折原に、顔を隠して恥ずかしがる長森さん。

「まさか、ここの寮の人間全員……?」
「いや、全員じゃない」

 否定したのは斉藤である。

『澪たちは皆に守ってもらってるの』
「……なぜ?」
「彼女たちは影時間の適正だけはあって、ペルソナ能力を持っていない。だから俺たちは、この寮で彼女たちをかくまってるんだ。シャドウたちから守るために、な」
「なるほど……」
『でも、お手伝いはしてるの』
「へえ、どんな?」
『必要なアイテムの調達は、澪がしてるの』
「へー……」

 感心している俺に、手を叩く音が聞こえた。発したのは、久瀬。

「さて、この辺で、改めて自己紹介と行こう。久瀬貴明、この部活の副部長を務める」
「斉藤英二だ。この活動は中2の頃からやってる。この面子では古株の部類に入るかな」
「……川澄舞」
「倉田佐祐理。特別課外活動部の部長さんです。祐一さん、よろしくお願いしますね」
「俺はこの部活のエース、折原浩平。相沢よ、俺について来い」
「長森瑞佳。相沢君と同じペルソナ使いだよ。これからよろしくね」
『上月澪なの。皆の必要なアイテムを、調達するのがお仕事なの』
「みゅ、椎名繭」
「水瀬名雪。今日からこの部活に正式に合流するんだよ。よろしくね、祐一」
「遅れながら、水瀬秋子です。この特別課外活動部の特別顧問を勤めさせていただいてます」
「それから、欠番だが七瀬君も、この部活の部員だ。退院したら、仲良くしてやってくれ」

 久瀬は眼鏡をかけなおし、俺を見る。その目は真剣そのもので、俺の目を離さない。

「相沢君、これからこの部活に入るに当たって、君に質問したい」
「……答えられるなら」
「君がこれから踏み入れるのは、非日常の世界だ。……怖いか?」
「……怖いさ、一人なら」
「ほう?」
「でも、こうして俺と運命を共にする仲間がいるなら……怖くない」
「……わかった、これより、改めて特別課外活動部として、君を歓迎する」

 ぱちぱちと拍手が起こる。

「いやいや、昨日に続いて、三人目の新入部員か、よかったよかった」
「?? 誰ですか?」

 聞きなれない声に反応し、後ろを見る。そこにはひょろっとした30代後半の優男が立っていた。……どこか面影が久瀬に似ているな。

「来てたんですか、叔父さん」
「叔父さん……って、まさか!?」
「ああ、自己紹介が遅れたね、君たちの学園の理事長を務める久瀬秀一。君たち特別課外活動部の顧問と言うことになる。ひとまずよろしく頼むよ、相沢君」
「は、はあ、どうも……」

 いきなり殆ど雲の上の人に、気さくに話しかれてちょっと戸惑っている。と、ここで、理事長とやらのさっきの言葉が引っかかった。

「あれ? 三人目?」
「ああ、すまないね。昨日付けで、この部に入部した二人がいるんだよ。実はさっきから彼女たちと話し込んでしまってね。すっかり紹介が遅れてしまったよ」
「彼女……たち?」

 理事長が手招きをする。そして、部屋に入ってきたのは、俺の見知った顔……

「こんばんは、相沢君」
「か、香里!?」
「また会えましたね、祐一さん」
「栞まで……!?」
「おや、知り合いだったのかい? じゃあ、話が早いね。彼女たちも君と同じ力を持つ仲間だ。ひとつ仲良くしてやってくれ」
「はい……」
「どうしたんだい? 気が抜けた返事だなあ」
「いえ、ちょっと驚きとおしで……」
「あたしも同じよ、相沢君。名雪も、と言うことにも驚いたけど、まさか貴方までとは思わなかったわ」
「そ、そうか……?」
「でも、思いがけない再会なんて、ちょっと運命だって思いませんか? 祐一さん」
「運命と言うのは、賛成しかねるが……」
「運命なんですっ!」

 やたら運命と言うのを強調する栞。

「いやいや、いいねえ、青春真っ盛り。うらやましいなあ、僕もあと十年若かったら……」
「叔父さん、その辺で」
「ああ、ごめんごめん」

 久瀬が理事長を制する。随分とあごで使われる理事長だな。ってゆーか、甥にいいように扱われる理事長ってどうなんだよ……

「では、三人には、我々から、これを受け取ってもらいたい」

 久瀬は三つのアタッシュケースをテーブルに並べる。それには俺や香里たちの名前が書かれている。俺は自分の名前が書いてあるケースを取り、それを開ける。そこには、腕章と、あの『召喚器』が収められていた。

「それは君たち専用の『召喚器』と、特別課外活動部の腕章だ。作戦時には、その腕章を付けてもらう。それから、一応部活動には違いないから、作戦時にはそれ用の制服を用意しておくから、それを着ていってほしい」
「ひとついいかしら?」
「なんだい、美坂君」

 香里の一言から俺たちの質疑応答が始まる。

「作戦と一言で言っても、何をするの?」
「いい質問だ。まずは町内の見回りがひとつ。これに関しては毎日ローテーションを決めて行っている。もう一つは、稀に発生するシャドウの巣の駆逐だ」
「巣……?」
「長年の活動成果でシャドウはどこかに巣を作り、そこを拠点にして捕食活動をすることが分かってる。僕らは巣の候補を探り、発見し、そこにいるシャドウを殲滅することもしている。最も、結構大掛かりな作業だから、そう何度もすることじゃないけどね」
「あの……シャドウって、強いんですか?」
「ピンきり……だな。強いやつもいれば弱いやつもいる。大丈夫だ、最初から君たちに強いやつを当てたりはしないから」
「俺たちは、最初に何をすればいい?」
「差し当たって、戦力の強化だな。君もそうだが、しばらくは日が浅い水瀬君や美坂姉妹は、パーティーを組んで、レベルアップを図る」
「具体的にはどうするの?」
「君たちは当分の間、町の見回りを担当してもらいたい。巣の近くでない限り、そんなに強力なシャドウは現れないからな」
「なるほど……」
「ほかに聞きたいことは?」
「ない、な。香里たちはどうだ?」
「ないわ」
「右に同じです」
「なら、これから歓迎会としよう。君たちには明日から、活動に参加してもらうことになる。今日はたっぷりと英気を養ってくれ」



『おぉー……』

 俺たちはテーブルに並べられた豪華な料理の数々に、感心しきっていた。もちろん作ったのは秋子さん。

「今日は、腕によりをかけて作らせていただきました。いっぱい食べて、明日から頑張ってくださいね」
『はいっ!』

 料理を手にし、談笑する俺たち。さすがに出された飲み物はノンアルコールだったが……
 一人料理をぱくついてると、名雪が寄ってくる。

「祐一、ご飯おいしい?」
「ああ、美味いぞ、名雪も食ってるか……ってなんだそりゃ」
「イチゴジャムだよ〜」

 名雪が食べてるのは、山盛りに塗りたくったイチゴジャムのクラッカー。はっきり言って胸焼けしそうな量である。

「お前、あんまりそういうのばっか食ってると、将来糖尿病になるぞ」
「わ、それはやだよ〜」
「だったら少しは自重しろ……そういや名雪は今日から部活に合流って言ってたな」
「うん、この間の活躍が認められて、やっと正式に部員になれたんだよ。わたし、ずっと戦力外扱いされてたから……」
「……なんでだ?」
「怖かったんだ、戦うの……」
「……今も怖いか?」
「怖いよ。でも、怖くてもやらなきゃいけないこともあるって、この間教わったから」
「そっか……じゃあ、俺と組んだら、実は後ろで震えてるって事もなさそうだな」
「そんなことしないよ〜」
「分かってるよ、期待してるぞ……それなりに」
「意地悪だよ、祐一〜」

 名雪はすねて俺から離れて行ってしまった。ちょっとやりすぎたか。後でなんかフォローするか。頭をかいていると、今度は美坂姉妹がやってくる。

「よう、そういえば入寮の挨拶がまだだっけ?」
「いいわよ、挨拶はもう十分したでしょうし」
「そうだな……ところで、どうして香里は部活に参加しようと思ったんだ?」
「そうね……名雪や秋子さんに返しきれないほどの恩があるから……かしら」
「どういう事情だ?」
「あんまり大きな声じゃ言いたくないけど……一時期荒れててね、それを救ってくれたのが、名雪と秋子さんだったの」

 香里の告白にはちょっと驚いた。今はそんな風にはとても見えないのに……

「そのときは重なって、栞が重病を患ってね、ドナーが必要な程だったんだけど、秋子さんが懸命にドナーや治療費を負担してくれたの……ほんとに秋子さんには感謝してる。だから、あたしたちに力があると分かったときは、この話に一も二もなく飛びついたわ。だって、ずっと返せなかった恩を少しでも返せるんだから……」

 そうか……始業式で見せたあの顔には、そんな過去があったのか……

「祐一さんはどうして、部活に参加したんですか?」

 今度は栞が俺に質問する。

「二人の後だと、ちょっと話しづらいが……知っちまったから、かな」
「知ってしまった……?」
「世界の本当の姿に。それから、それに立ち向かってく仲間たちに。それを知ってほっかむりできるほど、俺は神経図太くないからな」
「わかりやすいわね、でも嫌いじゃないわ、そういうの」
「どうも……」
「そうだ、祐一さんはシャドウを見たことがあるんですよね? どんな奴なんですか?」
「栞はシャドウに興味があるのか?」
「敵を知れば、すなわち百戦危うからず、です」
「ほう、難しい言葉を知ってるな」
「その台詞、バカにされてるようで嫌いです」

 俺の意地悪な発言に、栞はほおを膨らませてすねる。こういうところは面白いやつかもしれない。

「悪かったよ。……そうだな、俺が出くわした奴は、ほんとに化け物化け物した奴だった」
「それから?」
「剣で切られた、雷で焼かれた」
「それから!?」
「……覚えてるのはそれだけだ」
「……それだけですか?」
「それだけだ」
「それじゃ何にも分からないじゃないですか〜」
「仕方ないだろう、俺が出くわしたのはそいつだけだ。どうせそういうことを聞くなら、舞とか、佐祐理さんに聞けばいいだろう?」
「えぅ〜、最上級生の人たちは、ちょっと聞きづらいです……」
「じゃあ、久瀬か斉藤に……」
「そっちもちょっと……」
「わかった、おーい、長森さーん」

 俺は手招きをして、折原と話をしていた長森さんを呼んだ。

「何かな、相沢君?」

 呼ばれた長森さんが不思議そうな顔で俺に質問する。

「ああ、栞がシャドウについていろいろ聞きたいらしいから、教えてやってくれないか?」
「へえ、それはいいことだと思うよ。ね、栞ちゃん、どんなことが聞きたいのかな?」
「え? え? えっと、わたしは祐一さんに……」
「素人の俺に聞くよりはいいだろう? それに長森さんなら話しやすいと思うし」
「えぅ〜……」
「じゃあな、香里に栞。明日は頑張ろうな」
「ええ、お互いに」
「おう」
「あ、待ってください祐一さん! もうちょっとわたしとお話を……」

 二人と別れて、食事を楽しむ俺。……後ろから「そんなことする人嫌いです」とか「栞も苦労してるわね」と言う声が聞こえたのだが、とりあえず、今は無視しよう……

「よ〜う、相沢、食ってるか〜?」
「おう、折原……って酒臭っ!? お前、どうやって酒なんか持ってきた!?」
「はっはっは、そんなの理事長が飲んでた奴を、目を放した隙にかっぱらってきたからに決まってるだろう?」

 なんつー事しやがるこの男。恐れを知らないとは、まさにこのことを言うんだろうな。
 ……はっ、しまった! 長森さんとこいつを離したら、こいつを止めるやつが誰もいないじゃないか! 今更ながら自分の愚行に気がついた俺だが、最早後の祭りでしかなかった。

「……理事長に報告しに行くか」

がしっ

 折原に腕をつかまれ、次の瞬間には、俺の口に酒瓶が押し込められる!

「むぐっ!? むぐぐぐぐぐぐぐっ!!」
「はっはっは、飲め飲め、相沢!!」

 急激に酒を喉に流され、アルコールが一気に全身に回る。顔が熱くなってくるのがよく分かる。そして……思考が鈍る。

「……ひっく」
「よし、一人出来上がりだな」
「あ、相沢君に折原君、何をして……」
「……久瀬か、ちょうどいい。貴様も道連れじゃあぁぁぁっ!!」

 そう言って、俺は久瀬を後ろから羽交い絞めにする。

「あ、相沢君、何をむぐっ!?」
「ふはははははは、相沢、ナイスフォローだ!!」
「ぐぶぶぶぶぶっ!?」

 久瀬も折原に酒瓶を口に詰められ、胃に酒を流し込まれる。急激に酒を飲まされた久瀬は、俺のように酔うほど強くなかったのだろう。顔色は真っ青になり、俺が腕を放すと、地に伏せた。

「お、お前ら、なんてことを……」
「次の犠牲者は斉藤か……飲めい!」
「ちょ、ちょっと待て相沢、一気飲みはいくらなんでも……!?」
「問答無用!」
「助けてえええええええええええ!!」

 無論助けは来なかった。斉藤も俺と折原の餌食となり、倒れ伏す。そして、俺と折原の目は、次の獲物を探す目つきになっていた。

「あああああああ、なんだか凄いことになっちゃったよ……」
「えぅ〜、め、目が据わってます〜」
「……酔っ払い」
「性質の悪い酔い方ね……」
「みゅー、楽しそう♪」
『巻き添えになるから近づいちゃ駄目なの!!』
「祐一、お酒は二十歳からだよ……」

 女性陣は遠巻きに俺たちを見ていた。そしてその内の一人、佐祐理さんと俺の目が……合った。

「ふぇ?」
「佐祐理さん、佐祐理さんも一本どうですか?」
「ほほう、面白いところに目をつけたな、相沢」

 無論、これは俺たちが酔ってるから出来ることであって、本来なら絶対にしない、と言うか、出来ない行為である。後で折原に言わせれば、「あのときの俺たちは頭のねじが一本緩んでいたとしか思えん」と言わせるくらいの愚行だったらしい。
 そしてその愚行を、身をもって思い知るのはすぐのことであった。

「はぇ〜、困りましたねえ、お二人とも完全に酔ってます」
「ふっふっふ、佐祐理さん、大丈夫ですよ、すぐに俺たちの仲間になりますから」
「そうですとも、倉田先輩。さあ、一気に行きましょうか!」

 俺たちは次の犠牲者を求め、佐祐理さんに突撃する。と……

「あはは〜、仕方ないですね。お二人とも弁解の余地なしとみなして、『処刑』決定です」
『へ?』

 笑顔でさらっと、とんでもないことを言う佐祐理さん。と、佐祐理さんの中から、あの蒼い破片が飛び散った。そして飛び出てきたのは……まさか、佐祐理さんの……?

「あはは〜、シギュン、GOです」

 次の瞬間、俺と折原の身体が光に包まれる。そして突然、俺の力が一気にすとん、と抜けていく。身体を支える力もなくなり、俺の身体は地に落ちる。それは折原も同じだったようで、ひざを降り、床に崩れ落ちる。
 ……そっかー、佐祐理さんを怒らせるとこんなことになるんだ、ひとつ勉強になったなー、ってゆーか何かここ最近気絶してばっかだな、そういや、ペルソナを召喚器なしで召喚するには、とんでもない精神力がいるんだよな、と言うことを考えながら、俺の意識は闇に沈んでいった。


Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


会澤祐一様への感想は掲示板へ。

戻る  掲示板