「ええ……ええ……、はい、そうです。ダイヤが乱れてしまったようで……到着はだいぶ遅れそうですので、迎えはなしでお願いします。……え、到着は何時ぐらいにですか? ……そうですねぇ、0時くらいになるかと。……ええ、ですから、名雪にごめんと伝えてください。……はは、こちらも同じですよ。秋子さんの手料理がお預けなのは俺も悲しいですから。ええ、ではまた」
ぴっ
携帯を切り、周りを見ると、社内の乗客は白い目を俺に向けていた。
……やっぱり電車の中で携帯はまずかったか。せめてメールにすればよかったな。
気まずさを感じた俺は、席を立ち、隣の車両に移動する。ざっと見渡してみると、シートは全て満席。座れる席はなさそうだな。まあ、今の時間では仕方ないか。とりあえず、手近にあった手すりにつかまり、つけっぱなしにしていた携帯プレーヤーのイヤホンを耳につけた。心地よい音楽。電車の雑音が一気にイヤホンから流れる音楽にかき消される。
それはまるで俺だけの世界。俺しかいないちっぽけな世界なようで、ちょっと滑稽だった。
P-KANON ACT-0
「寒っ」
終点駅に着き、電車を降りた俺の一言。しかし、そう言いたくなるのも無理はない。もう4月だというのに、その寒さは冬場のそれとなんら変わらなかった。それは目的地に近づいているということでもあるのだが、同時にげんなりする要因でもあった。ただでさえ寒いのが苦手な俺なのにこの寒さは正直言って拷問だ。
「明日から俺はこのくそ寒い中、学校に通わなきゃいけないのか……」
……考えるだけ憂鬱だ。これ以上は考えないことにしよう。今は身体を温めるのが先決だ。腹も減ったしな。
ラッキーなことにこの駅では、構内でうどんの販売が行われている。そこを利用させてもらおう。
「おばちゃん、きつねうどんひとつ」
「ハイよ、きつねひとつ入りましたー!」
さほど美味いとも思わないうどんで腹と暖を満たし、乗り換えの電車が到着するまでの時間、俺は転入先の街のことを考えていた。
「あそこに行くのも7年ぶりなんだよな、何気に……」
小さい頃はあの街に行くのが楽しみだった俺。しかし、7年前をきっかけに、俺はあの街には一度も行ったことがない。いや、俺が行きたくないと駄々をこねるようになったのだと両親は言う。その辺の記憶は曖昧なのだが、それ以来、俺はあっちでよく遊んでいた従姉妹の名雪や、叔母である秋子さんとも、連絡を取ったことはない。最初のうちは年賀状も届いたが、俺が返事を出さなかったため、いつしか俺宛の年賀状や暑中見舞いも途絶えるようになった。
それが今年になって事情が変わったのは2月、俺の両親が仕事の都合で海外に引っ越すことになったのだ。親父は俺も一緒に連れて行くつもりだったようだが、俺としては日本に残り、一人暮らしをしたいと希望した。それに両親が反対し、喧々諤々の口論の末、折衷案として出されたのが、秋子さんが経営している寮に入寮するというものだった。あそこには行きたがらなかった俺だったが、もう子供じゃないのだしという両親のありきたりな説得もあり、渋々承諾したのだ。決定したら行動が迅速な俺の両親。早速秋子さんに連絡を取り、俺の入寮を取り付けた。あとで聞いた話だったのだが、秋子さんは俺が寮に入るのを、1秒で「了承」してくれたらしい。近くに名雪もいたようで、必死に俺に取り次いでもらいたがっていたとも言っていたな。とにもかくにも秋子さんの下でお世話になることが決まった俺だが、高1の課程だけは、もとの学校で修了し、4月、改めて入寮ということになったのだ。
まあ、入寮予定の今日になって、人身事故でダイヤが大きく乱れて、迎えに行く予定だった名雪や、夕食を一緒にご馳走する予定だった秋子さんにいきなり迷惑をかけることになったのだが。こればかりは不可抗力だよな。その旨をお袋からもらった連絡先に電話したら、優しい声で秋子さんは許してくれた。
「秋子さんは変わらず、いい人そうだったけど……」
それでも妙に不安が消えないのはなぜなのだろう。新しい新天地の生活? いや、それは向こうで暮らすことになってからとっくに覚悟していたはず。ずっとほったらかしにしていた名雪のことか? いや、それこそ考えても仕方がない。もし怒ってるなら、その関係を修復することから始めて、もう一度ゼロから関係をやり直せばいいこと。では何が不安なんだろう……?
これ以上考えるのも無駄だと思い、俺はまたイヤホンに手を伸ばす。電車の中にいる間、もう繰り返し聞き続けていい加減飽きてきた音楽。ただ、無心に変えるにはこのぐらいがちょうどよかったかもしれない。
「ご乗車ありがとうございました。次は終点、常春、常春です。お忘れ物、落し物なさらないよう、ご注意下さい。次は終点、常春です」
雪国なのに「常春」とはこれ如何に。心の中でくだらない突っ込みを入れ、もうじき目的地に着くことをアナウンスで知る。
「ふう……」
ため息をひとつつく。長旅の疲れと、を一斉に吐き出したようなそんなため息。
「さすがに10時間の電車は堪えるな……」
時計代わりの携帯の時刻表示を見る。「11:48」となっている。今から約5〜6分後に常春駅に着くだろうから……寮に着くのは12時半くらいか。明日から始業式らしいし、朝は辛そうだな。電車に揺られながら、俺はそんなどうでもいいことを考えていた。
「ご乗車、ありがとうございました。常春、常春です。終点です。お忘れ物のないよう、ご注意下さい」
構内のアナウンスが駅に着いたことを知らせる。軽く伸びをして、体のコリをほぐす俺。イヤホンを耳に着け、音楽をつける。電車から降りると、それこそ刺すような寒さが俺の身体を苛む。ちょっと薄着過ぎたかもしれない。俺はバッグから用意していたコートを取り、それを羽織る。階段を上り改札口で、切符を通す。普段電車をあまり使わない俺は、カードは持たない。それに今回は片道切符なのだからこれで充分だ。
「もうすぐ0時か……」
俺は独り言を口にする。普段は独り言は言ってないつもりでも口に出してるらしいのだがそんな自覚はあんまりない。曰く、考えてることをうっかり口にしてるらしいのだが、誰かに指摘されないと気づかない辺り、結構重症かもしれない。だからこうして意識して口にするのはあまりない。
「さてと……ここからは地図だな」
ポケットからもらっていた、駅から寮までの地図を取り出す。誰かの手書きらしいのだが、猫がよく通る道とか、イチゴサンデーがおいしい喫茶店とか、なんかどうでもいいことまで書いてあるような気がするのはなぜだろう。そうして地図を眺めて、一人考え事をしていたとき……
全ての音が、突然消えた。
「ん…………?」
最初はプレーヤーのバッテリーが切れたのかと思った。突然耳から流れる音楽が途絶えたのだ。しかし、そうではないことに気がついた。さっきまでざわついていた人の声まで急に消えたのだ。いや、それどころか機械特有の機動音さえ消えている。停電しているのか、とも思ったのが、そういうわけでもない。そう、たとえて言うのなら全てが死に絶えたような、そんな異質な空間に迷い込んだような……
「何だ、こりゃ……」
俺は呆然としていた。周りの景色もそうだが、何より驚いているのは自分自身の心についてだ。こんなことを体験するのは生まれて初めてなはずだし、気味が悪いのも確かなのだが、どうしてこんなに俺は落ち着いていられるんだ……?おそらく普通の人間だったら泣き叫んだり、びびってへたり込んでるものなんだろう。だが、俺はこの光景を奇妙とは思いつつも、決して滅茶苦茶に怖いとは思わなかった。そう、俺はこの光景を何度も体感しているような感覚さえあるのだ。
「……考えても始まらないな。予定通り、寮に行くとするか」
俺は歩を進める。やや駆け足気味になっているのは、まあ仕方のないことだろう。
「……」
外に出ると、夜空は綺麗な黒い星空ではなく、よどんだ緑色。空には大きな月が一段と輝いていた。街をにぎわす明るい電気の類は全部消えていた。ひとつの例外もなく。それに静かだ。不気味なくらいに静かだ。雑踏の声も野良犬の遠吠えも響かない。虫の一匹すら飛んでいない。それに何より不気味なのは……
「これは……棺か……?」
そう、周りには無数のどす黒い棺のようなオブジェが立ち並んでいる。軽く叩いてみるが、単に無機質な音が響くだけ。こいつがなんなのか、深く追求しようかとも思ったが、やめた。考えても意味がないことだし。
俺はこれ以上棺型のオブジェには目もくれず、地図を頼りにして、寮を目指した。
「しまった……」
自分が極度の方向音痴だということをすっかり忘れてた……
途中、ちょっと道を間違えてしまったようで、引き返そうとしたのだが、どこをどう間違えたのか、元の道とは違う場所に出てしまった。慌てて軌道修正しようとしてさらにドツボにハマって、今の状況――簡潔に言えば、迷ってしまったわけだ。
「まずい、もう地図は当てにならん……」
では、人に聞けば分かるかも知れない、とも思ったが、これもまた奇妙なことに、この街はそれなりににぎわっている筈なのに、ここまでの道のりで人っ子一人出くわさないのだ。今いる場所は住宅街なのだろうが、本当に野良犬一匹さえも通りかからない。
「マジで死んだ街みたいだな……こりゃ……」
そんなどうでもいい感想が口から漏れた。
その時。
たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ……
「!! ……足音?」
音がした方向に首を回すと、ちらりとだが、確かに人影が見えた!
「おい、ちょっと待ってくれ!! 聞きたいことがあるんだ!!」
近所迷惑だ、と思いつつも、大きな声で人影らしきものを呼び止める。が、それは気にも留めることもなく、駆け足で、右角を曲がっていき、その姿は消えていった。
やばい、アレを見失ったら、本格的に寮への道のりが分からなくなる。なんとしても追いかけて、話を聞いてもらわないと!! 俺は人影が消えた角を曲がると、周囲を軽く見渡す。と、まっすぐな通りに、小さくなっていく人影が見えた。さっきの人影か?しかし、小さく見えるその姿は、遠すぎてこちらからではよく分からない。まあ、なんでもいい。とにかくあれだけが俺の唯一の道しるべなんだ。
「おーい、待て、待ってくれ!! 頼むから俺の話を聞いてくれ!!」
うーん、はたから聞けば、なんか怪しい発言してるような気がするぞ、俺……
追いかけっこを始めて、そろそろ体が熱くなってきた頃だ。もうどれだけ走っているだろう。結構な距離を歩いている気がする。流れていく周りの風景も変化し、商店街らしきところを抜け、また住宅街に移り変わろうとしている境界に差し掛かっていた。
だんだん人影と俺の距離が近づいていくにつれ、俺は明らかにその人影がおかしいことに気がつく。
肩まで伸ばした栗色の髪は少女なのなのだろう。が、背丈からしてどう見積もっても小学生以下ぐらいだろう。こんな時間に子供が外を出歩いていること自体、異常なのだがその服装も明らかにおかしい。俺はこっちについてから、バッグの中にしまっておいた薄めのコートを着込んでいる。元いた場所がさほど寒くなかったから、中に突っ込んでいたのだが、ここに来て、その寒さに耐えられなかったため、こうして着込んでいるのだ。そんな寒い中、その少女は、白いノースリーブのワンピース一枚という、ありえない格好だ。寒い、寒くない以前に凍死してもおかしくない格好なのだが、それがこうやって元気に走っているんだから、普通じゃない。
(まさか幽霊じゃあるまいな)
あほな想像しながらも、そう思わずにはいられなかった。
そうして少女らしきものを追いかけて、どれくらい過ぎたか分からない。俺は腕時計を持ってないし、携帯も動いてないから正確な時刻もさっぱり分からないのだが、結構な時間が過ぎているように感じる。相当走って息も絶え絶えになって、体力も限界に近づいてきたときだ。
少女がぴたりと足を止めた。俺も合わせて止まり、遠目に彼女(?)を見る。その意図がよく分からず、警戒するのは当然だと思う。少し身を固くし、その動向を見守る俺。少女はくるりと一回転し、俺にその姿を見せた。
愛らしい少女特有の大きな眼。黄色のリボンを結び、あどけない表情を遺している。一言で言えば、可愛い女の子……なのだが、どうにも不安な感覚が消えない。少女は身構えている俺を一瞥し、にっこり微笑むと、小さな愛らしい口を動かした。が、声が小さいのか、よくその声は聞き取れない。が、唇の動きから、なんとなく言いたいことはわかる。
――ずっと、君を待ってたよ。
……待っていた? 俺を? 何を言いたいのかさえ分かってない俺に、少女はさらに言葉を続ける。少女はある建物を指差し、
――ここから、全てが始まるよ。
……もうわけが分からん。この少女が何を言いたいのか、こいつが何者なのかとか、とにかくもう頭の中は大混乱だ。少女は腕を下ろすと、また微笑む。刹那、足元からゆっくりとその姿が空へ溶けていく。少女は手を振りながら、また、唇を動かした。
――またね。
「ちょ、ちょっと待て!!」
俺は叫び、少女に手を伸ばすも、届くことなく、少女の姿は完全に見えなくなった。
「なんなんだよ、あれ……?」
呆然とする俺だが、思い切り頭を振り、さっきまで見ていたものを思い切り脳みその奥底に押し込めた。そうでもしないと、気が変になりそうだから。
俺は周囲を見渡し、ここがどこなのかを把握しようとする。ぐるっと辺りを見回して、ふと、ある一転に目が行く。それはぱっと見ではビジネスホテルにも見える建物。そして、その建物の壁には、黒いペンキでこう書かれていた。
学生寮 水瀬寮
「マジかよ……」
あの子を追っかけていったら、目的地――どうにもこうにも出来すぎだろ、これ!! ああ、もう、わけの分からない事だらけだ!!
「……やめた。考えても分かるもんじゃないし、気持ちを切り替えよう。とりあえず、寮に着いたんだし、入ってもいいんだよな……?」
秋子さんも俺が遅れてくることは知ってるはずだし、寮の皆にも話は通ってる……よな? てゆーか、そう思いたい。俺は意を決して寮の前に立ち、恐る恐るドアノブを回してみる。……鍵は掛かってない。ベルを鳴らすが、鳴らない。壊れてるのか? 仕方ない。イヤホンをはずして、セオリーどおり、ノックして……
「すみません、到着が遅れました、相沢祐一です! どなたかいませんかー!?」
返事なし……もう知らん。筋は通したぞ。勝手に入る! ノブを回しドアを開ける。飛び込んできたのは、ホテルのロビーそっくりなつくりをしたリビング。……ここで普段は寮の仲間はくつろいだりしてるのだろうか? それにしても、いやに豪華な寮だな。ここ、ほんとに個人経営か? とかどうでもいいことを思案していたとき、
こつ、こつ、こつ、こつ……
足音が、した。
「…………誰?」
声からして女性だろう。凛とした涼しげな声。その声に反応し、
「ああ、俺は今日、ここに来ることになってる相沢ゆうい……」
固まった。その姿は間違いなく女性そのもの。しかも美人に属していることは間違いない。つやのある長く黒い髪を、蒼いリボンで結んでいる。それはいい。しかし問題なのは、その手に持っているもの。それは明らかに――抜き身の剣。その切っ先を俺に向けている。そして、彼女はそのまなざしを俺に向けている。警戒の色を見せて。
「……………………」
「い、いや、俺、怪しいものじゃないからさ、そんな物騒なもの、向けないでくれないか?」
「……………………」
「な、なあ、頼むから話だけでも……」
俺は彼女に向かって一歩を踏み出す。途端、彼女はものすごい速さで、俺に向かって地を踏み出す!
斬られる! 俺はぐっと目を瞑り、せめて来るであろう痛みから身構えてようとした、その時――
「あら、遅かったですね、祐一さん」
聞き覚えのある声が聞こえた。はっとして、声がした場所に目を向けると、そこには優しい微笑を浮かべた綺麗な女性。三つ編みにしたお下げが特徴的な、大人の女性がそこにいた。その人の面影が、俺にある人物の記憶と重なる。
「秋子さん……ですか?」
「はい、こうして顔をあわせるのは7年ぶりですね。ああ、舞さん、剣は仕舞ってください。この人は敵じゃありませんから。それに、もう時間ですし」
秋子さんの言葉に、舞と呼ばれた女性は、首を縦に振ると、素直に剣を鞘に戻す。
敵? 時間? 秋子さんが何か聞き逃せない単語を言ったのを、俺は見過ごさなかった。なんのこっちゃ、とか思っていると……
はずしたイヤホンから聴きなれた音楽が漏れていた。それだけではない。消えていた寮の電気が灯る。窓から漏れた緑色の月明かりが消え、外は元の夜空の色に戻っていた。
「さ、祐一さん、今日はもう疲れたでしょうから、お休みされたらどうですか?」
「あ、あの、秋子さん? 一体、これは……」
「明日の朝食の場で、寮の皆さんと自己紹介も兼ねますので、寝坊しては駄目ですよ」
「で、ですから……」
「舞さん、すみませんが、祐一さんを用意した部屋にまで案内してくれませんか?」
小さくうなづく舞と呼ばれた少女。
「いや、だから俺の話を……」
「祐一さん?」
俺の言いたいことを、ぴしゃりと止める秋子さん。有無を言わせないって、こういうことを言うんだろうな……
「聞きたいことは沢山あるでしょうが、それはまた今度ということでいいですか?」
「は、はあ……」
そこまで言われると、俺も強く言えない。俺が体験した、あの奇妙な空間がなんなのか、秋子さんは知っているみたいだったけど……
「明日から、寮の皆さんと同じ学校に通ってもらうことになります。案内は名雪が担当しますので、学校で分からないことがありましたら名雪に聞いてください」
「はい……」
「それから、制服も祐一さんの部屋に用意してありますので、学校に行くときはそれを着用してください」
「……わかりました」
「朝食の時間は、毎朝7時になってますから、それまでには起きてくださいね」
「……はい」
生返事しか返せない。いまだ頭の中が混乱しているのがよく分かる。
「舞さん? お願いしますね」
「……こっち。ついてきて」
無愛想な舞とかいう少女に案内され、2階に上がる。階段を上りながら、さりげなく彼女に質問をしてみる。
「あのさ、えーと……」
「川澄舞」
「じゃあ、川澄さん。その剣って、本物?」
「…………………」
「何してたんだ?」
「…………………」
「あのさ、俺、街中で変なもの見たんだけど……」
「……変なもの?」
「ああ、気味悪い棺みたいな何かとか……」
「……それだけ?」
「それだけ? 何が?」
「……なんでもない」
何とか成立した会話をしているうちに、2階に着き、俺は一番奥の部屋に案内される。プレートには、確かに「相沢」と俺の苗字が彫ってあった。
「……ここが貴方の部屋」
「ありがとう、川澄さん」
「……質問」
「質問? 俺に?」
「……貴方、ここに来るまでになんともなかったの?」
「はあ、別にやばい奴とかにも絡まれたりしてないし、ぜんぜん平気だったけど」
「…………………」
舞は俺の顔を、驚いたように、目を見開いてじっと見つめていた。……初めて、舞の表情に変化が見えたような気がする。
「どうかした? はっ、まさか俺に一目ぼれ!?」
びしっ
「ぐはっ」
俺の頭上に手刀が振り下ろされた。しかも、結構力こもってたみたいで痛い。
「……おやすみ」
すねたのか、ちょっと不機嫌そうな声で踵を返す川澄さん。
「ああ、お休み。ああ、そうだ」
「……何?」
「俺のことは祐一でいいからな、川澄さん」
「……舞」
「は?」
「……わたしも舞でいい」
「わかった、お休み、舞」
「……おやすみ。……それから、さっきのことはごめんなさい」
「ああ、気にしてない」
「……よかった」
俺は舞と別れて、用意されている部屋に入る。大きさは大体8畳ぐらいか、割と広いな。先に送っておいた荷物は、部屋の隅に置かれている。一通り、荷物を確認し終えた俺は、用意されていたベッドに横たわる。さすがに今日は疲れた。いろいろな意味で。横になっているうちにきつい睡魔が襲ってくる。抗いきれず、重くなったまぶたを閉じていく。今日起こったこと――電車の長旅、秋子さんとの再会、舞との出会い――そしてあの緑色の夜。様々なことが頭をよぎりながら、俺の意識は夢の中へと落ちていく。
――始まるよ。
ふと、あの少女つむいだ言葉が思い出される。
そう、これが始まりだったのだ。俺の長いようで短い……そして、おそらく絶対に忘れることが出来ない波乱に満ちた高校2年の生活が。
Shadow Moonより
はじめまして。 SS投稿ありがとうございます。
ペルソナ3の世界観で、Kanon、ONEキャラ達がどんな活躍をしていくのでしょう?
祐一君はどうやら何も知らない一般人のようですが、これから巻き込まれていくのがありありと解りますね(w
さてさて、祐一君は街に着いていきなり あの少女を目撃してるとこから、彼女が鍵となりそうな予感。
しかし秋子さんの有無を言わせない態度は、第一印象として好感度や信用が下がるのでは?(汗)。
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