前回までのあらすじ 祐一が雪の降る町に来て半年後の夏。姿を消していた真琴が水瀬家に戻ってきた
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――7月17日 木曜日 午後11時08分 舞と佐祐理のアパート――
「嘘ついたよね、舞」
「嘘じゃない。今の私にはこのままじゃ何もできないというのは本当。
……ただ、続きを言わなかっただけ」
「ふーん……」
「……出て行って。私はあなたを知らない」
倉田佐祐理と川澄舞が5日前から共同生活を始めたアパート。
彼女らの平均就寝時刻はとっくに過ぎている。よって舞も佐祐理も布団に入っていた。
その中の舞が寝ている布団の横には6〜7歳くらいの女の子が立っていた。
もっとも『今は』川澄舞にしか姿は見えず、声も聞こえないが。どういう理由か。
「知らない? そんなはずないよ。あたしはまい、魔物だもの。あなたが戦っていた」
その言葉にビクッとする舞。構わず言葉を続けるまい。
「不思議な力。あたしを受け入れれば完全に復活するよ。それは判ってるんでしょ?」
自分にかつてあった、自分とその周囲に多大な影響を与えた不思議な力。
それが今ジワジワと復活してきている、昨日例の猫を見た時からだ。おそらく彼、もしくは彼女もその世界の住人なのだろう。
不思議な力。それがどういう原理の力なのか、舞にはわからない。動物や植物に生命力を与える、というのが最も多く使った力の使用例だったが。
「う……」
「舞ー、誰かいるの?」
同居人、倉田佐祐理の声だ。そもそも自分の能力が消えてなければこの同居の提案を受け入れたかどうか怪しい。
舞はできるならば不思議な力を復活させたくなかった。回数でいえば力のせいで悪い方になった時の方が多い。
復活させるにしてもなるべく遅く、と考えていた。
「何でもない。ただの独り言」
――2月4日 木曜日 午後4時18分 某所――
あたしはいつから存在しているのか分からない。
気が付いたら一面黄金色の麦畑。その真ん中にいた。
自分の姿も数も固定させることができない、煙のような存在。
それでも、ここにいる理由はなぜか判った。
ここで暴れていれば……それはたまに、でいいんだけど。
そうすれば舞は喜ぶ。あの男の子と一緒にいられて……
でも、あの男の子は現れなかった。何年たっても。
それはしょうがないよ。舞の嘘だったんだもんね。
いつしかここの麦畑はなくなって、工事が始まった。
たくちぞうせいがどうのこうの、って工事の人が言ってた。
学校が建ったけど、あたしのやることは変わらなかった。
形が変わっても「この場所」には変わりないから。
窓を割ったり蛍光灯を壊したり……
それをずっと続けていれば舞はいつか遭ったあの子に会える。
そう思っていたのに……
その日の空は雲ひとつない青で満たされていた。
北国の冬だから厚着しないと外に出るのは無理だけど、あたしには関係なかった。
あたしが暴れることができるのはあの場所だけ。
でも出て行って戻ってくることならできる。
あたしは街のほうに、ふらりと……
そこで例の男の子を見つけた。
姿は変わってるけど私には判った。
彼は夜の学校にも何度か来たことがあった。
彼は女の子と一緒だった。二人は楽しそうだった。
しばらく様子を見ていて判ってしまった。
長い髪の女の子と男の子の間には、恋とか愛とかいったものも感じられたけど、
長い年月をかけて作られた絆やいっしょに苦難を乗り越えた絆。
そのようなものが感じられたのがショックだった。
……それであたしは思った。
あたしはもう存在しても意味がなくなってしまった。って。
あたしは学校には戻らなかった。
そして、あたしは考えるのをやめた。
空気よりも薄くなって、眠ったように……
後に時空が地震のようにグラリと揺れたときに起こされるんだけど……
どう思ったかな舞は。学校からいきなり魔物が消えたんだもんね。
舞も覚えていないんでしょ? 魔物がいったい何かも……
だったらその方が幸せなんじゃないかな?
――7月18日 金曜日 午後2時03分 水瀬家玄関前――
川澄舞は水瀬家玄関前の道路に立っていた。
ここに来たのは彼女なりの一応の目的がある。しかし勇気が持てずなかなか
チャイムを押す気になれなかった。
「あら。舞さんでしたよね。こんにちは」
後ろから話しかけてきたのは一人の女性だった。
少し時間をかけて舞は思い出した。彼女が水瀬秋子と云う名前で祐一が居候している家主であることを。
どうやら仕事から今帰ってきたところらしい。ずいぶん早い帰宅だ。何か特別な事情があって仕事が早く終わったのだろう。
「はい」
名前を覚えていてくれたことに少し驚いた。彼女が秋子に会ったのは一度か二度か、
しかも少し挨拶した程度で特に突っ込んだ会話もしていなかったはずだ。
「祐一さんも名雪もまだ帰っていませんけど。中で待ちますか? ここで立ち話というのもなんですし」
「……そうします」
祐一や名雪に用事があるわけではなかったが、特に断る理由があるわけではない。舞は言葉に甘えることにした。
玄関をくぐって、客間に案内されるところで思わぬ出来事に遭遇した。
真琴が通りかかり、舞とはちあわせしたのだった。
「あ、あんたはたしか夜学校にいた物騒な女!」
舞に指をさしてそう大声を出す真琴。指をさすのは欧米では大変失礼な行為ですよ。
真琴と舞が遭ったのは半年前の一度きり。祐一を脅かそうとして夜の学校についていった時だ。
半年分の記憶がない真琴にとっては一週間くらい前の記憶だといえた。
真琴の方の舞に対する印象はつい先ほど言った言葉通り。
舞の方はまだ真琴に好印象だったかもしれないが……
「あらあら、知り合いだったんですね。珍しいわね。
真琴の部屋は二階ですから、二人で遊ぶのがいいと思いますよ」
秋子は舞と真琴に二人で遊ぶよう勧めた。かなりのんきである。
「ちょっと秋子さん、そうじゃなくて……」
「知り合い……否定はしない」
「しろー!」
「それじゃ、ごゆっくりー」
真琴の部屋に舞を案内した後、階段を下りていく水瀬秋子。
なぜこういうことになったのか、頭を抱える真琴であった。
――7月18日 金曜日 午後2時22分 水瀬家真琴の部屋――
何もしないでいるのも気まずい、ということで真琴はオセロを祐一の部屋から持ち出してやることになった。
持ち出したのはもちろん無断だがオセロくらいならなんとか許される……
いや、真琴の場合どの程度までは許されるかとかは全く考えてなかっただろうが。
「……」
「……」
「何か喋りなさいよ」
「……もし、自分に突然不思議な力が宿るとしたら、どう思うか?」
「不思議な力って魔法とかそういう力ってこと?
それなら嬉しくてハッピーに決まってるじゃない。」
いきなり始めた話題がそれか、と心のどこかで思ったが真琴は即答した。
今まで普通の人間だった主人公が魔法や超能力に目覚める、
そんな展開は真琴の読む漫画の中にも数多く存在した。それ故の即答だった。
その後、肉まんを沢山だとか漫画を好きなだけとか祐一に悪戯だとかペラペラしゃべる真琴だった。
だが、その真琴の喋りを中断させるように舞は口をはさんだ。
「その不思議な力ゆえに周囲に疎まれることになっても?
力故に、みんなそれを恐れて、どんどん独りぼっちになっていく……」
即答されるとは思っていなかった、これは聞き方が悪かったか。舞はそう思って条件を付け加えたのだった。
「確かにひとりぼっちになるのは嫌かも……」
「……」
「でも例えば今の真琴にそんな力が湧いてきても、ひとりぼっちにはならないと思うよ。
秋子さんはやさしいし、祐一は馬鹿だからそういうこと考えないだろうし、名雪は……微妙かな……
あ、やっぱ天然ボケだから気にしないんじゃないかな」
「ひとりぼっちにはならない……」
思わず舞は真琴のセリフの一部を復唱していた。
「角三つめ。とーった」
「それでもここに置けばかなり引っくり返せる……」
ちなみにこの勝負は真琴が角を全部取ったにも関わらず四個差で舞の勝ちだった。
実は舞の目的は、真琴としばらく話してみることだったのだが、それは舞と暫くの間遊ぶ間に達成されたのだった。
最初は気乗りじゃなかった真琴も別れる時には「まだ日が暮れるまで時間があるのにー」と
別れを惜しむくらいには仲良くなったと付け加えておこう。
――7月18日 金曜日 午後3時30分 華音高校校門前――
あんな話を聞くと真琴に会うのが辛くなる。本気でどう接すればいいか分からん。
昨夜はほとんど会話しなかったっけ。このままでいいのか?
いや、いい筈はない。それに一日だけならともかく二日続いたら鈍い真琴だって何かがおかしいと気づくだろう。
相沢祐一がそう思いながら校門をくぐると意外な人物が立っていた。
「舞?どうしてここに……」
祐一は思った。川澄舞、彼女は自分が出てくるのを待っていてくれたのだろうか、と。
「真琴を助ける方法。ある……」
「本当か?」
舞の言葉に嬉しそうに驚く祐一。
隠していたことを責められなかったのは舞にとって有難かった。
責められる覚悟、怒鳴られるくらいの覚悟はしていたのだが。
「今や抜け殻となっている、力がなくなった石のかけら。あれがあればなんとかなる。 あれに私が力を吹き込んで、石を真琴が拾ったときの状態に戻す」
(受け入れる気になったんだ)
祐一には見えないのだが、舞の横で立っていた「まい」はニコッと笑った。
つづく
あとがき&次回予告
Shadow
Moonより
諸事情により、すみませんが感想は後日……
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