ETERNAL PRISM
writeen by 佐藤こみのち

前回までのあらすじ

祐一を呼び出したのは天野美汐という少女は「まだ早かったようですね」と言って祐一の前から去る。
水瀬家に帰ると、なぜか姿を消していた真琴がいたのだった。
そしてある事をきっかけに祐一は美汐の話すことを信じるようになる。
美汐は祐一に真琴の正体について語るのだった。

注)この話以降、舞シナリオの決定的ネタバレ含みます。

「ああ。知ってることでいい。話してくれ」

「半年前でした……」

天野美汐は話の続きを始めた。さっきは悲しい眼をしたと思ったが、
次の句を継いだ瞬間いつもの無表情に戻っていた。

「私は人間となった妖孤の気配を感じることができるのですが」

「気配を?」

「そうです。それを感じたのです。深く関わる気はありませんでした。
むしろ向こうから過剰に接触してきたとしたら避けるつもりでした。
でも、それでも気になるのは確かだったのです。
そして、結局見つからないまま妖孤の気配は消えました。
私はおそらくその妖孤は死んだのだろうと思いました」

「妖孤がどこにいるか、までは分からなかったんだな」

祐一が『気配を感じる』という部分に疑いを持たなかったのは混乱していたからか、
目の前の少女を信じたためか、嘘ついても意味ないと判断したためか。
とにかく美汐にとってそれは好都合だった。スムーズに話を進めることができる。

「……ええ、空間的な位置までは……」

祐一には美汐の言う『妖孤の気配』というものが具体的にどのようなものか分からない。
方向は分かるのか、距離はわかるのか、存在の有無のみ分かるものなのか否かというものが。

「でも半年経った一昨日、現れたのです。どこかに……少なくともこの近くの」

「一昨日かぁ」

一昨日、どんな事があったかを祐一はちょっと思い出していた。
そうだ、あの女に振り回されてちょっと疲れたんだった。その時は特にマイナスになることもなかったからいいが、
あまり多くは関わりたくはないタイプか。

「気配を感じた私は……その時学校にいたんですが。
荷物をまとめて、その足で直接ものみの丘に向かいました。そこ以外に心当たり無かったですから」

(学校か。恐らくここ、自分の教室だろうな。それ以外行く場所なさそうだし)

祐一はそう思って軽く腕を組んだ。
その時、自分が長い間立ったままなのに気付き、近くにあった席の椅子に腰かけた。
誰のかは分からないが、誰のでも知ったことではない。
祐一はそれに合わせて美汐も席に座るかと思っていたが、予想に反して彼女は立ったままだった。

廊下からは4人ほどの女生徒の騒ぎ声。位置的には遠くにいるので特に煩く感じることはない。
そんな自然な光景に対してこんな会話をしている俺達はかなり不自然なんだろうな、と考える。

「天野が俺を呼び出す前日、天野はそこに行ってたんだな。
で、見つけたのか?」

「いえ、全く……
それでもここで待っていればもしかしたら、とそこで動かずしばらく待っていたのですが、結論から言うと『人間になった妖狐』は通りませんでした。
でも、気になる点がある子狐が通ったのです。子狐は見かけから、ですが」

「気になる点?」

「それは二ヶ所ありました。
まず目につくのは口にハンカチを咥えていたこと、
もう一つは妙な首飾りをつけていたことです。緑色の結晶のかけらのような石を一つだけ付けた首飾り」

「ああ、真琴はおれのハンカチを持っていた。
だがもう一つの変な首飾りは心当たりないな。」

祐一は前日の夜、自分のハンドタオルを見つけた後念のために他に知らない内に持っていたものがないかどうか真琴に聞いてみた。
その結果は「持ってない」だった。
もちろん嘘をついている可能性もあるが、真琴がそんなに嘘が上手いとも思えない。

「その首飾りに付いている石のかけらは呪いを抑える……」

「え?」

また話が飛んだ。
聞き返すとさっきより少しだけ詳しく説明された。

「密度の高いプラスのエネルギーを持ち、それ故呪いを抑える鉱石。真琴はそれをどこかで拾った。
姿を人間にし、記憶を消し寿命を大幅に減らすこの妖狐の行為、
言うならば自分にかける呪いということができる。
その呪いの進行を抑えるんです。このかけらは。」

「その結果、再び狐の姿にもどってしまったということか」

一月中旬だったか、下旬だったか。水瀬家から記憶喪失だった少女は何も言わずに姿を消した。
秋子さんは警察にも病院にも真琴のことを話していたから、何も知らせがないのは無事で何処かで元気にしている証拠だ、
そう祐一は思っていた。

「だが小さい欠片なので、寿命も早い。
真琴は、一昨日からほんの少しずつだが記憶が戻り始めて、昨日、人間に戻ったのでしょう」

「人間に戻り始めたのが一昨日、完全に戻ったのが昨日というわけでいいのか?」

祐一が真琴を見たのは昨日だ。気配を感じたのが一昨日という美汐の言うことが本当なら
その時に人間に戻ったとも考えられるが、その日はまだ狐だったとすればそういうことになる。

「一昨日から昨日にかけて、気配はだんだんはっきりと明瞭になっていましたから。
そろそろ人間に戻っているころではないか。と。」

美汐が関係者としてもっとも有力な人物として祐一を割り出すことができたのははっきりいって偶然だった。
水瀬家に記憶喪失の少女がいたこと、その少女は祐一を恨んでいたという情報。
それを手に入れたのは妖孤の気配が消えた後だったからもう関係ないと思っていた。
真琴が祐一を恨んでいた、というのは美汐には少し意外で捜査をかく乱するものであったが。

「それで、まだ早かったようですね、か」

美汐のゆっくりとした話が途切れた後、祐一はその中で思った疑問をぶつけてみた。

「天野はわかるのか? その首飾りの石を見ただけでそれが……不思議な力を持つって」

「私は妖狐の気配を感じ取る以外は不思議な力はありません」

「じゃあなんで解る? 想像? いやさっきの話は断定口調に近いものだっただろ?」

「……川澄舞さん。彼女のことは知ってますね」

「な……」

ここで川澄舞。当然するべき、という類の質問に対し意外な名前が出てきたことに面食らう祐一であった。
明らかに驚いた様子を見せる祐一に対し、淡々と続ける美汐。

「彼女が言ってました」

「舞にはあると云うのか? その不思議な力とやらが。
というか、知り合いなのか? そんな偶然が……」

「……本人に聞けばいいでしょう。今日の夜会う予定ですから」
それと、知り合ったのは、昨日です」

二つの質問に二つの回答で答えた美汐。
美汐にとっては何も考えずに事実を述べたまでであったが
祐一にとってはまたも驚くべき内容であった。

舞に不思議な力がある、それを聞いて祐一には自分の記憶に不自然なしこりのようなものが生じた気がした。
俺が舞と初めて会ったのは、半年前の夜の学校のはず。
魔物を討つ者。彼女は自分のことをそう言った。
魔物と舞に不思議な力があること。二つは繋がりがあるのか? その不思議な力とやらがないと魔物を討つことは出来ない?
いや、それだけではない。俺の記憶がはっきりしないから何とも言えないが、何かあったはずだ。何か。
そんな祐一の疑問が晴れるのは、実はそんなに遠くない未来のことだったのだが……

――7月17日 木曜日 午後6時34分 華音高校2年G組教室――

約束の時間が来るまでの間の時間の一部の時間、祐一は美汐にどうやって舞と知り合ったか聞いた。
昨日夕方6時半ごろの話だ。美汐は自宅の部屋の窓から外を見ていると、女の人が猫を追いかけていた。
少なくともそう見えた。まず猫が玄関の前で立ち止まった。そして女の人も止まった。
不思議なことに猫と女は会話しているようだった。その後女の人の方が私の居る窓に向って云ったそうだ。
「猫さんはこう言っている、『川澄舞なら助けられるかもしれない』と。
ちなみに川澄舞とは私の名前」

人間になる狐の次はそれを気にする不思議な猫、か。おかしな話が続くもんだ。
ともかくそれが本当なら美汐が舞を知ってたのは偶然ではない、ということにはなるが。

ガラガラと戸をあける音、それを発した主は美汐が会う予定の人物であった。昨日の猫と一緒にいる。
川澄舞だ。猫を胸に抱えている。美汐の話によれば舞には猫の言いたいことが伝わるらしい。

「ごめん。ちょっと遅くなった……祐一?」

舞としては祐一がここにいるなんて思ってなかった。そして来てほしくなかった。

「ああ、舞。今俺は思い出したくても思い出せないことがあってさ」

「……叩いたら思い出す?」

「待て。人間の記憶ってのはそんなに単純な仕組みじゃないぞ。そんな簡単に今まで忘れていたものを思い出せるわけないだろ。
大体そんな簡単に思い出せたらテストのとき苦労しな
ああっ、思い出した!」

急に声の大きさが変わる祐一にビクッとする美汐。
美汐は直感的に感じた。この猫が何か祐一の記憶に干渉したのでは、と。
それには何の根拠もない。彼女自身にはこの猫がただの猫にしか感じられないにもかかわらず、である。

おどけた口調だった祐一だったが、思い出していくにつれ深刻で辛そうな表情に変わっていった。

「俺は……舞に会ってる。いつか?十年か十一年前。どこか?場所はここ。
俺は……舞は……それで……」

「この校舎はそんな時期には建物自体存在しない筈ですが」

ここには美汐もいる。祐一は思い出したことを口に出して言うべきではないと判断した。

その昔、ある夏の日、俺は舞とこの場所で出会った。この場所といっても当時は広い麦畑だったが。
どういう道を通ってきたのか。何をしているところだったかは覚えてない。ただ間違いなくこの場所に来たのは確かだ。
そこで二人で遊んだのは二週間くらい。鬼ごっこでは俺よりも舞のほうが圧倒的に強かった。

「……そうだ……不思議な力……」

ある時、舞は俺に自分には不思議な力がある事を言った。それと、そのせいで今まで一人ぼっちだったこと、
そのせいで前に住んでいた町から引っ越すことになったことも。
引越しをすることになった一番の原因はあるテレビ番組。それに舞が出演したこと。
当時の超能力をもてはやす様な風潮に影を落とさせる、食い物にする内容の……
舞の不思議な力。俺はそんなのどうでもよかった。舞とは楽しく遊べる。それでよかった。

「……分かってしまった。理由が……」

出会いがあれば別れもある。俺は夏休みが終わると実家に帰らなければならない。別れの挨拶をした後のことだった。
当時の宿泊先である水瀬家に舞から電話がかかってきた。連絡先を教えてないことに疑問は持たなかった。
内容は「魔物がきたから一緒に戦ってよ」だった。
嘘だったのだろう。魔物がいれば俺が帰ってくるという考えの。だがその嘘は舞の不思議な力で現実になってしまった。
それが舞が戦う理由だったのだ。舞自身は覚えていないと言っていた魔物を討つ理由。

そういえば七夕の事件のとき、俺は思った。今まで非現実な事象に遭遇したことなどなかったのに、と。
それは間違いだった。舞には何回か力を見せてもらっていた。もちろんこの目で見た。

ちょっと待て。それじゃ真琴の件と舞の件、二つとも俺が原因ってことか?
そりゃあ100%ってわけじゃないけど、原因の一つを締めてるのは確実ということになる。
俺に出会うことで観覧車のようにゆっくり回っていた『運命の輪』が水車のような勢いで回るようになってしまった。そういうことなのか?


ETERNAL PRISM

第十七話 KANON


「祐一、大丈夫?」

舞はフラッとした祐一にいたわりの言葉をにかけた。

「ああ、俺は大丈夫。 そ、そうだ。一番聞きたい事をまだ聞いてなかった。天野、真琴はこれからどうなるんだ?」

本当は美汐と二人のときにそれを尋ねたのだが、はぐらかされてしまったのだ。今は違うはずだ。

「結末は同じです。半年分の空白ができただけで暫くすれば消えていく」

美汐は今度ははっきりとそう言った。

「……そうだ、二人の話が確かならその猫は舞なら何とかできるかもって言ったんだよな。
舞、真琴を助けてやること、できるのか?」

「……」

舞は無言だった。無言の瞳の奥にあるのは一体何なのか。動揺か悲哀か。
はちみつくまさんと言ってくれれば一番いい、希望的な答えを言ってくれ。祐一はそう思っていた。

「その答えを今日天野に言うつもりだったんだろ」

「私には出来ない。魔物は居なくなって……私は……私にはその娘を助ける力はない……」

つづく


あとがき&次回予告


あゆ「うぐぅ……週一ペースなの最初の三話だけだよ。最悪だよこの更新速度」
祐一「全くだ。多分作者存在すら忘れてたぞ。」
あゆ「それなんだけどね、多分思い出したきっかけは……」
祐一「待て。それ言って18話の更新が遅かったら顰蹙だ。言うのは今度にしろ」
あゆ「そ、そうだね。じゃあ次回予告
 次回、第十八話『二人目』うぐぅ……シリアスな展開だと次回予告がしにくいー
 舞台は7月18日。誰かが重要な決断をするよ。
祐一「感想、質問、リクエスト、苦情、その他あったらお手紙ちょーだい
 奴は単純だから一通ごとに一話週一ペースになるぞ。多分。
あゆ「それではまた次回!」

Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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