生徒会副会長、十文字聖は外した眼鏡を高級そうな皮製のケースに入れ、机の中に丁寧にしまうと
別の机から小さな箱を取り出した。
その箱から十字架形のピアスを取り出し、両耳につけると小さなため息をついた。
どうやら元の自分に戻ってホッとした気分らしい。
「ふー、やっぱり度の合わない眼鏡かけてると眼に悪いな。気分が良くない。
で、あんたたち何でここにいるの?」
あんまりな台詞をはいた。
前回までのあらすじ 陸上部の次期部長でエースであるノリコが祐一を尋ねて来た。
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「なるほど。言いたいことは分かった」
「相沢君も暇ね」
頷く副会長とコメントを挟む香里。
「俺じゃない。ノリコちゃんが言い出したんだ。俺はただの付き添いだ」
「Aランチがお姉さまの元気の源なら、それを取り戻すのが私の使命です!」
胸を張って答えるノリコ。使命というのは少し大げさかもしれない。
ノリコの言葉を聴いた副会長は閑話休題、という態度で話を本論に戻した。
「そもそも学食改造計画なんてのは学食の増改築に関するものがメインでさ、
あんまり生徒会かかわってないんだ。生徒会で関わってるのは確か会議に参加した会長一人だから
それについては僕は良く分からないし……」
そう言いながら副会長はもう一人の生徒会役員の女子生徒の方を見る。
「……私も分かりません」
女子生徒は首を振りながらそう答えた。
「というわけで、どうしても知りたければ会長を尋ねるしかないってことだね」
おどけたような態度でそう言う副会長。さっきまでとは別人だ。
祐一はちょっと話が違うじゃないかという目でノリコを見た。
その目にギクッとして思わず肩をすくめてしまうノリコだったが、苦笑いを浮かべて視線を防御した。
「生徒会長は相沢君も見たことがあるはずよ。
今年から同じクラスになった久瀬君がそれよ」
さっき副会長がさりげなく名前出していたがその時は全く気づかなかった。
香里に言われて気づいた。話したことはほとんど無いが同じクラスに確かに居た。久瀬という苗字の男子生徒が。
「ああ、あいつ生徒会長だったのか」
「へぇ、君会長と同じクラスなんだ。まあいいや。
ただ一つ言えることは、会長はAランチからイチゴムースを無くすようなことはしないよ」
副会長は少し驚いてそう言った
「どうしてそう言えるんだ?」
「会長はAランチのイチゴムースは大好物だからね。
本当は言ってはいけないと口止めされているけど会長の名誉に関わるなら
背に腹は変えられぬ。賄賂疑惑を否定するためだ。秘密暴露はしょうがないのさ♪」
「……合法的にバラすうまい方便見つけたぜ、という態度ですね」
もう一人の生徒会役員の女子生徒が突っ込みらしきコメントを入れた。実に的確だ。
あの男がイチゴ好きかよ……勘弁してくれ苺好きのイメージが壊れる。
「少なくとも生徒会では久瀬しか真相を知らないってことは判った。
で、その久瀬はどこにいるんだ?」
「ああ、今日はもう帰ったよ。商店街の本屋で参考書買うとか言ってた。
帰ったのはついさっきだから今から本屋に行けば居るかもね。」
二人が生徒会室に殴りこみに来るのと入れ違いで帰ったんだよ、と付け加えた。
「商店街の本屋ですね。100メートル6.5秒で行って追いついてやりますよ。」
それはプロ野球の一次試験の必須タイムの倍のスピードだ。
ノリコが駆け出そうとする所に香里が話しかけた。
「ノリコちゃん、陸上部はいいの?」
「あ……」
100メートル6.5秒は無いだろうが、かなりのスピードで走る準備ができた体が止まった。
「忘れてたー!! どどどどうしよう。えーっとあーっっと。」
「……仕様が無い。久瀬には俺が一人で話してくる。ノリコちゃんは部活行っとけよ」
「ごごごめんなさい。いってきまーす!」
ダッシュで駆けていった。陸上部のエースにふさわしい走りだったという……
「行っちまったな。
……ところで香里、名雪には俺とノリコちゃんがここに居たのは内緒にしててくれ。
あと何をしていたかも」
「わかったわ。
相沢君とノリコちゃんが一緒だったことだけは名雪に言って、
何処で会ったのか、何をしていたのかの質問には何度聞かれても『相沢君に秘密にするように言われた』で貫き通す。
こういう行動パターンをとればいいのね」
「んなわけないだろ! 最悪なパターンだな」
「冗談よ」
――7月15日 火曜日 午後3時45分 書店――
商店街の、祐一がいつも使っている入り口から三分の一ほど進んだ所に建っている本屋。
その本屋に祐一が駆けつけると、副会長の言っていた参考書コーナーに真っ先に向かった。
顔はなんとか判るからすぐ見つかるかもしれない。と思っていたがそれは甘かった。
うちの学校の男子生徒らしき制服は見つからない。はてどうしたものか。
「別のコーナーを探してみるか」
別のコーナーに居ればいいが、ひょっとしたらもうこの本屋にはいないのかもしれない。
居なければあきらめるかなと思ってる中、祐一は比較的早く生徒会長でクラスメイトの久瀬の後姿を見つけた。
意外にも久瀬が居たのは芸能雑誌のコーナーだった。雑誌を一冊持っている。
「よう、久瀬」
「君は確か相沢君……だったかな」
とりあえず同じクラスだけどほとんど話すことも無い、という微妙な位置関係の二人。
まあ良くある人間関係である。
「そうだ。聞きたいことがあるんだが」
「ふむ。言ってみるんだな」
「学食のAランチのイチゴムース。最近あれが付いてきてないのは生徒会のせいなのかい?」
「……ああ、あれは事情があってね。」
「彼氏彼女の?」
「違う! イチゴデザートを作っている会社が賞味期限切れの原料を使った疑いがあるとかでてんやわんやしてるんだ。
Aランチのおまけに付ける用のムースまで手が回らない状態なんだ。
確かメニューが変則的になるのは今日までだったから、明日には付くようになるさ」
「へぇ。今日までか。どうしてその日が頭からすぐに出てきたんだ?」
祐一はその理由を副会長の言葉から大体の予想がついていたがあえて聞いてみる。
「ふん、生徒会長としてそれくらいは把握しておくものなのだよ」
「まぁいいや。ところで持ってる雑誌なんだけど
久瀬、千早ちゃん好みなのか?」
祐一は久瀬の持っている雑誌に目をやった。
芸能関係の雑誌で表紙は如月千早。765プロダクション略してナムプロ。そこに所属するアイドル歌姫。
ちなみに、彼女は以前ホワイトエンジェルというユニットの一人だったが只今ソロ活動中だ。
「……毎月買ってるから買うだけだ。表紙に惹かれた訳じゃないさ。
まさか、生徒会長が息抜きの雑誌を買ってはいけないとでも言うのじゃないだろうね?」
「ちなみに俺の好みはナムプロの中ではりっちゃんだな。あの眼鏡が似合う……」
「君に眼鏡属性があるかどうかは僕にはどうでもいい。用はそれだけなのか?」
久瀬は用がそれだけなら早く帰ってくれ、と言いたげに会話を中断した。
他に用って何かあったっけ? 特に無かったな。
よく考えたら俺はこんなことする気が無かったんだよなあ。まあどうせすること無かったんだし、いい暇つぶしになったかな。
「じゃあな久瀬。万引きとかするなよ」
そう言って祐一は店を出て行った。誰がそんなことするか。
……
よし、帰ったか
これで例のものを手に入れることが出来る
この店には一般人が手に入らないようなブツも扱っているのさ
相沢君は知らないだろうがな
……いや、知られるわけにはいかないのだ
「じいさん、今日はいい天気だな」
「お探し物ですか?」
「まあな、支払いはいつものようにスイス銀行の口座に入れる、いいな?」
「はい。それでは注文の品を……」
店番の老人と何度かやった合言葉のやり取りだった。
「……如月千早ちゃんの例の発売前ポスター、3枚くれないか」
久瀬は真剣な顔で注文の品を言った。 ちなみに観賞用、保存用、予備の3枚だ。
「おや、よく見るとまた兄ちゃんじゃないか。好きだねー兄ちゃん」
「まあ……ね……」
「じゃあちょっと待ってて。店の奥から取ってくるから」
人に知られるわけにはいかない。
周りからは堅いイメージで知られている、ある人に言わせれば真面目な生徒会長、またある人に言わせれば悪徳生徒会長、
そんな自分がアイドルなどに嵌りまくっているということは……
このことは生徒会のメンバーにすら内緒なんだ、そう自分内超トップシークレットなのだ。
購読している雑誌を買いに行くだけならば、久瀬は生徒会メンバーに嘘をつく必要は無かっただろう。
参考書を買いに行くと嘘をついてたのは後ろめたい何かがあるからだった。
生徒会長久瀬、堅そうに見えて実はアイドルにメロメロだったのだ。
部屋の中は千早ポスターとカレンダーでいっぱいだ。
もっとも、人が来るときは上に元素記号ポスターや歴史の暗記ポスターを貼ってごまかすのだが。
「おーい久瀬、言い忘れたことがあった」
「のわっ!」
帰ったと思っていた祐一が現れて、驚く久瀬。
「あの2年の副会長が会長のスペア眼鏡と机勝手に借りて会長ごっこやってたぞ」
今のを相沢君に聞かれてなかったのは幸いだったが……
十文字の奴またそんなことしてたのか。説教してやるぞ、小一時間。
――7月15日 火曜日 午後4時12分 グラウンド――
祐一は本屋から家に帰っても良かったのだが、思うところがあって陸上部が練習しているグラウンドにやってきた。
グラウンドには陸上部が短距離組と長距離組に別れ、汗をかきながらがんばっている光景があった。
祐一は陸上部の何人かとは知り合いだった。その内の一人がノリコだったわけだが。
まあ、時々練習を見に来たり、たまに名雪を迎えに来たりもしていたからだ。
また、知り合いでなくてもほとんどの部員が祐一を知っていた。
「祐一、どうしたの?」
木陰にいた祐一に陸上部部長の名雪が声をかけた。どうやら練習メニューが一区切り付いたらしい。
「いや、ただ名雪が走っている姿を見たいと思ったからさ」
「そんな……そういう言い方されると恥ずかしいよ……」
「はっはっは。悪かったな」
「ねぇ、たまには祐一も一緒に走らない? 今日は体育があったから体操服持ってるよね?」
「遠慮する。全力で遠慮する。例え世界を敵にまわそうとも遠慮する」
「そ、そこまで言うことないよ〜」
二、三度参加させてもらったことがあるが、15分足らずでギブアップした。
そういう経験が祐一にはあったのだ。
「ところで今度の木曜日の帰り、商店街寄らないか? 好きなもの奢ってやるぞ。
その日は家庭教師があった筈だけどそんなの待たせとけばいいさ。あんな奴」
「本当? 嬉しいよ〜祐一〜」
「その代わり、ひとつ賭けをしないか?」
「え、どういう賭け?」
「明日、Aランチにイチゴムースが付いていなかったら名雪の勝ち。俺が名雪の言うことを何でもひとつ聞く。
付いてたら俺の勝ち。逆に名雪が俺の言うことを聞く。こういう賭けだ。いいか?」
「……うん、私はいいけど……それって祐一の方が分が悪すぎない?」
「ぜんぜんそんなことないぞ。とにかく賭け成立だな」
「それと、明日はお弁当にしようと思ってたんだけど……」
「じゃあ弁当は明後日ということでいいだろ」
「う〜ん……」
ちなみにこの時ノリコは、遅刻した罰で1000メートルを他の部員より3本多く走らされていた。
部長酷いぜという声が挙がりそうだが、実はこのメニューを一番多くこなしているのも部長だったりする。
――7月15日 火曜日 午後4時58分 生徒会室――
「じゃあ僕はこれで。じゃあねー」
生徒会室に残っていた二人のうちの一人、副会長の十文字聖は別れの挨拶を口にし、生徒会室を出て行った。
これにより生徒会室に残っているのは書記の女子生徒一人だけになった。
今やってる仕事は急ぎのものではない、明日にまわしても問題ないだろう。
そう思い机の上を片付けた。
一仕事終えた女子生徒は軽く背伸びをして、窓を空け外を見た。
熱心な運動部はまだ活動を続けている。
その時一筋の風が吹いた。女子生徒は思わず髪を押さえた。
次の瞬間、彼女の顔つきが若干変わった。どういうことだろうか。
「この感じ、もしかして……」
今年から生徒会に加入した生徒会書記、天野美汐は何かを予感したらしい。
それがどのような予感なのか、仮にこの場に誰かがいたとしても表情から読み取ることは出来なかっただろうが……
――7月15日 火曜日 午後4時59分 新千重大学文学部棟外キャンパス内通路――
「♪ふんふんふーふふふふふふふふん ふーふふーんふー♪」
鼻歌を歌ってるのはこの大学の学生。砂渡誠。男性としては身長が低く、それがちょっとした悩みの種だったりする。初登場は三話
ちなみに彼、服装によっては少女にも見える顔つきなのだが、本人はそれは身長のせいだと思っている。
その彼が歌っているこの鼻歌は、恋のエージェントが眠れない夜の焦燥感から身も心も開放させて溶かしつくす、といった意味をもつ歌詞なのだが、
まあこれはストーリーとは全く関係ないな。
「ん?」
ふと気づくと、目の前に一匹の子狐が居た。北国では珍しくは無いが大学内で見るとは意外だ。
近づいても逃げようとはしない。どうやら人間に慣れているようだ。
「何で狐がキャンパス内にいるんだろ?
獣医学部の方から逃げてきたのかな……」
それにしてはちょっと変だ。自分が今居る文学部等の敷地と獣医学部の敷地は道路二本挟んでいる筈だ。
砂渡誠は不思議に思い、しばらくの間狐を見つめていた。
つづく
あとがき&次回予告
通称:副会長 本名:十文字聖(じゅうもんじあきら) | |||||
性別:男 身長:177cm 誕生日:3月14日 血液型:O 学年:2年 | |||||
オリジナル | |||||
生徒会副会長で次期生徒会長最有力候補。
変わり者で女好き、会長をおちょくる面もチラホラ。 クリスチャンだが、ミサをサボるなどの行動が多く全く敬虔でない。 この町の神父の義理の息子という立場にいるが、 実際は神父の本当の息子ではないかというのがこの町の皆の一般的見解 |
|||||
知力 | 鋭さ | 運動神経 | 力 | 度胸 | カリスマ性 |
3 | 5 | 3 | 4 | 3 | 3 |
Shadow
Moonより
諸事情により、すみませんが感想は後日……
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