前回までのあらすじ 祐一が転校してきて半年が過ぎた夏。
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あゆの箱詰めに失敗しながらも、引越し作業は順調に進んでいった。
ダンボールは大きいサイズのが一つと小さいのが数個。
部屋の中にあるものが少ないこともあり、進行状況はすでに8割といったところ。
もう少しで終わりそうな段階まで来た。
「お、CDじゃん。しかも結構最近の。舞が自分からこういうのを買うかどうかを考えると……
佐祐理さんとCDショップに行って買ったんだろ?
あの商店街の入り口がわかりづらいCDショップ」
「今日の祐一は勘が冴えてる」
「ふっ……今日の俺は勘がよすぎて世界の終末も予言できそうだぜ」
はた迷惑極まりない。
CDを小さめの箱に縦に詰めている途中、祐一は舞に尋ねた。
「舞、もう佐祐理さんが来るころじゃないか?」
「確かにそろそろ来るころだと思う……」
舞はフクロウの形の目覚まし時計を見ながらそう言った。
祐一には舞が少しずつ元気がなくなっていくように見えた。
実際心配になってきているのだが。
「あ、トラックの音だよ」
「よし、俺が見てくる」
祐一が出て行って、あとには川澄舞と月宮あゆの二人が残された。
なにを喋っていいのか一瞬戸惑うあゆであったが、
舞が一枚のCDを手にとってじっと見ているのを見て、それについて尋ねることにした。
「えっと、舞さんその曲好きなのかな?」
「何となく、私と佐祐理に似てるから好き」
ジャケットを見る限り、女性二人組のデュオユニットのようだ。
「ああっ、確かにこの右の子、舞さんに似てるかも」
「いや、右の子は佐祐理に似てると思ったんだけど」
「え、あははは」
笑うあゆ。ある意味ごまかし笑いだ。
舞の方も一瞬顔をほころばせた。もしかしたらつられ笑いかもしれない。
そこに祐一が帰ってきた。
舞は身を乗り出した。その目線は「どうだった?」と言いたげだった。
「トラックは宅配便のだったよ」
「そう……」
「ところで何持ってるの?
お、そのCD『ホワイトエンジェル』じゃん。ナムプロの。俺、これ結構好きだったんだよな。」
さっき舞が言ったこと、その二人は自分たちになんとなく似ていること
あゆは祐一にそれを伝えようとしたが、その前に祐一の口が開いた。
「そのユニット今年の3月に解散したんだよな。ユニット組む前は仲が良かったけどさ、
ユニット結成してから仲悪くなったっらしいぞ。
まあ人と人には適度な距離が必要ってことだろうな。
三角関係のもつれで解散したって説もあるがな。
まあ、これは全部『単なるウワサ』だけどね。ゴシップ誌なんかによく好まれる……」
「ゆ、祐一くん……」
「……」
「あれ? なんか俺が悪いことしたような空気……」
あゆが話すタイミングが遅れたせいで、祐一は空気が読めない子になってしまった。
□ □ □ □ □
(どうやら普通の女の子の部屋だな。異常なものが出てくることはないよな)
祐一がそう思った時は、開始から2時間、部屋はすっかり片付いて、
荷物運びを除けばあと5分もあれば終わるだろう、という終盤の段階まできた所だった。
ホッとした気持ちとちょっと残念な気持ちで、舞の方にチラッと目を向けると、
舞は押入れからなにやら長いものを取り出していた。
「……と思ったらあったー!!!」
舞が取り出したものは西洋剣だった。
「祐一、うるさい」
「思い出した。 いやさすがに忘れてはなかったんだけど……
舞って剣持ってたんだった。」
前にも言ったと思うが、俺がこの町に来たのは半年前。
それは雪の降る寒い季節だった。
そしてこの町に来て4,5日たち、新しい生活にもそこそこ慣れてきた頃。
忘れ物を取りに夜の校舎に侵入した俺は、舞に出会ったのだ。
夜の校舎で見た幻想的な光景の中心が彼女だったのだ。
舞は夜の校舎で一振りの剣を持って立ち尽くしていた。
俺は彼女に興味を持ち、暫くの間夜の校舎に赴き、差し入れを持っていった。
……おにぎり等、コンビニで買ったものばかりだったが。
暫くして、俺は夜の学校に行くのをやめた。
本当は俺だけじゃなく、舞にも止めて欲しかった。
一応説得してみたものの、そうさせることはできなかった……
そしてそれまで舞と佐祐理と食べていた昼食も学食や教室で食べることが多くなった。
まあ、それでもたまにあの風呂敷には顔を出していたが。
……確か舞が俺に最初に話した言葉は
「私は魔物を討つものだから」だったかな。
そうだ。魔物だ。舞が夜の学校にいた目的は。
俺は夜の学校に行った最初の日、確かに「魔物」の衝撃を受けた。
あの感覚が魔物が舞の妄想や思い込みじゃない確かな証拠だ。
「魔物はどうなったんだ?」
俺は舞におそるおそる聞いてみる。
まさかまだ夜の校舎に侵入しているんじゃあるまいな。さすがに今の舞は部外者だからやばすぎる。
「いなくなった。突然」
「いなくなった? どういうことだよ?」
「私にも分からない。突然いなくなった」
舞はやや早口でそう言う。
若干動揺してるのだろうか。
何でいなくなったのだろうか。
今まで居たものが居なくなるのは理由があるはずだ。
いや、それ以前に魔物が出現する理由さえ俺は知らない。
「分からないのか。 じゃあ、そもそもどうして魔物は校舎に現れたんだ?」
「……」
黙ってるってことはやっぱりこれも知らないのだろう。
「……でもついこの間、また出た。そしてすぐに消えた。それも理由は分からない」
「何の話?」
あゆだ。
話についていけない状況に耐えかねて訊いたのか。
「恐いテレビ番組の話だ」
「うぐ」
あゆは言葉を失った。まあ、恐いものが大の苦手なやつだからな。
――7月12日 土曜日 午後4時05分 舞の部屋――
「祐一くん、舞さん、そんなことよりさ、もう少しで佐祐理さん来るんだよね。
そうだ。ボク佐祐理さんってどんな人か知らないから教えて欲しいなー」
「そうだな。まあ総合的な評価として佐祐理さんを1とするとだな、あゆは0.000000……」
「ボクのことはどうでもいいよ!」
「まず容姿はSクラスの美人だろ、成績は学年トップで運動神経もいいらしい。
ゲームセンターでは『お嬢』と呼ばれていて親衛隊まである。
料理も旨いし、何をやらせても旨くできる女性だ」
「すごい人なんだね」
「あははーっ、そんなことはないですよーっ」
「いやいや、そんなことはないことはな
ってうぉ、佐祐理さんいつの間に。もしかして忍者?」
ここで倉田佐祐理が忍者の格好で出てくれば面白いことになったかもしれないが、
彼女の服装は、いかにも夏らしい白いワンピースだった。お花畑がよく似合いそうだ。
「えっと。はじめまして。ボクは月宮あゆ」
「倉田佐祐理といいます。以後お知り置きを」
「俺は相沢祐一。17歳独身。天秤座のナイスガイだ」
「川澄舞」
余計な自己紹介が二名分ほど入った。
「それで、佐祐理は何をすればいいんでしょう」
「ああ、もうほとんど、九割方終わってますから車で待ってていいですよ。
舞とあゆは急いで荷造りの残りの分終わらせちゃって。(舞、早く剣隠せ)
俺は荷造りし終わった分のダンボール運ぶから」
「ほとんど終わってるんですかーっ
もうちょっと早く来れば良かったですねーっ」
たとえ早く来てくれたとしても、その格好で手伝ってもらうのは気が引ける。
それを考えると丁度いいタイミングかもしれない、と祐一は考えた。
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「……荷物は少ないと思ってたけど、実際運んでみると結構疲れたな」
ダンボールは残り二つ。
祐一はその内の大きい方の箱をトラックに乗せ、荷台に座り込んだ。
「お疲れ様です。これどうぞーっ」
佐祐理は水筒から麦茶をコップに出し、それを祐一に差し出した。
「ありがとう佐祐理さん
……これよく冷えてますね。うん。すごく旨い」
「喜んでいただけて光栄ですーっ」
「佐祐理さんの事だからお茶っ葉から作ったんでしょうね」
「あははーっ。さすがに麦茶をお茶っ葉から作るのは無理ですよーっ」
「そうだったかな。でも根性があれば何とかなるんじゃないかな?」
「そうですねーっ。お茶っ葉さんに頑張ってもらえば何とかなるかもしれませんね」
佐祐理と祐一が話してるところに、最後の箱を舞とあゆが持ってきた。
といってもほとんど舞が力を入れているのだが。
「舞、よく頑張ったな。麦茶やるから来いよ」
「……ボクにも頑張ったなって言ってくれてもいいのに……」
あゆは息を切らしていた。それなりに一生懸命だったらしい。
引越し先、二人が住むアパートまでは荷物を軽トラックで運ぶ。
実は普通の車の後部座席にも十分に乗るくらいの量だったのだが、まあそれをいまさら言っても仕方がない。
運転するのは唯一普通免許を持ってる佐祐理だった。
祐一はイメージが合わないとブツブツ言っていたが、他に運転できる人がいないのでしょうがない。
ていうか履物はミュールで運転しようとしてるけど危なくないかな、と祐一が思ったがそれは甘かった。
そんなことはごく小さなことだと思わせる発言を舞が放ったのである。
「佐祐理、荷台に祐一とあゆちゃんがいるからいつもみたいに飛ばしちゃ駄目だから」
「あははーっ。わかってますよーっ
それに荷物も積んでいますし、そういう時は制限速度守らなくちゃいけないですよねー」
「いや、制限速度はいつも守れよ!」
佐祐理に荷台から突っ込みが入った。
(ていうか『いつもみたいに』って言わなかったか? いつもはスピード狂なのか?)
ちなみにこの後、祐一は佐祐理がいつもどれくらいスピードを出すのか、舞に尋ねたのであるが、
その答えを聞いた祐一はショックで体がカチカチに固まってしまったのであった。
(あの佐祐理さんが……いや、嘘に違いない舞は俺をからかってるんだ……)
この日、4人の軽トラは安全運転で目的地までたどり着いた。
特に何もなく。
――7月12日 土曜日 午後5時29分 新居のアパート――
力仕事の後半戦、新しい部屋に舞の荷物を入れる仕事はそんなに時間がかからなかった。
それでもある程度疲労はたまっていた。人数も少ないから当然だ。
祐一は部屋を見回して思った。
なるほど、確かに舞の言うとおり家具や電化製品は設置している。
これらは佐祐理さんの家にあった使い古した余り物だと言っていたが……
まだ綺麗な物ばかりだ。流石倉田邸というべきか。
「祐一さん、あゆちゃん、よかったらここで一緒にお夕飯食べませんか?」
実はガスが使えるのが明日からなので、今日はお弁当作ってきたんですよーっ」
そう言いながら佐祐理は弁当を広げだした。
佐祐理のお弁当の味を知っている祐一は内心大喜びだ。当然お言葉に甘えることにする。
あゆは一度断ろうとしたが、佐祐理から「手伝ってくれたから遠慮することはないですよ」
と説得を受け、同じく言葉に甘えることになった。
みんな疲れていてお腹がペコペコだったのだ。
どうやら佐祐理はそれを見越していたらしく、こう言った。
「みんな今日はおなか空くと思ったから、たくさん作ってきたんですよー
特に祐一さんは一番頑張ってくれましたから、いっぱい食べてくださいね。」
「いやー当然のことですよ」
(引越しの後は焼肉と相場が決まっているが、こういうのもいいものだなぁ)
「それにしても、こうやって久しぶりに3人で弁当を食べてると、去年までのことを思い出すな」
「ちょっと、3人ってボクのこと忘れないでよ」
「祐一は意地悪」
「あははーっ」
楽しい時間はしばらくの間続いた。
――7月12日 土曜日 帰り道――
「佐祐理さん、自分のことを名前で呼んでるのは変わってるよね。」
「ボクっ娘には言われたくない台詞だろうな。」
「ボク、佐祐理さんとも仲良くなれそうな気がするよ
似たもの同士って言うのかもね」
「いや、前半はともかく後半はない。命かけて」
祐一よ、お前の命はそんなに安かったのか?
曲がり角を曲がる祐一とあゆを見ながら、舞は考え事をしていた。
舞は祐一に話していなかったことがあった。
今年の2月ごろ、魔物が消えたその日から自分の身に変化が起こっていたことだ。
最初は単なる違和感に過ぎなかったが、だんだんと確信を得ていった。
自分と自分の周囲の人間に多大な影響を与えた、自分にあった不思議な力が一切消えていたのである。
それを話さなかった理由。
それは、話せば自分が本当に異質な存在であることもばらしてしまうことになるからだ。
もし、舞の力が消えていなかったら月宮あゆが人間として通常の状態でなかったことに気づいただろう。
つづく
あとがき&次回予告
Shadow
Moonより
諸事情により、すみませんが感想は後日……
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