ETERNAL PRISM
writeen by 佐藤こみのち

――7月11日 金曜日 午後9時50分 水瀬家――

 

「祐一さん、電話ですよ」

水瀬家の家長で水瀬名雪の母、水瀬秋子の声で祐一は立ち上がった。
ちなみにこの時祐一は、部屋でくつろぎながら七夕の日に買ったマイナースポーツ漫画の続刊を読んでいた。微妙に嵌っている。
電話か。一体誰からで、どんな用だろうか。

「このときはまだ、この電話があの悲劇の始まりだったとは思いもよらなかったのです……」

「え、それはどういうことですか?」

「あ、なんでもないです」

自分で変なナレーターを入れる祐一に、素で返す水瀬秋子。
真面目に返されると困る。

「誰からの電話ですか?」

「川澄舞さんだそうです」


ETERNAL PRISM

第九話 夏の引越し(前編)


「……祐一?」

「おう、祐一だぞ」

「……そう」

「それにしても久しぶりだな。ゴールデンウィーク以来だっけ」

「多分」

正確には佐祐理さんの誕生日以来だったかな。いや、その後一、二回会ったか。
祐一は二人が卒業してから時々、佐祐理さんの弁当を思い出して無性に食べたくなる時があった。
いや、弁当そのものも美味しかったが三人で食べた事、それ自体が楽しかったのだ。

「今日はなんか用があるのか? 話でもしたいのか? 眠れない? それとも明日デートしたい?」

「はちみつくまさんはちみつくまさんぽんぽこたぬきさんぽんぽこたぬきさん」

相沢陣営の連続質問攻撃に対し、舞は連続質問回答で反撃してきた。なかなかやるな。

「えっと、で、言いたいことというのは……?」

用件を聞くことにした祐一。
久しぶりなのでもちろん積もる話もしたいとは思うが、先に肝心の部分を聞いておくことにする。

「明日の午後、引越しを手伝って欲しい。忙しくなければ。だけど」

いつも通りの無愛想な口ぶりだった。だが舞の口調は穏やかで、不自然さも感じられなかった。
特に深刻な事態に陥っているわけではなさそうだった。

ふうん。舞ん家は引越しするのか。
明日は特に誰かと約束してるわけでもないし、家庭教師もない。手伝わせてもらうことにしようか。
そう思い、頭の中のスケジュール帳をたたむ祐一。

「オッケー。明日の午後だな。それで舞、大学生活はどうだ? 佐祐理さんとは喧嘩してないか……」

それから数分、お互いに最近の日常生活について話したのだった。


――7月12日 土曜日 午後1時45分 道路――

蝉の声が少しずつ目立つようになって来た。こう五月蝿いと受験生は勉強邪魔されて大変だろうな。
それにしてもこんな北国でも夏があってホッとしたよ。前にいた所よりも期間は短いが。
そう思いながら祐一は舞の家に歩いて向かっていた。
水瀬家から舞の家まではやや遠いが歩いていける距離だったからだ。
途中で見た民家の窓の雪だるまの形の風鈴がどういうわけか祐一の心に残っていた。
いかにもピッタリだと思ったからだろうか。

途中、通学の時にも使う道を数分歩いた地点で祐一は立ち止まった。




(後ろに誰かいる)




後ろに気配を感じ、ゾクッとした。




(誰かにつけられている……)




その気配には心当たりがあった。




(おそらくこの気配は……)




突然マイケル・ジャクソンのようにムーンウォークで後ろに下がる祐一。
そして後ろをつけていた女の子の前に出た。

「あーゆー」

「うぐぅっ! 脅かさないでよ祐一君。」

その突然の行動に電柱の後ろに隠れていた女の子の驚いたことといったら
背中に氷でも入れられたような反応だった。

「なに言ってんだ。お前が脅かそうとしたんじゃないか。」

それは図星というものだった。「ゆういちくーん」とか言いながら殺人タックルを決めるつもりだった。
……もちろん殺人タックルは言いすぎだが。

「今日の祐一君、鋭いね。エスパーって奴?」

「なんでだよ……」

祐一はある考えがあって目であゆの服装をチェックしていた。
あゆは羽リュックの他には、袖に飾りのついた白に近いベージュのジャケットに黄色に近いベージュのキュロット、といった服装。
まあ、スカートじゃければ別にOKだろう、と判断した。

「まあいいや。ここであったのも何かの縁。ちょっと仕事を手伝ってもらうぞ。」

「なに? もしかして怪しいお薬の取引とか?」

「そうそう、今取引してるのは質はいいが最近取り締まりが厳しい、それでいてファンも多いから
かなりのカネになる南米産の中でも最も純度が高く、吸えば3秒、腕に打てば1秒で天国行きの
……ってちがーう!」

ノリ突っ込みをかます祐一。彼はボケと突っ込みを両方こなすタイプらしい。
ちなみに美坂チームでは祐一、そして意外にも香里がこの両刃タイプにあたる。

「引越しを手伝って欲しいんだよ」

「うぐ……でもボクそういうのはちょっと……苦手で。重いもの持てないから……」

「軽いものくらい持てるだろ。駄目だったらもう一人の女の子と二人で持てばいい」

「うぐぅ」

あゆを引きずっていく祐一であった。


――7月12日 土曜日 午後2時02分 舞の部屋――

そんなに広くない畳の部屋。電化製品の類のものは置いていない。
散らかってはいない。まあ、普段はどうなのか分からないが。
動物のぬいぐるみが沢山置いてあるが、女の子の部屋としては若干殺風景ではある。

「うーん、ここが女の子の部屋か。初めて入ったよ。」

思いっきり大ウソをこいている祐一。

「って全然準備出来てないな」

箱詰めなど、ある程度は終わっていると予想していた祐一だったが、
引越し前特有のシンプルさもなく、何一つ普段の部屋の状況と変わらない。
散らかってないのが救いではある。

「さすがにこれは今日中に終わらせられないかもしれないぞ。
部屋に物はそんなないとはいえ、この状態からじゃ……洋服だんすとかもあるし」

作業時間を計算し、明日に持越しかな、と見切りをつけた。

「家具や電化製品は佐祐理が余分に持ってた。もう新しい部屋に設置してある。
だから私のものだけ運べばいい。」

家具を佐祐理さんが用意した……
「私のものだけ」と言う舞……
ということは……

「もしかして、佐祐理さんと2人暮らしすることになるのか?」

「はちみつくまさん」

「あ、そう。いや、良かった」

YESの意味の返事を聞いて、祐一は一瞬驚きの顔を見せるが
すぐに喜びの顔に変わった。

「そうか……一緒に暮らすのか。」

「さすが大学生だね」

祐一が佐祐理と出会ったのは、舞と初めて出会った時からわずか半日。
この無愛想な女の子に友達がいたのに少し驚いたのだった。
その無愛想は相変わらずだけどこの調子だと舞も変わっていくかもしれないな。
としみじみ思う祐一であった。
ただ、自分がその二人の世界に入れないのがちょっとだけ悔しかったりする。

ともかく、そういう事情なら思ったより荷物は少なくてすみそうだ。
大変そうだったら北川でも助っ人に呼ぼうと考えてたんだがな。
ごちゃごちゃ物が置いてあるわけでもなし。
強敵の家具も運ばないでいいらしいし、男手は一人で十分な量だ。
そう考えた後、祐一はふと思ったことを言った。

「で、荷造りが終わったら業者に頼んで引越しするのか?」

舞は首を振った。
祐一は続けて、じゃあどうするつもりなのか、聞こうとした時舞は質問される前に答えた。

「佐祐理がトラックで運んでくれる」

「……え、もう一度言ってくれ……なんか耳が遠くなったみたいで」

「佐祐理って人がトラックで運んでくれるんだって」

意外なとこから答えが来た。つーかあゆだまれ。
あの佐祐理さんがトラック? なんかギャップがあるな。いつも笑顔で愛想がいいのが舞と対極で。
前に家に行ったときあまりの大きさに開いた口がふさがらなかった
実はお嬢様で、成績も学年トップだったらしく、料理も得意で、あの弁当は本当に美味いんだ。うん。
容姿も上の上で去年は華音高校総合人気投票で三位(運動部関係でない人物では唯一のトップ10入り)だったと北川が言っていたあの……

「祐一君、ぼーっと突っ立てないて始めようよ。
祐一君がボクを連れてきたんだからね。自分がサボっちゃ駄目だからね」

「そ、そうだな」

「ダンボールは?」

「そこに」

祐一はダンボールのうち大きいサイズのもの2つを組み立てた。
そして持ってきたマジックでそれぞれに「いるもの」「いらないもの」と大きく書いた。

「これで良ーし」

何かのバラエティを思い出す人がいるかもしれないが、ここまでは特に間違ったことはしていない。

「まずはいるものといらないものに分けて、いるものの方は適時別の箱に詰めていくことにしようか」

そう言った後祐一はタンスに手をかけて、引き出しを開けようとした。
すると身体が急に後ろに傾いた。
舞が祐一の首の後ろを引っ張ったのだ。

「な、なにするんだよ」

「そこは下着が入ってる」

確かに引越しを手伝っているとはいえ、タンスを開けていいかどうかくらい聞くべきだった。
ちょっと反省した祐一。

(舞はけっこうバストおおきいからな。嫌でも高い下着買わなきゃいけないだろうな。
でも案外サラシとか巻いてたりするかもしれないからな
もうちょっと早く開けてればよかったかな。)

ホンのちょっとは反省している祐一。

「まあそうだな。タンスを勝手に開けるのは勇者になってからだし。RPGの。
じゃあ衣類関係は舞が全部やるって事で。
部屋のこっち側にある分は全部触っていいものだよな」

「いい」

「とりあえず、ここにあるぬいぐるみ軍団は全部まとめていらないものでいいな。誰も異議なしと。」

祐一は舞のチョップを食らった。

「……全部いるもの」

「全部って。半分くらいでいいんじゃないか? 新生活が始まるわけだし」

「……全部」

「キツネやウサギのはともかく、このナメクジとかミミズのぬいぐるみも?」

「……全部」

彼女は主張を曲げなかった。



     □



「なんか、むちゃくちゃ難しい本があるんだけど。しかもドイツ語で書かれてるし」

「ボクは何語で書かれてるのかもわからなかったよ……」

「大学で使う」

「どんな授業で使うの?」

「獣医学部の専門科目……」

「てことは医学書なのか? これ? まあいいや、本は小さい箱に詰めるのがセオリーだ」

「へぇ、舞さんは獣医学部なんだ。ってことは獣医さんになりたいの?」

「はちみつくまさん」

「うぐぅ……難しい専門用語だぁ……」



     □     □



「あ、お化粧道具があるよ」

「佐祐理がくれた。女の子は少しくらい化粧使った方がいいって」

「あまり減ってないぞ」

「自分でやるのは苦手だから。佐祐理にやってもらった方が上手くいく」

さゆりが舞に化粧している場面を想像する。うむ。なかなか絵になる光景だ。
とかしてるうちにふとした弾みで佐祐理さんは舞を押し倒してしまい、その後……

「ねえ祐一君、何を考えてるの?」

「え、あ、いやぁ何も……」



     □     □     □



「この分だと佐祐理さんが到着する時間までには終わりそうだね」

分別と箱詰めの作業が順調に進んでいる中、あゆは元気な声でこの場にいる残り二人に話しかけた。
二人はうなずいた。祐一が言った。

「あのさ、今半分くらい終わったわけだけど俺、いらないものの箱今まで一度も使ってないと思うんだが」

「そういえばそうだよね」

「全部いるものだった。それだけの話」

「でもさ、なんか納得いかないんだよな。せっかく作った箱が出番ないってのは」

祐一の視線があゆの方向に向いた。
自分に比べても舞に比べても大分小さいあゆの身体、それを見てふとあることが思い浮かんだ。

「面白いことが思い浮かんだぞ」

「面白いこと? なになに?」

「あゆ、ちょっとそこに体育座りしてみてくれ」

「こう、かな?」

「そのまま頭を下げて」

「これでいいのかな?」

「もっと」

頭を下げた後、横目でちらっと祐一の方を見ると彼はかなり意地悪な目をしていた。碌なことを考えてない目だった。
やらなきゃ良かったかな、と考えているあゆは、その後悔の念を更に深めることになる。
突然目の前が真っ暗になった。それまではあゆの目の前の景色は足と畳だったのだが。

どういうことかというと、祐一が空だった『いらないもの』の箱をかぶせたのだ。
計算通り、と笑みを浮かべて言えるほど見事にすっぽりはまった。

「何? どうなったの?」

ジタバタするが、祐一がダンボールの上に腰掛けたので全く出られなくなってしまっていた。

「うぐぅ。出してよ祐一くーん。ボク暗いの恐いんだよ。
ひどいよひどいよ! ボクがどうしてこんな目にぃー。 暗いよー狭いよー恐いよー。
祐一くんの馬鹿馬鹿馬鹿ー! このまま死んだら化けて出てやるー!」

「あわてないあわてない。ひとやすみひとやすみ」

ダンボールの上でしばしくつろぐ祐一であった。



     □     □     □     □



「ひどいよ祐一君!」

あゆは目の端に涙を浮かべてながら言った。
ちょっとやりすぎたと思う祐一だった。

「確かに祐一はひどい」

「いや、本当に悪かったなあゆ。あやまるよ。もうちょっと早く止めるべきだったんだ。」

舞にまで責められ、祐一はあゆに謝ることにした。
だが舞は意外な言葉を続けた。

「……『いらないもの』の箱に入れるなんて。ちゃんと、『いるもの』の箱に入れないと失礼」

「舞さんそうじゃないよ!」

つづく


あとがき&次回予告

あゆ「今日はボク、月宮あゆと……」
名雪「水瀬名雪がこのコーナーを担当します。よろしくね」
あゆ「それにしても京アニ板のカノン終わりましたねー
 ボクは原作の5つのストーリーをうまい具合に繋げるのに成功してると思ったけど、名雪さんはどうかな?」
名雪「私も良かったと思うよ。でも一つだけ不満があるとしたら……」
あゆ「したら?」
名雪「エンディングがひたすら走るってシーンなら、私がやりたかったな……」
あゆ「はは。そこなんだ。
 それでは次回予告、第十三話『FOXパラドクス』です。」
名雪「え、後編やらないの?」
あゆ「わわっ、台本のページ飛ばしてた。本当はこっちだ。
 次回は第十話『夏の引越し(後編)』です。祐一君が「魔物」について舞さんに尋ねるよ。
 そしてあの人が初登場。ぶっちゃけると佐祐理さん。」
名雪「お楽しみにー。そういえばあゆちゃん、第六話で管理人さんがこんなことを言ってたよ。
 >あゆちゃん、高校生になっていましたか。  ……義務教育は?(汗)
あゆ「え? ううん。この時のボクはKANON本編と基本的には同じ状態なんだけど、
 確かに地の文にはっきり高校生って書いたのはまずかったよね……」
佐藤「いや、紛らわしい表現してしまってすみません。
 作者的には本編のあゆ状態でも高校生と呼んで差し支えないと思ってたんで。確かにまずいですね
 感想のほかにこういうウソ、大げさ、紛らわしい表現とかあったら(ないはずないと自分でも思うけど)メールください」
名雪「くー」
あゆ「あーあ。知らない人が話してる間に名雪さん寝ちゃった。」

注)作者はまだ京アニkanon21話までしか見てなかったりする(汗)


Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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