「なあ名雪、空を見てみろよ」
「青いねー。今夜は晴れそうだよー」
「そう、そして明日は晴れるかどうか分からない。もしかしたら大雨だったり、雷だったりするかもしれない……」
「う、うん……」
「だからといって明日が来るのことから逃げてもいいのか?否。それは違う。
雨はいつか止み、太陽は出て、虹が出現する。晴れ続きでは見られない七色のリングだ。
明日に一歩踏み出すことに抵抗してはいけない。未来は僕らの手で紡いでいくのだから。
人間はよく、やらないで後悔するよりやって後悔した方がいいと言うが、全くもってその通りだ。
さあ名雪、『前に一歩踏み出す力』を持つんだ!」
自分で言っててなんだこの青臭いかつ支離滅裂なセリフはと思う。
これで循環から抜け出せたら苦労はないよ……
名雪の奴もしらけてるように見えるし。
「……名雪、もしかして今日の俺、ちょっと変だと思うか?」
「うん、変な所がいつもどおりだよ。祐一らしいし」
本当にいつも通り、と言う感じの笑顔だった。
「そうそう祐一、明日から逃げてもいいのかって話してたけど、明日が来ることからは誰にも逃げられないんだよ」
なんかちょっとムカついた。
六時間目終了のチャイムが鳴った。
「祐一、放課後だよ」
循環のマスターだ。こいつが繰り返される同じ一日を少しずつずらしているらしい。
今の所その実感はなく、同じ一日が繰り返しているだけのように見えるが
あまりに近くにいるために、こいつがたとえ一日を少し変化させたとしても、
俺が変化させた一日と区別がつかなかった。ということかもしれない。
それで今まで気付かなかったのだな。
「祐一、何か考え事?」
俺が何も言わなかったのを心配してか、名雪は俺に聞いてきた。
「ふ、毎日毎日、同じ事の繰り返し。何の刺激もない……
そんなこの世は意味がないんじゃないかと思ってさ」
この場合の俺の言葉は言葉通りの意味だ。中学生にありがちな考えだとか言わないでくれよ。
「うーん。私にはよくわからないかな」
ちょっとはわかってくれ。
「それじゃあ私部活があるから」
昇降口を出た所でそう名雪がそう言って分かれる。
「真面目だな。もう大会終わったんだからサボればいいのに」
「うーん。あと2週間くらいは部長さんだから。それまでは私がいないと部がまとまらないんだよ。
もうすぐ引継ぎ式があるんだけど」
一学期が終わるまでか。
枕草子の夏は夜、の続きが思い出せないが、
たしか夏は夜がすばらしい、というような訳だったと思う。
熱帯夜でもなく空気は涼しい。虫の音もいい感じだ。
昼にはあの冬の寒さが嘘のように暑い、と思っていたのに、
今は昼の暑さが嘘のように涼しい、と思っている。
まあ、あの随筆は間違ってはいないということがわかるな。
『一回目の今日』で俺が事故にあった場所についた。
なぜ俺はここに来たのだろう。足が自然に向かったのだ。
もうすぐ真夜中の12時になる。
「『前に一歩踏み出す力』か……」
そのフレーズは朝の一回以外口にはしていない。
射場の奴もこの言葉には拘るなと言っていたしな。
いまいち手ごたえのないまま、一日が終わろうとしている。
そもそも名雪はそんなに後ろ向きな思考をしてるわけではない。前向き、とも言えないが。
「そういえば……」
名雪の、俺が事故にあった現実を否定する心が時間を循環させる鉱石の力を引き出し、循環が始まった。
そう考えると、俺の事故が循環の原因の大部分を占める。
とするとやっぱり『前に一歩踏み出す力』とやらよりも
名雪に俺が生きていると安心させる、ということが大事なのではないか。
「祐一……」
「な、名雪?」
考え事をしてる最中に話しかけられたのでびっくりした。
話しかけてきたのは名雪だった。
「あの時、草加がしようとした事をやる……」
「……」
射場荘司、琴原みゆの二人は夜の道を歩いていた。現在祐一と名雪がいる場所に向かっている。
だがその前に何かがいるのを見つけた。焦点がそれに合わされる。
「……だめ」
女の子だ。6,7歳くらいの。ウサギの耳飾りがよく似合っている。
どうしてこんな時間のこの場所にこんな小さい子がいるのだろうか。
「あなたたちは行かせない」
その背丈に不釣合いの大きさの木の棒を持って通せんぼする。
「ふむ。お譲ちゃん、名前は?」
「まい」
「まいちゃんか。困ったな、通してもらわないと……」
「あの子は一人で解決できる。いや、一人じゃないかもしれないけど
あなたたちの手はいらない。むしろ邪魔。」
この女の子は事情を少なくとも一部知っている。普通の女の子じゃない。
もしかしたら、無理やり通るという選択肢が奪われているのかもしれない。
荘司はそう思い、女の子に会話を試みた。
「ふむ。しかしだ、」
「話すことはない。帰って」
「まいちゃん、いきなりそれは……」
荘司が言い返そうとした時、みゆが口を開いた。
「帰りましょう」
「みゆ……」
若干の間。二人と女の子の間に涼しい風が吹く。
「……そうだな。帰ろう」
二人は、来た方向に歩いていった。
「よくわからないけど、なんだか胸騒ぎがして……
私夜中に目が覚める事なんてほとんどないのに。ベランダに出てみたら祐一が外に出て行くのが見えたから……
それで私、あわてて追いかけて……」
名雪がここで俺に話しかけた事は今までの周回にはなかった。何か感づいたのか?
どちらにしろ俺がここで名雪に対してとる行動はかなり重要なのではないか、と思う。
「祐一、やっぱり何か悩みか何かあるんでしょ。朝は変な所がいつもどおりだって言ったけど、
今日の祐一はやっぱりいつもとはちがってて……気付かなくてごめ……
祐一、危ない!」
トラックを間一髪で避ける。 いや、間一髪と言う表現は正しくないか……
俺のいる位置を一瞬だけ忘れていた。ここにトラックが突っ込んで来るんだった。
だがトラックが突っ込んでくる事は分かっていたので避けるのは簡単だ。
わざとギリギリで避けるようにする余裕まであった。
「居眠り運転なのか?」
「びっくりした。祐一、轢かれたのかと思ったよ。」
心の底からほっとしたような名雪。驚かさないでと怒ってもよさそうだが
素直に笑っていた。本当に驚いたらしく、目に涙を浮かべて。
その雨のち晴の顔を見て俺はちょっと昔のことを思い出した。
「なあ、半年前の約束覚えてるか?
俺は名雪とずっと一緒にいるって。目覚まし時計に吹き込んだ約束」
「覚えてるよー。祐一は忘れてると思ってたけど」
白い雪に覆われる冬も、街中に桜の舞う春も
静かな夏も、目の覚めるような紅葉に囲まれた秋も
あれからまだ秋は訪れてないし、夏も始まったばかりだ。
「だから、こんな所で事故にあって死んだりするもんか。
死んだら約束を遅れて守ることすらできないからな」
「うんっ」
「そうだ名雪、今からデートしよう」
「え、今から?」
「半年前と7年前の、思い出のベンチまで歩いて行くんだよ。
到着するのは0時10分くらいになるかな。」
「うんっ。そうするよ。祐一と夜のお散歩なんて初めてだよー」
「しかし名雪がこんな時間に起きてるなんて奇跡だよな。途中で歩きながら寝るなよ」
「ひどいよー」
「さあ。レッツゴー」
俺は名雪の手を引いて歩き出した。
その時、目の前に筋のような光が見えた。流れ星だ。
「見たか名雪?でかい流れ星だったぞ」
「……」
「ど……どうして泣いてるんだ」
「なんでもないよ。早く行こっ」
逆に名雪に手を引っ張られ、俺は歩き出す。
俺はふと時計を見た。
7月8日午前0時1分。
終わった。
あの涙は、記憶のない分の名雪の感情が吹き出したものなのかもしれない。
「流れ星が流れた時、願い事言えばよかったな。」
「もう叶えたのかもな、あの流れ星は七夕の願いを……」
時間を考えると、あの流れ星は日が変わる瞬間に流れたのだろう。
俺がトラックにはねられ、泣いていた名雪の前を横切っていったのかもしれない。
『祐一といつまでも居られますように』か……
――7月8日 火曜日 午前0時20分 華音駅前――
この日、駅前は人通りが少なく、ベンチの前でキスしている二人を見ているものは誰もいなかった。
ただ、ウサギ耳の女の子が一人、見てはいなかったがその二人を意識していた。
つづく
あとがき&次回予告
北川「前回のこのコーナー、あの二人に任せて大丈夫だったのかな?」
祐一「……うわ、全然大丈夫じゃないよこれ。」
北川「これも全て、2、3日で続きを書くとかホラを吹いた作者のせいということにしとくか。」
祐一「意義なーし」
北川「さてさて次回予告だ。次回予告
さて次回は第八話『三万分の一』です。射場荘司がなぜか水瀬家を訪問。
何の用だ一体!またお前の出番か!俺の男キャラナンバー2の座は一体どうなる……
祐一「お前が男キャラナンバー2?このコーナー以外で何か活躍した?」
北川「痛いとこつくな……」
祐一「とにかく感想、苦情、ツッコミ、質問、なんかあったらお手紙ちょーだい!」
二人「また次回!」
Shadow
Moonより
まいちゃんの力はオブジェをも上回っていましたか。 けれど出しゃばらず、信じて待つところがおくゆかしい(w
もし射場君が無理矢理行こうとしていたら、彼は真の恐怖というものを体感できた事でしょう(爆)。
さてさて、ようやく『循環』から抜け出せた祐一君達。
今回の一件で、二人の関係はさらに進んだのかも。 しかし、その原因を知っているのは片方だけなのですが(苦笑)。
いつもの日常に戻った祐一君達がこれからどんな騒動を繰り広げるのか期待大ですね。
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