――7月7日 月曜日 午後5時30分 商店街――
「あら、あゆちゃん」
商店街にあるひとつの時計屋、その入り口近くに置いてある七夕飾りを見ていた女の子に向かって
水瀬秋子はその子の名前を呼んだ。
中学生くらい、というのが何も知らない人が見た場合の平均的な見解だろうが、彼女は17歳の高校生だ。
「あゆちゃん?」
返事がなかったので不思議に思い、もう一度呼んでみた。
「わ、秋子さんっ」
動じない秋子でなければ、逆に驚かされただろう大きな声で驚く女の子。
「うちに来ませんか、もっと大きな笹がありますよ」
「祐一君、スイカおいしいね」
「なんでお前がここにいるんだよ」
「うぐぅ。ずっと前からいたのに。秋子さんとばったり会ったんだよ」
「わりぃ。全っ然気付かなかった」
「嘘だー。絶対嘘だー」
月宮あゆにとっては当然、この会話は初めてである。
もちろん、全く同じではなくパターンが同じ会話は数ヶ月前に何度かあったかもしれないが……
だが、祐一にとっては事情が違う。『循環』が行われているのだ。
原因はおそらく拾った六角柱の鉱石。もっとも今は祐一の手にない。今、それを探している。
「本当だぞ。ところで名雪、お前に聞きたいことがあるんだけど」
「え、いいよ」
「聞きたい事というのは……えーっと、何だっけ?解るか?」
「わたしにわかるわけないよー」
それはそうである。
「あゆ、お前ならわかるはずだ。信じてるぞ。
どうか信じさーせてー」
「うぐぅ。そんなの解るわけないよ」
「あ、思い出した、夜祭とかやってないのか?」
(あいつ、もうマイクのスイッチ入れてる)
射場荘司は数時間前に祐一に渡した小型マイクのスイッチが入れられていることに気付いた。
何を考えてるんだ?
まあ、別に隠すほどのプライベートではないということか。
(ふむ。現在、祐一は水瀬名雪と恋愛関係にある、付き合ってるわけか。なるほどな。
だが祭りのある一ヵ月後はどうなるか判らんぞ。
どちらかというと月宮あゆの方に心が偏っているように感じられなくもない
水瀬名雪の方は基本的に保守的思考だが相沢祐一の方はそれじゃ退屈なのだろう
……だがうかつに心変わりすると双方はどういう行動をとるかな?
女は恐いからな。特に恋愛ごとに嫉妬が絡む場合に関しては。
蹴られたり、刺されたり、絞められたりされない事を願う……)
「なあ名雪。名雪は短冊にどんな願いを書いたんだ?」
「え、えーっとそれは……」
「なんだ?」
「『祐一といつまでも居られますように』って書いたんだよ」
(どうかな。これは本心からかな。
本心からでないとしても妙ではない。女は役者だからな。
古来より愚人から賢人まで、女の演技には騙され続けてきたものだが。)
後ろ向きな思考を振りまきながら射場荘司は会話を聞いていた。
その後ろ向きな思考はどこから出るのだろうか。女性関係のトラウマか?
単なる嫉妬心からなら問題は単純なのだが。
「一回目に何が起こったか」を知るために「一回目と同じ行動をとってみる」のが今の目的だが、
全く同じ行動をとれるとは限らない。
その場合、その場に居た他の人間の対応も少し変わってくるのは当然だ。
「『祐一といつまでも居られますように』って書いたんだよ」
名雪が短冊に書いた願いは、祐一はこのとき初めて知った。
当然繰り返し前の『一回目の今日』ではこんな台詞はなかった。
確か願い事は秘密だと言って濁したはずだ。
だから祐一は二重の意味で驚いた。名雪がそんなことを書いていたとは。
一日の流れがずれてしまったのはおそらく、俺がどこかでずれた『一回目の今日の再現』をしてしまったからだろう。
祐一はそう考えた。
(ま、もともと完璧な再現ができるとは思っていなかったし。)
その後、3人での会話は半分予定調和的に進んでいった。時々秋子さんが加わって4人になったが。
もちろん、ほとんどの者にとってそれなりに楽しい時間だったのだろう。
ただ一人祐一だけが憂鬱さを心に秘めながら、普通に時間は過ぎて言った。
『循環』のことなど話題に上るはずもない。この中で相沢祐一にしか繰り返しの記憶はないのだから。
「そろそろかな」
真夜中、ベッドの中にいた祐一はそう呟きながら体を起こす。
そして家を出る。
循環の始まりの地点、例の場所に向かって歩く。
例の場所に到着する。道路の向こう側へと渡る。
偽者の鉱石を見つける。もっとも「一回目の今日」ではこの場所には本物があったと思われるが。
繰り返しの前、「一回目の今日」、祐一はこの鉱石を拾った所から記憶が途切れている。
記憶が途切れたと思われる時間だ。ただし循環の境界点である午前零時までには少し時間がある。
このズレの時間で何が起こったか。誰がオブジェを奪い取ったかを知るために再現しているのだ。
あらかじめ少し離れた所で荘司とみゆの二人が様子を見ている。
二人は祐一がこの場所に来る少し前から居た。やはり直接事情を知りたいのだろう。
「誰も現れなかったか。」
数分間、鉱石を見続けた後、これからどうしようか考えながら道路に進み出た。
「祐一!危ない!!」
少女のけたたましい声だ。
この場にいたのは相沢祐一、それと少し離れた所で様子を見ている射場荘司と琴原みゆ。
この二人はほぼ同じ位置にいる。
その三人のどの人物とも違う位置から出されたどの人物とも違う声。
その時、カーブを曲がり終えた大型トラックが祐一に突っ込んだ。
ドガッ
「……お兄ちゃん?」
「……見るんじゃない……」
思わず駆け出し、近くに寄ってしまった荘司とみゆ。
荘司は、みゆを抱き寄せ、自分の体で視界を遮った。
それもそのはず。あまりに凄惨な光景だった。
一目で即死とわかる血だらけの生気のない祐一だった。
だが、別方向から少女が祐一にかけよっていった。
どうやらその少女は荘司にもみゆにも気付いていないようだ。
もちろん、祐一とぶつかった後変な軌道を描き電柱にぶつかったトラックの事も気にしていない。
「しっかりしてよ祐一」
声がひどく震えていた。顔は涙で濡れ、身体に触れた少女の手が赤く染まっている。
「どうしてこうなるの?」
そう言いながら水瀬名雪はレプリカのオブジェを手に取った。
「こんなもの拾おうとするから……あれ?
どうして同じものが私のポケットに?……ってそんなことどうでもいいよ。
祐一、お願いだから目を開けて!お願い!」
本物のオブジェだ。ということはこの循環のマスターはあの少女……
姿は見たことないが、声は聞いたことがある。たしか「なゆき」と呼ばれていた。
そう荘司が考えた瞬間、時刻は午前零時を回った。
朝。もちろん七月七日。
俺は電話で射場と話している。
射場のやつは言った。
「水瀬名雪は偶然お前が外に出るのに気付いて、後を付けていったのだろう。
そしてオブジェを拾ったお前がトラックに跳ねられた。
それを見て、お前の身体に駆け寄り、そこでレプリカのオブジェを手に取った。
「『一回目の今日』でも同じことが起き、本物のオブジェを手に取り、循環が始まったのだろう」
……だが俺には、『一回目の今日』でトラックにはねられた記憶などない。
循環を起こしたのは名雪だ。ということは名雪は俺の恐怖と痛みの記憶を消してくれたということか?
今回は朝起きた後すぐ、射場が電話で思い出させたから消しきれなかった……
まあこれはどうでもいいことだろう。それよりも……
「『循環』が起きなければ俺は死んでたってことになるな」
本当にぞっとする話だ。
半分実感がわかないが、完全に実感が沸かなくて幸いといえるだろう。この場合。
だが、たとえこの循環が俺を救う結果になっていたとしても
それでも俺はここから脱出しなければいけない。
「俺はどうすればいい?」
「前に言っただろ。循環のマスターにしか循環を終わらせることはできないって。
ただ記憶のないマスターに接触して間接的に循環を終わらせることは可能だ。と思う」
「具体的には……」
言いかけて気付いた。たしかこいつもこの循環の現象のことをほとんど知らなかったはずだ。
抽象的なヒントならニ周回前に聞いた。
マスターが『前に一歩踏み出す力』を持ちさえすればいい、だったか。
このヒント、この場合にも当てはまるのか?
「……祐一君、あとは任せる」
それで電話は切られたのだった。
電話の受話器を置いた俺に、秋子さんが話しかけてきた。
「祐一さん、その電話、もしかして夕べのことに関係しているんですか?」
夕べのこと? 秋子さん、もしかして秋子さんにも繰り返しの記憶が……
「やっぱり北川さんとの賭けのことですか。 だめですよ。賭け事はほどほどにしないと」
そっちかよ……
つづく
あとがき&次回予告
舞「……」
みゆ「……」
舞「……」
みゆ「……」
舞「次回、第七話『流れ星の行方』。とりあえず循環編は一区切り。
果たしてどういう七夕の最後を迎えるのか」
みゆ「……」
舞「……」
みゆ「お便りお待ちしています。内容は何でもいいです。一、二行でも。」
二人「それではまた次回。」
Shadow
Moonより
あゆちゃん、高校生になっていましたか。 ……義務教育は?(汗)
度々思うのですが小学校に通い直すまではいかずとも、それなりの施設や通信教育等で義務教育過程は収めなければと思う閑話休題。
さてさて、なんと祐一君が場合によってはお亡くなりになっていたとは……
『循環』のおかげで助かりはしたものの、射場君達に出会わなければ閉じた時間の中で発狂していたかもしれないのですから、にんともかんとも。
次回は循環の輪をどうやって断ち切るか、各々がどんな行動をするのかとても楽しみです。
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