ETERNAL PRISM
writeen by 佐藤こみのち

百花屋のマスターは店内のあるテーブルを見て疑問に思っていた。
観葉植物の向こうの4人がけのテーブルに座っている三人。
男のうち一人は常連カップルの片割れで、もう一人の男と女の子は常連ではないが確か昨日ここに来ていた。客が少なかったから覚えている。
知り合いにしては妙だ。もしそうだったら昨日同時にこの店に居た訳だから、ここで声を掛け合うのが普通だが。
お互い気付かなかったのだろうか。
今日知り合ったとも考えられるが……

マスターの目に男のうち一人が立ち上がったのが見えた。
何事かと思ったらどうやらトイレに行くだけの様だ。


ETERNAL PRISM

第五話 知らざる者


どういう訳かいけ好かない、それを差し引いて考えても、
少なくとも俺が転校してきた時、北川が俺に感じた以上には変な奴だろう。妙に話が理屈っぽいのが気になる、
というのが祐一の射場荘司に対する印象だった。
まあ、今のところ世間話だの何だのはしてないからそう感じているだけかもしれないが。

まさかプリンを食べ過ぎたせいでもないだろうが、射場の奴がトイレに行き、この場はみゆと二人か。
黙っているわけにも行かない、そう思い祐一は話しかけることにする。

「……いや、すまんな。こんなことに巻き込んで。」

謝る必要がどの程度あるのか今の所はわからないが、ともかく何か喋っておかなきゃ気まずいと思ったこともある。
その台詞を言い、飲みなれた味のコーヒーをすする。

「相沢さんのせいではありません。
……それに、お兄ちゃんにはいい休養になってます。」

口数が少ない女の子だと思っていたが、普通に喋ることもあるようだ。

「私のせいで……お兄ちゃんは毎晩疲れているから……」

とんでもない内容だった。祐一はもう少しでむせそうになった。ついでに舌もちょっとやけどした。
コーヒーのこうげき。祐一の舌は5のダメージ。

「あの、それはどういう意味でなんなんだ?」

目の前の女の子は12か13の女の子だぞ? 中学一年生と言ってたし。まさかダブってることもないだろうよ。

「言わなきゃいけないですか?」

そう言うと、今までまったくの無表情だった目の前の女の子はほんの少しだが顔を赤くした。初めて見る顔だ。

「私とお兄ちゃんは今、一緒に暮らしてるんです……」

「……待たせたな」

みゆが言葉を切ったところで、お兄ちゃんこと射場荘司が席に戻ってきた。
それとも荘司の気配を感じて話を中断したのだろうか。
それはともかく、祐一は射場に思いっきり冷たい目を向けた。
そして次の言葉を聞いて射場は焦った。

「射場、どうやらお前は本格的に信用できない人間のようだな……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺が何かしたのか?」

祐一の正義の拳は、エネルギー充填率120パーセントでオーラを放っていたという……


射場荘司と琴原みゆが一緒に暮らしているというのは本当の話である。
みゆの母親の傲慢で勝手な悪意によって、みゆは荘司のもとに預けられることになった(と少なくとも荘司は思っている)。
その辺はどうでもいいとして、大学生と中学生が一緒に暮らすわけだから、荘司がみゆを養う形になり、金銭面ではかなり苦労していた。
荘司の親からの仕送りは僅かながら存在するが、みゆの親からの仕送りはない。平均的な大学生よりは気楽ではないようだ。
バイトはいくつも掛け持ちしていて、最近は時給のいい深夜のバイトに手を出していた。
これがはっきり言って失敗だった。眠る時間を削ると言うことがどんなにつらいと言うことか……はっきり言って甘く見ていた。
まあそういうのが平気な体質の奴もいるが。

みゆがさっき言った台詞はこのことを指していたのだった。
ともかく、誤解を解くのに貴重な時間を数分失った三人であったとさ。


祐一が今回の循環で覚えていること、覚えていないことについてなど、会話は進み、
射場が前回の循環のことについて話す場面にまで来た。

「ほぼ一年前だったか。その時起こった循環のことを話そう。
夏の暑い日、快適な環境で受験勉強をしようととあるペンションで過ごした最初の一日のことだった。
俺は例のオブジェを拾い、そして繰り返す日々が始まった。
俺を含め6人がペンションにいたが、その循環を知覚していたのはみゆ一人だけだった」

「みゆ一人だけって……お前が入ってないだろ」

「そう、俺は循環を知覚していなかった。毎回記憶はリセットされていた」

この日が循環していた、というのは荘司がみゆから後から聞いた話だった。
聞いた当時は半信半疑だったが、今回の循環を体験して一年前のそれが本当だったと確信したと言うところだ。

「俺の考えはこうだ、
今回の循環でも、オブジェを手にしながら循環に気付いていない人間、祐一君が拾ったオブジェを奪ったかどうにかして手に入れた人物がいる。
その人間が循環の中心であり、循環を起こした張本人だ。『マスター』とでも呼ぼうか。」

「ああ、一年前の循環ではお前がマスターだった事になるのか」

「まあ、そうなるな」

……俺が拾った後にあの鉱石を手に入れた奴がいる?
あの時俺は例の鉱石を拾って、しばらく見とれていて、気が付いたら朝だったわけで……記憶が曖昧と言えば曖昧ではある。
大体、ほとんどの人間は「前回の今日の記憶」が全く残っていない。
俺の記憶も完全に残っておらず、一部忘れている時間がある、と考えてもおかしくないのかもしれない。
拾ってから数分、その間の記憶が残っていないと考えれば誰か他にオブジェをもっている人がいても不思議ではない。
祐一はそこまで考え、話の続きを促した。
射場は声を小さくしながらも話を続ける。

「……そいつを探し出す。そして何らかの形で接触をする。それが循環脱出への近道だ。」

あちらのお客様から難しい注文が入りました。
循環に気付いていない人間をどうやって探せと言うのか。片っ端から持ち物検査でもするのか?
その上肝心なとこが曖昧だし。所詮こいつも普通の人間なんだな。
そう思ったが、続きに有意義な話が来るかもと思い、黙っていた。

オブジェには不思議な力があって、それはただ循環を引き起こすだけではない。
前の周回、シークエンスで起こった出来事や成果を一部、今の周回に引き継ぐことができるのだ。
例えば勉強したあと、その勉強したという状態がオブジェに『記録』される。あたかもフロッピーディスクに文書を保存するように。
そして次の周回で勉強した時、オブジェの記録が『解放』され、ある程度頭に入った状態で勉強を進めることができる。
この『記録』と『解放』によってマスターは少しずつ一日を変えていく。但しそれらの作業は無意識に行われる。
本人にとって都合のいい状態が記録されるとは限らないわけだ。見たい夢が見られるとは限らないように……
マスターは自分の身に起こった出来事を次以降の周回に持ち越す事ができる。
ということは、一日が変化するのはマスターが見聞きした状態に限るわけである。

「何が言いたいか判った。マスターの周りで一日の変化が少しずつ起こるから、
それを手がかりにすればマスターを見つける事ができると……」

「そうだ。もちろん俺ら、記憶の存続するものにも一日は変えることはできる。だが一日経てば完全に元に戻ってしまう。
だが『マスター』は一日を根本的に変えることができる。
それどころか周回を重ねれば循環から脱出することも可能だ。
マスターが『前に一歩踏み出す力』を持ちさえすればいい」

マスターが『前に一歩踏み出す力』を持てば循環を脱出できる、という情報はある一人の人物から聞いた話だ。
射場は完全には信じていない。
その人物は今回の循環を知覚してないので射場は直接接触を取ろうとは思わなかったのだ。

「ほっておいてもマスターが循環から抜け出させてくれるってことか?」

「……いつになるか判らないだろう。マスターは繰り返しの度に記憶を消されるんだ。」

百花屋のマスターが「俺のことを話しているのか?」と聞き耳を立てた。ストーリーの邪魔である。

「まあな。あ、でもマスターが俺と接触のない人間だったら俺には判らないだろ」

「ふむ。そうだな。だが逆に……」

射場は言葉を切った。言おうとしたことは祐一に余計な先入観を持たせる発言だと気付いたからである。

「何だよ」

「……いや、なんでもない。」


みゆが射場の耳元で何か話している。俺だけ蚊帳の外かよ。

「ふむ。そうすることにしよう。
祐一君、明日の周回では『一回目の今日』と全く同じ行動をとってみるといい」

「無理だろ。」

「できる限りでいい。但し、夜抜け出してオブジェを手に入れるまでだ。
『一回目の今日』で祐一からオブジェを取っていった人間が現れるかもしれない。
それを俺達が傍から見ている。元々オブジェのあった位置には俺の首飾りを置いておく」

オブジェを手にしながら循環を知らざる者、マスターが祐一の周りに居るとするとする。
そのマスターも多くの人間と同様、前回以前の今日の記憶がない。
次回、祐一が『一回目の今日』と全く同じ行動をとる。オブジェを手にするところまで。
そうすればマスターも『一回目の今日』と同じ行動をとり、オブジェを手にするだろう。
そうしてマスターを見つけ出す、という作戦だった。

「穴が多いんじゃないか? この作戦。例えばマスターが既に一日を変えていたら、とか……」

「失敗しても現状より悪化する可能性はほとんどない」

「それもそうか」

祐一は目の前のコーヒーを飲み終わった。
そしてゆっくりと立ち上がった。

「悪いな射場、俺はもう帰ることにする」

「そうか。金はひとまず俺が払っておく。その分は循環を脱出してから俺に払ってくれればいい」

「上手い事言うなぁ、この詐欺師が」

「ふ、バレたか」

やれやれ。次回から好きに行動しようと思ってたんだけどな。何だろうなこのタイミングは……
そう思いながら祐一は百貨屋のドアを開けた。
カランカランという音の後に振り返って言った。

「……射場、深夜のバイトはできるだけ控えたほうがいいぞ」

「ご心配なく。つい最近いい時給のバイト見つけたんでね。深夜のバイトはもう必要ない……」


『おはようございます。目覚まし朝テレビです。今日は7月8日火曜日。全国的に晴れ晴れ。皆さんいかがお過ごしでしょうか』

おいおいちょっと待て。このタイミングで明日が来るのかよ。おい。練った作戦は一体なんだったんだこの野郎。
納得いかねーぞ。ずれた間の悪さもこれも俺のタイミングだって言うのかよ。

……ということになったらむちゃくちゃ拍子抜けだな。
祐一は寝る前に下らないことを考えていた。


――7月7日 月曜日 午後0時35分 華音高校 学食――

「期末テストと模試がまさか立て続けにあるとはな。
でもこれで今月はゆっくりできるよな、もうテストもないし。」

「その代わり八月は模試が三つあるわよ。覚悟しておく事ね」

「あ、北川君が石化した……」

学食のテーブルに座ってる4人の男女。そのうち一人、くせ毛の男の動きが固まったところで
もう一人の男が話題を変えた。

「そういえば斉藤の奴、最近勉強頑張ってるよな」

「斉藤君の家は親が厳しいらしいからね。成績が下がると恐いらしいわよ」

「その点俺はいくら下がっても親にはバレない。いいねこの境遇」

「お母さんが祐一の親にばらしてるかもしれないよー」

「確かに……」

「ていうか、今は親が厳しいとか関係なしに頑張る時期でしょうが。
相沢君も進学希望だったはずでしょ。さっき名雪が言ってたんだけど」

「痛いところを……」

しかも祐一にとっては何度も言われている。


五回目の放課後、祐一は一回目の今日と同じように本屋に向かった。
そこで一回目の今日と同じようにみゆと遇ったのだが、そこになぜか荘司もいた。

「どうしてここにいるんだ?」

「渡したいものがあってな」

そう言って荘司は紙袋から筒状のものを数個取り出す。

「小型カメラと小型マイクだ。スイッチを入れている間映像と音声は即俺の携帯に送られるようになっている。
記録媒体に記憶させるんじゃ意味がないしな。
まあ、スイッチは好きなときに入れればいいさ。オブジェを拾うときには入れててもらうが。」

「これ高かっただろ。よくこんなもの買えたな。」

「情報だよ。少し先の未来の情報が俺にはある。
その情報を金に変えた、ただそれだけの事だ。
今の時代、情報というものが溢れかえって価値を落としているという見解もあるが、
上位に属する情報についてはその価値は変わっていない……」

荘司が喋ってる間に、みゆが祐一にとある紙切れを渡した。一着3枠で……

「カッコつけて情報とかなんとか言って、結局競馬で稼いだんじゃないか……」

「……違う、競輪だ」

つづく。


あとがき&次回予告

北川「『記録』と『解放』のところがよくわからんのだが。」
祐一「んーそういう所はてきとーに読み飛ばしてればいいみたいよ。直後の俺の台詞がわかれば十分だろ。」
北川「それではみゆちゃんのキャラクターデータを。一年後なのでちょっと身長伸びてるかな。」

名前:琴原みゆ (ことはらみゆ)
性別:女 身長:146cm 誕生日:2月14日 年齢:12歳 血液型:AB
Prismaticallization ヒロインの一人
無口で、感情を表に出すことはないが、
それについての自覚はあり、自己分析もする。
父親は失踪中で、親の愛に恵まれない生活の結果離人称気味に。
現在、射場荘司と同居中で、少しずつ感情を出すようになったかも。
「お兄ちゃん、また痛いことしてください」は爆弾発言
知力 鋭さ 運動神経 度胸 カリスマ性

北川「で、『マスター』ってのは一体誰だ?」
祐一「予測不可能な人物ではない、としか言えないな。」
北川「早く循環編終わらせてくれないとキャラ多く出せないんだよな。」
祐一「次の次で終わるかな、ということで次回予告!
 さて次回は第六話『master』循環の中心となる人物がいよいよ明らかに。
 循環編セミファイナル。起承転結の転の部分だ!」
北川「ちょっと待て。順番から言って今回は俺が予告するはずだろ」
祐一「細かい事は気にしない。次の投稿は2、3日後にする……予定らしいです。
 お楽しみにー」


Shadow Moonより

みゆちゃんのせいで毎晩疲れていて、しかも二人暮らしだと聞けば、勘違いもするでしょう(w  私はしました(爆)。
親に世話になっている学生が、人一人を養うとなると確かに先立つものが必要になってきますからね。 漫画だとその辺には触れませんが(核爆)。
さてさて、そのマスターとやらを見つけ出すために動き出した三人。
祐一君からオブジェを奪い取ったのは、一体誰なのでしょう?
予測不可能ではないという事は、祐一君の知り合いなのかもと気になりつつ 次回も期待してお待ちしています。


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