頭に白いチョークの粉を被った大学教授は目の前にいる学生に非情な言葉を吐いた。
「話というのはだな、君に単位はやれない、ということだ」
「うあ、そりゃひどいですよ。なんでですか? うまく書けてた筈ですよ」
まさかさっきの悪戯が原因ではあるまいな。実際そうではなかった。
教授がここに来る前から決めていたことだ。
「……君のレポートは半分以上、いやほとんど後輩の射場荘司君のレポート写してるじゃないか。
後輩のレポート写すなんてお前にはプライドというものが無いのか?」
最初の四行くらいは自分で書いたんだからいいだろ。 大目に見ろよこの白髪石頭のすっとこどっこい、と思った砂渡誠であった。
「後輩じゃないです。確かに大学に入ったのは自分が一年早いけど、学年は同じなのです!」
「別にいいけどそれは威張っていうことじゃないぞ……」
「大体先生射場君の担当してないはずじゃないですか。なのにどうして解るんですか……」
「面白いレポートはまわし読みするんでね。彼は変なところに着眼点を置く……」
「よう、相沢順平」
これで祐一にとって4回目の今日だ。そして4回目の同じ台詞だ
「ハロー、ノーズリバー」
「訳すなよ」
「……ああ、俺はこのまま時の荒波に飲まれピリオドの向こう側に……」
「水瀬、今日の相沢の奴いつもに増して変だよな」
「うん、いつもではあるんだけど今朝から特に、なんだよ」
クラスメイトと普通の会話をするのも気が進まない祐一は本当に適当に会話を返していた。
いつもではあるんだけど、という名雪の言葉が気になったが、別にそれを聞き帰す気にも小突く気にもなれなかった。別に間違ってはいないし。
祐一は本当に参っていた。
「数学の第二問あれなんだったんだろうなあ?鬼問だぜありゃ」
「あたしは半分はできたわよ」
「うー、わたしも今やれば半分くらいは解けるんだけど。悔しいよ」
どーでもいーですよーっと。
「最初の今日、俺は本屋にいったんだよな……」
祐一には、目当ての本が発売されていないのは解っていた。
だから二回目以降は本屋には行かなかった。
だが今回は本屋に向かう。……特に何か考えて本屋に向かったんじゃない。
「一回目の今日」と同じように、そして全く同じ時間に本屋へ向かってみる。
本屋に入り、祐一は財布の中を見て気付いた。
お金が増えてる? いや、そうじゃない、減ってないだけだ!
そうか、俺の記憶以外は全部リセットされる。もちろん着ている服も、財布の中身も。
それなら好きなことをすればいいじゃないか。
真っ暗な闇だった祐一の心に光がさした。……ってそんな光の差し方でいいのか?
「しばらくは楽しんでもバチは当たらないだろう」
とりあえず、また繰り返したら好きに行動するとしよう、と考えた。
次に寝たら明日が来る、という可能性を忘れるほど馬鹿じゃなかった。
折衷案としての考えが、その「明日から好きにやろう」だったのだ。中途半端なやつめ。
光の差したばかりの祐一の目を通して見た本屋は少し変だった。
一見、全く同じ景色のようにも見えるがどこかに違和感がある。
なんでもない普通の光景だが何かが違う。
祐一は間違い探しをするように周りの景色を見回した。
そしてレジの方向を見たとき、違和感の正体に気付いた。
「一回目の今日」で祐一の前で本を買ってたショートカットの女の子が会計を済ませて出てきた。
そのときレジに出していた本のタイトルは「カオスと複雑系の応用理論」。
偶然だが、祐一は「一回目の今日」で彼女が買った本のタイトルを一部覚えていたのだった。
別の本を買っている……ということはこの子は「前回の今日」の記憶があると考えていいかもしれない。
制服着ているところを考えると中学生か。まてよ、「一回目の今日」で遇った時は確か私服だったはずだ。ミニスカートだったし。
身長も140台中頃の小柄な体格だからその時は小学生だと思ったんだった。
祐一は女の子に話しかけた。
「あの、すみません」
「何ですか」
「もしかして、カオスと何とかの基礎理論って本さっき買っていませんでしたか?
さっきと言ったらいいか一回目の今日のさっきと言えばいいか……」
女の子は口をつぐむ。
一瞬、沈黙が走る。
笑顔を忘れたような冷たい目でこっちを見る。怪しい人物と思われてるか?
「あの、違うんなら……のわっ!」
「来てください」
祐一が喋るや否や、女の子はいきなり祐一の腕をつかんですぐに駆け出した。
何なんだこの状況は。周囲の目線が気になるぞ。
大人しそうな女の子の割にすごい速さだ。名雪が見てたら陸上部即スカウト物かもしれない。
「……まさか食い逃げしているとか、じゃないだろうな」
「いえ……」
この女の子は口数が少なく、祐一をどこに、なぜ連れて行くのかも言わない。 ゆえにどこへ連れて行く気か、ちょっと心配した。
着いたのは、何のこともない。いつも俺と名雪等が行っている喫茶店。百花屋だった。 とりあえず一安心と言ったところか。
店の中に入ると、女の子は俺を引っ張ったままある席まで来た。
観葉植物の隣の席で、男が一人座っている。テーブルにはプリン系のデザートが二つ。どちらも手をつけていないようだ。
「お兄ちゃん、この人が・・・」
「お兄ちゃん」と呼ばれた俺と同じくらいの年齢の男。
身長は俺と同じ、いや、2,3センチ低いくらいか。170台中頃。縁無しの眼鏡を掛けている。
髪の毛は茶の混じった俺とは違い濃い純粋な黒だ。
アウターもインナーも黒を基調としたシャツ、全体的に彩度と明るさの低い服装が、ワンポイントだけ特徴的な物、透き通った緑色で六角柱の鉱石の首飾りを目立たせている。
(こいつは!?)
ほんの一瞬、周りから光が消え、この店には俺とこの男しかいないような感覚に襲われた。
運命の出会い、と言っても恋愛とは全く関係がない。
昔からの宿敵にあったような気がした、と言うのが一番正しい感覚かもしれない。
……もしかしたら相手も同感かもしれない。
テーブルには三人の男女が席についていた。そのうちの一人の男が話し出した。
「あー、俺は射場荘司。俺については他に取り立てて話すことも無いな。とりあえず今のところは……
俺と話をしてもらおうか。君の周りに何か不思議なことが起こっているなら。だが。」
「もしかしてお前も『繰り返している』のか?」
祐一は目の前にいる男。射場荘司の要望には直接答えず、肝心な部分を聞く。
「ああ。その通りだ。ところで君の名前を聞かせてくれると有難いのだが。みゆ、お前も」
自己紹介をしていなかったことに気付く。
みゆちゃんとやらは可愛いが、祐一から見て射場は胡散臭い男だ。でも繰り返しから脱出するための数少ない手がかりである。こいつを逃すと一生繰り返し続けるかもしれないのだ。
とはいえ正直あまりいいタイミングじゃなかった。「こうなったら好きな事してやる」と思い、
目の前がバラ色になったとたんに自分と同じように繰り返す人間に出会ったわけだから。
もう一日早く、それか遅くに会えればよかったのに。そういうわけもあって祐一は少し不機嫌に彼に接することになる。
「相沢祐一だ。高校三年生」
「琴原みゆです」
「……アイザワ?」
射場は射場でどうやら何か思うところがあるらしい。
「なんだよ」
「あ、なんでもない」
祐一は目の前にいる男が小さい声でまさかな、と呟いたような気がした。
実際そうだったのだが。
「……それはそれとして二人は兄妹ではない?」
琴原みゆと射場荘司。祐一は、苗字が違うことから当然湧き上がる疑問を口にする。
「……このくらいの年頃の娘からは、俺が兄貴分の立場に当たるのは、普通のことだろう……」
……あ、そ。つまり他人と言うことね。
少々引っかかる部分もあるがこれ以上祐一は深く考えないことにした。
「祐一君、君はこの繰り返す現象に遭遇したのは初めてかな?」
「まあな」
あっさりと答えてから気付いた。わざわざこんなことを聞くって事はこいつは……
「射場、とか言ったな。お前はこういう経験が何度もあるのか?」
「今回で二度目だ。一度目は一年前だった。みゆも同じだ」
思ったより少ない。
「その時拾ったのが首にかけている奴か?」
「ふむ。このオブジェを知っているのか。こいつは露店で買った外観が類似しているだけのオブジェだ。何の力もなく情報も内蔵されていない。
つまり、単なる飾りだよ。本物は適当なところに捨ててしまった」
「射場の首に掛けてるのと似たものを俺は道端で見つけた。
それからこの繰り返しが始まったんだ」
「ふむ。……そのオブジェを渡してくれないか」
「いや、だめだ」
射場は理由によっては力づくで奪い取ろうとも考えていた。
体力には自信がある方ではないが、相手が並みの人間なら大抵は不意をつけばどうにかなるものだ。
「何故」
「そのオブジェとやら、どこにあるかわからないんだ」
「……」
「……」
辺りが沈黙に包まれた。時間が止まったかに見えた。
みゆが射場の服を引っ張ると、ようやく時間が動き出した。
「はは。拾ってからなくした。ということか? それは注意力散漫すぎじゃないか?
無くす物ではないだろう? 質量保存則が崩壊したとでも言うのか?」
射場の嘲笑を含んだ苦笑いが祐一には気に食わなかった。苦嘲笑とでも言おうか。
動揺が目に見える射場に対し、みゆの表情は変わらない。相変わらず表情が読めない。
「違う、見つけたけど持ち帰ってはいないんだよ。
気が付いたら家にいて、その時既にそれはなかったんだ。」
鉱石の行方について話しても意味がないかも知れない。そう思った祐一は話の方向を変えることにした。
それに射場が信用できる人間だとは限らないのだ。いろんな意味で。
「大体この繰り返しは本当にあの鉱石の力なのか?それ以外に考えられないか?」
「可能性が少しもない……とも言えない」
「むしろお前がこの繰り返し起こしてるんじゃないか?
二度の繰り返しの両方の中心にいたわけだろ?」
「……それは……」
「射場、なんとなーくお前は非現実に囲まれながら、例えば同じ部活に宇宙人と未来人と超能力者がいながら
その非現実に全く気付かない夢見る少女のようなタチがある気がするぞ」
「……何だその例えは……」
このとき射場は、ちくわに「中身がない奴は嫌いだ」と言われた時の気持ちになったという。どういうわけか。
本人にもその気持ちになった理由は判らないが。
つづく。
あとがき&次回予告
北川「執筆スピード遅れてるなこりゃ。週一投稿の予定だったのに」
祐一「だから『また来週』とか根拠のないことを言わないほうがいいって言ったのに……」
北川「とにかく、射場君のステータス表だ。身長とか誕生日とかこのSS独自のオリ設定なんであしからず」
名前:射場荘司 (まとばそうじ) | |||||
性別:男 身長:175cm 誕生日:6月15日 年齢:19歳 | |||||
Prismaticallization主人公 | |||||
新千重大学文学部哲学科の一年生。 かなりの博学で、知識の幅はかなり広い。 世界を冷めた目で分析し続けているような奴。 基本的に恋愛には興味がない。(ギャルゲー主人公の癖に……) 現在、妹的存在の琴原みゆと同居中である。 |
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知力 | 鋭さ | 運動神経 | 力 | 度胸 | カリスマ性 |
5 | 5 | 2 | 4 | 4 | 3 |
祐一「こいつの事とかどーでもいいけど一緒に出てきたみゆちゃんの方が気になるんだが。
皆そうだと思うぞ。」
北川「それは次回のこのコーナーだな」
祐一「よし、次回予告!
さて次回は第五話『知らざる者』!新キャラ二人の関係は一体……
そして『今日脱出作戦』にようやく突入だ!
佐藤「いや、すみません投稿遅れがちで。なにせ初めて書くSSなもんで……」
どんな内容でも薬にはなれど毒にはならないと思うんでメールお待ちしています。」
北川「……今の誰?」
祐一「オリキャラだろ。それではまた次回お楽しみに!」
Shadow Moonより
1日経てば、自分の記憶以外は全てリセットされるのだから好き勝手な事をしよう…… と、大抵の人はそういう考えに行き着いたりもしますが、
取り返しのつかないような事をやってしまった時に限ってリセットが行われず、普通の日々に戻ったりしたら最悪なのですけど(爆)。
さてさて、自分と同じように同じ日を何度も繰り返す二人組みに出会った祐一君。
けれど祐一君と荘司君は相容れないような雰囲気。 近親憎悪というやつでしょうか?(笑)
三人が繰り広げる『今日脱出作戦』が、どんな展開へと進んで行くのか次回も楽しみにお待ちしています。
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