ETERNAL PRISM
writeen by 佐藤こみのち


――7月6日 日曜日 午前11時30分 華音駅前――

太陽が眩しい。
雲の量はそこそこあるんだが、太陽を隠すことはないのは不思議だ。
近くにあるどのベンチも日なただ。だから俺は汗をかきながらも
夏の暑い日、ひなたのベンチにいるわけだが。

「今、何時?」

待ち人こと水瀬名雪だ。俺は嘘を言ってみることにした。

「三時。」

「わ、びっくり」

「まだ、11時半くらいだと思ってたよ」

半年前に比べると、時間感覚がまともになってる……
と考えていいのか?

「ひとつだけ、訊いていい?」

「…ああ」

「暑くない?」

「暑い」

「これ、あげる。遅れたお詫びだよ」

そう言って、冷たい缶コーヒーを1本差し出す。

「7年ぶりの再会が、缶コーヒー1本か?」

「7年……じゃないよ。今朝も会ったよ」

ちょっとボケてみたが。
やはり名雪には突っ込みを期待しない方がいいな。

「いくぞ、さゆ……名雪。」

「祐一、今別の女の子の名前言おうとしてなかった?」

「気にするな」


ETERNAL PRISM

第一話 7月6日


――7月6日 日曜日 午後4時00分 百花屋――

百花屋は日曜日の午後の喫茶店にしてはすいていた。客は全部で4人。
4人の客のうち二人は常連の若いカップル。女の方が口にしているのはイチゴサンデー、この店の目玉の一つだ。男のほうはあまり甘いものは好きじゃないらしい。コーヒーにミルクだけ入れて飲んでいる。
マスターは常連の二人を雑誌の上からチラッと見た。そしていつものメニューであることを確認し、ちょっと昔を思い出してみる。
彼らはちょっと前はいかにもラブラブな二人だった。バカップルと言われても仕方のないような状況の時期もあったのだが、最近は良い言葉で言えば落ち着いてきている。

「ま、どうなるかわからんがいつまでもこの店の常連でいてくれよ」

マスターは逆側、観葉植物の向こう側の席にいる二人に目を向けた。
男女の組み合わせだが男のほうは若いカップルと同じくらい。もう一人は小学5,6年か中学生くらいの女の子だった。
こちらの二人は見ない顔だが、特に気になることもないな。まあ恋人だったら気になる組み合わせだが。それより読書の続きだ。
そう思って青年漫画誌を広げるマスターだった。


俺、相沢祐一がこの街に来て、丁度半年が経過した。
この街に来た時は色々あった。色々な人に出会った。
夜の学校で何者かと闘ってた女の子。名前は舞。結局俺は途中から夜の学校には行かなくなったが、その後も佐祐理さんと3人で何度か昼食を共にすることはあった。結局佐祐理さんと舞は同じ大学に進学した。佐祐理さんから聞いた話なのだが。
あゆは最近見かけない。夕焼けの中で発せられた「探し物、見つかったんだよ」という言葉とともに姿を消してしまった。探し物って何だったんだろうか。
自称記憶喪失だった真琴や風邪をこじらせてた栞も最近は見かけない。元気であればいいが。特に真琴は元気じゃないところが想像もできないが。

「祐一、祐一。」

「ああ、悪い。ちょっと俺がこの町に来たときのことを考えてたからな」

「そう……」

そして今俺の目の前にいるのが水瀬名雪。幼なじみ従姉妹の少女。今ではそれに恋人という肩書が加わっているが。この町へ来て、俺は名雪と七年ぶりに再会した。しかも、一緒に住むことになってしまった。もちろんそれは今も継続中である。
両親が外国に転勤することになり、親戚として自分の身柄を受け入れてくれるのが名雪のいる水瀬家だったのだ。
雪の降る町で。思い出のたくさんある町で。

……忘れてしまったものもあるが。

「名雪が俺に昔とほとんど変わらない調子で接してくれたから、ずいぶんと助かったよ。」

「だってやっぱり祐一は祐一だったもん。体つきは変わったけど中身は子供の頃と全然変わってなかったし」

「嫌な言い方だな…それは名雪もだったな」

「うん。」

俺は声の調子を変えた。その方が適当な話題だから。

「そしてひと月ぐらいたった頃だっけ。秋子さんが交通事故にあったときは大変だったよな」

「医者が言うには後遺症も全く残らず短期間で回復したのは奇跡だったって」

「奇跡か……それにしてもあの頃は名雪も大変だったよな」

秋子さんが交通事故で生死の境をさまよっていた頃、名雪はショックで塞ぎ込んでしまっていた。
何もかも、俺のこともさえも拒絶して……
結局、あることがきっかけでいつもの名雪に戻ったのだが。

「うん、わたしが笑えるのは祐一のおかげだよ」

そう言って笑う名雪は素直に可愛い。

「さて、そろそろ帰るか」

そして俺達は冷房の効いている店から出た。凄く暑い。冬のあの寒さは一体なんだったんだと思う。
とくに特別なことも無かったので奢りはなし。こりゃ当然か。

商店街はいつものように、多くの人が行き交っている。
多くといっても密集しているほどでもない、歩く早さも速くもなければ遅くもない。
……いい町だな。

「………」

「どうしたの祐一?」

「すまん名雪、ちょっとここで待っててくれないか」

「いい…けど……」

「すぐ戻るから」


――7月6日 日曜日 午後4時30分 商店街――

夏の商店街。そこを歩く様々な人々。男や女。若者や年より。
その人間一人一人に、幾多の数え切れないドラマがある。それが大したものかつまらないものかは本人にしか解らないが。いや、過去のドラマに関しては本人には解るが、未来のドラマに関しては本人ですらわからない。誰一人として。相沢祐一はその人の流れの中にいた。

「あー……すっきりした。名雪のところに戻らなきゃな。でもま、急ぐこともないな」

そう、思ったことを口に出しながら、目ぼしい物があったら買おうかと両側の店を見ながら歩く相沢祐一。
すぐ戻ると言っておいてこれか。数ヶ月前、同じ状況ならダッシュ……はなくても急ぎ足で名雪の元へ帰っただろうに。
悪い言葉で言えば冷めてきていると言える。はぁ。

「ゆういちくーん!」

突然、歩いている祐一に、何かがぶつかってきた。
彼はその感触に覚えがあった。ほぼ半年ぶりの衝撃。
ぶつかったのは女の子だ。もちろん、祐一にとって既知である。

「あ……あゆ!?」

「やっぱり祐一君だ。ものすごく久しぶりだねー」

月宮あゆ。祐一とは、小さいころよくこの町で遊んだ旧知の仲だ。
連絡取り合うことなくても、いつも偶然遭遇する不思議な縁だった。遭遇するべきして遭遇する水瀬名雪とは対称といえるのかもしれない。
もっとも、ほぼ五ヶ月前から二人は会っていなかったのだが。

「本当。久しぶりだな……
 俺はてっきり、ついに食い逃げで捕まって牢屋に入れられていたのかと思ったぞ」

「うぐぅ。ひどいよ。ボクはあれから食い逃げはしてないんだから」

「ついに平気で嘘までつけるようになったか。詐欺罪も追加だな」

「うぐぅ。ひどいよ。本当だよ」

「ところであゆ、探し物が見つかったって言ってたけど、結局あれ何だったんだ?」

さすが祐一、自分の好きなときに自分の都合で会話の流れを変えた。
結構自分勝手だがこのペースに引き込まれてしまう会話の相手は少なくない。

「さがしもの?」

「そうだ、漬物じゃないぞ。洗濯物でも瀬戸物でもなくだ」

「ボク探し物なんてしてたかな……」

覚えてない……祐一はあゆの言葉を不思議に思った。
しかし直後、思い直した。
それが何かもわからない探し物だったんだ、そんな大した物ではなかったんだろう、と。
確かにそれならば探してること自体を忘れてても不自然じゃない。一週間前の夕食の献立など覚えてる方が不自然だ。でも祐一の心にはまだ何か引っかかっていた。



自分の学校のこと、夏の服装のこと、近況など、お互いにちょっと話したあと、祐一はしなければいけないことを思い出した。

「おっと。そういえば名雪を待たせてたんだった。じゃ、またな、あゆ」

「バイバイ、祐一君。」

まあいいや、あゆと会えたんだからそんな細かいことは。もしかしたら二度と会えないんじゃないかと心配していたからな。
そう思い、祐一はとりあえず疑問を思考の奥に追いやった。

街頭のテレビで、天気予報をしていたのを横目で見た。明日の降水確率は50パーセント。
そういえば明日は七夕だったかな。可哀想な恋人が逢える確率は五分と五分である。友人と賭けでもしてみようかと考える一応受験生の相沢祐一であった。

つづく。


あとがき&次回予告

北川「北川です。いやぁ、名雪エンドの数ヵ月後から始まる日常ファンタジー、始まりましたねー」
祐一「それはいいけど何でお前がこのコーナー始めるんだよ、お前出番なかったじゃん」
北川「ふっふっふ。実はあの喫茶店にいた二人組の男女の男のほうが俺なのさ」
祐一「嘘つくな。だったら俺が気付くはずだろ。お前がいる事に」
北川「ばれたか。
 さて次回は第二話『7月7日』です。舞台は学校と水瀬家。もちろん俺も出るぞ。
 そして後半に不思議な出来事が相沢祐一に起こるかも……」
祐一「サブタイトルひねれよもっと……」
北川「いや、俺に言われてもな……ともかく、感想や苦情、ツッコミ。『途中から出るオリキャラっぽいけど実は他ゲーキャラという人物は誰か』という推理とかあればおハガキお待ちしてます。それではまた来週ー♪」
祐一「お待ちしてまーす。…え、クロスオーバーなのこれ?」
北川「メインはお前だから安心しろ。誰も知らないような……と言ったら失礼か。そういう作品だからオリキャラと考えて読みやすいように書くつもりらしいぞ。」
祐一「そうか。それではまた次回ー♪」


Shadow Moonより

SS投稿、ありがとうございます。
名雪ちゃんエンド後の日常ファンタジーという事なのですが、どんなお話が展開していくのでしょう?
さてさて、名雪ちゃんエンドとなると、他のヒロイン達がどうなったのかが気になるところ。
あゆちゃんは登場しましたし、舞ちゃんと佐祐理さんは大学ということですが、いなくなった真琴ちゃんと病気の栞ちゃんは、はたして……
それとも7月7日の七夕に何かが起きるのか、次回を楽しみにお待ちしています。

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