幸福運ぶ奇跡の春風





    第14話


    一時の決着





  「――っ、はぁ、はぁ」

  「くっ――なかなかしぶといね」


  両者ともに、変動のない状態に焦っていた。
  久瀬は、先ほど僅かに聞こえた爆音に。
  フェイトは、未だ連絡がつかないなのはたちに。
  だからこそ、早く終わらせるために駆ける――。
  しかし、接近戦ではスタイルが似ている事もあり、決着がつかない。


  「プラズマランサー、セット!」

  「無駄だというのが、解りませんか!?」


  フェイトが魔法を発動すると同時に、久瀬はデスサイズを振るう。
  フェイトの周囲を漂っていた魔力の塊は、その動作と同時に一つ、また一つと消える。
  久瀬の持つデスサイズの能力は、結合魔力の分解。
  フィールド魔法でも上位に入るAMF(アンチマギリングフィールド)の効力を任意で発動出来る。
  無論、このような芸当が出来る魔導師はそう多くはない。
  ただ、この長い戦闘の間に、フェイトは打開策を講じていた。


  「バルディッシュ!」

  『yes sir.』


  魔力の残量は互いにほぼ同じ。
  デスサイズの能力は魔力を大量に使うが、
  フェイトの魔法も多大な魔力を使っており、さらにはハーケンフォーム時の魔力刃の維持。
  魔力量は元々フェイトの方が多いが、徐々に差は詰められている。
  それも、久瀬が能力や飛行、防御以外に魔力をほとんど使っていないからだ。
  攻撃魔法の使用など、それこそ片手の指の数で足りるほど。
  しかし、だからといって遠距離からの攻撃をすれば、能力に阻まれる。
  相手の攻撃が届かない位置からの魔法も、久瀬には届かない。
  久瀬も接近戦以外を仕掛ければ能力に回す魔力が少なくなる。
  まさに八方塞がり――初めは、フェイトもそう思っていた。


  「――っ!?これは!」


  久瀬の周囲に浮かぶ、魔力の塊。
  久瀬の能力は、その魔力消費量故に酷使出来ない。
  自身の周りに能力を使っても、自身の飛行が危うくなる。
  ならば――。


  「能力が追いつかないくらいに、速く撃つ!」


  同時に射出される魔力弾。
  全方位からの一斉射撃。
  しかし、久瀬はこれも隙間を縫うかのように避ける。
  ――しかし、これもフェイトの計算の内。


  「バルディッシュ!」

  『zamber form』


  展開される魔法陣と、フェイトの持つ巨大な魔力刃。
  この魔力刃を維持しながらも、魔力弾での攻撃も続いている。
  ――おそらく、これが最後になるだろう。
  しかし、久瀬にはこれを躱すことも受け止めることも出来ない。


  「あなたの実力なら、重傷まではいかないと思います」


  むろん、久瀬もただやられるつもりはない。
  それなりに抵抗もするつもりだし、威力を和らげる事もする。
  それでも、この攻撃で確実に落ちると読んでいる。
  現状の久瀬では、それが精一杯だから。


  「スプライト、ザンバーっ!!」


  青い電流が迸る魔力刃。
  それは正確に久瀬の胴へと向かう。
  咄嗟の判断か、魔力刃と胴の間に簡易のシールドを張る。
  …しかし、それ自体は僅かに威力を落としただけ。
  フェイトの斬撃は、確実に久瀬自身を薙ぐ――。


  「か――っ!?」


  空中にいた久瀬は、上からの一撃でまっすぐに森の中へと吹き飛ばされる。
  体勢を直したフェイトが探すが、久瀬の姿は見当たらない。
  それどころか、周辺には生き物の気配すらなかった。


  「……逃げられた」


  悔しそうにバルディッシュを握りしめるフェイト。
  戦闘自体はフェイトが優勢だったが、久瀬の目的はあくまでも足止め。
  これ以上ここに居る理由はないと、森の中で転送されたのだろう。
  それを考えると、吹き飛ばさずにバインドで止めるべきだった。
  これも、経験不足からくる失態だろう。


  「…早く、みんなと合流しないと」


  久瀬の気配がないと判り、周囲を見渡す。
  ――ふと、すぐ近くで魔力がぶつかり合っているのに気付く。
  先程助けてくれた、香里のものだろうと察する。
  一瞬戸惑うが、フェイトは香里がいるであろう方向へと向かって行った――。




















  「ふっ――!」


  時間はそれなりに経っていた。
  しかし、決定打は数分前に放った一撃のみ。
  それ以降は、すべての攻撃を躱していた。
  それを香里は、もどかしく感じてしまう。


  「こ、の――っ!」


  全方位から迫り来る氷の矢を、すべて弾く。
  あの一撃を受けても、栞は落ちなかった。
  あれで決着がついたはずだったが、栞は凌いだ。
  それでもダメージは受けたが、致命傷と言う程ではない。
  この程度の傷で、自分たちの思いを挫くわけにはいかない――。


  「セルシウス!」


  一声かければ、すぐに氷が舞う。
  たしかに、栞の方が香里の魔力総量を遙かに上回っている。
  しかし、この戦いにおいて、栞のアドバンテージはほとんどなくなっている。
  ダメージを受けたことにより、それを補うために魔力を消費している。
  初めの状態なら、あと十数分は均衡を保てたはず。
  しかし、現状ではよくてもあと三分。


  「いい加減、退く気はないですか?」

  「――冗談っ!退くのはあなたよ、栞」


  期待してなかったと言えば嘘になる。
  唯一無二の姉妹なのだから、戦いたいわけではない。
  だからこそ、退く気はないのかと問いかけた。
  香里も解っているのだ。
  栞が、あまり長く保たないことに。
  まだ魔力の量では栞が上だが、それもすぐに逆転されるだろう。
  栞にも奥の手は幾つかあるが、それを使うにはまだ時期尚早だし魔力が保たない。


  「なら…もう少し、この遊びに付き合ってもらいます」

  「遊び、ね。…遊びなら、もう少し和やかなムードでやりたいものね」


  たしかに、と思ってしまう。
  しかし、それを表情に出すことはない。
  香里に流れが向いているこの状態、崩すには弱さを見せてはいけない。


  「…行きます」


  言葉と同時に、栞の手に氷の剣が現れる。
  香里は目を見開くが、それを視界には入れず一気に駆ける。
  それを紙一重で躱す。
  ――そう、躱そうとした。


  「なっ!?」


  目前で、剣が伸びる。
  慌てて剣を籠手で弾くが、待機していた氷の矢が皮膚を掠める。


  「どうしたんですか?お姉ちゃん。そんなキツネに摘まれたような顔して」


  香里が目を向けた先には、いままでと変わらずに佇む栞。
  唯一違う点は、栞の手に氷の剣があることくらいか。
  しかしそれも、一瞬だけ見えた剣と変わらない。
  先程のように、急に切っ先が伸びた、などという様子はない。


  「…何をやったの?」

  「教えると思いますか?訊きたければ、私を倒すか仲間に来るかの二つに一つです」


  後者はありえないと、即座に否定する。
  ならば、栞を倒して吐かせるしかない。
  剣に意識を集中させ、栞との距離を一気に詰める――。


  「はっ!」


  それに合わせるように栞は剣を振るうが、それは籠手で防ぐ。
  そのままもう片方の拳で栞のバリアジャケットを掴もうとするが、
  もう少しというところで腹部に衝撃を受ける。
  後ろに飛ばされながら確認すると、当たったのは恐らく栞の拳。
  しかし、それは頭の中で否定する。
  たとえ素手で戦ったとしても、身体的には香里の方が有利。
  香里の方が若干リーチが長いはずだ。
  今回も、栞のリーチを計算に入れて手を出したのだから。


  「そんなに不思議がる事でもないと思いますけどね。そんなの、お姉ちゃんらしくないですよ?」

  「…今の栞には言われたくないわ」


  軽口を叩き合い、香里は栞を観察する。
  たしかに、栞と自分では拳二つ分ほどリーチが違う。
  掴もうとした分そのリーチの差は縮まっているが、それでも届く範囲ではないだろう。

  ……拳“二つ”?

  それは、いくら何でも離れすぎではないだろうか?
  栞は病弱だったためか、人より成熟するのが遅かった。
  それでも、自分とそれほどまでに体格差があっただろうか?
  答えは否。
  病室でよく、栞は香里の体付きを羨ましがっていた。
  その時に体格を比較したことがあるが、数年会っていないとはいえ、拳二つ分も差はなかったはずだ。
  香里は、口に笑みを浮かべる。


  「…どうかしました?」

  「いいえ、何でもないわ。ただ…これの対策が見つかっただけで、ね」


  言い放ち、構えを取る。
  それに何かを感じ取ったのか、より警戒を強める栞。
  魔力を節約しているのか、栞はすぐには来ない。

  …好都合だ。

  思いながら、香里は両手に炎を纏う。
  その炎は勢いを増し、すぐに腕全体を包む。


  「サラマンダ」

  【ok,master】


  香里の意志を汲み取り、デバイスは応える。
  周囲に炎の玉を出現させ、周囲の温度を上げていく。
  しばらくそれを見守っていた栞だが、異変に気付いたのか周囲を見渡す。


  「――っ!?お姉ちゃん!」

  「ビンゴ、ってね。栞、あなたの負けよ。
   あなたが作った氷だから溶けにくいかもしれないけど、今のあなたじゃ維持できないみたいね」


  周囲に人がいれば、二人の会話を理解することはできないだろう。
  しかし、これこそが栞の戦術を破る香里の術。


  「そう、目に見えるかどうかわからないほど細かい氷の粒。
   栞はそれを散乱させ、光の乱反射によってあたしの距離感を狂わせた。
   けど…そんな細かい粒子、いくら魔力で作ったといっても溶けやすいでしょ?」


  そう、剣が伸びる正体は感覚の麻痺。
  栞は攻撃のたびに氷の粒子撒き、それで光を乱反射させていた。
  人間の目は光の反射を捕らえ物を見るため、乱反射によって視覚を狂わせたのだ。
  そして香里は、その氷の粒子を溶かしている。
  栞の戦術は、すでに見破られている。


  「どうする?栞。できれば、大人しく捕まるか退いてほしいのだけど」

  「…そうですね。今の私では、お姉ちゃんを倒すことはできないですから」


  戦術が破られ、素直に負けを認める栞。
  その瞬間、栞の足下に魔法陣が現れる。
  香里はそれに驚くが、それの意味することを察し距離を詰める。


  「それでは、一度退かせてもらいます。次に会う時には、万全の状態で、初めから全力でお姉ちゃんを倒します」


  香里の手が届く寸前、栞の姿が消える。
  おそらく、既に敵本拠地に着いているだろう。
  それを追跡する手段は、今の香里にはない。
  しばらく考えを纏めていた香里は、不意にため息を吐く。


  「…まったく、わりに合わない仕事ね。恨むわよ?祐一」


  先程まで切迫した状況に居たにも関わらず、穏やかな口調で言う。
  しばらく魔法陣の出た位置を見ていたが、人が近付いて来るのに気付きそちらへ向かう。
  今は、祐一たちに合流することだけを考えて――。





  To Be Continued.....



Shadow Moonより

フェイトちゃんと互角とは…… 久瀬のくせに生意気だぁ(爆)
しかし、AMF使いとは厄介な能力…… ここでふと思うのですが、バリアジャケットっていわば魔力の塊ですよね?
もし、その魔力結合の分解能力をバリアジャケットそのものにぶつけたとしたら……
さてさて、それはさておきKanon組の大半が敵側へ堕ちてるようで、姉妹対決も避けられず。
彼 彼女達が祐一君と敵対し、大勢の人達を犠牲にしてでも手に入れたいモノがいったい何なのか?
今一番の謎が気になりつつ、次回も楽しみにしています。


零華様への感想は掲示板へ。

戻る  掲示板