幸福運ぶ奇跡の春風
第12話
雷と解離、炎と氷
「やっぱり、無関係の人を巻き込むのは辛いですね…」
「仕方ないでしょう。僕達はこの道を選んで、後戻り出来ない所まで来てしまった。
…まだ、美汐くんや真琴くんと一緒に行った方が、良かったかもしれないよ?」
「それも出来ないですよ。…私には、見ず知らずの人より一弥さんの方が大事なんです」
二人の下で、砂埃が舞う。
少女は少年の手を離れ、一人で空中を飛んでいた。
先程までのは、フェイトを落とすための演技――。
それを、見事演じ切ったのだ。
「これで、僕達は完全に祐一の敵になったわけだ」
「何年も前から、ですよ。隆明さん」
「…そうだね。香里くんも、心配しているだろうに」
「お姉ちゃんのことは、言わないでください」
寂しそうな表情から一変、少し怒った表情になる少女。
それに少年は肩を竦め、ずれた眼鏡を戻す。
「まぁ、そういう訳なんで……出てきてもらっていいですか?香里」
瞬間、砂埃の中から炎の柱が二つ上がる。
それは二人のいる位置に正確に向かう。
が、二人は気にした様子もなく、軽々とそれを翻す。
「――まったく、祐一も人使いが荒いわね。
間一髪間に合ったから良かったものの、これじゃ割に合わないわよ」
砂埃が晴れた先には、片膝を付くフェイトと、その前に立つ一人の少女。
ウェーブの掛かった茶色の長髪を持ち、ジーンズと薄手の白いセーターを着た少女。
その手には指の部分がない皮手袋を嵌めており、炎が手を包んでいた。
「お姉ちゃん…」
「久しぶりね。栞、久瀬くん」
少女――美坂香里の言葉に、二人――美坂栞と久瀬隆明がそれぞれ反応を示す。
唯一共通しているのは、三人とも何処か寂しそうな、悔しそうな表情をしているところか。
「大丈夫?確か……フェイト・T・ハラオウンさん、だったわよね?」
「大丈夫、です。あなたは?」
「美坂香里。祐一の幼馴染で、元同僚」
二人からは目を離さず、話す香里。
フェイトは、香里の名前が静流との会話に出て来たことを思い出す。
つまり――。
「機動部隊の…」
「そ。あと、動けるなら手伝ってね。
流石に、あたし一人だとあの二人を相手にするのは大変だから」
香里が言い切る前に立ち上がるフェイト。
それに苦笑しながらも、香里は意識を逸らしはしない。
今は、それが出来ない状況だから。
「振り分けとしては、一対一に持ち込むわ。
栞はあたし、久瀬くん…眼鏡の方ね。そっちはフェイトさんが」
「はい。それと、さんは付けなくていいですよ」
「――オーケー。話が早いのは、嫌いじゃないわ」
不適な笑みを浮かべる香里。
視線の先には、何時でも動けるよう身構える隆明と栞。
無論、それに応じて、二人も身構える。
「バルディッシュ!」
【Yes, sir. Haken form】
「行くわよ、サラマンダ」
【Yes, master. set up】
声と同時に、それぞれのデバイスが動く。
バルディッシュは形状を変え、鎌状のデバイスに、
香里は白のラインが入った赤のワンピースに、黒の長いズボン。
腰には赤い色の腰布が付いている。
そして、その手には黒い手袋、というより肘まで届きそうな篭手のようなもの。
肘の近くに赤い宝石が付いていることから、これが香里のデバイスなのだろう。
「…あの子と違って、接近戦は得意なのよ。サラマンダ」
【ok, master. Flame wall】
香里のデバイス――サラマンダの声と同時に、栞と久瀬の間に炎の壁が出来る。
そして、その目の前には、それぞれが相手をする者の姿。
「…やってくれるね、香里。栞くん、僕が行くまで持ち堪えてください」
「えぅっ、隆明さん酷いです!私一人でお姉ちゃんの相手をするんですか!?」
「ですから、僕が行くまでです。すぐに終わらせますから」
「終わらせないっ!」
視線を向けた久瀬の前には、バルディッシュを振りかぶったフェイトの姿。
久瀬はそれをシールドを張って防ぐが、それは数秒しか持たずに破られる。
が、久瀬にとってはその数秒があれば十分。
「デスサイズ!!」
ギン――ッ!と、バルディッシュが止められる。
バルディッシュと刃を合わせるのは、シンプルな形状の鎌。
しかし、刃の部分だけ異様に大きく、柄の部分が折れそうではある。
つまり、これが久瀬隆明のデバイスなのだろう。
「僕のデバイスはアームドデバイスで、簡単な受け答えしか出来ない。
けど――接近戦では無類の強さを発揮するベルカ式。そう易々と抜かせはしない!」
「なら、抜いてみせるだけです。私は、こんな所で負けられない…っ!!」
広げた掌に、魔法陣が現れる。
それを見た久瀬は、手を翳しながら距離を取ろうとする。
「ブラズマ……スマッシャー!」
久瀬が退いている間に、雷の閃光が放たれる。
しかし久瀬は慌てた様子はなく、デバイス――デスサイズを閃光へ向ける。
「無駄ですよ。僕のデスサイズに、魔法は通用しない」
【Invalidate】
閃光がデスサイズに近付いた瞬間、その閃光はかき消える。
デスサイズの周りで、魔力の結合が出来なくなったのだ。
それに驚き、フェイトは動きを止めてしまう。
無論、その隙を逃す手はない。
「機動が主流の勝負で、動きを止めるのは自殺行為ですよ」
【Scythe shot】
フェイトに向かって、刃状の魔力の塊が飛ぶ。
それに気付き、フェイトはバルディッシュを構える。
「バルディッシュ!」
【Scythe slash】
向かってきた魔力の塊に向かって、バルディッシュを振るう。
飛来するのと、直接手に持ち振るうのとでは、威力が違う。
久瀬の放った攻撃は、バルディッシュの刃に両断される。
それに以外だったのか、久瀬は一瞬目を見開く。
しかし、次の瞬間には表情は戻り、デスサイズを構えなおす。
「一筋縄では…行きそうもないね」
「…強い。けど――負けるわけにはいかない」
久瀬が構えなおすのを見て、フェイトも仕切り直しと言わんばかりに距離を取る。
すぐ傍で繰り広げているもう一組の戦いも気にならないわけではない。
しかし、今目の前の敵を無視するわけにはいかないのだ。
恐らく、避けては通れないであろう戦いだから。
二人は再び、その鎌の刃を交差させる――。
「サラマンダ!」
【Flame shot】
「セルシウス!」
【Freeze shot】
炎と氷の弾が、正面からぶつかり合う。
氷の弾丸は炎によって蒸発し、
炎の弾丸はその魔力の量に掻き消される。
相性だけの勝負ならば、炎を使う香里の方が有利だろう。
しかし、魔力の総量では栞の方が上回っているのだ。
同量の魔力を込めれば香里が勝つだろうが、魔力量が違えば話は別。
色違いの篭手型のデバイスを持つ二人は、互角の勝負を繰り広げていた。
「栞、いい加減に諦めなさい!
気持ちは解らないでもないけど…死んだ人は生き返らないのよ!」
「そんな事は百も承知です!
けど…退けない。たとえ1パーセントでも可能性があるなら!」
拳を合わせる二人。
魔法での相性は香里が有利、近接戦闘も体が発達している香里の方が有利だろう。
しかし、栞にはそれを補う膨大な魔力がある。
魔法で負けるならば、その倍の魔力を込めて打ち消せばいい。
身体能力で負けるなら、手足に魔力を込めて威力や脚力を上げればいい。
何でもこなす姉に対し、唯一上回っているモノ。
栞は、それを自由自在に操ることを重点に置き、今まで訓練を積んで来たのだ。
「こんのぉ…バカッ!」
【Break impact】
「――っ!?セルシウス!」
【Freeze wall】
香里の渾身の一撃に、栞は防御の体勢を取る。
しかし、この攻撃は防御を崩すためにある技。
それを相手に防御は自殺行為。
――そう、見ていた者ならば思うだろう。
「っ!?」
「…いつまでも、負けてばかりじゃないんですよ。お姉ちゃん」
香里の拳の前には、無数の氷粒。
フリージングダスト。
栞の使う、“攻撃魔法”の一つだ。
それを、栞は香里の拳目掛けて全てを向かわせた。
「その技は、バリアやシールドを破るためのものです。
けど…攻撃魔法なら、真っ向勝負しかないですよね?お姉ちゃん」
「…そう、無駄に時間を過ごしてたわけじゃなさそうね」
栞の言葉に、一筋の汗が頬を流れる。
さすがだと感心すると同時に、脅威とも思う気転の良さ。
もう、自分の妹だからと守ってあげる娘じゃない。
一人の、一人前の魔導師。
「けど…あたしも、変わらないわけないでしょ?」
【Break arrow】
愛機、サラマンダに委任した魔法行使。
それを、愛機はここで発動させた。
合図も何もしていない、全てをパートナーに託しただけ。
香里にとって、まさに絶好のタイミングで放たれる。
防御も攻撃もなく、ただ貫くための攻撃を。
「これは…っ!?」
「結界やシールドを“破壊”するんじゃなく、“貫く”ための矢。
瞬間的に魔力を一箇所に集中させられるような人、そうはいない。
魔力込めればシールドも何も硬くなるんだし、こっちの方が楽でしょ?」
苦悶の表情をする栞に、淡々と説明する香里。
範囲が大きいわけでもない、ただ“点”を撃つ攻撃。
弱点がないわけではないが、いま香里の攻撃を真っ向から受けている栞には不可能。
つまり―――。
「落ちなさいっ!!」
ガラスの割れるような音とともに、栞が使っていたフリージングダストが四散する。
それは、栞の身を守るものがなくなったことを意味していた。
魔法の矢は真っ直ぐに栞を捉え、その体を貫いた――。
To Be Continued.....
Shadow Moonより
諸事情により、すみませんが感想は後日……
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