幸福運ぶ奇跡の春風





    第8話


    黒幕と決意





  「しばらく、だな。美汐、真琴」

  「はい。ここ三年ほどは連絡も取ってませんでしたから」


  呆然とするギンガを他所に、数年ぶりの再会を喜ぶ祐一。
  見れば少女たち――天野美汐と真琴も、その表情を崩している。


  「なるほど。ギンガと会った所で現れたもう一つの生命反応、美汐か真琴か」

  「はい。その後、見失わない程度の距離を保って尾行させてもらいました」

  「あぅ…」

  「…なんか、妙に消極的だな。真琴」


  淡々と説明をする美汐。
  祐一はそれに苦笑しながらも、美汐の後ろに隠れて出ない真琴に声をかける。
  しかし、声をかけられても真琴は出て来ず、祐一は困惑した表情をする。
  祐一はそのまま美汐に視線を移す。


  「…さっきの攻撃、真琴がやったのは察しがついてると思いますが」

  「ああ。てか、あの状況だと真琴以外にはいないだろ」


  祐一の即答に、真琴はさらに落ち込む。
  それに祐一はばつの悪そうな表情をするが、話を戻すように美汐に促す。


  「どうも、一緒にいた女の子を感染者だと思ったらしくて。
   …見たところ、感染者ではないようですし。それに罪悪感を感じてるんですよ」

  「――ああ」


  美汐の説明に、ようやく納得する祐一。
  確かに真琴は精神的に未熟な部分はあるが、こういった善悪には敏感だ。
  悪いことをしたと思えば、こういう風に消極的になり、
  逆に良いことをすれば感情が昂ったりと、分かりやすい性格をしているのだ。


  「…ギンガ。さっきの攻撃はそこの子がやったらしいが…どう思う?」

  「え?えっと…」


  呆然としていたが、祐一に声をかけられ我に返る。
  そこから耳に入っていた情報を整理し、現状を確認する。
  ギンガは少し考える素振りを見せるが、すぐに笑顔になる。


  「私もスバルも無事でしたし、私は何も。
   ただ…次があれば、もう少し注意してくれると嬉しいですけど…」

  「――だ、そうだ。真琴、言いたいことは?」

  「あう、ありがと」


  ギンガと真琴のやり取りに、思わず笑みを浮かべる祐一と美汐。
  しかし、祐一はすぐ表情を引き締め、美汐へと向き直る。


  「それで…行方知れずのはずの美汐が、何でここに?」

  「…行方不明になったわけではありません。
   少しばかり佐祐理さんの所でお世話になった後、すぐに香里さんに連絡先を教えました」

  「佐祐理さんの所に…?」


  美汐の物言いに、怪訝な表情をする祐一。
  静流の話では、行方不明となった仲間の中心にいる人物は、倉田佐祐理。
  元遺失物専門機動部隊の隊員で、祐一も仲がよかった。
  しかも、美汐の口振りからすれば、佐祐理の所在を教えたわけではないだろう。


  「私と真琴がここに居るのは、香里さんから連絡を受けたからです。
   まあ、私としては静流さんに連絡を入れていなかったのは反省していますし、
   それに関しては不問にしていただければ幸いです。今後の行動もし易くなりますし」

  「今後…?」

  「…それに関しては、後ほど私たちだけで話しましょう。
   それよりも…そこの子たちが危険です。早く治療をしましょう」


  祐一は首を傾げるが、次の瞬間には感付いて振り向く。
  ギンガたちの傍へと小走りで駆け寄り、二人の額に手を当てる。
  ギンガは突然のことに顔を赤くするが、祐一は気に留めずにヴェルセフィアを通して二人の様子を確かめる。


  「――くっ。ウイルスか」

  「はい。魔力が先天的に高かったので、進行が遅かったようで。
   今ならまだウイルスの死滅が可能ですが…どうしますか?祐一さん」


  苦々しい表情をする祐一に、淡々と述べる美汐。
  祐一はそれに考える素振りを見せるが、すぐに頷く。
  美汐は真琴を祐一に預け、二人の近くまで来ると、二枚の符を出す。


  「解」


  言葉と同時に、二枚の符が掻き消える。
  瞬間、二人が淡い光に包まれ、その光は一分もしない内に消える。


  「…何をしたんだ?」

  「佐祐理さんから頂いた抗体を二人に使っただけです。
   二人には安静にしてもらう必要がありますが…二日もあればウイルスは完全に死滅します」


  そうか、と安堵の息を漏らす祐一。
  ギンガは不思議そうな表情をしていたが、
  今までの疲れの所為か抗体の所為か、体をふらつかせる。
  が、倒れる寸前で、美汐が支える。


  「…抗体は、もうないのか?」

  「いえ、あと一枚だけ。
   ですので、早く符を解析して抗体を作る必要があります」

  「なら、いい。…二人は、観測隊にでも預ければいい、か」

  「出来ればもう少し様子を見た方がいいです。
   あまり動かれると使った抗体が無意味になってしまいますから」


  祐一は頷き、ギンガを背負う。
  余程疲れが溜まっていたのか、既に寝息を立てていた。
  スバルは美汐と真琴の二人で支え、三人は空へと飛ぶ。
  一人一人が、様々な思いを秘めて。




















  「――悪いな、美汐。待たせた」

  「いえ、気にしないでください。
   突然訪ねて来たのはこちらですし、祐一さんが忙しいのは解っていたことです」


  海鳴臨海公園。
  昼間は人気のあるこの場でも、夜になれば人影はない。
  この場に真琴はいないのか、美汐は一人でベンチに座っていた。
  祐一が傍に行くと美汐は、少し場所をずらし、祐一の座れるスペースを作る。


  「それで…話ってなんだ?少なくとも、
   今起きてる事件とは、無関係じゃないんだろ?」


  座りながら問い掛ける祐一。
  美汐の目を見ていれば、嫌でも解るだろう。
  少なくとも、今回の事件と祐一に、無関係の事件ではない、と。


  「今回と、六年前のロストウイルス…総称、ロスト事件。
   ――私は、今回の事件の首謀者に会って来ました」


  無意識の内に息を呑む祐一。
  美汐が首謀者に会って来た、ということもあるだろう。
  しかし、祐一が危惧したことは、それではない。
  祐一の危惧したこととは、“首謀者が知り合いの可能性”だ。
  それも、命を掛けた場で、背中を預けた仲の。


  「祐一さんも、既に察していると思います。
   高槻と…生命の研究に精通した者と手を組んでまで、成し得たいことがある方」

  「――佐祐理、さん」


  唇が震える。
  考えなかったわけではない。
  ただ、考えたくなかっただけの話だ。
  弟と恩師を同時に失い、失意の底にいる人物。
  高槻と手を組める者で、それだけの条件が揃っている人など、他にはいないのだから。


  「私と真琴も、手を組まないかと誘われました」

  「…答えは、ノーか」

  「…はい。私がここに居ることが、何よりの証拠でしょう」


  それは、かつての仲間との決別。
  今まで苦楽をともにした者とは別の道を歩むという意味。
  それを解っていながらも、同じ道を歩くことが出来ない。
  それだけのことを、少女――倉田佐祐理はしているのだ。


  「私たちは命を弄ぶことをしないと、部隊創立の前に誓いました。
   佐祐理さんの行動は、その誓いに…真琴さんと、苦楽をともにした仲間を裏切るのと同じです」

  「…だけど、佐祐理さんと同じ考えのやつもいる。気持ちも解る。
   けど、佐祐理さんの性格を考えれば、一人でやるはずはない」

  「ええ。…佐祐理さん側に付いていないのは、香里さんだけです」


  美汐が悔しそうな表情をする。
  こうなることが分かっていながらも、止めることが出来なかったのだから。
  それは祐一も同じで、事件の後はほとんど疎遠になっていた。
  他ならぬ、会い難いと感じた自分の意思で。


  「…祐一さん。これからどうしますか?
   この事件から手を引くか、かつての仲間と戦うか」

  「――美汐。それは、愚問だと思うんだけど…?」


  その言葉に、悲しいような、安心したような笑みを浮かべる。
  祐一の瞳は真っ直ぐで、自分のするべきことに迷いがない。
  いや、迷いがないのではなく、既に決めているのだろう。
  たとえ何があろうとも、自分はこの道を進むのだと。


  「佐祐理さんたちを止める。…美汐、力を貸してくれ」

  「それこそ愚問ですよ、祐一さん。
   祐一さんが道を外さない限り、私と真琴は付いて行くと決めたんですから」


  穏やかに微笑む美汐。
  まだ十年と経たないほどの前。
  まだ誰一人欠けていなかった頃、皆で星空を見上げ語り合った夜。
  そこに居た者達は、幼いながらに夢を語る少年に惹かれたのだから。
  無論、彼女と同じように誓いを立ててくれた少年少女たちも。
  たとえ道を違えても、また同じ道を歩めると信じているのだから。






  To Be Continued.....


Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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