幸福運ぶ奇跡の春風





    第6話


    模擬戦、実力の一端





  「――なんで、こんな事になったんだろうなぁ…」


  目の前で佇むなのはとシグナム。
  そして、自分の隣で佇んでいるフェイトを見て、思わず呟く。
  三人全員が自らのデバイスを手に取り、防護服を身に着けている。
  まさに、戦る気満々といった感じだ。


  「それじゃあ…祐一さんの歓迎会を兼ねての模擬戦、開始っ」


  はやての言葉と同時に、戦る気のない祐一以外がデバイスを構える。
  もう一度言おう。


  「なんで、こんな事に…」


  話は数十分前に遡る――。






















  「そういえば…相沢執務官、魔導師ランクは幾つだ?
   以前、テスタロッサからS+ランクを持っていると聞いたが…」

  「ん?ああ、間違っちゃいないぞ。
   ――といっても、能力限定受けてるから…実質、AAAってトコだけどな」


  祐一の言葉に、周りの面々は目を見開く。


  能力限定――。

  主に魔導師ランクの高い者が、魔力出力を抑えるために使用するもの。
  基本的にこれを使う者は少ないが、魔力を制御出来なかったりと、何かしらの理由がある者はよく用いる。
  能力限定を解除する方法は個人によって違うが、基本はその個人の上司が行い、
  上司が行う能力限定の解除ができる回数は、あらかじめ定められている。
  故に、咄嗟の状況判断で全力を出す事が出来ないなど、様々なリスクを伴う。

  しかし、それを気にせず常に能力限定を掛けている。
  いつ不利な状況になるかも分からず、単独任務の多い執務官という仕事をしながらも。


  「――ま、俺の場合は色々と訳ありだからなぁ。
   能力限定受けてないと、色々と小言を言ってくるのも居るんだよ」

  「…まぁ、その辺りは詮索しないでおこう。
   私たちも訳ありだ。多少なりとも心情は分かる」


  無論、祐一もシグナムを含めた守護騎士――ヴォルケンリッターについては知っている。
  そして、その守護騎士の主で、第一級捜索指定遺失物、闇の書こと夜天の魔導書の最後の主、八神はやてのことも。
  むしろ、祐一が初めてはやてに会ったのも、闇の書事件の事後処理の時だったのだから、知らないはずもない。
  表立っては動いてはいなかったものの、情報を貰いながらも裏では色々とやっていたのだから。
  当時提督に就いていたギル・グレアム元提督の動きに目を光らせていたのも祐一なのだ。

  ――閑話休題


  「それで――それがどうしたんだ?
   今さら俺の魔導師ランクなんか知っても意味はないと思うんだが…」

  「いや――」


  本来なら、ここで気付くべきだった。
  シグナムの瞳が、好戦的なものだったことに。
  そして、フェイトやなのは、はやてといった面々苦笑している事に。


  「少し、用がある。付いて来てくれ」




















  「――はぁ」

  「何を溜め息など吐いている。
   今はやっているのは二人一組での模擬戦。まさか、テスタロッサ一人に戦わせるつもりか?」


  シグナムの言葉にむ、と唸る祐一。
  確かに、二人一組<ツーマンセル>ならば、相方がやられるだけで勝率、達成率は低くなる。
  もっとも、相手と自分との実力にかなりの差があれば話は別なのだが。
  しかし、今の相手はSランク持ちの長距離砲撃の名手に、AAA+ランクを持つベルカの騎士。
  いくら何でも、Sランク持ちとはいえ一人では荷が重過ぎる相手だ。


  「仕方ない、か。――セフィ」

  【了解です、マイスター】


  瞬時に、祐一が防護服を身に付ける。
  服は黒色を中心とした物で、その上に白い外套を羽織っている。
  しかし、祐一に見られた変化はそれだけだった。
  それに、対峙するなのはとシグナムは怪訝そうな表情をする。


  「祐一さん、デバイスは…?」

  「見えないか?…まぁ、意図的にそうしてるんだから、初見で見破られるのも面白くはないけど」


  祐一が身構えるのと同時に、チャキ、と金属音がする。
  それと同時に、フェイトが動く。
  高速機動を生かした、大きな動きでの撹乱。
  しかし、それを目で追うのはシグナムだけで、なのはは祐一から視線を外さない。
  フェイトの戦闘スタイルや攻撃魔法など、だいたいの事はなのはもシグナムも知っている。
  故に最も警戒すべきは、まったくの未知数である祐一。


  「フェイトは目で追うだけで、あくまで標的は俺、か。
   まぁ、悪くはないかな。――相手が俺じゃなかったら、の話だけどな」


  祐一の足元に、ベルカ式の魔法陣が現れる。
  それを見たなのははレイジングハートを祐一に向け、シグナムはいつでも動けるように身構える。


  「――放て。エアリアルシュートッ!」


  声と同時に放たれる、薄い黄緑色の魔法弾と“不可視の魔法弾”。
  数は、認知の出来るものだけでも五――。
  不可視のものも全て認知出来ているわけではないこの状況は、精神的にも不利。


  「ディバイン――シュートっ!」


  計九個の魔力弾が生み出される。
  それは今認知出来ている五つの魔力弾を破り、残りはなのはの周りを回る。
  これで認知出来ていなかったものの把握に意識を割けるし、魔力弾を思い通りに動かせる。
  無論、死角外からの攻撃にも反応出来る。


  「ディバイン――っ!?」


  シューティングモードとなったレイジングハートの先を祐一へ向ける。
  が、既にその先には、祐一の姿はなかった。


  「後ろだっ!」


  シグナムの声に、咄嗟に振り返るなのは。
  その先には、バルディッシュを振り上げたフェイトの姿。
  二人の目的は、後方砲撃支援の出来るなのはの撃破。


  「まだ落とさせんっ!」

  「そうはいかないんだよ!」


  なのはの援護をと掛けるシグナムの前に、祐一が立ち塞がる。
  シグナムは目を見開くが、止まらずに振り上げた愛機――レヴァンティンを振り下ろす。
  が、その一撃は、何もない場所で受け止められる。


  「――っ!?」

  「物質を見るには、物質が反射する光を目が捉えないといけない。
   ――なら、空気の屈折率を少しでもいじったら…どうなると思う?」


  問われて、気付く。
  祐一は持っていないのではなく、持っていないように見えるだけ。
  その手には、恐らく祐一の愛機であるデバイスが握られている――。


  「インビジブルエア。空気の屈折率を変えて、モノを見え難くする魔法。
   まぁ、余程異常な目をしてない限り、肉眼で捉えることは不可能だけどな」


  正直、接近戦<クロスレンジ>での戦闘で、ここまで厄介な者はそうは居ないだろう。
  武器の間合いというものは、接近戦では最も重要といっても過言ではないだろう。
  武器が届く距離が分からなければ、無闇に動くことが出来ない。
  故に、接近戦を主流とする者にとっては、まさに天敵。

  だが――。


  「その程度で…私を倒せると思うなッ!!」


  後ろに跳んだシグナムの持つレヴァンティンが、弾丸を吐き出す。
  瞬間、レヴァンティンが魔力で構成された炎を纏う。

  魔力変換資質――。


  魔力を、とあるモノへと変換させる先天性の資質。
  フェイトの場合は雷、シグナムの場合は炎、といった具合だ。
  あくまでも魔力が元となって構成されているので、魔力が無い状態では使用できない。
  ただ、魔力を纏うだけのものとは圧倒的に差があるという事は確かだ。


  「ああ――そういえば、能力<スキル>持ちだったな」


  祐一は、デバイスを持って右手をダラリと下げる。
  それにシグナムは怪訝そうな表情をするが、すぐに表情を引き締める。
  目の前の相手は、手を抜いて勝てる相手ではないと、たとえ知識が知らなくとも本能で察していた。


  「行くぞっ!」

  「――セフィ、長刀を」

  【Yes、マイスター。フォルムUに移行します】



    キィン――ッ!!



  レヴァンティンが弾かれるのに遅れて、頬を独特の冷たさを持ったモノが過ぎる。
  シグナムは反射的に翻したが、その頬には赤い一つの筋があった。
  しかし、それでも何かしらの情報は掴んだ、という表情をしている。


  「――なるほど、形状は変化するようだな」

  「まったく、たったこれだけでそこまで予測するなんてな。
   少しばかり勘が良すぎるぞ?あまり勘が良くてもいいことばかりじゃないからな」


  祐一は若干大袈裟に溜め息を吐く。
  しかし、シグナムは表情を変えずにレヴァンティンを構え直す。
  それを見た祐一は、呆れながらも笑みを浮かべる。
  ここ数年、ベルカ式の使い手を相手にする事はなかったのだから。
  後ろに意識を向けると、フェイトとなのはとの砲撃戦が繰り広げられていた。
  さすがに距離を取られると詰めるのが難しいか、フェイトは四苦八苦している。


  「――まぁ、あっちの手助けにも行かないといけないしな」

  「ああ。どちらの組が先に相手を倒すか。…勝負は、それで決まる」


  祐一も、デバイスを構える。
  楽に倒せる相手でないのは、四人全員が同じ。
  ならば、強引にでも勝利を手繰り寄せるしかない。


  「ああ、シグナム。―― 一つ、忘れてないか?」

  「何を…っ!?」


  怪訝な表情をするシグナムだが、それはすぐに解ることになる。
  なのはが落としたのは、認知出来ていた五つの魔力弾。
  ――そう、“認知出来ていた”ものだけだ。
  シグナムは長年の戦いで培った勘で、レヴァンティンを後ろへと振るう。
  それはすぐ後ろまで迫っていた不可視の魔力弾を破壊する。
  しかし、まだこれで終わったわけではない。
  その魔力弾を破壊したことで作ってしまった隙を、祐一が見逃すはずがないのだ。
  しかし――。


  「――っ!?」


  飛んで来たのは、金色に輝く閃光。
  シグナムは咄嗟にそれを避け、視線を祐一のいる場所へ向ける。
  しかし、先程までいた祐一は既におらず、そこには手を突き出したフェイトの姿。
  意識はフェイトから外さずに視線を彷徨わせると、なのはの元へと疾駆する祐一。
  一瞬の隙による、標的の変更。


  「鬱陶しい――っ!」

  「プラズマ…スマッシャーッ!」


  忌々しそうに舌打ちするシグナムに、フェイトは容赦なく中距離砲撃を放つ。
  シグナムはレヴァンティンに弾を吐き出させ、鞘に納める。
  鞘から引き抜かれたのは、蛇の体のようにうねる連結刃。
  それは、金色の砲撃へと真っ直ぐに向かって行く。


  「飛竜、一閃!」


  その一撃は、先に放たれた砲撃を相殺する。
  その余波が収まると、シグナムの傍になのはが下り立つ。
  なのはの防護服はあちこちが破れてはいるが、大きな傷はない。
  そして、それに少し遅れてフェイトの横に祐一も下り立つ。
  これで、状況はふりだしに戻った。
  いや、ダメージの量ではなのはたちが若干不利だろうか。
  四人は、再び構える――。


  【四人とも、ストップだ!】

  『っ!?』


  ――が、突如響いた声に四人は硬直する。
  声の先に視線を移すと、はやての傍にモニターが現れており、
  そのモニター越しに、クロノが映っていた。


  「――どうした、クロノ。せっかくいいトコだったんだが…」

  【そんなことを言ってる場合じゃない。
   ミッドチルダ西部地方、エルセアでウイルス感染者が発見された。
   いくつか感染者よりも高い魔力も感知されている。以前の少女の仲間かもしれない】

  「「「――っ!?」」」


  息を呑むなのはとフェイト、はやての三人。
  シグナムも、先程までより険しい表情で話を聞いている。
  恐らく、心情は皆同じだろう。
  この様なことをする者たちを許せない、と。


  【すぐに現場へ急行してくれると助かる】

  「ああ、すぐに行く。…と、そういうわけだ。
   模擬戦は中断、俺は現場に向かう。…皆はどうする?」

  「行きます。このまま見過ごすわけにはいかないですから」


  祐一の言葉に、フェイトはすぐに答えを返す。
  視線を移すと、フェイトと同じ表情をした面々。
  祐一は苦笑し、クロノへと向き直る。


  「現場には、この五人で向かう。転送ポート頼む」

  【了解した。現場指揮は祐一かはやてに任せたいんだが…】

  「ああ、それならはやての方が適任だろ。
   フェイト以外とは俺より付き合い長いし、俺は指揮官向きじゃない」

  「あ、あたしですか!?」


  祐一の指名に、驚くはやて。
  恐らく、キャリアといった面で祐一が指揮を任されると思っていたのだろう。
  しかし、その当人が指揮官を辞退してしまえば、指揮官能力のあるはやてに回るのは当然といえば当然だが。


  「…頼む。今回の事件、俺は譲れない時以外は指揮官を受けるつもりはないんだ。
   この事件は、俺にとっては退けない事件だ。…出来る限り、自由に動ける立場に居たい」

  「――分かりました。八神はやて二等陸尉、現場指揮官の任、請けさせていただきます」

  【すまない】

  【転送ポート開くよー。皆、準備してっ】


  エイミィの声とほぼ同時に、魔法陣が現れる。
  五人がその上に乗ると、魔法陣は輝きを増し、祐一達の姿は掻き消える。
  これが、少年少女たちの邂逅になるとは知らず――。






  To Be Continued.....


Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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