幸福運ぶ奇跡の春風





    第5話


    本局の捜査官





  「おはようございます、祐一さん」

  「ん。おはよう、フェイト」


  朝食を食べていた祐一は、リビングに入って来たフェイトと挨拶を交わす。
  昨日はリンディの申し出に最後まで抵抗したものの、
  結局滞在中はハラオウン家でお世話になることになったのだ。
  無論、リンディの策略にあっさりと陥落させられたのは言うまでもない。


  「――しかし、あれは反則だろ…」


  祐一の呟きに、朝食を持って来たフェイトは小首を傾げる。
  それを見た祐一は、一瞬詰まるものの気付かれないよう息を吐く。
  信頼されているのは嬉しいのだが、ここまで無防備なのは如何なものだろう。
  年頃の男女が一つ屋根の下での生活は問題がある。
  と、フェイトを引き合いに出し三十分ほど抗議したが悉く返され、
  最終的にはリンディの入れ知恵で、上目遣いで滞在を頼んできたフェイトに陥落させられたというエピソード。
  傍から見ればただの惚気やら笑い話に分類されるだろうが、実際に目の当たりにすれば嫌でも承諾せざるを得ないだろう。
  祐一がそう思うほど、フェイトの仕草は効果的だったのだ。


  「どうかしましたか?」

  「――いや、何でもない。…そういえば、クロノはどうした?
   俺が起きた時にはもう居なかったんだが…いや、さすがに艦船の艦長にもなれば忙しいか」


  祐一が起きた時間は一般的に見れば早かったものの、
  祐一の寝泊りする部屋の主、クロノは既に部屋には居なかった。
  それに疑問を思った祐一はフェイトへと訊いたのだが、クロノの役職を思い出して自己完結する。
  時空管理局巡航L級8番艦、次元空間航行艦船アースラの艦長であり、執務官資格を持つ魔導師。
  しかも、近々時空管理局提督への昇格も確定しているのだ。
  色々と仕事や資料整理など、やる事もあるのだろう。


  「でもクロノ、少し楽しそう」

  「昔からこういう仕事には向いてたからな、あいつ」


  昔を思い出し、苦笑する祐一。
  フェイトも何時かの事を思い出したのか、釣られて笑みを浮かべる。


  「あ、祐一さん、今日はどうするんですか?」

  「ん?ああ、少し用事があるな。会わないといけない人がいるんで、そっちに」


  少し言葉を濁らせる祐一。
  無論、こういった勘は鋭いフェイトが、それを見逃すはずはない。
  真剣な瞳で見て来るフェイトに、祐一は肩を竦ませる。


  「――少し、今回の事件関連で、な。
   多分、管轄はアースラになるだろうから、今の内に情報は集めておきたい」

  「…祐一さん一人で、ですか?」


  一瞬怪訝な表情をしたが、すぐにそれは苦笑へと変わる。
  フェイトの意図を察してしまったのだ。
  フェイトが執務官になった理由を知っているからこそ、気付いてしまった。
  今回の事件でも、また誰かが巻き込まれ、悲しい思いをするかもしれない。
  祐一はそれが許せず、フェイトも同じ思いなのだと。


  「…分かった、一緒に行こう。こうしてジッとしてるだけなのも、嫌だろうからな」

  「――はいっ!」

























  祐一は時空管理局の本局へと足を運んでいた。
  祐一の隣には、局の制服を着たフェイトも並んでいる。
  二人が着ている制服は黒を主とした物。
  時空管理局本局で主に使われている制服だ。


  「失礼します」


  祐一はある一室へと入って行く。
  フェイトもそれに続いて部屋に入ると、そこは仕事に必要な物以外は何もない部屋。
  備え付けの机と椅子。
  資料を保管するための棚が数個に、机の上に多少の私物が置いてある程度だ。
  そして、その備え付けの椅子には、一人の女性が座っていた。


  「お久しぶりです、静流さん」

  「――久しぶりね、祐一君」


  祐一の言葉に笑みで返す女性――川澄静流。
  彼女は祐一の知り合いの母で、時空管理局の航空武装隊に所属している。
  色々と人脈も広く、様々な部署でも顔の効く人だ。


  「後ろの子は…祐一君が言ってた子?」

  「あ、フェイト・T・ハラオウンです。
   今日はご多忙のところを、無理を言ってすみません」

  「ああ、別に構わないわ。武装隊居てもね、要請ないと出れないんだし。
   それに、私の本業は武装隊じゃなくて、捜査官。武装隊への所属だって、私の魔導師暦が目を付けられただけよ」


  静流の言葉に笑みを浮かべるフェイト。
  フェイトに笑みで返すと、静流は二人に座るよう促す。
  そして、二人が座ったの確認すると、視線を祐一に向ける。


  「それで?一部じゃかなり有名な本局の切り札が、
   武装隊の隊長に何の御用かしら?遊びに来たわけじゃないのは見れば解るし」

  「――そうですね。それでは、少し仕事の話をしましょうか。川澄捜査官、二等空佐」


  表面上は、武装隊の隊長。
  しかし、本来の役職は本局勤めの捜査官で、Sランクを持つ二等空佐。
  それがこの女性、川澄静流の正式な肩書きなのだ。
  もっとも、最近は捜査官としてではなく、武装隊の隊長としての仕事しかしていないが。


  「先日起こった、六年前のロストウイルス事件と酷似した事件、もう知っていますね?」

  「まあ、一応資料上に書かれてることは、ね。
   けど…だからといって、勝手には動けないわよ?
   武装隊が動けるのは事が起こってから。…それは、相沢執務官も解っていると思うけど?」


  静流の言葉に頷く祐一。
  しかし、今回訪れた理由は、武装隊の要請ではないのだ。


  「ある人物と、連絡を取ってほしいんです。
   遺失物専門機動部隊の元メンバー、川澄舞と倉田佐祐理の二名と」


  息を呑む音が聞こえる。
  それは誰から発せられたものなのか。
  十秒か、一分か、黙り俯いていた静流が、顔を上げる。


  「ごめん、祐一君」


  それは拒絶の意味か。
  追及しようと若干身を乗り出すが、祐一は言わずに止まる。
  静流の表情が、その類ではないと解ったから。
  解って、しまったから。















  「――二人とも、行方不明なの」















  「―――え?」


  呆然と、自体を受け止める祐一。
  いや、それは受け止めたのではなく、ただ“受け入れられなかった”だけ。


  「祐一君、部隊解散から二人――特に佐祐理ちゃんとは疎遠になってたから、知らなかったでしょ?
   舞と佐祐理ちゃんね、三年くらい前から、行方が分からないの。
   二人だけじゃない。今では香里ちゃん以外の部隊員は行方が分からないわ。隆明君も」

  「――うそ…じゃ、ないんですか?」


  祐一の言葉に首を横に振る静流。

  事実――。


  自分だけが、何も知らなかったという、事実。
  祐一は椅子に深く腰掛け、拳を強く握る。


  「…祐一君が責任を感じることはないわ。
   多分、舞と佐祐理ちゃんは一緒のはずだし…一番近くにいたはずの私も、気付けなかったんだから」


  悔やむ二人。
  事情を知らないフェイトが口を挟める事じゃない。
  それでも――。


  「――祐一さん、川澄捜査官。…居なくなったら、それで終わりですか?」


  視線が、フェイトに集中する。
  祐一も静流も、怪訝そうな表情をしている。
  こちら側のことは何も知らないはずのフェイト。
  しかし、その言葉は深く、二人へと沈む。


  「居なくなったから、悔やんで終わりですか?
   私も、取り戻そうとして、それでもダメだった事もあります。
   それに――もう、取り戻そうとした人も時間も、ない。
   けれど、お二人はまだ、傍からいなくなっただけで、探す努力も出来るんですよ?」

  「――ああ、解ってる」


  一瞬、光を失いかけた瞳。
  しかし、その光は既に戻っている。


  「悔やむのも、悲嘆に暮れるのも、手を尽くした後だ」

  「――そうね。…はあ、若い子に諭されるなんて、私もまだまだね」


  数少ない言葉。
  しかし、体験した者の、重みを知る者の言葉は、たとえ少ない言葉でも通じる。
  フェイトの過去を、二人は多少知っている。
  だからこそ、その言葉の重みをいち早く理解した。


  「香里ちゃんの方には、私から連絡を取るわ。
   祐一君は事件の解決に集中しなさい。…何かあったら、連絡してよ?」

  「ええ、分かってます」


  静流の言葉に、強く頷く祐一。
  それは、既に決意を決めた者の表情。
  迷いはなく、ただ大切な者を取り戻すというだけ。
  しかし、迷いのある者と決意を固めた者とでは決定的な差が出る。


  「私も、知り合いを訪ねて色々と調べてみるわ。
   そっちが請けた事件と、舞や佐祐理ちゃんたちの事も含めて、ね」

  「ありがとうございます。川澄捜査官」


  静流の協力を得られた事に、フェイトも柔らかい笑みを浮かべる。
  自分たちのやるべき事は決まった。
  今回の事件の解決と、行方不明になった祐一の同僚を探すこと。
  やるべき事が分かっていれば、あとは動くだけ。
  祐一は先を急ぐかの様に話を纏め、フェイトとともに部屋を出て行く。
  二人を見送った静流は、緩めていた表情を引き締め、資料を並べた棚へと向かう。
  任せるだけじゃない、自分のすべき事をするために。


  『遺失物専門機動部隊:人員表』


  少し古くなった資料を捲り、備え付けられた電話へ手を伸ばす。
  資料に添えられた指が指すのは、『美坂 香里』という名。
  運命の歯車は、ゆっくりと、しかし確実に動き始めた。





  To Be Continued.....


Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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