幸福運ぶ奇跡の春風
第2話
出動、初交戦
「海鳴市、か。来るのは久しぶりだな」
スポーツバックを肩に掛けた少年――祐一は、辺りを見渡して呟く。
祐一が最後にこの町に来たのは去年、フェイトが執務官試験に合格した時。
試験は別の人が担当して行っていたが、それでも試験結果をいち早く知るため、
フェイトの様子見と送迎を兼ねて海鳴市へと行き来していたのだ。
「あの頃は色々とバタバタしてたからなぁ。
フェイトの友達も大変だったらしいし、それを考えたら三度目合格は妥当なトコか?」
【そうですね。…一度も落ちなかった人が言っても、嫌味以外に聞こえないですけど】
祐一は頭に響いた声に苦笑を浮かべる。
祐一のデバイス――凍てつく風、ヴェルセフィア。
魔法を教わり始め、三年経った年の春、祐一が姉代わりから貰ったものだ。
祐一のスタイルに合わせた、古代ベルカ式のデバイスにミッド式を組み込んだ混合デバイス。
それがこの、薄い黄緑色をした菱形のインテリジェントデバイスだ。
「――キツイな、セフィ。あれは、たまたま俺の運が良かっただけで…」
【運は良かったでしょうね。
勢い余って、試験管の首を飛ばしかけたくらいですし】
ヴェルセフィアの言葉に、苦笑している顔に冷や汗が浮かぶ。
もちろん、ヴェルセフィアの言葉は比喩などではなく、事実なのだ。
もっとも、それも祐一の母――相沢夏樹に止められ、事無きを得たが。
実力及び魔法知識、その他諸々の必須科目の基準値を越し、試験に合格したのが五年と少し前の事だ。
「えっと…」
【まぁ、弄るのはこれくらいにしましょう。
それよりも、フェイトの家は覚えていますか?】
初めからやるな、という言葉は呑みこむ。
無論、家は覚えているが、家に行くまでの道のりが微妙な所なのだ。
正直、道を間違えずに行けるか、と聞かれればノーだろう。
もっとも、それを覚えているというのかは微妙なところだが。
「あー――さて、とりあえず行くか」
【…はぁ。――?祐一、通信です】
溜め息が聞こえた気がするが、あえてスルー。
が、歩き出そうと一歩踏み出した瞬間、ヴェルセフィアが声を掛ける。
祐一は通信相手の目星をつけ、歩きながらそれを受ける。
【祐一か?】
【おー、クロノ。こうして念話で話するのも久しぶりだなぁ】
久しぶりに話をする相手に、内心笑みを浮かべる。
祐一が秋子の所に居た間、クロノや魔導師の知り合いとは連絡を取っていなかった。
正確には、そこで起こった事件以降は、だが。
魔法技術が発展していて、その便利さからか、祐一は携帯電話を持っていない。
名雪達がいる以上、魔導師の事をバレる訳にはいかないので、連絡は控えていたのだ。
【どーした?何か慌ててる見たいだけど】
【――少し、手間取るかもしれない。手を貸してくれないか?】
簡潔に、用件だけ話すクロノ。
本来は意味など分からないが、祐一にはそれだけで十分だった。
クロノが、現在何かしらの事件を請け負っているのは分かっているから。
だから、恐らくそれ関連だろう、と思っていた。
――次に、クロノの言葉を聞くまでは。
【――遺失物関連だ。それも、六年前の。…見逃すわけには、いかないだろう】
【―――】
祐一の顔から、表情というモノが消える。
完全な無表情。
それは、祐一にとって聞き逃せないものだったから。
【クロノ、人気のない所に行く。…転送、頼む】
【…すまない。現場にはフェイトを始め、数人の魔導師が行っている。
現場指揮の方は、はやてが取ってる。祐一も会った事があるだろう?】
【ああ、問題ない】
祐一は、自分が走り出している事に気付く。
遺失物と聞いて、無意識の内に体が動いたのか。
しかし、今の祐一にはどうでもいい事だ。
アイツの手掛かりがあり、下手をすれば、知り合いが危険なのだから。
【祐一。――気を付けろ】
【…分かってる。同じ事をくり返すつもりはない】
人気のない場所――海鳴臨海公園へと着く。
それとほぼ同時に、少し離れた所に転送用魔法陣が現れる。
祐一がその上に乗ると、祐一とともに魔法陣も消える。
もう二度と、同じ事を繰り返さないために。
「プラズマ…スマッシャー!」
雷を伴う砲撃が突き抜ける。
砲撃が通った場所には、蹲り動かない人々。
非殺傷設定にしてあるとはいえ、動きを止めるにはこれしかなかった。
フェイトは一瞬悲痛そうな表情を見せるが、すぐに表情を戻し、次の場所へと移動する。
【フェイトちゃん、次はそこから南に。今シグナムが頑張ってるから】
「了解」
モニター越しに指示をする少女に答え、空へと上がる。
シグナムは古代ベルカ式でも直接打撃が主なため、非殺傷とはいえ、肉体的ダメージを負わせてしまう。
もっとも、シグナムほどの腕ならば、怪我を負わせず相手の意識だけを落とす事くらいは出来るだろう。
が、始めにそれを実行した際、その行為が無意味だと分かる。
元より、相手に痛覚のようなものは無いのだから。
だからこそ、地道に魔力ダメージを与え、動きを封じるしかないのだ。
「シグナム、今向かいます。もう少しお願いします」
【心得た】
指示された方角へ飛ぶ。
シグナムが全力を出せない以上、防衛ラインを割られる可能性も出て来る。
ならば、一分一秒でも早く、この人達を止めるしかない、と。
【皆、もう少し頑張って!今強力な助っ人を送ったから!】
『了解です!』
アースラ勤務の管制指令、エイミィ・リミエッタの通信に答える面々。
その助っ人が誰かは分からないが、今は猫の手でも借りたいほど多忙だ。
それに、エイミィが“強力な”というだけあり、それなりの実力者なのだろう。
ならば、今はその助っ人を待ち、この場を死守するしかない。
「シグナム、退いてください!ハーケン…セイバーッ!」
シグナムが下がると同時に、魔力の刃を放つ。
それは外傷は付けず、魔力のみを削りながら飛び去る。
しかし、その刃に当たらず、なおも前へ進み出る者もいた。
が、前に出た者達は、ピンク色の魔力弾に弾かれる。
「大丈夫?フェイトちゃん、シグナムさん」
「なのは…」
「ああ、問題ない」
傍まで下りてきた白い防護服を纏った少女――高町なのはは軽く微笑む。
しかし、その表情はすぐに真剣なものへ変わり、変わり果てた人々に向く。
なのはは愛機、レイジングハートの先端を人々へと向ける。
それと同時に、足元と杖を囲む様にミッドチルダ式の魔法陣が描かれる。
「ディバイン――バスター!!」
放たれた砲撃は、一直線に地を進む。
それに巻き込まれた者は地に伏し、蹲る。
それに一瞬悲痛そうな表情を浮かべるが、少女達はすぐに元の表情へと戻す。
「――あら、随分と酷いことをしたものね」
『――っ!?』
突如上空から聞こえた声に、咄嗟に振り返る三人。
通信で連絡を取っていたはやてやエイミィの息を呑む音も聞こえる。
その見上げた上空では、藍色の長髪を靡かせた少女。
少女といっても、恐らくは十代半ばから後半だろう。
「折角うちのマッドドクターがあちこちの資料漁って作ったのに。
――どう?上手く出来てるでしょ。その“ロストウイルス”と感染者達」
「ロスト……ウイルス…?」
聞き慣れない単語に、問い返すフェイト。
しかし、その少女は何も答えず、その口元を歪める。
次の瞬間には、その少女がフェイトの正面へ姿を現す。
「(――っ!?高速移動!!)」
【Sonic Move】
瞬時に間合いを詰めた相手の機動力に目を見開く。
が、それと同時に愛機バルディッシュの魔法行使で、一気に距離を取る。
そして、それに一瞬遅れ、フェイトの居た所を両刃剣型のデバイスが抜ける。
それにフェイトは冷や汗を流し、一部始終を見ていたなのはとシグナムは警戒を強める。
「へぇ、今のを避けるんだ。わりと本気で行ったんだけどね、今の。
さすが、管理局の魔導師をなめちゃいけないって言うだけあるわね」
けど、と言葉を続ける。
「不意打ちとはいえ、“今の私で”七割よ?もう少し頑張ろうか、魔導師さん?」
少女の言葉に、悔しそうにするフェイト。
今の少女の魔導師ランクの推定は、恐らくAA。
しかも、その状態を本来の力の七割と言い切った。
本気を出せば、確実にランクSは行くだろう。
――オーバーSランク。
魔導師全体でも、ほんの一握りしかいない魔法のエキスパート。
確実にその一握りに分類されるであろう少女が、この事件の敵。
現在フェイト達は自らのデバイスに出力リミッターをかけている。
魔力の出力量を抑制し、無理を防ぐための処置。
それほど落ちるわけではないが、長時間の戦闘が出来るかは判断に苦しむところだろう。
「…ふーん。あなた自身にはリミッターかけてないんだ。
ダメね。常に自分を抑えて戦えるようにならないと。
常に全力で戦ってたら、全力を出しても勝てない相手に会ったらどうしようもないのに。
ハッキリ言って、自分を抑えられないような人なんてたかが知れてるわよ?」
言いながらも、フェイトの周りを小刻みに高速移動で移動する少女。
しかし、フェイトの表情からは焦りが消えていた。
「(――まだ、勝てない所にいるわけじゃない。
スピードも私の方が勝ってる。慎重に行けば、勝てる)」
“まだ、勝てないわけじゃない”
それはつまり、相手がリミッターを解除したら分からないという事。
一番の最善策は、相手がリミッターを解除する前に倒すこと。
意を決し、バルディッシュを握り直す。
「――だから、そういうのがムダな動きっていうよ。
いちいち持ち直さずに、どんな状態でも撃てる様にしないと、ね。じゃないと――」
瞬きをした間。
その一瞬で、少女は目の前に移動していた。
―――これは、まずい。
確実に、その両刃剣はフェイトの体を切り裂くだろう。
フェイトはクロスレンジが主流とはいえ、元はミッドチルダ式。
クロスレンジにのみ特化して作られたわけではないのだ。
視界の隅に、こちらへと急ぐシグナムとなのはの姿が見える。
しかし、あの距離では間に合う事はないだろう。
だからこそ、覚悟を決める。
「バッサリ、いっちゃうわよ?」
「ああ、同感だ」
少女の表情が強張る。
声の聞こえた位置は、少女の後ろ。
ちょうど、フェイトの位置からは死角になっている所だ。
「インビジブルエア――」
キィン――
鉄のぶつかり合う音と同時に、少女はフェイトから離れる。
そして、その瞳はある一点へと注がれている。
フェイトの傍に佇む、漆黒の防護服と白い外套に身を包んだ少年に。
「時空管理局執務官、相沢祐一だ。詳しい話を聞かせてもらおうか」
To Be Continued.....
Shadow Moonより
諸事情により、すみませんが感想は後日……
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