「――そうですか。この町を出るんですね、祐一さん」

  「はい。…短い間でしたが、お世話になりました」


  深夜、大の大人でさえも寝静まっている時間帯。
  病院のある一室で、少年と女性が向かい合っていた。
  一人は茶色の髪を無造作に伸ばした少年――相沢祐一。
  そしてもう一人は、青く長い髪を三つ網にした女性――水瀬秋子だ。
  祐一はもう決めたと言わんばかりの瞳で、秋子は何処か寂しそうな瞳で。
  それでも、互いに互いの事を想って。


  「こっちでの仕事も終わりました。
   あとは本局に戻って報告書を提出するだけです。…もう、ここにいる意味はありません」

  「…そう、ですね」


  祐一の言葉に、悲しそうな表情をする秋子。
  見れば、秋子の腕や頭には包帯が巻かれ、秋子本人はベットで体を起こしている。
  軽い怪我、というだけで済むレベルでないのは一目瞭然だろう。


  「名雪には悪いとは思います。
   けれど、魔導師を志していないなら、巻き込むには危険過ぎます。
   今回の秋子さんが負った傷も大事には至らないですし、心配事はもうありませんから」

  「…そうですか。私がもう少し危険な状態なら、祐一さんも留まってくれましたか?」

  「縁起でもないこと、言わないでください。命に別状が無いだけでも、奇跡に近いのに」


  暗い雰囲気を少しでも軽くしようと。
  秋子は冗談のように、祐一は苦笑しながらも言葉を交わす。
  それでも、時は残酷で。
  二人は悲しそうな笑みを浮かべ、互いを見る。


  「それじゃあ…行ってきます。秋子さん」

  「はい、分かりました。…気をつけてくださいね、祐一さん」


  祐一は笑顔のままで会釈し、病室を出て行く。
  祐一は誰にも気付かれる事なくこの町を去った。
  これが、少年少女たちを中心に回り始める遺失物事件の始まりだった。










  幸福運ぶ奇跡の春風





  第1話

  旅立ち、そして予兆





    ガシャーン!



  ハラオウン家のリビング。
  そこに響く何かが割れる音。
  恐らく、皿かグラスといった代物だろう。


  「――何をしている?テスタロッサ」

  「えっと…その……」


  キッチンに姿を現した女性が呆れた顔で言う。
  それに金色の髪を持った少女が渇いた笑みを浮かべて弁解しようとする。


  「私が来てからこれで三度目だな。
   これが朝からだとしたら……ふっ、もの凄い惨状だな」

  「い、言わないでください。シグナム」


  女性――シグナムの言葉に少し現実逃避をする少女。
  事実、彼女は朝にあることを聞かされてからこの調子なのだ。


  「まったく。……フェイト、嬉しいのは解るけど、もう少し落ち着いたら?」

  「えと、その、十分落ち着いてると思う……んだけど…」


  先程から脇の方で見ていた女性の指摘に、少女――フェイト・T・ハラオウンは困惑する。
  自分では落ち着いているつもりでも、傍から見ればやはり浮き足立っているのだろう。


  「何かあるのですか?リンディ提督」

  「家族ぐるみで付き合いのある家の子がね、家に来るのよ。
   フェイトが会ったのはPT事件の少し後なんだけど…色々お世話になったりしてね。
   その子も当時から執務官やってて、フェイトに色々とアドバイスとかしてたから。
   ここ何ヶ月かは連絡も取ってなくてねー。やっぱ、久しぶりに会うのが嬉しいんでしょ」

  「そ、そんな事…」

  「ないの?」

  「あぅ……」


  否定しようとするが、女性――リンディ・ハラオウンの一言で沈黙させられる。
  それを見ていたシグナムは、顔を逸らして肩を震わせる。


  「そ、そうだ。なのはとはやては何時来るんでしたっけ?」

  「二人なら…クロノと一緒に来るんじゃないかしら?」

  「え、ええ。主はやてはクロノ提督と仕事が一緒らしいので、多分高町なのはも同じかと」


  何とか笑いを堪えて答えるシグナム。
  が、フェイトの顔を見るなり再び顔を逸らす。


  「し、シグナム!わ、笑わないでくださいっ!」

  「いや、笑ってなどいないぞ」


  フェイトの言葉に反論するが、
  口元を引き攣らせながら言っても説得力がなかった。
  フェイトはそれに抗議を重ねようとする。
  が、誰かから通信が入り、その期を逃してしまった。
  ハラオウン家は闇の書事件の際に拠点として使われ、
  その時に使っていた機器はそのままにされ、内職勤務をしているリンディが主に使っているのだ。
  通信が入ったのはその機器の方で、リンディはキッチンを出て行く。


  「しかし…テスタロッサがそこまで反応するのも珍しいな」

  「その…私の恩人で、憧れの人なんです。
   私の四つ上で、魔導師ランクの空戦S+を持ってる執務官で。
   はやてとは会った事あるらしいんですけど、なのはや皆には紹介する機会がなくて。
   私の裁判の時にも色々と面倒見てくれたりして。私が執務官試験前に行った研修先も、その人の所なんです」


  フェイトの説明に、驚きながらもその知り合いに興味を持つ。
  フェイトがこれだけ饒舌になるという事は、かなりその知り合いを信頼しているという事。
  しかも、自分の主でもある夜天の魔導書の主、八神はやても会った事のある相手。
  主が会った事があり、自分の知り合いが無条件でこれだけ信頼しているならば、興味が湧かないという方がおかしい。


  「あ、その人が来たらちゃんとシグナムにも紹介しますね」

  「ああ、頼もう。主はやての知り合いならば、私も興味がある」


  フェイトの言葉に頷くシグナム。
  無論、その言葉に偽りはない。
  しかし、そんなほのぼのとした日常は突然破綻を迎える。


  「フェイト、シグナム。ちょっと、ちょっと来て!!」


  尋常でない自体を予測させる声に、二人はキッチンを出る。
  そこにはモニターを真剣な表情で眺める――というよりも睨むに近い――リンディの姿。
  その傍へ行き、モニターを見る二人の表情は、怪訝そうな表情へと変わる。
  そのモニターに映っていたのは、何処かの村の様な所で起きている大規模なデモの様な光景。


  「フェイト、シグナム?家にいたのか」

  「っ、クロノ。この映像、どうしたの?」


  フェイトは聞こえた声の主――クロノ・ハラオウンに訊く。
  シグナムもこの映像の意味と意図が解らないのか、
  映像を見ることよりもクロノの話を聞く方に集中する。


  【――見ての通りだ。
   地球ともミッドチルダとも別の次元の映像なんだが…
   村人達が急変して、突然周りの人達を襲い始めた。老若男女問わず、な】

  「急変…?」


  フェイトは再びモニターへと視線を戻す。
  確かに、様子のおかしい人達の中には老人や四、五歳の子供まで混じっていた。
  この映像を見ている限り、正気を保っている人の方が遥かに少ない。


  「どうなってるの?」

  【――心当たりは、ある。
   今現場にははやてとなのはが向かっている。…二人はどうする?】


  クロノの言葉に疑問を抱き、問い返そうとするが、今はそんな場合ではない。
  フェイトとシグナムは視線で問い掛けるリンディとモニターの向こうにいるクロノに頷いて答える。
  数分としない内にリビングに転送用魔法陣が現れ、二人は現場へと転送される。
  そこに残ったのは、真剣ながらも悲痛な表情でモニターを見るリンディだけだった。





  To Be Continued.....


Shadow Moonより

諸事情により、すみませんが感想は後日……


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